第二話 始業式
初っ端からとんだアクシデントだったが、ようたくブランエール学園の始業式が始まった。
まるで音楽界のホールのような講堂。
席は自由だということだったので、マヤと2人隅っこに陣取った。
まず初めに、開会の挨拶からだ。
教官長であるラインハルト・フォルゲス教官が壇上に立ち、1分足らずで開会の挨拶を終えた。
「マヤ、あの教官めっちゃ強そうだな」
隣の席に座るマヤに耳打ちする。
「見た目で判断するなって兄さんエルフリーデ教官に毎度注意されてたじゃないですか」
「そ、それはそうだけどさ。教官長だぜ? 長。 ブランエールの教官たちの中でも一番ってことだろ? 見た目もマッチョで厳ついし、絶対ヤバイと思うんだけど」
俺の言葉に、マヤは嘆息してから、
「私にはエルフリーデ教官の方が恐ろしく見えますけどね。まあ、それは実際に対峙したからであって、見ただけで判断するならば兄さんと同意見でしょうが」
「マヤもそう思うんじゃないか。エルフリーデって見た目だけなら可愛いからなぁ。普通にしてれば愛嬌があるのによ。って、エルフリーデがこの場にいたら俺達しばかれてるな絶対」
「それは兄さんだけです」
ピシャリと言わてしまった。
まあ、エルフリーデはマヤのこと結構気に入ってるみたいだし、しばかれるのは俺だけだろうな。間違いなく。
「ほら兄さん、次は学園長の番みたいですよ」
始業式は進み、学園長のありがたい言葉を聞く場面に突入していた。
前の世界でも、校長先生の言葉ほど長ったらしく面倒なものはなかった。きっと、この世界でも同じで――
「学園長のレティシア・ダングルベールでーす! みんなー! 春休みの間元気にしてたー!?」
異様なハイテンションな言葉に、俺は度肝を抜かれつつ、壇上に立つ学園長と思しき人物をまじまじと見て、さらに口が開いた。
学園長レティシア・ダングルベールは、俺の予想とは裏腹に綺麗な女性だったのだ。さらに、なんとういうかエロい。恰好がもろにエロい。胸元とか開いてるし太ももは丸見えだし。これは男子生徒諸君には刺激が強すぎるな。
「今年度も立派な装者になるために頑張っていこう! もちろん、今年も学内対抗戦をやるからそのつもりで! 優勝者には私から超豪華なご褒美があるかもしれないよ!」
艶めかしいほどにグラマーなスタイルな学園長は、長ったらしい話をすることもなく嵐のように壇上から去って行った。
俺の想像していた学園長とかけ離れ過ぎていて、だいぶ面喰ってしまった。学園長とか校長っていったらもっと高齢な男性がするものだと思っていた。さすがは異世界。色々と俺の常識を打ち破ってくれる。
「すげーな……」
「そうですね。なんというか、圧倒されました」
「ああ。あの胸は殺人的だな……」
「兄さん……」
ジト目のマヤに睨まれ、Mに目覚めそうになっていると、司会進行の男性から聞き覚えのある名前が発せられた。
「昨年度学内対抗戦1年生の部優勝者、アルバート・ブレア。2年生の部優勝者クレール・ヴェルレーヌ。3年生の部優勝ゼス・オーリク、壇上へ」
その名前に、マヤも反応する。
「兄さん、クレールさんですよ」
「おう。あいつ、学内対抗戦で優勝したって言ってたもんな」
クレール・ヴェルレーヌという名の女子生徒は、俺とマヤが学園に来るまでに身を置いていたアヴァロンという塔の防衛組織の一員で、ここに来る前からの知り合いだ。
というのも、この世界に来てから初めて会ったのがクレールだった。あの時、彼女がASユニットを纏って助けに来てくれなかったら、俺もマヤも1年前のあの断崖の森で魔獣に喰われて死んでいただろう。クレール・ヴェルレーヌという女子生徒は、俺とマヤの命の恩人でもあるのだ。
凛々しく整った顔立ちに、美しい亜麻色の髪。クレールは堂々とした様子で壇上に登った……ように見えた。
「……あ、足引っかけた」
間一髪持ち直したが、階段の段差に足を引っ掛けて危うくこけかけていた。
見た目とは裏腹に、クレールはこういう前に出て話すという状況に弱いらしい。学生の身分でアヴァロンのエース装者のクレールは、学園では友達も満足におらず、ぼっちらしいのだ。俺も高校生してた時はぼっちだったので、クレールの気持ちはわかる。前に出て発表なんて、ぼっちには罰ゲームでしかないのだ。
「クレールさん。スピーチの方は大丈夫でしょうか」
「どうだろうなぁ。でも、今日のためにマヤと特訓したんだろ? なら大丈夫じゃないのか」
「……数秒喋るだけなのに特訓をしたいと持ちかけられた時は私も驚きましたが……。まあ、クレールさんはやればできる子ですよ」
「だよな。なんだかんだ基本的には強気系だし。こういう場面では滅法弱いようだけど」
2人して母性を溢れさせながらクレールの番を待つ。
そして、ようやくクレールの番が訪れた。
「さ、昨年度の学内対抗戦2年生の部優勝者のクレール・ヴェルレーヌです。今年もより一層腕を磨けるよう、精一杯励みたいと思います。よろしくお願いいたしみゃ――」
あーあ、最後の最後で噛んじゃったよ。
さて、ここからどう切り返すのか。
お手並み拝見といこうじゃないか。
「――よ、よろしくお願いいたします……」
徐々に声量が小さくなり、フェードアウトしていった。
恥ずかしさからかそのままクレールはうつむき、次の生徒へ順番が移った。
「ま、まあ、及第点だろ」
「そ、そうですね。クレールさんは頑張りました」
あとでMDのメール機能でクレールに励ましのメッセージを入れておこうと、俺は心に誓うのだった。