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Night Puppet  作者: Ria
第八章 転機と停滞
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第三話

 吐いた息が世界に溶けていく。私から出ていったものは透明で、誰に知られることもなく、ゆっくりと消えていったのだ。


 私たちの、未来。



 明日のことなんて分かった試しがなかった。夜鳴さんに会ったあの夜の前の日、私は何かを予感していた?

 そんなはずなかった。

 こんなことになるなんて、あんな出会いがあるだなんて分かるはずもなかったんだ。


 何度も繰り返し当たっては弾かれた羽虫の集る外灯、その冷たい無機質な灯りの下で、何より暗いベンチの下から夜鳴さんは這い出てきた。ゆらり、と立ち上がった亡霊のような立ち姿。

 逆光でよく見えなかった闇のような瞳は、今ならわかる、きっと開き切った瞳孔で私を見ていた。

 信じなかったあの温度も、初めて触れた、脈動しない手首の血管も、あの夜からずっと彼は変わらずに私の前に現れた。

 頑としてそれを認めようとしなかったけれど、そんなことで事実は変わらなかったのだ。



 ねえ、貴方が死体なのは、貴方のせいなの?



 失った過去に恐れを抱いて、変化に恐れを抱いて。

 でもそれは、貴方にとって居心地がいいだけの停滞なんじゃないの?


 私は専門家じゃない。昔から、起き上がりとか吸血鬼とか、死体が生者みたいに動くお話は聞いたことがあるけれど、でも、そんなものが実在するなんて思わない。

 科学的に、常識的に、有り得ない。

 まだ思ってる、本当はトリックがあるんじゃないかって、これは夢なんじゃないかって。

 でも事実、夜鳴さんは存在するわけで。

 難しいことは分からないけれど、イオリさんの話はなんだか腑に落ちた。


 そんな身勝手、死んでいるのと同じだわ。















「こんばんは」

 蹲っていた私に、誰かが声をかけた。

「こんなところで、ひとり、どうしましたか」

「あなたは……」

 どこかぼんやり私を見下ろしていたその人が、一瞬だけ夜鳴さんに見えた。

 でも違う。

 この人は……!


「ユキ、死んだんです」

「ユキ」

「はい、私の友達。分かるでしょ?あなたの、彼女でしょ?」

 彼女。


 ユキが死ぬ前日、付き合ってくださいと告白した相手は、確かにいいよと返事をした。あの後2人と別れて、何があったのかは分からない。

 分からないけれど、最期の日、確かに私より彼の方がユキの傍にいたんだ。

「彼女、死んだね」

 静かに男性は頷く。

「そんな、淡々と言って、」

「淡々と言うしか、ないよ。次の日に死んだ。どうすればいいのか、わからないのはこっちのほう」

「それは……」

 そんなことより、と彼は首を傾げる。

「危ないよ、もう暗くなるのに、外にいるのは、危ない」

「心配してくれてありがとうございます。でも、いいんです。少しひとりで考えたくて」

 まだ釈然としないまま、自分の中で消化しきれないまま夜鳴さんが待つ家に帰ったところで、どんな顔をしてどんなことを話せばいいのか分からない。

 私は夜鳴さんが好きだ。

 だからこそ、まだ帰っちゃいけない。


「危ないよ」


 彼は繰り返している。

 私は立ったままの彼を見上げて、あることに気付いた。

「ユキはなんで死んだか、知ってますか」

「殺人、だろ。犯人が捕まったって、聞いた」

「何も知らないんですか?」

「知っているわけ、ないだろう」

 じゃあ、と私は話題を変える。

「なんで夜鳴さんを探しているんです?」

「……」

 どこかぎこちなく話す独特の雰囲気を纏った人だけれど、はっきりとした沈黙は初めてだった。

「うちに来たでしょう?夜鳴さんを探して戸を叩いたのは、あなたですよね?」

「……分かっていたんだね」

 ため息をついて、男性は微笑んだ。やっぱりその表情は夜鳴さんに似ているような気がする。顔は全然違うのに。

「どうしてなんですか、あなた、誰ですか」


「俺は失敗してしまった人間だ」


 彼は微笑んだ。


「ずっと前に失敗して、ある青年を、自分が飲まれてしまった闇に引きずり込みたかった。それは成功したように思えたんです」

「一体何を」

「俺は、君のことも知っています、沙月」

「うそ、なんで」

「何があったのか、知らないでしょう、ね」


 教えてあげましょうと彼は言った。私は分からないし思い出せない。私の知らないところで何かが起こって終わっていたのだと、その恐怖が腹の底で蠢いている。


「夜鳴はまだ、元気だね。有理はまだ、見つからない。沢村はどうだろう、俺はまだ、終わってない。俺は、これからだ」


 会ったこともないけれど、私のことを支援してくれる沢村さん。

 どうして今、この人からその名が出るの?

「あなた、誰?」

「俺はゴトウ。ゴトウ、ミツギ」

 後藤。

 有り触れた苗字だ、日本に何人、同じ苗字を持つ人がいるだろう?

 それなのに胸騒ぎがする。

 私と同じ苗字。


「夜鳴も、有理も沢村も知ってる。イオリもだ。みんな知ってる、だって、俺だから。俺は、まだ終わっていないから」


 その、蒼白な顔色。少しつり目がちの美しい目。



 その瞳孔は、生きている人では有り得ないほど開き切っていた。

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