ミューズのラッパ
ひだまり童話館「ぷくぷくな話」参加作品です。
小学校に入学して1週間が過ぎても、かのんちゃんにはまだお友だちがいませんでした。知らない子とお話しするのは少しドキドキするからです。
かのんちゃんは、誰にも話しかけられずに、放課後もお友だちと遊べずに、ひとりぼっちの1週間を過ごしました。
入学して1週間が経ったある日、かのんちゃんが一人で下校の道を歩いていると、通学路のわきの原っぱに、赤いランドセルが見えました。誰かが寄り道しているのです。
この時間は1年生しか歩いていませんし、誰だろう?と思って、かのんちゃんは首を伸ばして原っぱを覗き込みました。
すると、原っぱにいる女の子と目が合いました。
なんと、同じクラスで席が隣の子です。その子はかのんちゃんに向かって、おいでおいでと大きく手招きをしています。
良いのかしら。と思いながら、かのんちゃんはそっと原っぱに入って行きました。
少し背の高い草の茂っているところに、隣の席の子が待っていました。
「おおたさん、だよね。えっと、お・お・た・か・の・んちゃん?」
「うん。えっと」
「あたしはみなみ!」
「みなみちゃん?」
「うん」
お隣の席の子はみなみちゃんと言いました。かのんちゃんはまだ字が読めませんが、みなみちゃんは字が読めるのでしょう。それで、かのんちゃんの名前も憶えていてくれたのです。かのんちゃんはとても嬉しくなりました。
「何やってるの?」
かのんちゃんはみなみちゃんの隣にしゃがみ込んで聞きました。
「あのね、ないしょの話。だれにも言わない?」
みなみちゃんは目をクリクリさせながら、小さな声で言いました。
「ないしょの話?」
なんだかドキドキします。
みなみちゃんはコクンと頷くと、背中から何かを取り出しました。
「じゃじゃーん!」
それは、木でできたラッパでした。子どもの手に馴染むくらいに細くて、よく磨かれていてツルツルしていて、金の装飾が施されています。一目で高価なものだとわかりました。
「ひろったの」
「すごーい、きれいね!ねえねえ、吹ける?」
本当はかのんちゃんがすごく吹いてみたいと思ったのですが、見つけたのはみなみちゃんですから、かのんちゃんは我慢して言いました。
「えー?」
みなみちゃんはラッパに口を当てて、フーっと息を吹き入れました。
「・・・」
「鳴らないね」
ピアニカやリコーダーとは違って、簡単には音が出ないみたいです。みなみちゃんは何度かフーフーと吹きましたが、音は出ませんでした。
「かのんもやりたい」
「いいよ」
今度はかのんちゃんが吹く番です。
かのんちゃんは大きく息を吸って、それから笛に息を吹き入れました。
♪プップクプー♪
「鳴った!」
二人はとびっきりの笑顔で顔を合わせました。
だって、想像していたよりもずっと、澄んだきれいな音だったのです。二人は心がパーっと明るくなるような気がしました。
♪プップクプー♪
もう一度かのんちゃんが吹くと、今度は雲がさーっと流れて、空からキラキラと光が射してきました。曇っていた空がウソみたいです。
♪プップクプー♪
かのんちゃんがラッパを吹くたび、二人は気持ちがとっても明るく元気になる気がして、それから、初めての友だちがとっても嬉しくなりました。
二人で楽しんでいると、原っぱの草陰から声がしました。
「私のラッパ!」
「ええ!?」
二人が振り向くと、そこには若い外国のお姉さんが立っていました。とってもきれいな人です。
「あ、このラッパ・・・お姉さんのだったの」
かのんちゃんはバツが悪そうに、トレーナーの裾でラッパを拭きながら言いました。
「あなたたちが拾ってくれたの。ごめんね、それ落としたの私なの」
「う、うん」
かのんちゃんは、ラッパをお姉さんに返しました。
ラッパを受け取るとお姉さんはとても素敵な笑顔をしました。
「どうもありがとう。私はミューズ」
「みゅうず?」
「みゅうずって、せっけん?」
かのんちゃんはミューズがなんだかわからなくて、思ったことを言ってしまいました。
お姉さんはクスクス笑っています。
「ミューズっていうのはね、詩と音楽の女神のことよ」
「「めがみ?」」
「そうよ、それにこのラッパも魔法のラッパなの。拾ってくれたお礼に、一曲吹いてあげましょうか」
「「うん」」
なんと、女神のお姉さんがラッパを吹いて聴かせてくれるというのです。かのんちゃんは、とってもワクワクしました。魔法のラッパから出る音楽はどんなに素敵でしょう。
「どんな音が良い?うさぎみたいな音?金魚みたいな音?」
と、お姉さんが言いました。
二人はハテナ?と頭をかしげました。ラッパから出る音はラッパの音ではないのでしょうか。それに、うさぎも金魚も鳴きませんから、うさぎみたいな音というのは、いったいどういうことでしょう。
「リクエストがないなら、私の得意な金魚にするわね」
そう言って、お姉さんはラッパを吹きました。
♪プップクプー、プクプクプー♪
するとキラキラと金魚のような音がして、ラッパの口からぷくぷくとシャボン玉が出てきました。
シャボン玉は赤い金魚の形をしています。
「うわあ、金魚!可愛い~」
二人は立ち上がって手を上げて喜びました。
なんて素敵な魔法のラッパでしょうか!
「おねえさん、あたし、ぞうさんが見たい!」
みなみちゃんは目をランランと大きくさせてお姉さんに言いました。
「いいわよ」
お姉さんは、またラッパを吹きました。
♪プップクプー、プクプクプー♪
さっきより低い音の、ゾウさんを思わせる音が響き、そしてラッパの口からはぷくぷくと、とんでもないおおきさのグレーのシャボン玉が飛び出しました。
「うわあっ!すごい、おっきい!」
みなみちゃんは、ゲラゲラ笑っています。
それを見ていて、かのんちゃんは小さな声でお姉さんに聞きました。
「ねえねえ、虹は?虹は吹ける?」
お姉さんは頷くとたくさん息を吸って、またラッパを吹きました。
♪プップクプー、プクプクプー♪
優しくてコロコロした音がラッパから聞こえてきたと思うと、ラッパの口から、小さなシャボン玉がぷくぷくとどんどん飛び出してきます。
赤にオレンジに黄色にみどり・・・七色の小さなシャボン玉があっという間にいっぱいになって、まるでかのんちゃんとみなみちゃんは、虹の橋の中にいるようです。
「わあ、きれい、きれい!」
二人はシャボン玉に触って消してしまわないように、七色のシャボン玉の中でじっと立ってみていました。
ぷくぷくのシャボン玉がひとつひとつ消えていくまで、その美しさに見入っていて、まるで夢のようでした。
シャボン玉がほとんど消えたとき、もうお姉さんの姿はどこにもありませんでした。
二人は原っぱで手をつないで立っていました。
「みゅうずのお姉さん、行っちゃったのね」
「うん」
「あたしたちも、帰ろう」
「うん」
二人は手をつないだまま、原っぱを後にして帰りました。
かのんちゃんには、お友だちができました。とっても大きくて素敵な“ないしょの話”を持っている仲良しさんです。
「やっぱり、みゅうずってせっけんのことだったね」
それは、二人だけの秘密。
あのラッパの音とシャボン玉はいつまでも二人の心の中で光り輝いていました。