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DECOY Act1/JerkMan Walking

「糞・・とんでもねえ夜だぜ」

そういいながら彼は手のひらを顔に押し付ける。


ここは都市部の中でも一番の歓楽街。

ふしだらな看板が彼の足を歩ませたのだろう。


ネオンやヘッドライトが奇妙に混じり合い奇妙な色で人を照らす。

人は右往左往し、あちこちでそれぞれの人間模様が描かれている。

それを色付けるのが歓楽街という奇妙な楽園なのである。


今宵はどんな悲劇や喜劇が待ち受けているのだろうか。

今宵の主役は先程、夜を卑下し顔を影に埋めるこの彼である。

齢20後半、崩れたスーツ姿に身を包み世界の終末論を未だ引きずっているかのような顔をした彼である。



名も無き彼に今宵も幸あらん事を。





彼は下を向いて歓楽街の中央を目指し歩いていた。

さも小銭探しに夢中の中年に見える事だろう。

さも精神がショートし、四角い石畳の道を数えながら歩く変態中年、もしくは靴の中にカメラを仕込みスカートの中の麗しき花畑を今か今かと待つ中年とでも見えよう。


だがそういった類ではなく彼は強制的に広告が開くQRが嫌いなだけなのである。

街中に隠されているQRコードが眼であるEYE PHONEを通じ、そのまま広告表示させる画期的な広告革命技術。


それをOFFにするには一つ一つのURLをブロックしていく必要がある。

ネットで調べれば大体のURLは有志によってわかっており、ほとんどブロックできてしまうはずなのだが彼にとっては煩わしい事この上無し。

わがままだが、彼の挙動不審な歩きで誰も害していないのでこの際何も言わず、そっと見守ろう。


「これどうぞ」


「これどうぞ」


「これどうぞ」


下を向いている彼は気にも留めず歩いて行く。

甲高い接客センスのある声がどんどん近づいてきていた。

普通の人間にとっては小気味良い接客対応のはずなのだが彼にとってはサイレンとも言える心を歪ます


”音”


であり、その声が近づいてくるに連れて彼の心臓がメタルミュージックを叩き出し、血管が膨張し張り裂ける様な思いに駆られていた。


一歩


「こちらもご贔屓に」


一歩


「いらっしゃいませー」


そしてまた一歩と近づく度に彼の精神を底から掻き毟る音が近づいてきていた。

だが彼に押し寄せる歓楽街という悪夢。

人!人!人!のオンパレード。

360度彼に逃げ場無し、進むはその一方向”音”が聞こえてくる一本のみである。


彼は人の多さと暑さに嫌に湿っぽい汗を掻いていた。

その汗は彼がその雑音にどれだけの悲観的思考を抱かせているのかを容易に感じる事ができる。

非情にもその時が来た。


「お願いします」

声が通るからなのかまるで眼前で言われているかのような音圧である。

そっと声を辿り見上げるとそこには普通の女性店員だった。


その後ろには赤と白のボーダーで彩られた店が構えられていて、女性店員の服もそれと同一の柄で彼は瞬時に客引きを連想していた。


「よかったらどうぞ」

そう言って渡されたのはただのポケットティッシュであり、連想ゲームの想像はただの妄想だったのだと気づかされる。


彼は何も言わず受け取り、そのポケットティッシュを針に糸を通すが如く慎重に覗く。



すると目の前が勝手に暗転し彼は怒りを隠せなかった。


この暗転強制QRによる広告がでるまでの少しのラグである。

その間はほんの1秒ほどであったが既に彼には心臓の音で耳を占領され、今思いつくありったけの罵詈雑言の嵐を心で叫んでいた。

それもそのはずこの広告は先程も教えた通りほとんどが無効化できてしまうため、今では何の意味も無い過去の遺物と化しているわけだが一度作ってしまった物を無下にできないのもまた人間である。

意味はないがついているのである。


意味のないといえば嘘にはなる。

こうして生粋の面倒臭がりかもしくは自分勝手江戸っ子てやんでいは存在していると企業は睨んでいたのかもしれない。


「どうかなさいましたか、紳士」

店員は心配そうにこちらの様子を伺う。


「うるせえ」

女性店員の手を払い除け彼は手を右拳を思いっきり前へと突き出させた。

妖しく光るネオンにふさわしい狂艶。

女性の顔面部は酷く潰れ、衝撃で店の軒下まで飛んでいた。

顔は血で真っ赤に染まり、辺りの人は野次馬という名の獣とフラッシュが飛ぶ。

その様はダンスホールの様な惨状である。


「大丈夫ですか?」

スーツ姿の男が女性店員の介抱をするやいなや、野次馬達も事態の混沌さに気づき瞬く間に散開し始めた。


それに乗じて彼は逃走したのである。

殴った後彼は混乱していた。


何故?どうして?なんで?嫌だ・・死にたくない


走馬灯の様に流れる言葉の羅列に身を任せ彼は混沌に溺れていた。

「大丈夫ですか?」

この言葉を聞いて我に返った彼は野次馬の一部となり一緒に散開したのであった。


「だから街は嫌いなんだ、どいつもこいつもジャーナリスト気取りだ・・屑共が」

喉元から息を吐くように発した声にこの歓楽街はものともせず、光輝き。

狂艶に魅了された者達の狂宴は永久に続いていく。


そして彼は今日の目的地へとたどり着いた。


看板は黒い木目に白い字で「喫茶店ポウンルー」と書かれている。

ドアはこれまた黒い木目に四角いビードロ窓が四つ綺麗に並べられている。

ビードロの色は限りなく透明な青色をしており歓楽街のビビットな色を忘れさせてくれる貴重な色である。

彼はビードロを見つめながら取っ手に手を掛けドアを頗る元気に開けた。


勢い良く開けた拍子に鈴の音が鳴った。


チリン”チリン”チリン


扉とは違い掠れた安っぽい鈴の音に招き入れられた彼は見慣れた内装を見渡していた。

アメリカンな看板や随所に置かれた雑貨や観葉植物に囲まれ、まるでテーマパークの様にも見える。


すると裏との仕切りでアメリカ国旗柄のカーテンが揺れた。

カーテンを揺らしたのは体型良く言えばぽっちゃりの顔が怖い南米人であった。

少し汚い白のタンクトップに下グレーのスウェット姿という、見る限り接客する気とは思えない服装である。


南米の男は黒い煤のかかったような顔をしからめ、指を二本立てピースの形にした。


「違う」


強めな口調で彼は放ち、指を一本立てた。


「OKOK」


そう言いながら、彼は奥へ行き物音を立てた後またこちらへと戻る。

手には小さな木箱が握られておりそれを開けると中には仕切りで二手に分かれており、どちらにもデータカードが入っていた。

中年の彼は何個か手にとっては眺めて戻し、お気に入りを見つけたのか仕切りで区切られた二箇所から一つずつデータカードを取り出した。


そして中年の彼はスラックスパンツの右後ろのポケットから黒い革製の長財布を取り出し札をカウンター奥のカーテンへと足を運んだ。


それから彼に待つのは天国か地獄か。


恐らく天国の様なふしだらが待っているのだろうがここで中年の彼の話は終わりとなる。


「起きろ・・起きろ※※※※※※※!」


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