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Night Puppet  作者: Ria
第九章 永遠と終わり
28/34

第一話

 拝啓、私へ


 それが多分、生きるということ。

















 夜が来たのに、沙月さんが帰ってこない。

 どうして……だろう。

 外はもう真っ暗だ。僕は彼女と連絡を取る術を持っていないから、この、没個性的な彼女の部屋で帰りを待つしかないのに、まだ何かしら手段はないかと考えている。

 どうして帰ってこないのだろう。

 20年前もそうだった。待っても、待っても、有理は帰ってこなかった。


 僕は許されなかったのだろうか。


 そもそも僕を、誰が許すだろう。


 有理がどうであったかは今となっては分からない。でも沙月さんは、大丈夫だと言ってくれた。自分を許せない貴方の分だけ私が許す、と。


 でも……僕はそもそも、僕を許していないのだろうか。分からない。逃げているのかもしれない。許していないふりをして逃げて、本当はぬるま湯みたいな心で既に許してしまっていて、その上、沙月さんの優しさに甘えているのかもしれない。

 そんなの、嘘つきだ。

 騙しているのと同じだ。

 だから沙月さんが帰ってこないんじゃないかと、かつて失敗したまま未だに失敗し続けている僕は怖くて仕方が無い。

 幸せになればなるほど、なにか一つを手に入れればその瞬間から、取り返しのつかないことをしてしまった気がしてしまう。こんなの、不誠実極まりない。

 申し訳がない。



 見ないふりをしたい。

 苦しんでいるふりをしたい。

 そうして、逃げたい。

 いつまでも緩く苛まれていたい。

 ぼんやり未来を見ていたい。

 しっかりしたいなんて、上辺だけの言葉で。

 そのくせ何も変わりたくない。

 居場所を決めてしまうのが怖い。

 決定してしまうこと。

 断定してしまうことが怖い。

 怖い、怖い、怖い、怖い。

 怖くて、面倒だ。





 ぴんぽーん、と間の抜けたチャイムが鳴った。

「……!?」

 誰だろう。

 沙月さん?いや、彼女なら鍵を持っているはずだ。

 なら、一体誰が。

 僕は迷って、腰を浮かしかけたままの微妙な体勢で固まっているうちに、まるで試すように、背後にある固定電話がけたたましく鳴り始めた。

 リリリリリ。

 扉のむこうは沈黙している。そこに誰がいるのかは分からない。背後では、電話。

 ここは沙月さんの家だ。電話も来客も、沙月さんが迎えるべきものだ。僕は単なる居候で、あたかも住人のように振る舞う資格など持っていない。

 僕は迷った。

 迷って、迷って。


 逃げるように扉に縋りついて、鍵を開けた。


「嬉しいわ夜鳴。選んでくれるなんて」

「イオリ……?」

 心のどこかで、いたずらがバレた子どもみたいに笑う沙月さんの姿を望んでいた。驚いた?なんておどけて。

「なんでイオリが、ここに」

「話をしようよ、夜鳴。色々あったんだ、君の知らぬ間に、色々と、ね」

 リリリリリ。

 背後ではまだ、電話が鳴っている。

「夜鳴、君は少し日和過ぎたんじゃないかな。昔からそうだったんじゃあないかな。大事なことを逃すってこと、生前に学ばなかったの?」

「何が言いたい」

「電話、出ないの?」

 僕は息を飲んだ。


「ねえ、電話、出ないの?」


 それは。

「鳴ってるよ。まだ鳴ってるよ」

「わ、分かってる」

 でも、怖い。出なくて済むように扉を開けたのだから。

 電話、と言えば、沙月さんが金銭面で全面的に協力してくれている沢村さんという人にかけたそれが、僕を苦しめる。本当はあの時、電話なんてかけて欲しくなかった。

 有理のことなんて、彼女には知らぬ振りをしておいて欲しかった。

 リリリリリ。

 真実が呼んでいる。

「出ればいいじゃない、夜鳴、君はいつまで逃げているの」


 沢村さんは出張だから、1週間ほど待って。

 だからそれまではここにいなくちゃダメですよ。

 その言葉が何より嬉しかったかなんて、彼女は知らないだろう。


「夜鳴」

 イオリが静かに言う。紅い眼鏡の弦を押さえて、あくまで静かに。

「分かっているでしょう。もう終わりなんだ」




『ああやっと出た。誰もいないかと思ってた。長く待たせてしまって申し訳なかったね、如何せん急な出張で忙しくって……それで、まずは自己紹介をした方がいいだろうか。私は沢村悠という者だ。君は、』

「沙月さんとお付き合いして頂いている者です」

『……へぇ。沙月さんから直接電話があったと聞いたんだけど。お名前、聞いてもいい?』

「夜鳴、といいます」

『……聞いたことある名前だね』

「そうでしょうか」


 僕は平静を装う。


「お聞きしたいことがあるんです」

『なんだい』

「田妻有理、という人を知っていますか」


 彼女の名前を口にするのは、いつだって痛みを伴う。

 僕が失ってしまった最大のものだからだ。命を失ったより何より、そのことがいつまでも苛む。

 僕を死体として生かす。

 ほんの一瞬だけ沈黙が訪れた。世界のすべてが息を吸い込んで、止めて、何もかもが次の瞬間をただひたすらに待っているような気がした。

 その一瞬は、僕にとって永遠で。

 永遠は、終わる。


『知ってるよ』


 忘れられない名前だ、と沢村さんは言った。

『僕が愛した人の名前だ』

 ああ。

 やっぱり、この街に来るんじゃなかったよ。



『そして、沙月さんの母親、だね』




 ああ、有理。







 やっと、見つけた。

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