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~八月五日(朝)~   長部京子

 騒がしい目覚めだった。別に私が呼ばれたわけではない。呼ばれたのは家の人。

「村長!村長!朝早くに失礼します」

「なんじゃ、騒々しい」

玄関での話声が私の部屋まで響く。私の家は村長の家だから、いろいろな人が来る。

村で相談があったら大人が村長の家に来る。

村で疑問があったら子供が村長の家に来る。

村で仕事がしたかったら男が村長の家に来る。

村で結婚したかったら女が村長の家に来る。

村で事件があったら警察が村長の家に来る。

「事件です。殺人です」

警察の人だと思われる声がする。

この村の警察は般若面を被っている。あんな怖い顔を進んで見たくもないので私は様子を見に行くのを諦める。このまま自分の部屋で聞き耳を立てることにする。

「殺人じゃと?」

村長である私の祖父の声が反応する。

「殺されたのは杏林先生です」

「杏林だと?」

村長である祖父の声も驚いていたが、私は村長以上に驚いていた。

杏林先生といえば、昨日私が村長に頼まれて封筒を届けに行ったばかり。確かに診療所にはいなかった。それがいきなり殺されただなんて。

「殺されたというのはどういうことじゃ?」

「今朝、雑木林の道の上で、倒れていたところを海原が発見して通報がありました。

 自分ともう一人の般若の二名で確認に行ったところ、顔面が銃で撃ち抜かれていました」

顔面を銃で撃ち抜くなんて、なんて惨い殺し方なの…

杏林先生はこの島で唯一の医者だ。島中の人達から感謝されることはあっても恨みを買うようなことは想像しにくい。一体誰が杏林先生を殺したというのか。

「何故じゃ?」

村長が唐突に質問する。

「はっ。何がですか?」

「何故、死んでいるのが杏林だと分かった?顔面が撃ち抜かれていたのじゃろう?誰がどうして、杏林が殺されていると判断したのじゃ?」

「はっ。杏林先生がいつも着ている白衣を着ていたからです」

そういえば、昨日私が診療所に行ったとき、杏林先生は回診に出かけていると言っていた。回診に出かけて行ったまま殺されたなら白衣のまま殺されたのか。

「そうか…」

村長と般若の間に沈黙が流れる。村長が何かを考えているのだろう。

「そういえば、杏林の家に島外の者がおったのう」

「はっ。この島に流れ着いた高校生ですが」

「そいつが犯人じゃ。捕らえて処刑せよ」

「え?」

余りにも唐突な犯人断定に思わず声が漏れた。

「はっ。直ちに捕らえて参ります」

般若は戸惑うことなく了解した。そしてすぐに足音を立てて家から去って行った。

何の疑いも無しに村長の言葉を信じ切る般若に不快感を覚えつつも、いつものことだと思い返す。

この島では村長の言葉は絶対に正しい。

村で相談があったら大人が村長の家に来る。村長は一言で解決する。

村で疑問があったら子供が村長の家に来る。村長は一言で納得させる。

村で仕事がしたかったら男が村長の家に来る。村長は一言で仕事を与えるか諦めさせる。

村で結婚したかったら女が村長の家に来る。村長は一言で嫁ぎ先を与えるか諦めさせる。

村で事件があったら警察が村長の家に来る。村長は一言で犯人と刑罰を決める。

これがこの藍十島。この島の人達にとってはこれが普通で自然で当たり前のこと。

 でも、私は疑うようになってきた。日本本土が舞台の書物をたくさん読んでいると、これは異常なのだと思うようになってきた。

村長の解決案が違っていることはないの?

村長の言葉に嘘はないの?

村長が島人の仕事や生活を全て決めて良いの?

村長が結婚相手を決めて良いの?

村長が決めた犯人に間違いは無いの?

村長が決めた刑罰は妥当なの?

 私はおかしいと思う。村長のしていることが正しいときもあるとは思う。でも、この件に関しては信じられない。昨日、会った人。日本本土から流れ着いた高校生。寺子まさきくん。彼は杏林先生を殺してなんかいないと思う。

 漂流してきて杏林先生に助けられて四日。感謝すれども杏林先生を殺すような恨みなど抱くはずもなく。

そして何より。

彼の眼に惹かれたから。

世界を正しく見ているような彼の眼に。

 


 私は雑木林に向かった。杏林先生が死んだというところ。道なりに進んで行くとすぐに分かった。雑木林の少し入った周りから見えにくいところ。道の上に何かが倒れているのが見える。次に感じたのは異臭。この臭いには覚えがある。放置された犬の死骸に似た臭い。私は嗅覚に神経を集中させないようにしながら近づく。そこには、たしかに顔面を撃ち抜かれた人が倒れていた。

 若干の眩暈と吐き気を抑えつつ死体を観察する。綺麗な白衣を着た男の人が倒れている。体格は確かに杏林先生のものだ。抉れて黒ずんだ顔面を直視したくないのだけれど、嫌々目の端で顔を確認する。確かに杏林先生らしい顔と髪だ。天を仰いで大の字で倒れている。赤黒い塊からは表情など読み取れるはずもない。

 周囲にまき散らされた血肉がもともと人体の一部であったかと思うと、身が竦む。なぜ杏林先生は殺されたのだろうか。杏林先生は島で唯一のお医者様。島の人間に感謝されども殺されるような恨みなど抱くとは考えにくい。悪い噂も聞いたことがない。なぜこんな惨いことになってしまったのか。

 動機の面で言えば、島の人間には杏林先生を殺すような動機は持てそうもない。そういった考えで村長は犯人として寺子くんを挙げたのだろう。本土から漂流したきた余所者なら何をしでかすか分からない。

 しかし、そんな曖昧な消去法だけで犯人を決めるなんておかしいと思う。何か探さなくては。犯人の手がかりになるような物がないだろうか。

 私は死体の周囲を注意して観察する。猟銃でも落ちていないだろうか。犯行に使われた猟銃でも見つかれば、犯人の手がかりになりそう。でも、そんな分かりやすいものが落ちているはずもなかった。

 思考を巡らして周辺の調査をしている最中、遠くで人の気配がした。

「んっ」

 私は咄嗟の判断で雑木林の茂みに隠れた。私が犯人であるわけではないのだから、隠れる必要は無さそうなのだが、死体をじっと眺めているような場面を誰かに見られるのはなかなかに気まずい。

 数人の足音が聞こえる。そのうち一人はかなり不規則な足音をしていた。

 木の隙間を縫って、やってきた集団を見据える。全部で五人。うち四人が般若。その四人の般若に囲まれた男が一人。手錠を重そうに下げていた。

 昨日、見た顔。その眼は一目見ただけで覚えた。寺子政樹。

「杏林さん………?」

寺子くんが死体を見つけて驚く。

「これは、お前がやったな?」

般若が高圧的に訊く。

「違います」

寺子くんは込みあがる吐き気を抑えているような喋り方だった。

「お前がやったな?」

「違います」

「お前がやったな?」

「違います」

「お前がやったな?」

「……違います」

「連れて行くぞ」

般若に囲まれた寺子くんは、為すすべもなく殺人犯として連行された。

 私は焦っていた。般若の行動が早い。もう寺子くんが捕まるなんて。もう少し調査して寺子くんが犯人でない証拠を見つけたかった。今捕まったら早くて明日には刑が執行される。そうなれば止めようもなく寺子くんが死んでしまう。なんとしてでも執行を阻止したい。

 


「人を殺した罰はどうなるの?」

地下牢にやってきた私は、寺子くんにこれまでの経緯を話していた。本当は寺子くんの顔を見て話したかったけれど、誰かが来たときの対策として電灯は付けずに暗いままで話した。寺子くんはじっと私の話を聞いていたけれど、明日の刑の話になったとき口を開いて私に疑問を投げかけた。

「どうって?」

「この島では日本とは違う独特の刑罰が用意されているんだよね?

 人の物を盗んだら、まず盗んだものを返す。返せない場合は相当の金額を返す。加えて、盗んだ物と同等の価値の石を島中の家に配って歩く。食事することもなく寝ることもなくずっと。途中で膝を着くと、後ろで監視している執行人に銃殺される。

 この島の独特の刑罰があるんでしょう?」

そうか。日本の本土は刑罰が基本的には三種類しかないんだった。財産刑、自由刑、生命刑の三種類。つまり、罰金、懲役、死刑。

 でもこの島には罪によって罰が様々に決められている。寺子くんが知らないのも無理はない。

「人を殺した罰はね。殺した人の重さを背負って、島中の家の前を歩くのよ」

「殺した人の重さ?」

「ええ、殺した人の重さ。単純に殺された人の体重よ。体重が40kgの人を殺したら40kg分の 石を背負って、体重が50kgの人を殺したら50kg分の石を背負って、体重が60kgの人を殺したら60kg分の石を背負って、島中の家の前を歩くの」

「窃盗と似ているね」

窃盗は盗んだものの重さを背負う。殺人は殺した人の重さを背負う。

「それから島中の家に自らの肉体を落として歩く」

「自らの肉体?」

「ええ。最初は指を切り落として、家の前に置く。十件の家の前に指を置いて回ったら、次は掌を置いて回る。掌が無くなったら腕を。腕が無くなったら耳を。耳が無くなったら鼻を。そうして身体を少しずつ切り落として回るの」

「……」

「当然、島中の家を回りきれる訳ないから、途中で膝を着く。そのとき、般若に撃ち殺されるの」

「………」

寺子くんは黙っていた。自分がこれからそうなることを想像したのかもしれない。私が自分の身に降りかかっていることではないから想像でしかないけれど、とてつもない恐怖なのだろう。

「私は寺子くんが殺したんじゃないって信じているわ」

何とかして励ましてあげたいけれど、安っぽい言葉しかかけてあげられない。

「寺子くんが杏林先生を殺すわけないものね」

私は寺子くんに話しかけつつ必死で考えていた。杏林先生を殺した真犯人は誰なのか。

「長部さん。質問していいかな?」

寺子くんは私の予想に反して冷静な声をしていた。殺される恐怖が滲み出ていない。至って自然な口調だった。暗くて顔が見れないけれど、多分澄んだ眼をしていると思う。

「あ、ごめんなさい。質問は大丈夫だけれど、私のことは京子と呼んで頂戴。村長と紛らわしいから」

「ああ、そうだね。では京子さん。般若の中は誰か知っている?」

政樹くんの質問は私の予想外のものだった。そんなことが杏林先生を殺した犯人と関係あるのだろうか。般若は杏林先生が殺されたと通報があってから警察として調査に行き、政樹くんを捕まえた。杏林先生が生きている間には関係なさそうなのだけれど。

「私は知らないわ。知っているのは本人と村長だけよ。般若の面と装束は警察とか執行人とか他の人に知られたくない仕事をするときに着るものなの。村長から呼び出しがあった島の誰かが、村長に命じられた仕事をするときに顔を隠して仕事をするの。だからその時々によって中の人は違うのよ。政樹くんを捕まえた般若達が誰かは分からないわ」

「いや。僕が知りたいのは、僕を捕まえた般若が誰かということじゃないよ。

 杏林先生が般若をすることがあるかどうかさ」

私は驚いた。というより混乱していた。そのことが杏林先生が殺されたことと何の関係があるのか。話が見えない。

「あると思う。杏林先生が般若の面を被って、犯罪者を取り締まったり、刑の執行人をやることはあってもおかしくないわ。村長が出来ると判断して呼び出されたら、やらないといけないから」

「それなら、行けそうだ」

政樹くんは安心した声で話す。合点がいったようだけれど、私は見通しが出来ていない。

「杏林先生の死体を見たとき、違和感があったんだ」

「違和感?」

「京子さんも見たよね。白い白衣を」

「白衣は白いと思うけど?」

「なんで血が着いていなかったんだろうね?」

「あっ!」

私は思わず大きな声を出した。




 日はてっぺんに差し上ろうかとするところだった。

 私は手軽な装備を整えて、犯人の捜索に向かった。リュックの重さは8.5キロ。この装備で政樹くんが助かる道が切り開ける。命の重さとしては軽いもの。殺した人の重さを背負うことと比べたら無いに等しい。無実の罪を背負うことと比べたら空気のようなもの。

 この島では人を殺したら殺した人の重さを背負って、島中の家の前を歩く。この刑罰には疑問がある。命の重さが体重で換算されるけれど、それで良いのだろうか。命の重さはを測るにはもっと他の尺度があると思う。例えば男の人と女の人では体重が違うけれど命の重さに体重ほどの差があるのだろうか。体重80キロの男と体重40キロの女では、男の方が2倍の命の重さになるのか。

 そんなことを考えながら、犯人を捜索をしていた。

 政樹くんの考えでは、雑木林の近くで人目に付かない場所。おそらく今頃疲れ切って寝ているはず。誰からも見られず寝ている場所を探し出しているはず。

 推定犯行時刻は昨晩の日が暮れてから今朝までの間。島の人に見つかるわけにはいかないから、そんなに遠くには行けないはず。

 この雑木林はそんな大きくないから捜索に時間は掛からないはず。人の隠れそうな場所なんてそんなに多くはない。すぐに分かると思っていた。

 そんな予想の通り、すぐにそれらしい場所は見つけた。

 雑木林の管理棟。平屋の小さな管理棟。普段は人がいない建物。人が隠れるには打って付けの場所。おそらくここに犯人がいる。

 私はリュックを地面に降ろした。リュックのファスナーを開けて薙刀を取り出す。折りたたんであった薙刀を組み立てて、振れる状態にする。

 相手は猟銃を持っている可能性が高い。薙刀で猟銃に対抗するには、出会い頭でこちらが攻撃して致命傷を与えるか、猟銃を落とさないといけない。相手が猟銃を構えるより早く、薙刀で斬りつける。一瞬の勝負だ。

 早まる心臓の鼓動を精神力で押さえつける。落ち着いて、落ち着いて。今からする行動をイメージする。管理棟の扉を勢いよく開ける。犯人を視界に入れる。薙刀で斬りかかる。

 ミスは私の死に繋がる可能性まである。失敗は許されない。襲撃の練習なんてしたこともないから自信もない。

 でも、成功させるしかない。ここで成功させないと、政樹くんが処刑されてしまう。そしてこの島の悪しき風習を変えられない。この閉鎖的で身勝手な島を変えるなら今が絶好の機会だ。私はこの島を変える。村長が支配するこの島を、もっと皆が納得出来るようなものに変えていきたい。

 息を整える。覚悟は出来た。

 心の中でカウントダウンをする。

 三

 二

 一

 突入。

 私は扉を蹴り開けた。建物の中を一目で見渡す。応接用の机、椅子四脚。本棚。作業用の台。大小様々な工具。そこに人が隠れられるような場所は無い。

「あら?」

私は一旦、扉の陰に隠れる。慎重に目だけを出して、中に誰もいないことを確認する。

 たっぷり二分使って誰もいないことを確かめると、私は緊張の糸をほどいた。

「ここではなかったのね」

 雑木林から距離がなく、人目につかない場所といったらここが打って付けだと思っていたのに。

 ここでないならどこへいったのかしら?

 私は薙刀をリュックにしまった。




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