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~八月五日(夕)~ 寺子政樹

牢屋に閉じ込められてかなりの時間が経った。捕まったのは朝だったけれど、おそらくもうすぐ夜にさしかかるような時間だ。空腹が辛くなってきた。そういえば朝から何も食べてない。流石に気力がなくなってきた。

 でも逆に考えれば余裕が出てきた。腹の具合なんて気にしていられるなんて。京子さんが来る前は本当に死ぬかもしれない窮地で、体調なんて気にしている場合でなかった。今はここから出られる希望が見えている。後は京子さんが犯人を捕まえてきてくれるのを待つだけだ。

 僕の考えが正しければ京子さんはすぐにでも犯人を捕まえられるはず。

そんなことを考えていたとき、格子の向こうから足音が聞こえてきた。

 京子さんが来てくれた、なんて期待していたのも束の間、僕に話しかけてきた声はしわがれた老人のものだった。

「小僧、寺子政樹じゃな?」

老人の声が僕に尋ねる。牢屋が暗いせいで顔は見えない。

「そうだけど?」

「儂はこの島の村長じゃ」

ああ。僕がこんな目にあっっている元凶か。

「何か用か?」

僕は精一杯の威圧を込めて訊く。

「明日の朝八時より、お前の刑が執行されるのじゃ」

「それを伝えに来たのか」

「おお。島の外から来たお前は知らないじゃろうが、この島の刑罰は日本のものとは違っていてな」

村長は自慢気に話し始めた。どうせ僕が知っている話だろうから遮ることも出来たけれど、せっかくだから黙って聞くことにする。何か有益な情報を喋り落としてくれるかもしれない。

「人間を殺したものは殺した人間の重さを背負う罰を受けるのじゃ。殺した人の体重と同じ重さを背負ってこの島にある家全てを回るのじゃ。そして家の前で身体の一部を落とす。最初は指を切り落として、家の前に置く。十件の家の前に指を置いて回ったら、次は掌を置いて回る。掌が無くなったら腕を。腕が無くなったら耳を。耳が無くなったら鼻を。そうして身体を少しずつ切り落として回る。

どうじゃ。想像するだけで愉快じゃろう?」

 その罰を受ける側からしたら不愉快極まりない。そして傍らからそんな光景を見て愉快だと思えるほど歪んだ趣味はしていない。

「この罰を考えたのは儂なのじゃ。三十年程前にの、この島の村長になったとき、ちょうど癪に障る奴がおっての。そやつをどう痛めつけてやろうかと考えついたのじゃ」

「あんたがこんな罰を考えたのか」

「そうじゃ。この島の村長にはこの島の全てを決める権限がある。そう、この島の全てじゃ。お前の命もな」

僕は色々と合点がいった。この爺さんに嵌められたのか。

「なぁ爺さん。あんた犯人が誰か知っているんだろ?」

「犯人?なんのことじゃ?」

すっとぼけられた。分かっているくせに。

「杏林先生を殺した犯人は僕じゃない」

「処刑されるのはお前じゃ」

「あんたが考えた処刑方法に欠点があったことが、島人にばれたくないものな」

「……」

村長が黙った。

「昨日、杏林さんの診療所に罪人が来たんだ。盗みを働いた人だった。あれもあんたの考えた罰だろ?盗んだ物と同等の価値の石を島中の家に配って歩くってやつ」

「ああ、儂が考えた」

「あの罪人が杏林先生を殺した犯人だ」

「……」

村長は黙っていた。認めないつもりだろう。

「罪人の罰が執行中は般若が付き添わないといけない。あの日の罪人に付き添う般若の役目が杏林先生だったんだろ?」

杏林先生が般若の面を被って、犯罪者を取り締まったり、刑の執行人をやることはあってもおかしくない。村長が出来ると判断して呼び出されたら、やらないといけないから。京子さんがそう言っていた。そして誰が般若をしているか知っているのは本人と村長だけ。

「般若は罪人を銃殺して良いことになっている。罪人が膝を突いたり逃げ出そうとしたり怪しい行動をしたりしたときにすぐに殺せるように猟銃を構えている」

「そうじゃ。罪人などすぐに殺してしまっても構わんのじゃ。しかし、せっかく殺すのなら他の島人達への抑止力になってもらおうと考えたのじゃ。島人達へ見せつけるのじゃ。罪を犯したらこうなるということを」

村長は意気高らかに説明してくれた。僕は、こいつ性格が悪いな、と冷静な感想を抱いていた。

「昨日、杏林先生は般若の面を被って罪人の監視をしていた。罪人は大量の石を背負い歩いて疲弊していたけれど、どこかで反撃できるタイミングを見計らっていたんだろう。人目につきにくい雑木林に入ったときに、杏林先生の猟銃を奪って杏林先生を殺したんだ」

「……」

「罪人は杏林先生を殺した後、考えたのだろう。般若が死んでいたら、罪人の自分が殺したことがすぐに判明してしまう。でも逆に般若以外の人が死んでいたら、罪人の自分が殺したとは考えにくい。何せ罰を受けている最中だ。怪しい行動をしたらすぐに殺される。もしかしたら自分が殺したとは判明せずに隠し通せるかもしれない」

「……」

「そう考えた罪人は般若を殺した後、般若の装束を脱がして他の服を着せた。杏林先生が鞄に入れていた白衣を。爺さん、あんたは杏林先生の死体を直接見たか? あれだけ深く顔面が抉れていたのに、白衣は真っ白だったよ」

杏林先生は白衣を着た状態で殺された訳ではなく、殺されてから白衣を着たんだ。

「罪人は今頃、人目に付きにくい場所でひっそりとしているだろうさ。石を背負っていた疲労もあるはずだ。ゆっくり休める場所で体力を回復させたいに決まっている」

京子さんには雑木林の近くで人目に付きにくくて休める場所を探してもらうように言っておいた。そんなに難しい捜索ではないだろう。すぐに見つけて来てくれると思う。

「あんたは今朝、杏林先生が殺されたと聞いて、こう思ったはずだ。

 杏林先生は罪人の刑を執行中なのに殺された。犯人は罰を受けている最中の罪人に違いない。

 しかし罪人が監視役の般若を殺したことが島人に知れ渡ったら、今後の刑の運用に支障をきたす。この島で般若は絶対的な恐怖を与える役目だもんな。それが簡単に殺されるような存在であってはいけない。

 そこで、ちょうど島外から来た人間である僕に罪をなすりつけようとした。島外の人間が犯人なら罪人の刑が失敗したことが判明しない。ちょうど杏林先生のところにいた僕を犯人に仕立て上げれば他の島人達にも納得しやすい筋書きが出来る。杏林先生の所に転がり込んだ本土の人間が殺したとなれば、他所の人間を嫌う島の人が自然に感じる流れだ。刑が失敗したことなんか関係なくなる」

村長の表情は暗闇で見られないけれど、声には若干の動揺が表れていた。

「それで、それが分かったところでお前に何が出来るのじゃ? お前は明日には予定通り刑が執行される。そんな自分勝手な妄想など、誰にも聞き入れてもらえまい」

事件の真実とは関係無しに、僕は処分させられることになってしまった。

「この島には裁判はないのかよ? 事件とは関係のない第三者に真偽を図ってもらうことはしないのか?」

「必要無い。島で起こることは儂が全て把握しておる。儂が全て裁けばよい」

とんでもない司法制度だった。宗教裁判にかけられると、こんな感じで沙汰が決まるのか。

「日本の司法制度に則って、弁護士の要請をする」

「ならぬ。お前は何も喋ることなく、死ね」

すごく直接的な言葉を頂いた。もう少し裁判長らしい判決の言葉はないのだろうか。

「弁護士の資格はないけれど、被告人の主張を全面的に肯定し無罪を主張するわ」

最良のタイミングで京子さんがやってきた。暗闇だった牢屋に灯りが燈っていく。暗闇に慣れた目に痛みが走る。数秒の回復を待って村長の顔が見える。さっきまで会話していた通り、性格の悪そうな表情をしていた。

「…京子?」

村長は京子さんの登場に顔を歪めて驚いていた。

「お待たせ、政樹くん。犯人捕まえてきたわよ」

京子さんは紐で縛った男をこちらに見えるように押し出した。


 


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