「不安」
彼女の家は意外と遠かった。
もう20分は歩いただろう。
俺はそろそろくたびれてきていた。
そんな俺とは対照的に彼女は俺の少し前をご機嫌そうにスキップしながら歩いている。
俺がそんな彼女をボーっと見つめながら歩いていると、彼女は突然足を止めた。
「どうしたんですか?」 俺は彼女に問いかけた。
彼女はくるっと俺の方を向くと俺の顔をのぞき込み言った。
「そういえば名前、なんていうんですか?」
あぁ、そんなことか…俺は心の中でそう呟くと、てきとーな笑顔をつくり
「裕っていうんだ。君は?」と言った。
「私?私はあきこ。ゆうくんか…よろしくね」
あきこは眩しい笑顔で笑った。
「いきなりタメかよ…」
俺はあきこの眩しい笑顔に苛立ちを感じ、あきこに聞こえないくらいの声でそう呟いた。
そして、また笑顔を貼り付けると
「こちらこそ、よろしくお願いします。」と言い、再び歩き出した。
あきこも俺の隣をヒョコヒョコとついてきた…がなぜか俺をじーっと見つめていた。
「え、えっと?なんですか?」あきこにそう聞くと
「あ、いやその…どこから来たのかなぁと思って」と答えた。
「あぁ、東京です。だから正直こんな田舎来たの初めてで…」
俺は苦笑しながらそう言った。
その言葉を聞き、あきこは黙って俺を見つめた。
「あっ!すみません。別に田舎が悪いとかそういうことじゃなくて…」
失礼なことを言ってしまったと思い俺は慌てて謝った。
しかし、あきこはキョトンとした顔で首を傾げ
「何言ってるの?ここは東京だよ?」と言った。
「は?」俺は眉間にしわを寄せた。
「だーかーらー、ここは東京なのー!」
あきこは子供のようにそう言った。
「いやいやいやいや、東京はもっと高いビルとかいっぱいある都会ですよ?」
俺も負けじと言い返した。
しかし、俺は薄々感じていた。
ここに来たときからずっと思っていた疑問…。
それは確かめなければいけないこと…。
俺は重い口を開いた。
「あの、今って西暦何年ですか?」
俺の質問にあきこは当たり前のように答えた。
「1945年だけど?」
ドクンッ!心臓が跳ね上がった。
全身から冷や汗が流れてきて、脳がフル回転しているのを感じた。
やっぱり…ここに来たときからずっと感じていた違和感。
それに、今のあきこの言葉。
ここは…過去なんだ。
俺はタイムスリップしたんだ…そしてあきこの言う西暦が正しければ…
今は「戦争時代…。」
俺はボソっとそう呟いた。
「あ、あそこが私の家だよー」
あきこはさっきまでの会話からもう切り替えて、小さな家を指さした。
俺はあきこの言葉を無視して、あきこに言った。
「あきこさん。驚かないで聞いてほしい。
俺だって信じられないけど…けど、俺はタイムスリップしてきたみたいなんです。」
長い沈黙が続いた。思わず拳を握りしめ下を向く。
この沈黙を破ったのはあきこの笑い声だった。
「あはははっ!ゆうくん、おもしろいこと言うねー」
あきこは腹を抱えて笑う。
「違うっ!!」俺は声を荒らげた。
あきこがビクっと肩を跳ねさせる。
「俺は、本当に未来から来たんです。お願いです。俺を信じてください。」
俺は真剣にあきこの目を見つめた。
あきこにもその真剣さが伝わったのだろう。
あきこは小さく息を吸うと「わかった…信じるよ。ゆうくんを。」と呟いた。
その一言で先ほどまでの張りつめた空気が解けた。
俺は安堵の息を吐いた。
良かった…信じてもらえて。
「それじゃあ、行こうか。」
あきこは、すぐにいつもの笑顔に戻ると、先ほど指さした家へ向かった。
今まではムカつくだけだったあきこの笑顔が、今は俺を包み込んでくれて
なんだか、あたたかい気持ちになった。
けれど、それと同時に抑えきれないほどの不安があった。
ここは、過去でおまけに戦争時代だ。
おれは…生きて帰れるのだろうか。