DECOY Act5/Coffee time
田辺は群衆を手でどかし喫茶であるポウンルーの真ん前に来ていた。
アリスは群衆に揉みに揉まれ髪が荒らされナマハゲの様になっていた。
「最低の国ね」
吐き捨てる様に言うアリスの顔は酷く荒れていて田辺は笑いがこみ上げていた。
「あんたもね」
心に冷たく突き刺さり田辺の顔から笑顔は消えた。
レトロアメリカンな雰囲気に包まれた喫茶店は事件からは遠く離れている様に感じる。
今にも珈琲の芳醇な香りがして来そうな店内は白く塗られた木製で棚や机は黒と木目のツートンで彩られている。
だが香ってくるのは場違いな強烈な花の匂いに隠れた下水を沸騰させた様な匂い。
この喫茶店は明らかにおかしいのである。
普通に営業していれば珈琲の匂いが嫌でもしているはずだ。
それに喫茶店なら珈琲の楽しみである匂いをわざわざ花の匂いのする香水で消す理由は無い。
そんな違和感を田辺は感じていた。
「ずいぶん遅い到着だな」奥の方からカーテンから身を乗り出して田辺に言うのは橘であった。
「オールドストリートから来たんだ」田辺は不満気な顔で話す。
「随分遠くから悪かったな」
「大丈夫だ、タクシー代はSS持ちだ」田辺の後ろに位置する扉付近に居たアリスに目をやり橘に笑いながら話した。
「タクシー代感謝するよアリス捜査官」目線に居る田辺からひょいと出てアリスに合わせ声を掛けた。
「別にいいわ」人挿し指を上に立てアリスは言った。
「とりあえず来い」橘はカーテンを開け田辺を通した。
カーテンの中人一人が通れるぐらいの狭い通路で上に一つ点いた小さなレトロランプが妖しく照らし出していた。
穴の様に扉のない個室がカーテンで仕切られ三つ狭い廊下に並べられ、そこからピンクの光が漏れ出していた。
その狭い通路を田辺を先頭に歩く。
「そこだ・・・」
橘は後ろから田辺の肩を叩き三つ目の部屋を指した。
部屋のカーテンは布切れの様な物でカーテンと言うにはあまりに汚い。
田辺はゆっくりと部屋の前に行きカーテンをどける。
部屋は4畳程で右側には小さな折り畳みベッド、左側には小さなカラーボックスがありその上にはピンクのデスクライトが置かれている。
そして・・・部屋の真ん中には真っ赤に染まった死体が二つ置かれていた。
花の匂いとは似ても似つかぬ状況に田辺は息を呑んだ。
今まで何度も幾度となく見てきたはずだった。
だがその異様さは覆いかぶさった死体と思わしきものを良く見るとすぐにわかった。
それは死体と呼ぶにはあまりに無機質であったからだ。
「ライトを」田辺は後ろに居た橘に声を掛けライトを当てた。
予想は的中した。
覆いかぶさっていたのは死体ではなく機能を失ったメイドボットであった。
メイドボットは9年前に一般化されたメイド型のロボットである。
主の世話を中心にあらゆる部門で活躍する。
だがここにあるメイドボットの様相は一般的な物とは遥かに違っていた。
外装は黒く鏡面になっており細かく網目の様なフレームが張り巡らされている。
田辺は頭部に違和感を感じそっとメイドボットの頭を傾ける。
傾けて見えてきたのは二つの長方形の細い穴であった。
「そいつは・・何だ?」橘は理解不能な状況に頭を抱えた。
「恐らくメモリーカードの挿入口です」
そう言うと田辺は穴を覗きこみ読み取る金属がある事を確認した。
「メモリー?カード?」
橘に理解不能であるのもしょうがない。
メイドボットにはメモリーカードという昔の媒体を入れる機能など無いからである。
本来のメイドボットには同じ命令系統が備わっている。
同じ機器で同じ行動に制限する為である。
「これは違法改造されてます」田辺は神妙な面持ちで話をする。
「恐らくボディの網目はARシステムの応用・・か」
「AR?なんなんだ?そりゃあ?」
「拡張現実・・オーグメンテッドリアリティの略です」橘の言葉に被るようにして田辺は違法改造されたメイドボットの頭を両手で抱えながら言う。
「EYE PHONEでAR視覚ソフトを使ってこの人形を生身の人間の様に見せる」
「そのメイドボットに挿すメモリーカードは何に使う?」
「人間の外的特徴と内面的特徴データ化したものですよ」田辺はメイドボットの頭をゆっくりと持ち上げると咀嚼音の様な音が鳴った。
「こりゃひでぇな」橘は後ろで頭を掻き苦悶野次の表情を浮かべた。
「手伝ってくださいよ」田辺は橘を睨む。
橘は嫌そうな顔をしながらもライトをポケットにしまい田辺を手伝い覆いかぶさったメイドボットを横にずらした。
「照らして下さい」田辺は被害者の遺体らしき物の頭部を指差し、それに反応して橘は瞬間的にポケットに閉まったライトで照らした。
目を背けたくなるような鮮やかな紅がライトの光で反射しまるで太陽の様に田辺の目を害した。
「頭部に強い殴打の後あり・・強いって物でも無い、脳みそが飛び出る程の強力な豪打」
遺体の頭は陥没しもう顔の様相は保っては居なかった。
潰れた遺体の腕にはメモリーカードが握られていた。
田辺は手の方にライトを向ける様に目を配り照らされてすぐに田辺は手からメモリーカードを取った。
「そいつを読んでくれる機器は今じゃあんまり無いぞ」橘は照らしながら言った。
「あてはあります」
「そうか・・・無理はするなよ?」
田辺は小さく頷くと立ち上がり店内の方へと足を運んだ。
橘もそれに着いて行く様に店内へ戻り鑑識官を現場の部屋へとやる。
田辺はカウンターの椅子に腰を落とした。
まるで灰になったかのような顔をした田辺の変化を橘は見逃さなかった。
「飲みすぎたのか?」橘はカウンター中の物を物色しながら話掛けた。
「そう・・みたいです」
田辺はまるで世界の終わりを見たような顔をした。
田辺はふと何かに気づき首を素早く振った。
「アリスは?・・・金髪の女性は居なかったか?」
田辺は立ち上がり扉前で待っていた警察官へと話しかける。
「先程頭痛で帰られました」
「・・・そうか」
橘はそれを見て少し頭を抱えて独り言を言う。
「恋は病気」
「あいつはどこに居るんです?」田辺はカウンターの椅子へ戻り眉を吊り上げた。
「都我尻か?あいつならここの店主を探しに行かせた・・心配か?」橘はお気に入りの珈琲を見つけて少し笑顔だ。
「今店主の事について調べましたが・・・とても」
「とてもなんだ?こんな違法風俗を経営するような人には見えない?」
田辺の持つEYE PHONEは珍しい片目タイプ。
これは視覚神経から脳への刺激を少なくするために制作された2世代目のEYE PHONE。
そのため田辺の片目ではネットで情報収集されていたのである。
先程の遺体の映像も全て動画で録画されている。
「ネットの情報によれば、ここは約8ヶ月前に突然営業を停止している」
「それはわかってる」橘はゆっくりと珈琲を淹れ始めた。
「情報収集が早いですね」田辺は少し笑顔で言った。
「ここは俺も時々通ってたんだ・・珈琲が美味いんだ」橘は田辺に見えぬ様に後ろ向きで珈琲をカップに注いでいた。
だが見なくとも田辺にはわかった。
橘の背中から冷たく煮えたぎる殺気めいたものを言葉と雰囲気で伝わってくるからだ。
「二日酔いに効く」橘はそっと珈琲を出した。
「ならない様に祈ってますよ」田辺はカップに手を出して珈琲を口にした。
「ここのばあさんが作った珈琲は美味かった・・俺のよりずっとな」橘は珈琲を口にして言った。
「飲んで見たかったですよ」田辺は珈琲を一気に飲み干した。
「ここの店主は行方知らずだったんだ、それに気づいたのはさっきだがな」
「捜索願いが無かった所を見ると親縁が居なかったんだろう」
「都我尻が追ってる店主はどっちです?」
「ここの店主夫妻を殺し、この店で違法風俗を営んだ奴だ」
橘はそう言うとカウンター下から名刺を田辺に見せた。
ARシステム企業
クリステイラ・マグダネス
「クリステイラ・マグダネス・・」
「そいつが唯一の容疑者だ」橘はカーテンで締め切られた窓を見つめていた。
「ここへ最初に来た時カウンター内が少し荒れていた・・俺たちが来るのを察して急いで逃げたんだ、そう遠くへは行ってないはずだ」
「終わりました・・死体を運び出します」監察官が奥の方から声を掛けた。
「あとそのロボットもだ」橘は困った顔をした。
それもそうだろう。
今まで犯人が意思も持たぬ者では無かったからだ。
だが田辺は嫌な予感した。
そして考えるのを辞めた。
「一旦署に戻って書類を整理します」田辺は椅子から重い腰を上げた。
「おう無理するなよ」橘は手を振った。
野次馬の虎;なにこれ事件?
野次馬の鬼;明らか事件しょ・・わっしょーい
野次馬の燕;死んだ?
野次馬の屍;今警官と一緒に遺体運ばれてきたわー
野次馬の燕;本当に死んだ?
野次馬の屍;お前の言うしんだは誰に対して?
野次馬の燕;30ぐらいの男性・身長170cm・スーツ姿・気性が荒い・異常なまでの性欲
野次馬の虎;お前気持ち悪いよ
野次馬の鬼;皆死んだよ、あぁ・・死んだよ(^^)
野次馬の燕;しnnnnnda
野次馬の屍;遺体は一つ!つまらん実況終了。
車揺られ流れていく町並みを見て思う。
「人は皆腐ってる」
田辺はそのまま深い眠りについた...