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Night Puppet  作者: Ria
プロローグ 外灯と羽虫
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第一話

 空が暗い。



 今日も、星は見えない。黒色の膜に包まれたかのようにのっぺりとした空は、私の頭のすぐ上にある外灯のせいでますます暗く、黒く、ぼやけていた。人工的な光に群がる虫ばかりが、薄い羽を輝かせて空をバックに舞っている。そんな無数のちらちらとした輝きをなんともなしに眺めながら、私は一つ溜め息を吐き出す。虫は嫌いだけど、今日はなんだか、そんな虫すら綺麗だと思えるくらい疲れていたのだ。


 あー、何をしてるんだろう、私は。


 さっきまではあれほど早く帰りたいと思っていたのに……いざ外に出て一人になれば公園に寄り道だなんて、友達に見つかったら大目玉をくらう。ただでさえ強引な言い訳を使って逃げて来たのだ。早く家に籠ってしまわないと、万が一でもこんなところを目撃されたらまずい、そんな状況にある私が動こうとしないのは、どうしてだろう。友人の失恋を癒す為の飲み会なんて出たくもないのに参加させられ、やっとのことで脱出したっていうのに。


 ついこの前、それなりに長く付き合っていた彼氏と別れた私は、それをすぐに友達に伝えなかったことを後悔した。伝える前にいつも仲良くしてくれている人たちのひとりが彼氏に振られ、失恋を慰める会が行われたわけだが。


 そんな中で私のつまらない失恋なんて、言えるわけがなかった。


 口にも出来ない。かと言って他人の失恋に親身になれるほど心に余裕もないクズみたいな私は、とっさに、別れたはずの彼氏に呼ばれていると嘘をついた。つまらない見栄だと分かっていたし、後々自分の首を絞めることも分かっていたはずなのに……私ってやつは大馬鹿者だ。

 どうせ本当のことは一番の親友にしか話していない。今日の飲み会の席で私の嘘をすぐ見抜ける人なんていなかった。

 でも、早く帰らなきゃ。

 家に、帰らなきゃ。

 誰かに見つかってしまう前に。こんな、誰にも会わずたったひとりで夜の公園の隅、街灯を見上げているところを見られないうちに。



 真っ白な光のせいで、驚くほど黒い影を落としている小石を軽く蹴った。石と一緒に影もころころ転がった。面白くもない。明日が憂鬱になっただけだった。

 小さくて角張った小石は数ミリずつバウンドしながら危なっかしく転がり、近くにあったベンチの下の暗がりに消えた。何かを期待していたわけじゃないのに、いざ消えられると物凄く理不尽な気がする。

「帰ろ……」

 家に帰っても誰もいないけどね。

 投げやりな皮肉を心のなかで呟いた、その時だった。

 コロコロと転がる小石の音が不意に消えた。まるでどこかに吸い込まれてしまったかのように、あるいは柔らかいものにぶつかって止まったかのように。あんまりにも不自然で唐突だったものだから、私はちょっとした寒気を感じた。

 ……何か、気持ち悪い。

 しかし人間っていうものは、怖いもの見たさと気持ち悪いもの見たさで動いてしまう生き物なのである。プラスαとして、私には天の邪鬼という若干自虐的な性格がくっついてくる。これでベンチの下を覗かないなら、多分そいつは私じゃない。


 と、いうわけで。

「よっこいせ」

 じじくさい台詞を当然のように吐き、服や髪に土が付くのにも関わらず、私はぺたんと地面に耳をつけるよう這いつくばった。酔っ払っていたとしか思えない、女子にあるまじきアクティブさである。

 ベンチが大きめなお陰か、人ひとりがなんとか突っ込めそうなくらいの空間があった。おかしな表現だと思う。自分でだってそう思う。

 でもしょうがないのだ。



 人ひとりが、突っ込まれていたんだから。



 膝を抱えただるま浮きみたいな格好でうつ伏せになっているのは、多分男性だろう……白いシャツが見える。黒くてちょっぴり長めの髪が見える。顔は隠れていて分からない。

「……死んでる」

 言ってしまってから慌てた。ほんとに死んでたら大変だ。死体の第一発見者なんてとんでもない!!もしかしたらただの酔っ払いかも。

 でもそれなら、なんでベンチの下なんかにいるのか。寝るならベンチの上で新聞でも被っていればいいのに、わざわざ下に潜って蹲っているなんて。まだ夏真っ盛りではないけれど夜になればそこそこ冷えるこの季節、ベンチの下が寝心地のいい場所とは思えない。

「あの……起きてます?大丈夫ですか?」

 返事はない。

 気持ち悪い。

 そんな恐怖心を、さっき摂取していたアルコールが緩和してくれているのを感じる。

「あの……起きてください」

 そういった次の瞬間、男性がぴくりと動いた。

 すうっと白くて骨ばった指が土を引っ掻く。もぞもぞと身動ぎした後、体にぐっと力を入れて立ち上がろうとした……が、できるはずもない。彼はベンチの下にいるのだ。多分、地面に埋め込まれた磁石かなんかでしっかりくっついているはずである。

 男性は諦めて力を抜き、やっと、手足を駆使して少しずつ這い出るべきという結論に至ったらしい。ざりざりと体を土に擦り付けながら、彼はなんとか這い出てくる。


 なんで私は、人気のない夜の公園で、ベンチの下で寝ていた人が這い出てくるのを眺めているんだろう。


 早く家に帰れば良かった。ここで立ち去るのもなんだか決まりが悪くて、とりあえず救急車が必要かどうかだけ確認してから帰ろうと心に誓う。

「大丈夫ですか?」

 怪談じみたずるずる加減で這い出してきた男性は、土を払おうともせずにすっくと立ち上がった。さっきまでベンチの下で寝ていたにしては、やけにスムーズな動きだった……ああ、そういえば、私も土を払ってないや。


「……だ、」

 しばらく言葉を発していなかったかのようなかすれ声で、男性は何かを言おうとしている。

 意外に背が高くて、すらりとしている。その顔を見ようと見上げた私は、自分がずっと感じていた気持ち悪さの理由を見た。

「……だ、いじょうぶです」

 ぎこちなく大丈夫だといった彼の顔は見たことがないくらい真っ白で……そう、こんなに顔って白くなれるんだってくらいの白さで、血の気は一切なく、蝋人形みたいな、どこか奇妙な顔。そして彼の目は、まるで今日の空のようなのっぺりした無感情だった。夜の膜に包まれたかのような、どこか焦点の合わない感じ。果たして私を見ているのかいないのか、それすらもよく分からなかった。

「あ、の……顔色、すんごく悪いですよ」

 紙みたいに真っ白な顔を凝視しながら言う。具合が悪くない筈がない。今にもぱったり倒れそうだ。


 ああ、これは救急車かな、じゃあまだまだ帰れない。


「顔色……悪い、?」

 男性はぼんやりした様子で自分の頬に手を当てた。形のいい、どこか可愛らしさを感じる大きな瞳を僅かに細める。しかしあり得ないレベルの血の気のなさが原因か、気味の悪さは拭えない。

「ヤバいですって、もう真っ白ですよ。歩けます?この近くに病院は……ああ、ちょっと遠いか。救急車呼びますよ。えーと、ケータイ、」

「ちょ、ちょっと待って」

 バッグの中を漁ろうとした手を、いきなり男性が掴んだ。さっきまでぼんやりしていた彼はどこにいったのか、救急車という単語で一気に覚醒したらしい。


 ただ、私はそれどころじゃなかった。

 右手首を掴む彼の手は少し固くて、そして、一切の体温が存在していないと思うくらい冷たかったのだ。氷のような、なんて表現の方が温もりを感じるくらい、圧倒的なまでのゼロ体温、無機物に掴まれているという錯覚すら生まれる。


 異常だ。


 絶対におかしい。


 ざわりと本能的に感じる違和感に鳥肌が立つ。その腕を見られまいと、とっさに後ろで手を組んだ。

 人の手だ。それは分かる。分かるけど、まるで手の形をした別のもののようだった。それこそ、蝋人形に掴まれでもしたかのような。


 なにこれ。

 なに?


「救急車は……病院はやめて。消えるから、お願いだからやめて……お願い」

「でも、あの、病気じゃ?具合悪いでしょ……?」

 彼はただ首を振った。そうじゃない、そうじゃないと呟きながら。

「俺は病院に行けない。それだけは駄目だ。そうなったら終わりなんだ」

 明らかに病気を抱えていそうなのに、それでも頑なだった。こんなに必死になって病院は駄目だと繰り返しているくせに、血色は改善されていない。死にそうなくらい顔色が悪くて、手に体温がないのに。


 もしその時の私が、彼が夜にふっと浮かんだ亡霊だと言われたらきっと信じただろう。でも、今なら言える。彼は幽霊なんかじゃないし、化け物でもない。あの時公園で出会ったのは紛れもなく人間で、私とは違う人間だった。





 これは運命だった。

 この出会いは、運命だった。

 それが良いものか、はたまた2人にとって悪いものとなったのかは分からない。そんなもの、わからなくていいと思う思っている。


 ただ、飢えるような幸せが、満たされるような不幸がそこにあって、私は大切なものを失う代わりに何かを得たのだ。


 これは、私と彼の終わりの物語。




 未来のない、物語だった。

 初めまして、Riaと申します。


ずっと書きたかったこのお話を投稿させていた頂きます。自分の中で淀んだ、どこか不明瞭な恋愛観のようなものを表現してお届けできればなぁと思っております。


少し長めの連載ですが、どうぞ最後までお付き合い下さいませ!

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