―大変なことになっちゃった―
「さってと、そうね、私からいろいろ話すべき段階ね。ここは普段から使っていた部屋じゃない。私名義で手に入れておいたセーフハウスみたいなものね。一応コムネナには知られていないと思う」
少女とは思えないスパイの様なセリフだ。だが、もちろん見た目だけの年月を生きている訳では無いヴァンパイアのメイリだ。
「まず今日のアンデット共だけどあれは知能を高めたタイプなの。連携した攻撃を覚えたらしいのだけど、もともと見られたヴァンパイアへの攻撃性も増してしまった失敗作ね。デヌリーク侵略で旧旧タイプのバカアンデットを、今回の日本で旧タイプの大バカアンデットを処分したはず。デヌリークに本格的に侵攻したのは最新バージョンでアンデットの意思をヴァンパイアがコントロールしているタイプのはずよ」
「そんな事が出来るのか?」
「ヴァンパイアにはヒトの記憶をいじれる事は知っているわね? ヴァンパイア相手だと記憶をいじる事は出来ないけどごく近しい相手、愛し合っていたり仲が極端に良かったりすると脳みそをいじりあって結果意識を共有する事があるの。これを応用してアンデットの意識を支配する事に成功した。従順で頭もいい、かなり精度の高い軍団の出来上がりね」
気がつくと綾奈がコクコクしている。
「綾奈を休ませたいんだが」
「そうねえ、ココは面積はけっこう有るけど2LDKだから部屋は2つなのよね。さすがにココを買う時にはこんな展開予想しなかったしね。綾奈ちゃんと同じ部屋で寝る?」
「もちろん俺はかまわないが綾奈が嫌がるだろうな。年頃だし。そんな贅沢言っている場合じゃないかな。綾奈とメイリで一つづつ部屋を使えばいい。俺は廊下でも寝れる」
「ウチの廊下とリビングは睡眠禁止なのよお。まっいいわ。とにかく綾奈ちゃんを運びましょ」
布団は2組しか無いのでその内1組を敷いて綾奈を横たえる。リビングに戻ると
「えっと新アンデット軍団までだったわね。何よりもコムネナが変わってしまった。ヴァンパイアは過去1000年単位でヒトとは争っていないの。記録に有る限り1500年くらい前にエジプト辺りで覇権を取ろうとしたみたいだけど結果は良く分からない。何れにせよヒトを支配する事に興味は無かったのね。なぜなら、ヴァンパイアを発現したものは強い。繁殖力こそ弱いけどこれはむしろ生物として強い事の表れだわ。あまりに力の彼我が大きいから戦おうとも思わない。原子爆弾はヒト最大の兵器でしょうしその恐怖はむしろ放射能だと思うけど、私達は放射能の影響すら大して受けないし、本気になったら所詮ヒトが自然界から作り出した障害なんて克服するでしょう。完璧な除去装置とかね。もちろんあんな爆弾の物理的な衝撃を受けたら消滅しちゃうけどね。とにかく力の差はヒトの大人と子供どころでは無い、圧倒的なものよ」
確かにアンデット戦を一度見ただけでも分かる。ヒトが全滅を繰り返し綾奈のおかげでやっと倒せる対象が虫嫌いの主婦とゴキブリの戦いよりあっさりケリが付くのだ。戦う事自体が不可能だろう。
「ところでアンデット渦がなぜ発生するのかは聞いた?」
「ああ、ヴァンパイアがなんて言うか狂ってしまう場合だろう」
「そう、理由はいくつか有るけどヒトを襲い始めるヴァンパイアが出る。今回のそれが……コムネナの妻だったの」
「なんだって?」
「でもそれはいいの。もちろんヒトにとっては良くは無いだろうけど過去にもコムネナの妻がアンデット渦を起こした事が有る。どう解決したかまでは知らないけど結局事は治まってきた。ヒトの被害はともかく私達にとっては事故みたいなものね。ところが今回は……ヴァンパイア同士の意識が通じ合う話しはしたわね。コムネナと妻は愛し合っていた。その状態で通じ合うのは自然な話しだけれども妻が狂い始めても通じ続けていたのね。コムネナはメガリオだし脳への干渉を攻撃と捉えれば誰よりも耐性は高いと言える。その彼が言わば洗脳されてしまったの」
「この前の面会はどうなんだ? 変わった様子は無かった、と言ってもそもそも正常なコムネナは知らないけどな」
「あの時も十分おかしかったはずよ。でも、それをヒトに気取られるような事はしないでしょ。私でもまずいと思いだしたのはホンの2週間前だしね」
単純と言えば単純な顛末。皇成は声も出ない。
「妻の脳への干渉力、分かりやすく精神干渉力と言ってもいいけどそれが異常に強かったと言う事ね。もっと悪い事に以前の彼女は慕われていた。美しく見えるヴァンパイアの中でも飛び抜けて美しいのに驕る事が無く、天真爛漫な明るさを持っているのに悩める者の気持ちも良く理解した。コムネナのコリグランド貿易にはヴァンパイアが何人も所属していたけど本来個々で活動して親子と言う理由位では一緒に行動しない私達がコムネナの元に集まったのも妻の力だと思う。コムネナもヴァンパイアの平均から見れば面倒見が良かったけどヴァンパイアはそもそも面倒を見てもらう必要無いしね。そしてある意味妻に心酔していたヴァンパイア達も意識洗脳にあらがえ無かったのでしょう。当然と言えば当然、心を寄せていただけで無くあのコムネナすら捉えた力ではあらがう気自体起こらなかったでしょうね。考えてみれば妻の変わり様は凄すぎる。明るい振る舞いにも無理があったのかも知れない。その身に時間の流れが戻って衰えを認識した時全てが崩れたのかも知れないわね」
「メイリはどうなんだ? 洗脳の影響を受け無かったのか? コムネナの近くにはいなかったのか?」
「私もコムネナと行動を共にしていた。コムネナも好きだったけどやっぱり妻に魅力があったからね。今思うとそれはプラスの洗脳だったのかも知れない。でも私にマイナスの洗脳は効かなかった。こういう能力は遺伝もするの。私もきっと洗脳力が高いんだと思う。能力が高ければ耐性も高い」
メイリはとことん寂しげにつぶやく。
「妻は、私の母親なの」
なるほど。
皇成は何も言葉が次げない。自動的にコムネナは父親になる訳だ。
「母はアーニアと言ってここ数年何回か日本に来ていたわ。その度にアンデット渦が起こっていた。なぜ母が日本に来ていたかは……今はちょっと分からないんだけど、もう何年も前からおかしかったんだと思う。私もいつも一緒にいた訳じゃ無いし、アンデットが出たこともそんなに気に留めていた訳じゃ無いから想像もしていなかった。最近も来ていたけど数日前に出国している事は調べたわ……」
肉親の情、と言うものはヒトに比べて薄い様だがまがりなりにもメイリは愛する者達が狂気に染まって行く様を眺めて来たのだ。同時に皇成には洗脳力と聞いて気にかかっていた事にピンと来る部分がある。
「ここに向かっている時にも力を使っていた? この場所に来るように俺を誘導していたのか?」
「そゆこと。出来るか分からなかったけどなんかうまくいってるなあ、って。ううん疲れたな。今日はこのくらいにしましょうよん。もう休まないと」
急にくだけた調子でメイリは伸びをしながら話題を変えた。
「ヴァンパイアも疲れるのか?」
「なんか失礼じゃない? 基本的にはヒトと同じと言ったでしょ? もっとも一週間くらいなら寝ないで活動出来るけどね。血でエナジーを補給しながらならもっといけるし」
「どこがヒトと同じなんだ。スーパーマンじゃないか」
あえて化物とは言わない。皇成は別にメイリの事が嫌いな訳では無いのだ。
「……皇成が疲れているでしょうが」
「俺は大丈夫だ。って、えっ? 俺?」
「ヒトは18時間程度連続して活動すると疲れてくるものと認識してるけど? それともがっつりお昼寝でもしたの?」
思いがけないメイリの優しい声音に戸惑いつつ急に眠気を感じる。
「ウチは廊下とリビングで寝るの禁止だから綾奈ちゃんと寝るか玄関の外で寝るか私と寝るかね」
廊下で寝泊まり禁止など事態が大きく動く中で全く気にする余裕は無かった。確かにさっき廊下とリビングで寝てはいけないと言われた気がする。
しかしメイリはヴァンパイアで有ることは置くとしても、いや置いてしまえばかなり可愛らしいの美少女なのだ。
「いや一緒はマズいだろ。綾奈がなんと言うか……つか、他に選択肢がなければ……いやしかしな……」
「てゆうかあ、別に添い寝はしないわよ? 皇成は私の部屋の床でねるの。なんか期待しちゃってなあい?」
ヴァンパイアとしての顔は完全に引っ込みちょっといたずらっぽいとさえ言える可愛いらしさを見せる。母は誰からも慕われたと言う血統書付きだから皇成の慌て度もマックスだ。
「ああ、そうだな。それならいいんじゃないか?」
そして2人で部屋に入ると
「あっ私もパジャマどころか着替えも無いんだ。ううん仕方無いなあ。皇成、床は確定なんだけど何もかけなくて大丈夫そう?」
「ああ。外でもどこでも寝れるからな。ベッドに寝るのと変わらない快適さだよ。明日、と言っても今日だがいろいろ仕入れよう。2、3日は動け無いだろう」
「なに言ってるの? のんびりするつもりは無いわ。でもこれからの話しも全部起きてから。さっ寝ましょ」
メイリは小さなランプを残し部屋を暗くする。
メイリが布団に潜る気配と共に皇成にも眠気がやって来る。ハードな鍛錬をしているので実際体力の限界はまだまだ先だったが、休める時は休むの原則と共にやはり疲れてはいたようだ。
「ねえ皇成、お願いが有るの」
「何?」
「一度しかお願いしない。駄目なら永遠に口にも出さない。だからもし駄目でも一度だけ許して欲しいの」
「分かったからなんだよ?」
繰り返すがメイリは十二分以上の美少女なのだ。甘い声で囁かれれば緊張もする。
「血を、吸わせて欲しいの。表向きの理由はあなたの能力を手に入れるため。血を吸うとそのヒトの能力を手に入れられる事がある。私達はヒト相手なら十分強いから格闘訓練なんてしないし銃も扱わない。私の剣術は特別で武器開発の為に訓練しただけなのね。皇成はこれからの私に必要となる能力をたくさん持っている……」
皇成には不思議と血を吸わせる事自体への嫌悪感や拒否感は無い。それがメイリの望みなら叶えてやりたい気持ちの方が強い。
「表向きは分かった。裏向きもあるの?」
「ダンピレスになってこれからを共に過ごして欲しいの。私の時間は長い。一生とは言わないわ。実際200年以上をずっと同じパートナーと過ごした話しは聞いた事が無い。それでもヒトはあまりに早く死んでしまうからとても一緒にはいられないの。必ず悲しい思いをする事が分かっている相手と笑い合える? いえ、笑い合えるからこそ余計に余計につらいんだな。でも私の歳だと手順を踏んでも必ずダンピレスになるかは分からない。あと100年も経たないと確実にはならないんだけど」
「ふうん。今いくつなんだ?」
何気を装いあくまでもさりげなく聞いてみたがダメだった。急に身体を起こして声にもおなじみのドスが混じる。
「今それを聞くのかよ。だいたい女にシレっと歳聞くんじゃねえよ」
目は双方が赤く輝き顔は怒りの雰囲気を出している。が、口元は軽く歪み身体も半身起こしているだけでシナだれている趣きで全く怖さは感じない。それでも皇成はわざとらしく怯えた素振りで
「大変申し訳有りません」
と頭を下げる。
「お詫びに血吸ってもいいよ。ダンピレスになってもいいかどうかはまだ分からないけどね」
「ん……」
口を半開きのしたたまま瞳の色を消したメイリ。
「つか、首から吸うのか? ちょっとアレだな」
「首から吸うのは恐いからヤ。首を咬み千切ったらどうしよって」
「オイオイ」
「だから腕出して」
もしかしたらしばらく使えなくなる事を考慮して左腕を出すと
「利腕はどっち? 利腕を出して。大丈夫だから」
と促される。右腕を出すと腕の裏側の手首より少し下辺りを軽くなでる。
次いで舌を出して軽く舐め始める。
たまにキスするように唇を吸い付かせ腕のその辺りは唾液でペトペトな感じになっていく。
「麻酔効果があるの」
確かにジンとしびれてきている感じが有る。
たっぷり5分も舐めまわした後でおもむろに唇をすぼめて吸い始める。
チクッとした気がしたが気のせいかも知れない。どう言う事になっているのか分からないが皮膚から直接吸い出しているらしい。
「うっ」
痛みどころかしびれが身体に回ってきてむしろ気持ちいい。
トロンとした自分の目に気付かずメイリを見下ろすと瞼を少し震わせながらじっと腕をくわえ込んでいた。
何分経ったか気にならない間皇成は恍惚感に浸っていた。
気が付くとメイリは口を離しそのままぐったりと床に頭を付けている。皇成も少し身体をずらすと変に近づき過ぎない辺りで横になり目を閉じるとたちまち眠りに落ちていった。
「ん、んん、、」
綾奈は結果的に一番早く休んだ事も有り皇成より早く目覚めた。
「んん、えっと」
昨日はいろいろな事が起こりすぎた。寝ぼけて聞いていた話しを思い出す。
「やだ、帰るトコ無いの? 学校行けないの?」
考えている内に悲しい気持ちが込み上げてくる。
コンコンとノックが聞こえた瞬間返事を待たずにドアが勢い良く開け放たれる。
「おっはよう綾奈クン。調子はどかなあ? 痛いトコとかないかなあ?」
綾奈の気分に完全に逆行するやたら元気なメイリだった。
「おっおはようございます。てゆうか私起きたの分かったんですか?」
「んん? 勘よカン。起きて昨日の事思い返してこれからの事考えてカナシイ気持ちになってるんじゃ無いかと思ってねえ。ちょっと明るく登場してみたけど違ってた?」
綾奈は素に驚いて
「全くその通りです。なんか凄いってゆうか凄すぎってゆうかそのまんまでした」
「当ったりいだね。昨日あれから皇成とも話し合った。まだ結論は何もでていないけど私にも考えがあるしなんとかするよ。ヒトは感情の動物って言うじゃない? 私達も一緒。前向きな気持ちを持った方が上手くいくって」
「私達? 私もついにヴァンパイアになりっぱなしになったって事?」
「違う。まだよ。て言うか気に触った? 気にならないと思って言ってみたんだけど」
その時綾奈はメイリがすまない気持ちと困った気持ち、どうしようと言う不安な気持ちを一気に膨らませた事を感じる。状況的には落ち着いているので冷静に考える余裕があった。「メイリさんにも不安は有るんだ。私に気遣ってわざと明るく振る舞ってくれてる。でもなんだろ? メイリさんの気持ちをダイレクトに感じる。分かる」
「ううん、そんなところを気にしてるんじゃ無いです。ヴァンパイアになりたい、とも思って無いけど本当の状態の知りたいなって思っただけですよ」
と素直な気持ちを伝えた。なんだか自分の気持ちもメイリに伝わってしまう気がしたのだ。
「そう。良かったあ」
やはり、だ。今メイリは綾奈のヴァンパイア云々に喜んだのでは無い。綾奈が素直な気持ちを口に出した事に喜んだ、そんな気持ちが伝わってくる。
「あのね、綾奈ちゃん。夕べね、皇成の血い吸っちゃった。ごめんね」
「ええ! 衝撃! なんでまた」
「うん。血を吸うとね、そのヒトの能力が身に付く事があるの。100パアじゃ無いんだけどね。皇成はヒトにしては強いでしょ? その力が欲しかったんだ」
「ふうん。美味しくはないよね。おなかとかこわさ無かった?」
「ううん。おいしかったよ。皇成、いい奴だもん」
「うん、まぁ、良い人だけどね。そか。お兄ちゃんの血をね……」
綾奈に嫌悪感は全く無い。少し羨ましくさえあった。
「そろそろねぼスケが起きる頃だ。これを着て下いこ」
メイリがさりげなく持っていた紙袋からTシャツにスエットの休日セットが出てくる。
「今日少し着替え買ってくる。ちょっと我慢してねえ」
「我慢なんて……。ありがとうございます」
下着類は最初から入っていない。綾奈の気持ちをしっかり察した着替えセットだ。綾奈は少し涙目にすらなってもう一度
「ありがとうございます」
と小声でつぶやく。これで少なくとも汗臭い恰好で兄の前に出なくて済む。それにしてもダボダボだ。メイリはもちろん太ってはいないしむしろ痩せているように見える。
でも綾奈よりは背が高いし歳上だしダボついて当たり前だ。当たり前なのにちょっと自分が残念に感じる。
「メイリさん、ヴァンパイアが完全に発現したら成長が止まるんですよね。発現するのはいいとしてその時期をコントロールする方法は無いんですか?」
「例としてはあったらしいよ。でも、もともと発現可能性がとても高い血筋で何かの事情で発現時期を調整しただけ。発現して引っ込んでなんて無かったか気付かれた事無かったんじゃ無いかな」
「そうですか……。発現するのはもっと成長してからがいいなあ。長い間ずっと子供のままはちょっとなあ。でも今この力が必要なんですよね。どうしたらいいんだろ」
「そんなの悩むトコじゃ無いよ。多分自分ではどうしようも出来ないだろうしね。うん、じゃあ一つだけ協力するけどもし戻るとは言え発現回数が多いほど完全に発現する可能性が高まる事が分かったらもう綾奈ちゃんは戦わせないわ。約束する」
メイリは強い。今まではヒトの生死に興味が無かったから前面に出て来なかったが、綾奈の為なら全面協力すると言う事だ。
「気持ちは嬉しいんですけどなぜ私の為に? もちろん私達だけでは足りないと思うから私とは関係無く協力はして欲しい、って事になると思うんですけど」
「気持ちの問題よ気持ちの。アンデットやヒト相手ならそんなに頑張らなくても勝てる。アンデットの新しい奴らは手強いと思うけど最後に逃げようと思えば逃げられる程度。でもヴァンパイア相手じゃグロウで有るだけで敵う訳ないしイルサテであっても強い奴は強いだろうからアドバンテージはゼロよ。当たり前だけどね。ヒトごときの為なら自分の事を考えるけど綾奈ちゃんの為ならとことん全力でイク、ってコトね。理由は……綾奈ちゃんが好きだからじゃダメ?」
「ダメな訳有りませんけど……」
「なんだか話しがシリアスになってきちゃったね。いったんおしまいにしよ? 大事な事だからまた話すけど今は皇成叩き起こしてどう動くか決めないとね。あんにゃろいい加減に起きろってんだよね」
メイリが立ち上がって部屋を出た後で手早く着替えた綾奈も部屋を出てリビングに入る。申し訳程度に敷かれたカーペットの上に座り込んだ2人がこれまた申し訳程度に置いてあった14インチの小さなテレビを食い入るように見ている。
「あっ起きたんだよな」
と言いながらボリュームボタンを押して音を出した。
「つか、2人して音無しテレビ見てたの?」
メイリはもちろんだが皇成にも何らかの超能力があるのでは? と思う綾奈だ。まだ綾奈が寝ていると思っていた皇成の気遣いと、メイリはなにも考えず皇成と一緒になって無音の画面を見ていただけなどという複雑な設定を把握するほど起き抜けの頭は冴えていない。
「洗面に歯ブラシあるよ。あっシャワー浴びれば? 着替えは無いけど流すだけでも良くない?」
「うん。そうします」
ボディーソープやシャンプー、さすがにバスタオルは無いが10枚セットのタオルが洗面スペースに散らばっている。シャワーを使って出来るだけ綺麗に洗面回りを整えると相変わらずテレビに釘付けの2人の後ろに立ってテレビを眺めた。
思わず髪も洗ってしまったので櫛も欲しいなと考えながら。
「現在のところ要求はただ一つ、「我らに従え」です。狂気です。ヨーロッパを中心に数ヶ国が過去よりヴァンパイアの存在を認知し、かつ友好的な関係があった事を表明しています。我が日本もはるか昔からヴァンパイアの存在を把握しており共存関係に有った事、昨日起こったテレビ局関係者惨殺、中継車破壊事件の犯人はヴァンパイア絡みで有ることを発表しております。また、昨日の事件以前に国内においてヴァンパイア絡みの惨殺事件が過去3年間に数件起こっておりますが、今回の件とはつながりが有るとは思えない事を公式発表としております。現在、デヌリーク市国エリアへの食料供給は行なっておりますがもちろん要求を飲めるはずも無く各国首脳は大英帝国に集まり協議を重ねております。各元首は自国で起こりうる不測の事態に備え、示し合わせて自国に待機中との事です。繰り返しお伝え……」
「なんなんだ我ら従えってのは」
皇成は呆れたようにつぶやく。
「訳仕方の問題も有るんじゃない? いずれにせよ犠をだせってね。でも、こんな要求が通らない事はコムネナには分かっているはず。ヴァンパイアの中には的外れなのも多いけどコムネナはヒトと手広く商売をしていたしね。どういう事だろ?」
メイリにもコムネナの真意は計りかねるようだ。
「まずはご飯食べるって事でどう?」
緊迫した分析最中の綾奈の提案に、皇成が綾奈はこんなに残念な頭だったかと振り向くと涙を必死に堪える姿が有った。
現時点では大多数の日本人にとって遠くの国のクーデター程度の認識しか無いだろう。アンデットに襲われて亡くなった遺族さえその真実を正確に伝えられていないせいも有りそれほど危機感を抱いていないはずだ。
しかしメイリ達を別にすれは唯一アンデットを倒せる存在として戦闘に参加してきた綾奈にすればアンデットより圧倒的に強いとされるヴァンパイアの暴虐は恐怖以外の何者でも無い。怖さを誤魔化すためあえて日常に帰ろうとしたのだ。
皇成は慌てて思い直すと
「そうだな。メイリ、相談なんだがこの先3人は離れて行動しない方がいいと思うんだ。食事にしても1人が買いに行った方が目立たないだろうが万一どちらかが攻撃を受けて離ればなれになるとどうしても一方が気になって制約が出てしまう。とにかく3人で一緒なら余計な気苦労を負わなくていいと思うんだがどうだろうか」
「そおねえ。何しろ一番弱いのは皇成ちゃんだしねえ。皇成ちゃん拐われたら綾奈ちゃんと助けに行くの面倒だしねえ。でもいつも一緒ってどうなのお? お風呂とかあ。私と綾奈ちゃんはイイけどお」
「お前らだって一緒には入らないだろが」
「コラ皇成! お前ってのは誰の事だ? メイリ様って呼ばせるぞ?」
いきなりメイリが逆ギレしてくる。
「そりゃ悪かったけどメイリだって俺の事ちゃん付けで呼んだぞ? 聞いてねえぞ?」
「あっそか。くそ、おあいこでいいよ。これから気をつけろよ」
「つか、言葉遣いわりいよ。綾奈の教育上良くない」
「これからお気をつけあそばせよ、皇成」
クスクスッと綾奈が笑う。
「お二人さん気が合うのね。妬けちゃいますわあ」
「「違う」」
確かになかなか息の合う二人だった。