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DECOY Act2/Sleepless Street

「おぃ・・・おい・・いいかげんに起きろ」


「うわっ」


あまりの驚きに俺は漫画のようなリアクションで椅子から滑り落ちた。

その尻の痛みたるやで瞼は満開。

良いのやら悪いのやら・・


「お目覚めか?」


そう尻餅付いた俺の後ろからニヤついた顔で言うのは俺の直結上司の橘警部。

昨日から休み無しで事件の資料映像を見させられ、良くわからない上の方との付き合いで歓楽街への闊歩を強制させられ大変に疲労が溜まりデスクという名のふかふかベッドで安眠する事態となっていた。

困惑しながら尻を労わりつつ立ち上がり時計を見るとすでに昼の12時を回っていた。

本来ならば10時出勤である。


「すいません」


俺はしょうもない一言を放った。

「言い訳はしません・・バリバリ働きます」などの出来る新社員の様な事も言えず恥ずかしい限りではあるがもう24歳でまぁまぁな感じなのだし致し方なしとも言える。


「いいって・・昨日というか今日はご苦労さんだな」


そう言うと橘さんは隣のデスクに置いていた湯気だった珈琲を俺のデスクへ誘った。


「あれから5件程回りましたからね」


「会計はもちろん・・」


「言わずもがな自分持ちです」


この会話の案件は昨日の夜11時に遡る。



夜11時その時間は丁度俺が帰れる時間であった。

果てしない資料整理も遂に底を尽き残業という無慈悲な労働が俺を襲う事がなくなっていた。

それ故に毎日早めに帰れる事となったわけだが既に持て余していたのは言うまでも無い。


それもそのはずだが俺は無趣味であり何の生きがいも無い普通の一般人である。

警察という仕事が一般的でないか、そうであるかは今は置いておいて俺は暇を持て余した幸福人なのだ。


自分で言うのもなんだが友達も皆無だ。


俺は仕事が終わり椅子に首を預けおもいっきり息を吹いた。

EYE PHONEでの思考手記も終わり良い脱力感が俺に息を吹かせた。

だからこれはため息ではなく、武者震いというかなんというか。


EYE PHONEは字を打つとき二つ選ぶ事ができるのだ。

一つは手動書記。


眼であるEYE PHONEと通信しハンディキーボードとリンクさせ自らの手で打つ。

これが一番一般的でありEYE PHONE強制装着州であるこの地の90%以上が使っていると見られている。


そしてもう一つは思考手記である。

先進的な技術で書記界に革命を起こそうと開発されたこの思考手記はEYE PHONEと視神経で繋がっている脳をリンクさせ、思考をそのまま反映させるというものである。

最初は革新的技術に感動したものだったが使い勝手の悪さに頭を抱え今に至る。


例えばであるが{今日遊べる?}と友達に送りたいとしよう。

思考書記では単に今日遊べる?にはまずならない。

普通の人間には雑念があって然るべきであり、その雑念がそのまま文字と起こされてしまう。


{今日あそべる?やっぱりどうしようでも行くかな?来て}

などそのまま雑念自体が字に起こされ邪魔をしてしまうのだ。

つまり雑念を捨て去る集中力つまりある種の馬鹿でなければこの思考書記を使う事が難しいのである。


使える者が少ない事に加え思考書記はとてつもない早さで打ち込めるため非常に重宝されている。

その一人が俺なわけだ。

今ではこの思考書記ができる事を隠しておけばよかったと後悔している。


思考書記は早く重宝されるということは書記係などの事務処理に回されるという事なのである。

今日も皆の担当している事件の書類を回され整理した後から自分の担当の事件書類に目を通していた。

今日だけではなく、これはルーティンワークと化している。


思考書記の事を言わなければもっと早めに捜査などに加われただろう。



そんな後悔はさておき、思考書記をした後は激しい疲労に襲われるのである。

重い頭を上げ俺は帰り支度を始めた。


支度を始めたちょうどその時、後ろの廊下側から気配を感じていた。

最初は気配が小さく、今にも雲散霧消してしまいそうな程小さいものだったが徐々に近づいてきて、すでに廊下でタップでも踊っているのかと思う程の足音が聞こえていた。


カッカッカッカッカッ


一定のリズムで近づいてくる足音はまるで機械の様な精密さである。

この警察署にこんなに綺麗な足音を奏でる者が居ただろうか?と疑問になる。


誰も彼も捜査ではなく自分自身で精一杯の輩達に綺麗な歩行技術を学ぶ術はあっただろうかと皮肉も考えてみる。


カッカッカッ カッカッカッ


階段を登り終わり俺の居る3階の廊下へときた音。


カッカッカッカッ・・・・・


足音は俺の居るオフィス前の扉で止まった。

生憎扉は窓ガラスではないため、本当に居るのか?居たとしてもこんな時間に誰なのかはわからない。

ホラー映画なら扉の前には誰も居らず既に部屋内俺の背中に立っている的なのがベタか?と映画好きを興じてみる。


それとも更にベタに普通に上司の橘さんが立っているっていう怖がらせて何も無い感じか。

支度の暇な時間を使いどうでも良い事を考えているがベタは起きないとわかっている。


足音が男性の足音ではない。

男性の場合地面との接地面が多いためコッコッコと少し柔らかな音になるのだが聞こえていた音は尖ったものを打ち付けているかのような音。


つまりハイヒールである。


しかしそれはかなりホラーな展開であろには変わりない。

この部署のオフィスに女性は居ない。

来るとしてもこの時間には皆無なのである。


その恐怖を紛らわすホラー映画ベタ演出妄想だったわけだが意に介さずってわけにはいくまい。


支度をしていると後ろからは乾いた扉の擦り切れた音が部屋を包んだ。

ついにその恐怖の対象である誰かがオフィスに入って来たのである。


恐怖とは裏腹に鼻を劈く花畑に居るような香水の匂いが部屋の入りから一気に俺の居る半径3mを占領していた。

考える間もなく尖った肘鉄音が一定のリズムでもう既に俺の背中、振り向けば眼前と言った近さである。


上のライトが陰りを見せる。


支度を疾うに終わっているが嫌な予感が体を蝕み麻痺させている。


「あなたが田辺浩一?」


高くも無く低くもなく。

速くもなく遅くもなく。

すんなりと頭に入ってくる教則のような女性の声が背中へ問いかけた。


振り向くと・・あぁ何という事だろう。


何と綺麗な・・それ以外に言葉が思い浮かばない。

髪は金髪で唇は赤くシルクの様な綺麗さと柔らかさが人目で伺える。

少し小さめのスーツを着込んだ彼女のボディラインが否が応にも眼を奪っていく。


「・・・田辺さんはどちらに?」


「あっ・・あ俺だけど」


OHー・・・何てことをしてしまったのだと後悔。

懺悔する暇も無し、今更懺悔する意味も無し。


女性は自信が好きなのだ。

正直に自分の弱点を晒すより虚勢を張るが吉という事である。


言葉の最初に{あ}などの自分の混乱の現れを見られた場合はもう既に相手は物にはできないと決まった様なものである。


「あなたが・・・」


そう言っては舐め回す様に彼女は体を上から下へと眼を上下させる。


先に名乗らないとは外見にそぐわず失礼な女である。


「あなた誰ですか?」


「名乗るのが逆でしたね・・私SS(シークレットサービス)の捜査官のアリス・ハートマンです」


彼女はいやに笑顔で友好の儀である左手で握手を求めていた。


俺は支度を装っていたため今両手はカバンの中にある。

カバンから手を出す一瞬の最中右手の乾燥を確認しアリスの手を握った。


「本国のSSさんが俺に何の用です?」

少し息を多めに俺は言葉吐露する。


「あなた資料整理が得意なんですってね?」



「嫌でも回って来るんでね」


顔色一つ変えず喋る彼女の実に情緒のある嫌味である。



「嫌味に聞こえたなら悪かった・・資料整理で培ったその知識を私に貸して欲しいという単純明快な話さ」


「別に怒ってないよ」


俺は長話になるのを察して机に座った。


「笑わないで考えて欲しいんですけど・・・人間の感情である殺意はデータ化できると思いますか?」


まるでチンプンカンプンな内容で頭を抱えた。

頭を悩めていると天使は囁く。


「そう考え込まないで欲しい、君の田辺浩一としての意見を聞かせて欲しい」

彼女は凛とした態度で俺を見つめて後ろにある机に腰を着けた。


「悪いが良くわからないね」

俺は頭を掻く、だってそうだろうゴールの無い迷路を歩いたって何の意味もない。


「わからないとは?」

彼女は悪魔か何かなのか?意味無き質疑応答で貴重な睡眠時間を削りに来ているとしか思えない。

その思いとは裏腹に彼女は澄んだ眼でこちらを一点に見つめている。

彼女がわからない・・これは女性がわからないという事なのか、それともアリスが特別で俺だけではなく他の紳士諸君も接すると首を傾げるだろうか。


自分のあまりの友好関係の少なさからアリスと自分への疑心暗鬼が巣食う。



「殺意というものが存在する定義もない、怒りや悲しみと同意義と捉えるなら感情をデータ化すれば、いつかは殺意が生まれるかもしれないが・・これも確定されているものではないから断言はできないというわからないさ」


俺が偉そうに弁を述べる最中彼女は少し眉を吊り上げた。


「確かに殺意は在るものではなく生まれるものだと・・・私は衝動のひとつと定義しています」


「衝動?」


「衝動も内部的欲求なのであなたの言った感情というのも当たっているに等しいでしょう」



アリスが言った・・{当たっています}が妙に鼻に突いた。


答えを知っていたという事?

いや答えではないにしても自分なりの見解が合ってそれでも尚意見を求める。

この行為の意味は試されている?良くはわからないが質問も彼女がわざわざこの時間にこんな平に会いに来て小難しい談義を交わしに来たのも説明がつく。


「あなたが今疑問に思っている通り試しました」

そう彼アリス言った。


そうアリスは言い放った。


俺は出す言葉も言い訳もなく沈黙という名のYESを彼女にお届けしている所存だ。

俺は魚でアリスは釣竿で俺はアリスが撒いた餌に何の疑問も無く即座に食いつき放さずアリスは力を入れることも無く引き上げた。

そんな低脳魚が俺である。


勝手に勝負を仕掛けられ勝手に負けたのである。

アリスとい女性は癪に触る人だとも思うがそれを思うにはあまりに狭い心の人間ではないかとも思う。


「私を嫌いにならないで欲しい・・・」

彼女は少し下を向き鉄片皮を外した。

少し赤らめた頬がアリスを乙女なのだと再認識させてくれる。


「何か事情があるようだな」

アリスの赤らめた顔は輝かしい太陽を遮光グラス無しで見ている様に煌びやかで目線を背けてしまった。

背けた先はこの部屋の時計でありその時計は11時31分を指していたのを確認し、目も眩む様な硬いベッドの中で気持ち良く夢の世界に想いを馳せ俺はまだ硬い机に腰を降ろしている状況に少し嫌気が射すもアリスというアメリカンビューティーとの談義はそれを上回り話を続けた。


「こんな場所で長話は体に毒ね」

アリスは勿体ぶって話を逸らす。


「日本の警察何てこんなもんだよ・・SSとは違ってな」


俺が言葉を言うと彼女は頭を抱え何だか浮かない表情をした。


「次は何だ?どうした?」

ムキになった表情はアリスの目に写り狭い心を映し出す鏡となって罪悪感を煽る。

だが今の俺には逆効果で頭真っ白の猛獣と化している。



「どこか落ち着いて話せる場所は知ってる?」

アリスは浮かない顔で・・・いや少し眉を上げ怒りを表わにした。


「知ってるよ」


「だったら?」


「だったらって何だよ!」


アリスは頭を片手で押さえつけ首を左右に振った。

まるで映画の中のオーバーリアクションを見ているようである。


アリスは次の瞬間何も無かったかの様に廊下に続く扉へ歩いていき扉の前で振り返り

「早くそこへ行くわよ」

その猛将の様な威圧に俺はたまらず「はい」と一言言うのが精一杯であった。


廊下から一階までの道のりは非情に重苦しい空気が漂い一切の他言は拒否状態であり、一言も交わされぬ二人の光景を目の当たりにした警官は口々に恋人の喧嘩を連想させるだろう。


長い長い沈黙散歩であったが受付に着くと珍しい事に受付には如月(きさらぎ) 景子(けいこ)さんの姿があり俺の心を潤わせた。


長い沈黙はこのためにあったのかと言うほど女神の様な笑顔で受付に座る景子さんは笑顔だ。


「浩一くんお疲れ様」景子さんは俺にねぎらいの一言を口にする。


「お疲れ様です・・・何か仕事押し付けられたんですか?」


「それがそうなのよ・・本当面倒ったらありゃしないわ」少し頬を膨らます景子さんは齢26歳。

俺の2個上でお姉さん的ポジションである。

頬を膨らます景子さんもまた可愛く毎日膨れてくれてもいいなどと思ってしまっていた。


「何やってんのー早く行くわよ・・これだから日本の警察は・・・・・」

もうすでに受付から5m程離れた自動ドアの所へ居たアリスが俺を呼び完全に聞こえる様に思いそのまま吐露した。


「SSの人が来るなんてね・・しかも田辺くん目当てなんてねー」マスメディアの様な鋭くゴシップに限りない欲望を抱く女性特有の顔である。


「そんなんじゃないですよ」

紛いなりにも好意を寄せている人間にそう思われるのは非情にまずい。

これからの警察バラ色人生が警察茨色人生になってしまう可能性だってあるのだ。


「あらあら可愛い所あるじゃん」

そう言って景子さんは俺の肩を揺らし「じゃあまた明日」と言って俺はアリスの元へと駆け寄った。

アリスが待っているから駆け寄った。

決して景子さんに初めて触られて俺のあられもない童貞心が足を小刻みに動かしたわけではない。

断じてない。


あまり夜遊びに縁の無かった俺は正直この歓楽街というのが嫌いであった。

ビビットに光るネオンが俺のEYE PHONEを貫通し視神経を摩耗させ、客引きの奴隷達が耳を破壊する。

アリスと歩いてもう30分が経とうとしている。


「・・・」


まだ険悪なムードを背負ったまま重い足取りで目的地の飲み屋まで歩いていた。

彼女は見慣れないはず街には目も暮れず俺の背中一点を見て歩いている。

こんな事になるなら断って帰れば良かったと改めて思うがこうなったらしょうがない、どうせ来たのなら楽しむべきだ。

今まで昼の男的なキャラの立ち位置で警察では・・・非情に嫌われていたが今日から俺は夜の男。

血のように赤く透き通る酒だの海のような洗練された青色酒だの全部腹に入れて今日の宴を精一杯楽しんで見せよう。

これが今日の睡眠を奪ってしまった俺への褒美と償い。


人混みの中はまるで海の荒波の様に畝っている。

これほど混沌という言葉が似合う場所は存在しないだろう。

だが混沌の中に入るや否や俺はある奇跡的状況に直面していた。


背中側から感じる妙な重力、つまりはアリスが俺のスーツを掴んでいるのである。


確かに合理的に考えればその行動は正解なのであろうが俺の頭は至極混乱しこの人混みの混沌も真っ青になるほどの混沌が脳内を駆け抜け合理的という言葉をかき消していた。


混乱は本来俺がしない行動を強制させるはずなのだが背中越しに見れずに居た。

その理由として彼女は俺の背中脊髄近く一点のみを集中し見ているのは先程チラ見してわかっていた。


それがわかっていながらこの満面のにやけ顔をしながら振り向くのは彼女にとっても多大なる恥であり、それは紳士の行動から一歩・・・いや二歩も百歩も外れる事となるのである。


チキンだから振り向けないわけではない・・断じてないのである。


後ろ髪惹かれる思いで歩いていると現つを抜かしたせいかポンッと風船に当たる様に軽く前にぶつかった。


「すいません」


そうぶつかった男性に言ったのだが男性は俺に目もくれず前を見ていた。

よくよく見ると人混みは円を描き止まっており、俺は情景を思い浮かべた。

川の真ん中に大きな石、それを避けるように流れる川。

自然の世界では至極当然の出来事であるのだが人間界においてはどうか。


俺はアリスの事など忘れ、人人人を掻き分ける。

すると聞こえてきたのは罵詈雑言の嵐。


「お前らみたいな糞気取り屋共が居るから俺たち真面目な一般人は馬鹿を見るんだ・・馬鹿を見るんだぞ」


俺は考える事すらしなかった。


それはとっさの出来事でありその一秒にも満たない。

顔を抑え倒れる女性店員。

そして女性店員の前に立ちふさがるは罵詈雑言の嵐を撒き散らす着崩したスーツが良くお似合いの齢20後半の男性。


飲酒によるトラブルかどうか何て関係ない。


「大丈夫ですか?」

俺は女性店員に駆け寄った。


「なんなのよ・・あの糞親父死ねー」

女性店員は黒い涙を流し腫らした頬を潤している。


一瞬その言葉に違和感を覚え戸惑った。

突然出てきた言葉”死ね”という言葉なのだ。

死ぬかと思いましたとか言えるか弱い女性は居ないのかと頭に過ぎった。

その間1秒の出来事である。


「警察だ!お前をたい・・・」


「とっくに行ったわよ」

アリスは俺の背後で腕を組み高みの見物である。


その声を聞き周りを見渡すとすでに散開していた。

大きな石は取り除かれ川の異物は取り除かれたと言った所。


「SSはそこで棒立ち高みの見物か?」


「合理的に考えてあそこでか弱い女の子が一般男性を取り押さえろって言うの?」

アリスが言う言葉は最もな内容であった。

そして目の前にか弱い女性は少なくともいたのである。



「その通りだ悪かったよ」

俺は少し目線を逸らしつつも謝った。


「そんな事よりいいの?濡れた女性は放っといちゃダメよ」

そう言って組んでいた腕を解き指を差すわ、涙で顔を濡らした女性をほったらかしにしていた事を指摘されすぐ様エスコートへと入る。


聞いたところによるとティッシュを配っていた彼女はいつもの様に犯人の彼にもティッシュを渡した所突然奇声を発しながら殴ってきたのだという。

近くの交番に彼女を連れていき、事件の後処理は交番の警官に任せ俺とアリスは目的地へと足を運んだ。


「考える前に体が動くタイプなのね」

アリスは少し微笑みを見せた。


「あの状況でどうしろって言うんだよ」


「守り手となる人間ならあれが最善ね・・犯人を捕まえたいならまず犯人確保してから被害者の安全確保って所かしら?」

微笑みを超越しにやけたアリスが少しいや凄く綺麗だ。

そして嫌いになる程頭が切れる。


「そりゃあわるうござんした」


俺はそう言って上を見上げた。

色々完敗であるからだ。


歓楽街の空は近くの工場の排気ガスと人口密集地帯が織り成す白いカーテンが掛かっていた。

ネオンが反射して酷くまるで街全体を照らすミラーボールと化していた。

この街全体がアンダーグラウンドダンスホールと化して先程の民衆マスメディアが犯罪というダンスをフラッシュで輝かせる街。

俺はこの街が嫌いだ。


この街の人間も嫌いだ。


そして何も出来なかった自分も嫌いだ。



その後歩いて5分程何も喋らぬままに目的地である居酒屋へとたどり着いた。

木造建ての築50年は経っているだろう古めかしい造りだが雰囲気がなかなかに良く慣れない心を幾度となく癒してくれた。


俺が知ってる数少ないオススメスポットである。

こんな煌びやかな街にはあまりに似遣わない家屋なのだがやけにホッとするのだ。

野蛮な者達が集まる独特のコミュニティが形成する世にも恐ろしく奇妙なこの居酒屋の名は「きらめき」と呼ぶ。


後方に居たアリスの方へ顔を向けると目を細め素っ気ない顔をしている。


「ここなの?」


冷たい言葉が俺の耳に突き刺さる。


「中は中々だよ」


俺は励ましなのか皮肉なのか良くわからない言葉を言った。

この時点で俺に適切な判断能力はなく、とりあえずという言葉で自分を誤魔化していた。

本当に女性というのは良くわからず不思議な生き物である。


木製のドアをスライドさせると年老いた扉は悲鳴の様な金切り声を上げた。


「いらっしゃい」


これまた古めかしいカウンターにはもつ鍋やら惣菜が立ち並び。

お金を払い皿を貰い自分で盛る客と店主の信頼関係が作り出すこの居酒屋を好きな理由でもある。


「これぞ日本文化」


アリスは内装を見るや否や先程までの気分の悪さが嘘の様に満面の笑顔で店内を見ていた。

その瞳はまるで綺麗な星空の様に光輝いて見える。


席に座りビールやつまみを注文しひと段落する。


綺麗な砂浜の様な綺麗な色のビールが運ばれて来てわそれを飲み干し頼み運ばれては飲み干した。

本題に入るまでの1時間程はたわいのない話であった。

いや俺は美人と飲んでいるという悦に浸り舞い上がり何も覚えていないというのが真相である。


「んで・・本題だが何故俺なんかに近づく?」


「単刀直入言わせて貰います」

続けてアリスは説明を続けた。


「この日本に密輸されたチップが犯罪に使われる可能性があります」

アリスは深刻な顔を浮かべた。


「そのチップは感情や体格をコピーしARすなわち(オーグメンテッドリアリティ)というホログラフとしてEYE PHONE上に映し出す」

「まるで人間がそこにいるようにする三次元でのデジタルフレンドを可能にする違法チップです」

アリスは下に俯いたままであった。

アリスの前に置かれたグラスはまるで心を表す様に雫を机に落としていた。


「感情と体をEYE PHONEのソフト上で見せるチップ・・何故それが違法なチップなんだ?」

感情つまり性格をインストールしその体もソフト上で見せる事は別に悪い事ではなく、むしろ画期的な技術として賞賛されてもおかしくはない逸品であるはずである。


「人間の感情というのはあなたが警察署で言った通り不透明な点が多いのよ・・・つまり人間がやる事はインストールされたメイドボット達もやるという事なのよ」


「殺人も?って事か」


俺がその一言を言うと騒がしい店内が嘘の様に静かになったようだった。

実際は騒がしいのだろうが俺とアリスの空間は遮断されているように空気が重いからであろう。


「未だ不完全である人間の思考をインストールという事事態が禁止になっている理由はそこにあるのよ」


「だが何でこの日本に何て密輸するんだ?他に行くところは色々あったはずだ」

俺はビールを一口含み言った。


「彼らにとってこの日本は聖域みたいなもんよ・・だってそうでしょ?」


日本には”ANALOG"がいるんだもの


彼女は俺の方を睨みつける様に言った。


「そんな都市伝説のテロリスト集団なんて存在しないよ・・存在してたとしたらとっくに情報が割れてる」

ANALOGというのは20年ほど前に世間を賑わせた謎の組織の名前だ。


今の俺たちからすればあの時代の恐怖そのものが作り出した幻影というのがわかっている。

つまり実在しないからこその謎の組織という事である。


「だったら何故日本には今だに屍街が存在しているの?説明が付く?」


「それは・・・」

俺は言い伏せられてしまった。

確かに言われればそうなのであるが何もANALOGだけでは無いような気もするのだ。


日本には法が通らない街が存在している。

街の名は屍街と呼ばれる。

街の名は言わずもがなであるが街としては死んでいると思ってもらっていい。


だが俺はそうは思ってもいない。

むしろあの街こそが日本最後の平和の砦だとも思っている。

何らかの理由により義務化されたEYE PHONEの維持ができなくなった者が集まるあの街には独自の規律が成されており、それなりに暮らしていけるのである。

これは規律違反であるが何度か足を運んでいる。


「あれを野放しにするのは屍街にANALOGが潜んでいると言われてるから・・報復を日本は恐れてる」

アリスは神妙な面持ちで続ける。


「もし事件が起こった後では」


アリスが言い出したのと同時期にEYE PHONEのお知らせが鳴った。

アリスを制止して電話に出た。


電話の相手は俺の直属の上司である橘刑事だったからだ。


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