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第一話 新たな場所で




 俺と同じ制服を纏った学園の生徒達が、純白の大門をくぐっていく。

 高さ10メートルはあろうかという巨大なゲート。クラル・シャペル第七層12区画にある、ブランエール学園の正門である。

 他の生徒達はすでに通り慣れているのか、物怖じせずにズンズン進んでいる。正門の目の前で門を見上げて呆けているのは、見渡しても俺くらいのものだった。


「兄さん、都会にはじめてきた田舎者みたいになってますよ」 


 そう言うのは、俺の隣に立っている妹のマヤだ。

 直後、マヤの少しだけ茶髪がかった髪が風で揺れた。ミディアムボブの毛先にかかったゆるめのカールが、風で乱れてあちこちに飛び散っている。

 マヤは髪を手で押さえながら、

 

「ほら、ふざけている場合ではありません。周りの生徒たちから奇異の視線を向けられる前に撤退しますよ」

「お、おう」


 マヤに手を引かれ、俺は正門をくぐった。

 妹に手をひかれる情けない兄の図だが、それがマヤなら気にならない。それは何故か。それだけマヤが凛々しく頼もしいということだな。うん。

 それから校内を歩いていると、ちらほらと気になる会話が聞こえてきた。


「――ねえ聞いた? この前のフェーズ5の魔獣を倒した人ってまだ学生らしいよ。名称ネーム持ちを倒すなんて、すごすぎるよね」

「え? 機装警備局所属ののスーパーエリート装者がやっつけたって話じゃなかったの? 学生がフェーズ5と戦えるわけないじゃん。私達も学生だけどまだ本物の魔獣とすら交戦したことないのに」

「それも違うって。アヴァロンの装者だよ。あの時は確か機警の職員は他の層に行ってて、後手に回ったったってお姉ちゃんが言ってたもん」


 生徒たちの間で行き交う言葉に、俺は自然と耳を傾けていた。

 もちろん怪しまれないように歩きながらだ。


「兄さんのこと、だいぶ情報が曖昧になっているようですね」

「みたいだな。まあ、俺的にはありがたいんだけど」


 フェーズ5の魔獣を倒した有名人が学園に! なんてそんな面倒な肩書はいらないわけで。俺は目立ちたいわけでもないし、そこそこに学園生活を過ごせればいいわけだし。この調子で変な噂も消えてくれると助かります。


「黒い稲妻のASユニットは映像出てたよね。まあ、装者の顔まではわからなかったけど」

「私もちらっと見たけど、見覚えのないユニットだったなぁ。どのメーカーのユニットだろ。黒かったしSEシュバルツアイゼン社かな?」

「ぽいけどどうだろう」


 女子生徒達はキャッキャとお喋りをしながら歩いていく。

 やはり、学園の方でも噂になっているようだ。

 だが、まだ面までは割れてないらしい。


「やれやれだな。で、マヤ。講堂とやらはどこにあるんだ?」


 案内によると始業式は講堂て行うとのことだった。場所はマヤが一通り調べて把握しているそうだから、今回は任せようと考えている。

 マヤは以前、知り合いの在学生にブランエール学園を案内されていて、その時にある程度地理を手に入れたのだとか。一度行っただけで覚えるあたり、マヤの記憶力のすごさが伺える。


「確か講堂は第二校舎のすぐそばですから――」


 人の波に流されつつ、俺達は講堂の前までやってきた。

 ここにいる人達全員が学園の生徒だと思うと、妙に緊張してくる。俺はここでちゃんとやれるのか。そう考えれば考えるほど、前の世界でのことを思いだしてしまう。

 無気力な学園生活だった。俺は、ただ生きる為だけに生きていた。摩耶がいてくれれば、そばにいてくれればそれだけでよかった。摩耶が幸せならそれでよかったのだ。

 おかげで俺は、高校のクラスではだいぶ浮いていた。いや、浮いていたというよりは影が薄かったと言った方がいいかもしれない。俺は、ただそこにいるだけの存在だったのだ。

 本当は俺も、友達なんか作って一緒に遊んだりしたかった。興味ないフリをしていたけど、その実、普通の学生生活に憧れていたんだ。部活に打ち込んだり、放課後にみんなでカラオケに行ってみたり。そんな他愛もない日常が羨ましかった。今でも、そう思っている。


「――兄さん? 講堂はすぐそこですよ?」

「あ、ああ。わかってる」


 昔を思い出し、少しぼーっとしていたようだ。

 いつの間にか講堂の目の前にまでやってきていた。

 生徒達が多くて、すごく賑やかだ。

 そこら中から笑い声が溢れてきて、前の世界の高校時代を思い出してしまう。


「どこの世界もこういう雰囲気だけは変わらないな」

「そうですね」

「じゃ、講堂入るか――」


 と、俺とマヤが講堂に向かう途中、何やら言い争いのようなものが聞こえ始めてきた。

 見ると、講堂のそばにある第二校舎付近で男子生徒2人が険悪なムードでいがみ合っていた。明らかに和やかな雰囲気ではない。いつバトりだしてもおかしくはない。

 さっきまで騒がしくも賑やかだった講堂前が、一気に険しい雰囲気に変わっていった。


「テメェ! ぶつかっておいて謝罪もなしかよ!」

「うるせえ! そっちが周りを気にもせずベラベラと喋ってんのが悪いんだろうが!」

「んだと!?」

「やんのかコラ!?」


 いつしかお互いにお互いの胸倉を掴みあう事態に発展していた。

 生徒達は見て見ぬふりをする者、囃したてる者、迷惑そうに顔をしかめる者など様々な反応を示していた。騒ぎをききつけた先生が止めに入るだろうと思っているのか、2人の喧嘩を止めようとする生徒はいない。


「もう我慢ならねぇ! その口黙らせてやる!」


 背の高い男子生徒の方が、制服のポケットからMDマネジメントデバイスを取り出し、操作した。

 すると、男子生徒の右腕の周りをエーテル粒子が舞い、直後、ASユニットが彼の右腕に装着されていた。オーソドックスな剣型のユニットだ。実体剣で、マナエネルギーを使用しないタイプのもののようだった。


「そっちがその気なら!」


 今度は猫背の男子生徒がMDマネジメントデバイスを操作し、負けじとメインユニットを纏った。こちらはビームソードのようだ。俺が持っているユニットの【SEソードR】のように、肩部分にソードの柄が備え付けられている。

 まさに一触即発の状態。

 ここまでくればもう、ただの喧嘩じゃすまない。

 巻き込まれたくない生徒たちは皆、一斉に講堂へと退避している。


「マヤ、俺達も……――って、あの子!」


 2人の間に、女子生徒が1人すでに巻き込まれていた。怯えた様子で地面にへたり込んでいる。

 激昂する男子生徒2人は、女子生徒が近くで逃げ遅れていることに気づいていないようだった。怒りで周りが見えていないのだろう。

 このままでは、あの女子生徒が危ない。そう思った時には、俺の身体は自然と地を蹴っていた。


「後悔すんじゃねえぞ! テメェの貧弱なASユニット、俺がぶちのめしてやる!」

「こっちのセリフだ!」

「――やめろ!!」 


 MDマネジメントデバイスを操作する余裕もなく、俺は生身のまま猫背の男子生徒の方に突撃した。一気に肉薄し、エルフリーデから叩き込まれた体術で、一瞬のうちに相手を地面に転ばす。

 猫背の男子生徒は何が起こったのか判らないのか、倒されてから目を白黒させている。喧嘩相手の背の高い男も、唖然と口を開いていた。

 が、すぐに背の高い方の男子生徒は、俺に標的を変え、ビームソードを向けてきた。


「てめ……!」

「くっ!」


 我を忘れたのか、俺は生身だというのに背の高い男子生徒はビームソードで斬りかかってくる。

 その瞬間、周りから女子生徒の悲鳴のようなものが聞こえてきた。俺がビームソードで斬られると思ったのだろう。確かに、生身の身体でビームソードに斬られれば、タダでは済まない。その後の惨劇を考えれば、悲鳴も出るはずだ。

 だが俺も、無様に斬られるわけにはいかない。近くには摩耶もいるし、何より学園生活初日からバッドエンドなんて願い下げだ。 


「させるか! よッ!」

「ガハっ!?」


 相手の一閃を避け、懐に潜り込み、脇腹に手刀。怯んだところに間髪いれずアゴ下に掌低をお見舞いする。

 背の高い男子生徒は、その一撃で軽く脳震盪を起こしたのか、ふらついていた。やがて大人しくなり、その場に倒れた。 


「ったく、喧嘩すんのはいいけど、せめて周りに誰もいないところでやれよ。それにASユニットも、こんなとこで装備するなって」


 俺は女子生徒を起こしつつ、2人に注意を促した。

 

「大丈夫か?」

「は、はい……! ありがとうございますっ」


 女子生徒は何度も頭を下げ、礼を言ってきた。

 すると、今度は周りから歓声が上がった。どうやら見せ物と勘違いした生徒達が囃したてているようだ。


「……なんかめっちゃ目立ってるし……」


 ここはさっさと退散してしまった方がいいな。俺自身、衆目にさらされるのはごめんだし、初日から変に有名人になっても困る。

 だがなんだ。この逃げずらい雰囲気は。いつの間にやら舞台の主役みたいになってやがる。

 どうする、どうする……?


「――先生方が来ましたよ! 騒いでいる生徒は何かしらのペナルティを課されるようです! 早く散ってください!」


 マヤの声だった。

 その声に従い、生徒達は我先にと講堂へと逃げ込む。

 余程ペナルティというものが怖いのだろう。生徒の群れはやがて波となり、一斉に移動を開始した。


「兄さん」

「……マヤ、先生ってのは……」

「フェイクです。さ、行きましょう」

「お、おう」


 マヤが空気を読んで、俺を引っ張りだす。

 マヤに手を引かれ、生徒達の波に入り込み、舞台から逃げだした。

 しかし相変わらず機転が利く妹だ。本当に俺と兄妹なのか疑わしいレベルだぜ。


「なんとかなったな……」

「ええ。咄嗟の判断でしたが、効果はテキメンだったようですね」


 講堂に入り、一息つく。

 あの場に残されたのは喧嘩していた2人だけになったようだ。


「女子生徒も無事逃げれたみたいだな」

「はい。ですが、あまり無茶はしないでください。さすがに肝が冷えました」

「はは、悪い」

「まったく。本当にわかっているんですか。ああいうところが兄さんの良いところだとは承知していますが、少しはこちらの身にもなってほしいものです」

「いや、ホント悪かったよ」

「ちゃんと反省してください」

「い、いえっさー」


 マヤを心配させたのはダメだったな。

 ただ野郎2人が喧嘩してるだけなら見て見ぬふりするが、さすがに巻き込まれている人がいたら助けないといけないだろう。少なくとも、俺はそう思う。摩耶もそれがわかっているからあまり強めには言ってこないのだろうし。

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