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~八月五日(朝)~ 寺子政樹

玄関から声が朝の目覚めとなった。

 昨日は結局、杏林さんは帰って来ず、一人で冷蔵庫の魚を拝借して食べてから眠りについた。回診先で重病人に出会い帰れなくなったのかもしれない。それなら電話位してくれてもいいのに、なんて思ったがこの島には電話はないそうだ。連絡の取りようがないから仕方ない。

 そんな軽いことを考えていた。

「失礼する」

 朝一番に診療所に入ってきたのは、杏林さんとは違う男の人だった。声からすると男なのだけれど、顔は分からない。顔は般若のような面を被っていた。昨日みた執行人と同じ般若の面。相手を恐怖させ威嚇するためだけに作られたような表情の面。とても人様の家に上がりこんでくるような姿ではない。

「寺子政樹だな?」

「はい、そうですけど」

僕は、執行人も喋るんだ、なんて的外れな感想を抱いた。

「貴様が、杏林あきらの殺人犯だな。大人しくついてきてもらおう」

「はい?」

あまりにも唐突で変な声を出して驚いた。杏林さんが殺された?

 僕は般若面の男に乱暴に手錠を掛けられた。木製の大きくて無骨な手錠だった。抵抗はしなかった。しかし般若の男は僕の手錠を強引に引っ張る。

 外には般若面の人達が三人立っていた。僕を連行しているのと合わせて四人。こんなにも般若が並ぶと恐怖の度合いが跳ね上がる。悪いことをした覚えはないが、罰を受けているような気分になってしまう。

 何も言わぬまま、四人の般若に囲まれて道を行く。重たい手錠のせいで歩きにくい。ときおり島の人を見かけるが、こちらは見ないようにして避けていく。朝とはいえ日差しがきつい。背中に汗が滲んでくる。いや、この汗は暑さのせいだけではない。この異常な処遇による恐怖の方が強い。

 十五分くらい歩いたところだった。木々に囲まれて周りから見えにくい砂の道の上だった。

 死体が倒れていた。

「杏林さん………?」

顔面が銃で撃ち抜かれていた。銃で撃ち抜かれた死体なんて初めて見たけれど一目でそれと分かる凄惨な死体だった。

「これは、お前がやったな?」

般若が高圧的に訊く。

「違います」

僕は込みあがる吐き気を抑えて、何とか言葉を口にした。

顔面を撃ち抜かれた男の人が倒れている。仰向けで両手両足を大きく広げている。体格は確かに杏林先生のものだ。抉れて黒ずんだ顔面。杏林先生が医者であることが分かりやすい白い白衣。血の広がった砂道。直視するのが辛くなる凄惨な殺人現場だった。

「お前がやったな?」

「違います」

「お前がやったな?」

「違います」

「お前がやったな?」

「……違います」

「連れて行くぞ」

般若に囲まれた僕は、為すすべもなく殺人犯として連行された。



 連行されている道中のことはよく覚えていない。日差しが暑かったことと、強引に引かれる手錠が手首に喰い込んで痛かったことぐらい。

 普通の家より大き目の屋敷に入り、階段を降り地下に着いた。

 地下は牢屋になっていた。地下独特の冷気と湿気。無骨な石畳に石壁。般若の照らす蝋燭の乏しい灯りが益々恐怖を煽る。

 般若は木の格子を開け、僕を蹴り飛ばして牢の中に入れた。

「いったたた」

手錠のせいで受け身のとれない僕は顔面から石畳に叩きつけられた。

「明日、刑が執行される。それまで神妙にしておくように」

「ちょっと待ってください。僕は殺していません」

僕は慌てて叫んだが、四人の般若は何の反応も見せずに去っていった。

「何なんだ、一体…」

僕は石畳の上に仰向けになった。

 現状を整理しよう。

一.僕は藍十島に漂流した。

二.杏林さんが殺された。

三.僕が殺人の罪を着させられた。

四.僕は明日、処刑される。

 整理する必要が感じられないほど単純な現状だった。すごく分かりやすい。分かりやすくどうしようもない。

 自分の置かれている処遇に、ここまで自分が関与していないのも珍しい。一から四まで全て他人というか、自分以外の何かが原因による結果だった。そしてその帰結に自分が処刑されることになっていた。

「どうすればいいんだ?」

勿論、処刑されるなんてまっぴらだ。それに杏林さんを殺したのは僕ではない。なぜ僕が殺人犯扱いされている?

 般若は「明日、刑が執行される」と言っていた。ここで普通なら裁判なのではないだろうか。裁判もせずに殺人犯を確定するなんてどんな経緯があったのか。そもそも、あの般若達は、僕が殺人犯であることをどうやって判断したのだろうか。

 

 牢屋に閉じ込められて一時間は経ったと思う。この間、僕は必死で現状を打開する策を考えていた。

 しかし、どうにもならない。手錠を掛けられ牢屋に入れられ、明日には処刑される。僕に出来ることは制限され過ぎていて、手足も動かしようがない。

 そんな僕に追い打ちを掛けるように、牢屋が暗くなった。牢屋の手前に置いてあった蝋燭が消えたのだろう。ただでさえ薄暗かった地下が、もう何も見えなくなってしまった。

「聞こえる?」

暗闇から声が聞こえた。

「聞こえる? 寺子くん、私の声が聞こえる?」

周囲に聞こえないようにするためか、ひっそりとした女の声。

「その声は?」

「大きな声を出さないで。上に聞こえないように」

僕は慌てて口を堅く結んだ。

「私は長部京子。昨日、杏林先生届け物をしに行ったけれど、覚えている?」

僕は思い出した。この声は、昨日聞いた声だ。長部京子。丁寧な物腰の人だ。僕に大きめの封筒を渡した人。

「どうしてここに?」

僕は大声にならないように声を絞って聞いた。

「助けに来ました」

「助けに?」

「はい。助けに」

 現状を整理しよう。

一.僕は藍十島に漂流した。

二.杏林さんが殺された。

三.僕が殺人の罪を着させられた。

四.僕は明日、処刑される。

五.僕に助けがやってきた。


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