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―いろいろ教えてくださいね―①

「コ・ン・ニ・チ・ワ」


 長いサラサラストレートが実に絵になる、可愛いと美人を足して2で割ったような女の子が下校中の綾奈の前に飛び出してきた。そして綾奈にはあの極端な能力をもってアンデットを倒した日以来、そして明確にヴァンパイアを名乗る存在に出会って以来、それを見分ける事が出来る様になっており、間違いなくヴァンパイアである相手に警戒する。


「はい?」


 綾奈は肉弾戦を前提にした訓練はしていないが格闘訓練自体はしている。もちろんスポーツでは無く必殺技だ。ヴァンパイアのパワーが無くても少しかじっただけの一般人に遅れを取る事は無い。


この相手がヴァンパイアで有る以上勝ち目はないが、ヒトと違ってそれだけの強さの殺気を放たないので身体がすくむ様な事が無く軽く斜に構えて右足を引き戦闘態勢をとる。事実、仮にヒトの暴漢の類であれば綾奈に触れる事も出来ないだろう。優秀な班員でようやく喧嘩になる位には強い。


「ちょっとちょっと。私が声をかけた瞬間に意図は察しているはずよお。冗談でもそれは冷たいんじゃなあい?」


 ヴァンパイアの水先案内人。彼女は敵では無い。分かっていたが用も無かった。


「そうかも知れないけど結構です。お兄ちゃんもいらない心配するしお話しする理由は有りません。サヨナラ」


「まってまってよん。私はね、あなたに正しいあなた自身の認識を持って貰おうと思ってコムネナに頼んで接触してるの。本当はお兄さんと一緒にレクチャーを受けて貰うのが望ましいけどね、でも例えばヴァンパイアになっても生理は有るしヒトより20倍時間が長いから苦労は200倍よ、なんてお兄さんの前で言える?」


「んんんん」


「ま、いいわ。今日はごあいさつ。もし、どうしても気になるなら一度お兄さんに会ってからでもいいし」


「あなたはいつからヴァンパイアなんですか?」


「うんうんその調子っと。ちょっと待って。ジュースでも買ってくるわん」


 現れたヴァンパイアは公園の入り口と道路をはさんで反対側にある自動販売機でジュースを2本買って小走りに戻ってくる。公園のベンチに座り綾奈は携帯をチェックしていた。習慣のようなものだ。


「改めまして、私はメイリ。メイちゃんって呼んでね」


「無理です」


「なあんか明るさが足りなく無い? 女子中学生ってさあ、もっとこうハアイ、みたいな」


「そんなタイプじゃ無いですし」


「そっかあ。暗い系?」


「暗くも有りません。それでいくつなんですか?」


「んっとね、発現したのは17の時でそれから80年位経ってるかな。当時の知り合いでまだ生きてるヒトもいるかも知れないけケドね、みんなお年寄りになっちゃってさ。もう会えないよね」


「寂しい、ですか?」


「最初はね、発現して成長が止まってもあまり気にしなくて、10年位は若いよねえなんて言われて楽しい位だった。けど若く見えるにも限度があるし私は見えるだけじゃ無くて本当に歳とってないし。ヴァンパイアになるとね、綺麗になれるの。多分、エネルギー量が桁違いに多いから輝いて見える、って感じかな。だからモテるしね。いい事の方が多いわよ」


「咬むと相手もヴァンパイアになるんですか? 基本ですよね? でもそれってアンデットの事だったんですか?」


「直接吸って殺しちゃうとアンデット化するの。エナジーの概念は聞いたわね? 血には吸い方が有るんだけど吸ってる時に相手に痛みを与え無い様にちょっと細工するのね。その細工に原因が有ると考えられているわ。それが相手にエネルギーを与えて甦る訳。んでアンデットじゃ無くてヴァンパイアになるかと言うと、ヴァンパイアに成り立てにはムリ。200年位経ってせめてグロウにならないとね。もちろんコムネナは出来るでしょうけど、大体血を吸う事だって最初は出来ないし、今は直接吸う事も無いから練習の機会も無いしね。同じヒトを何回か吸うとなっちゃうらしいわよ。でもそういうのはダンピレスって呼ばれる特別体扱いでね、ちなみに組織的には表向き禁止しているわ、むやみにダンピレスを作る事を」


「どうしてですか?」


「私達ヴァンパイアの数って総数があまり変わらないらしいの。寿命が長いし簡単に死なないから発現者が多いと地球上はヴァンパイアだらけになるはず。でも消滅する数と発現する数が概ね一致しているらしくてね、増減はあまり無いと考えられているわ。何故だか分からないから超越者のコントロールとの意見も有るし。もっとも地球上の全てのヴァンパイアを把握している訳じゃ無いからヨーロッパとアメリカ、それと日本の登録数からの想定だけどね。ダンピレスはアンデットと違って基本的にヴァンパイアと変わらないから抹消対象にもならない。でもあまり数が多いと不思議な数のバランスを崩す恐れが有るからね」


「登録ってなにに、ですか?」


「プレナガ以上の希望者ってか承諾者は紳士録になってるの。昔は10年に一回紙で発行していたけど数年前にネットでも見れる様になったわ。人間関係の様に気を使う事は無いけどやっぱり有名どころは押さえておかないとね」


「ネットにヴァンパイアの名簿が有るんですか? 冗談ですか?」


 全体的な話はまとまっているがこれにはちょっとイラッとする綾奈だ。


「冗談じゃ無いわよ失礼ね。「ヴァンパイアマニアコレクション」ってサイトが有るんだけどそこからパスで入るのよ。名簿に載っていなくても登録したヴァンパイアにはパスを教えているわ。管理者しか見れないもう一つの名簿も有るって事にもなるわね」


 綾奈はヴァンパイアとはどこまで身近な存在なんだと思いながら


「パスワード教えて貰えます?」


「綾奈ちゃんはまだヴァンパイアじゃ無いからだあめ」


 綾奈には不意に空気が止まって感じる。


「私、ヴァンパイアじゃ無いんですか?」


「今日の本題の一つね。あなたはまだ本当に発現したのじゃ無いと考えられているわ。普通、発現と共に能力が向上しそして成長が止まる。あなたは8歳の頃から能力の一端を見せながら成長を続けているし、この前の件は戦闘中は明らかにヴァンパイアだったけど終わったら戻ってしまった。発現するのは確定だと思うけど出たり引っ込んだりしているレアケースね。私は発現する前にヴァンパイアの力を使う必要性が無かったし普通みんなそうだから誰にでも起こりうる事象なのか分からない。もしかしたら天才少年なんて呼ばれるコの中には発現予備軍がいるのかもね。いずれにせよ貴方は今日現在ヴァンパイアでは無いわ。もっとも、もっと成長してからの方がいいわよ」


 メイリは綾奈の身体を上から下まで見よがしに見つめながら言う。


「やっぱこう、出るとこ出てからって言うかね。あと10年位後でもいいんじゃない? それくらいかかりそうよ?」


「大きなお世話なんですけど? 17歳の外見のあなたに言われたくありませんし。もう遅いから帰ります。あなたの事はお兄ちゃんに報告しますよ?」


「もちろんそうして。場合によってはあなた方に協力しようと思っているから一度お兄さんにも会うわ。せいぜい褒めておいてねん」


「あなたを悪いヒ……ヴァンパイア……だとは思っていません。ありがとうございました」


「うんうん。まったねえ」


 ひらひらと手を振るメイリをベンチに残してかばんを持った綾奈は家路を急いだ。



 家に着くと皇成は綾奈の帰りが遅い為に夕食の準備を始めていた。綾奈は基本的に寄り道して帰る事が無い為に帰りが遅いと皇成から携帯掛けまくりだった時期も有るが、帰りが遅い事に気づくのは当然皇成が在宅の日に限られる。仕事や訓練でいない日の方が多い事から心配TELはたまたま皇成が早く帰り、たまたま綾奈が遅くなった日となる訳で、そのバランスの悪さに綾奈がブチ切れてから少し遅くても電話はして来なくなった。


「たっだいま。今日はお兄ちゃんのメンチだね」


「ああ、おかえり。遅かったじゃないか 」


「うん。ご報告がごさいますのでお食事時にでもお話しいたします」


「おいおい、改まって怖いな。今言えよ」


「ううん、大した事じゃないよ。とりあえず着替えてくる」


 自分の部屋に入る綾奈を見送りながら味噌汁を完成させる。結構料理は好きな方なのだ。夕食のテーブルを囲みながらメイリの事を報告する。綾奈はメンチにたっぷりソースをかけるが皇成はなんと塩だ。料理本来の味が生きるとかなんとか。


「まあ、話しを聞く限りでは悪意有る接触ではなさそうな感じだけどな。ただ、ヴァンパイア自体の事が良く分かっていない。支部長に聞いてもデヌリークの連絡を待ての一点張りだ。とにかくその女ヴァンパイアには一度会いたいな。連絡先とか分かるのか?」


「ううん、そんなの聞いちゃうとさ、まるで私が会いたがってるみたいじゃない? だから聞か無かったんだよね。まずかったかな」


「いやいいよ。それでいい。どうせ向こうから接触して来るだろう」


「ちなみにさ、スッゴい美人だよ。綺麗な黒髪ロングで目も大きめだし視線がゾクッて感じ。期待だね」


「お前は本当にマセ発言増えたな。兄は悲しいよ」


「こんなの普通でしょ。てか、考えたらお兄ちゃんて女の人の影無いよね。モテ無いの?」


「モテるさ。モテ過ぎてバッティングが多いからなかなか付き合え無いんだよ」


「ウッソくさぁい」


 食事が終わり、綾奈も手伝って片づけを始めようかと言う時、皇成の携帯が鳴る。


「ハイ。ああ、ああ、了解した。班構成はDで。すぐに行くからエリアをメールで送ってくれ」


 電話を切ると


「綾奈、出動だ。2体らしいが詳しいことは分からない」


「はぁい。サクサクいきましょっかあ」


「お前、油断していないか? いや、軽く勝てるならいいが保証は無いんだ。頼むから気を引き締めてくれ」


「そうだね、まだ完全にヴァンパイアじゃ無いんだしね。うん、頑張る」


「えっ? ちょっと待て。そうなのか? まだヴァンパイアじゃ無いのか?」


「うん、メイリさんがそう言ってた。ヴァンパイアになったりヒトに戻ったりしてるって」


「そう言う肝心な事を教えてくれよ。戦闘中にヴァンパイアになるのならそれも安心と言えるのかも知れないけどあくまでもヒトなら無理はしないでくれよ」


「うんうん。りょうかいしましたぁ」


「全くもう」


 二人は夕食の片付けもそこそこに出撃の準備に入った。



 その頃ヨーロッパの宗教国家デヌリーク市国では衝撃を受けていた。80体にも及ぶと思われるアンデットの襲撃を受けていた。


「コムネナ卿に連絡を。サロメリア公にもだ」


「連絡が付きません。通信回線が全て機能していないのです。国内国外、無線有線全て使えません」


 アンデット侵攻はデヌリーク市国で密匿されてきたある事実が驚愕に拍車をかけている。アンデットはヴァンパイアを襲わない、その前提の基にデヌリーク市国は庇護の名目でヴァンパイアに居場所を提供してきたのだ。


 国の中心地をぐるりと囲む様に並ぶ一般居住区には500年前から建つブロック造りの建物の中にまんべんなく配置されたヴァンパイアが住んでおり隣にヒトが住んでいても気づく事は無い。ヴァンパイアの容姿はヒトと変わらないとは言えあまりに固まって住んでいると違和感が有るだろうと言う先人からの決まりだった。


 実際、中世における魔女狩りの嵐の際も魔女=アンデットは市国に侵入せずデヌリークの聖域性を高めるのに一役かっていたのだ。それが侵入を許したばかりで無く攻撃によってかなりの犠牲者を出している事に混乱極める枢機卿をよそに、対魔実働部隊は的確な速い展開を見せていた。


 そもそもデヌリーク市国は10キロ四方程度の面積しかなく本当の意味での国家の体裁は無い。主要な建物は中心に位置する王宮と少数の定住している聖職者達の居住区、世界中から集まる聖職者の為の仮住まい、そして直轄のエクソシスト部隊を含む対人外戦用の実働部隊の宿舎や訓練施設、武器庫などだ。実働部隊は国内の治安維持に当たる警察権も無い、純粋な戦闘部隊で、様々な要請の基に極秘理に各国へ派遣される。特に対アンデット兵器を世界で唯一維持開発している軍隊と言える。


「拡散バリスタを前へ。連射が出来る様に1機4人態勢だ。M型陣型でテルミット部隊配置。周辺に銃機関銃を配せ」


 指揮官とて対アンデット戦の実戦経験が有った訳では無い。この100年で本格的な出動はわずか2回、計3年の他は数体の出現を処理してきただけでは経験の積みようが無い。なのに、各事例を徹底的に研究してきたレポートに基づいて作戦を発動していた。


 日本のアンデット渦も研究しており過去最高と思われるスピードと筋力、かなり高度な知性を有している事を把握している。日本において手に追えなくなった場合、更に日本国が国として滅ぼされてしまった場合にヒトの生存圏を取り戻すべくの使命感の賜が結実していたとも言える。


 出現エリアから考えれば日本型とは別種とも考慮すべきだがそこまでは及びつかず、結果として日本型だった事は吉と出た。


「スエリ国防省にも連絡。対アンデット兵器を王宮広場に強襲投下。正着率は問わない。どうせここに無ければ役に立たないのだから」


 デヌリーク市国は国防と警察権を隣国のスエリ国に委託している。スエリ国は永世中立を是としながら「強い力を持たなければ中立を保てない」と言う信念の基に小規模だか強力な軍隊と国策に近い兵器メーカーを有しており世界有数の武器輸出国でも有る。


 アンデットを始めとする対人外戦に特化したデヌリーク市国の部隊はスエリのエリコム社で兵器の研究開発、生産を行なっておりエリコム社はソビエト時代のロシア連邦で発生したアンデット渦殲滅戦の折りヴァンパイア企業のコリグランド貿易が買収してヒトとヴァンパイアで対アンデット兵器を共同開発してきた経緯がある。


 市国は王宮の建物を中心として世界で2番目に小さい面積しか持たないが、2000年に及ぶ歴史の中で異教徒や単に領土を狙う隣国の侵攻を受けており王宮の周りには大きな広場がぐるりと囲んでいる。


 携行ミサイルなど無かった時代に直接攻撃することは不可能であり王宮さえ守れれば負けとならない時代背景も有って「難攻不落の無壁要塞」と呼ばれた時代も有るのだ。


 もっとも大軍を持って周囲を取り囲み一気に攻め落とすなどは戦法としての品が認められない時代の話しでもある。驚くべきは1000年前を最後に侵略を受けていないのに防衛的観点から広場は残され続けていたと言う点であり今回の戦闘では作戦展開の要となっている。


「拡散バリスタの展開が終わった者は敵を認め次第遠距離射撃で牽制しろ。時間を稼ぐんだ」


 ダンッシュルルッという特徴的な発砲音と共に砲弾が打ち出される。100 M先で弾頭が破裂する拡散バリスタ弾は5センチ程度の特殊鋼で作られた槍状のビットが直径10センチの砲弾に2万個も内蔵されており50Mや100Mの距離に合わせて遅延信管による打ち出しとは別の火薬によってバラ撒かれる。巨大な散弾銃の連射をしている様なものでありロシア連邦のアンデット殲滅戦で主力兵器となっていたものだ。


「初期に侵入した3体は倒した。王宮を背に12時の方向に集中して陣を取れ」


 アンデット戦の救いはその知能程度により四方から波状に攻撃するなど高等な戦術は無く、今回も概ね一方のみから押し寄せている。着弾すれば甚大な被害が出るミサイルが飛んでは来るが、迎撃手段は有る戦いのようなものだ。しかし撃ち漏らせば即窮地なので気を緩めるられる訳は無い。


「50に替えて誘い込め。テルミット部隊スタンバイ」


 計10機の拡散バリスタ砲の展開が完了し遠距離用の100M炸裂弾から50Mに変更される。100M先で足を止めてもテルミット弾の弾速が遅すぎて捉えられないのだ。50Mなら火炎放射機でも届くかもしれない。拡散バリスタ弾をいくら当てても足止め以上の効果は無い。テルミット弾も打ち出し40Mから50Mで強制的に発火する仕掛けになっているので拡散バリスタで足止めして炎で焼き尽くすのがアンデット戦の基本になっているのはソビエト戦に確立されたものだ。


 ソビエトに現れたアンデットは日本型に比べ数段遅かったがそれでもヒトよりはずっと速い。そこでエリコム社での開発方針として精度は高いが一度アンデットを見失うと再度捉えるのに致命的な時間がかかるフルコンピュータ制御では無く、必ずヒトを介すセミオートを基本としている。


昨今のハード進化によりフルオートも検討されているが日本型のスピードを考えると勘と言う最速能力を持つヒトはやはり最善の制御系となるとされていた。


 50Mと言っても3秒程度で到達するアンデット共にとっては距離が有る内に入らない。直線的とは言え少しは回避行動も有るアンデットを中央後方でバラボラを広げたレーダー車が動きを捉えリンクデータを基に隊員が補正して拡散バリスタを撃ちまくる。50M程先でピタリと止められたアンデットにテルミット弾3000度の炎が降り注ぐ。タイミングさえ合えば楽にすら見える戦いだが次第に手当たり次第撃っている様な流れになってしまっていた。


「7番機不調。4番機理由は分かりませが撃ち方止まっています」


 アンデットはあまりに速いので「良く狙って撃て」と言え無いのが難しいところだ。弾幕が途切れれば一気に侵入される。


「レーダーによればあと20体です」


「分かった。いくらなんでも弾が持たないだろう。2番6番9番も射撃停止、テルミット部隊はそのまま撃ち続けろ。機銃は残弾を考慮しつつそのまま迎撃」


 過剰と思えた拡散バリスタを減らした結果、当然弾幕は薄くなる。


「反応はあと10体程度です」


 このまま終わってくれるのか、と指令官が順調に見える戦果に気が弛んだとしても責められないかもしれない。指令官は残弾の心配と共に、もし、10体以外にもアンデットが存在したなら、とも考えていた。


「指令。2体に防衛線を突破されました」


 レーダー手の緊張した声がインカムに響く。指令官が目をやった時には拡散バリスタ砲とテルミット部隊が並んだラインを突破されレーダー車の前だ。


「全隊員、後ろを見るな。前方に集中しろ。後ろから殺させるような事はさせん」


 叫びながらも冷静さを出すところにこの指令官の優秀さを感じさせる。自身はアーマーを着込んでいないにもかかわらず真っ直ぐアンデットに駆けよって行く。


隊員はアンデットの一撃にかろうじて耐える金属製の鎧のようなアーマーを着込んでおり、もしアンデットに取り付かれたら廻りの隊員が取り付かれた隊員にかまわず散弾をぶち込むのだ。


 アーマーは散弾を通さずアンデットは所詮ヒトの肉体だからアーマーにべっとりとヒトの残骸がへばり付く訳だが気持ち悪いなど感じている余裕も無い。指令官はそのアーマー無しで機敏にアンデットを捉え散弾銃を撃ちまくる。移動してきた機銃の弾と指揮官の銃が同時に一体のアンデットを捉えて行動不能に追い込んだがそこまでだった。


 一瞬で迫ったもう一体のアンデットに腕を引き抜かれ大きく放り投げられる。それが機銃の射線だったため機銃手が撃ち方を躊躇うと気を失った様に見える飛ばされている途中の指令官の声で


「撃て」


 とはっきりした言葉が機銃手の耳に届く。機銃手も夢中だった。追い詰められた心が


「この銃弾は指令官には当たらない」


 と思い込み引金を絞る。指令官の身体をバラバラにした銃弾はアンデットも砕いていく。2体目も塵となった頃、正面を見ているレーダーからアンデットの姿が消失した。


 ひとまず80体のアンデットには勝ったのだった。指令官の死亡はインカムのやりとりで誰もが知るところだったので副指令官が


「撃ち方止め。全員そのまま待機。補弾を速やかに行え」


 と命令を出す。その時、


「レーダーに反応。何かおかしい……レーダーに……アンデットが……いや、小型アンデット。凄い数です。カウンターは253を示しています」


 アンデットがヒトの大きさである以上、レーダーでヒトと見分けているのは体温だ。アンデットの体温は外気温プラス2度程度であることを利用している。犬猫の様な動物も同じ様にアンデット化するがヴァンパイアが犬猫の血を吸った結果の為、滅多に見ることは無い。レーダー手の見た反応はヒトの大きさよりも小型であったと言う事だった。


「副指令、反応が一定しません。ヒトの大きさは無いのですが」


「目視警戒。アンデットが小型動物の可能性がある。そのつもりで索敵を続けろ」


「何かいます。ヒト? アンデット? 数6。軍服を着ている様です。友軍でしょうか」


 スエリ軍が応援に到着しても良い頃合いだった。スクランブルをかけた戦闘機なら通報から10分とかからず到着出来る距離なのだ。今回は戦闘機が間に合ったところで意味は無かったが、降下部隊なら着いてもいい頃だ。


「反応はあの兵士です。任意のA、B、C個体座標一致。あれはアンデットです。あの制服が体温を遮断していると思われます。偽装です。この光点全てがアンデット? カウンター314体。動きに統制が有ります。4体づつのグループに分かれて展開。おかしい、おかしいですよ」


 建物が有ると探知にも限界は有る。それでも統制された動きをするアンデットなどどんな文献にも記録は無い。統制されているため遠目にはヒトにしか見えない事も副指令に判断をつかせかねていた。


 突然、スピーカーから男の声が流れる。美しい景観が壊れない様に巧みにカモフラージュして配された、広場全体に響く公共スピーカーだった。王宮内部から有線もしくは無線で音声を流せるシステムだが、無線の周波数が乗っ取られたらしい。


「諸君、お疲れ様。たまには戦闘もいい運動だろう。この新しい者達は完成形でね。廃品処理に付き合わせてしまった事恐縮するよ。君達にうらみは無いし退散してもらえばそれでいいんだが、重ねがさねすまない話し、ぜひ全世界へのメッセンジャーになってもらいたい。メッセージはだな、「ヒトはヴァンパイアに従え」だ。なに、これから命を失うヒトは格段に増える。寂しくは無いはずだよ。もっとも私は寂しいと言う感情が理解出来んのだがね。それでは、さようなら」


 完成形と言われたアンデット兵が3体1組で一番端の拡散バリスタ砲1番機に迫る。大型のライフルを片手で軽々扱いデヌリークの戦闘員の腹に射程ゼロで数発撃ち込んだ。


拳銃弾はもちろんライフル弾もある程度弾く性能を持つアーマーだがこれはひとたまりも無い。しかも2体が同時に3発づつ計6発を撃ち込まれ当然隊員は戦闘不能になる。


 拡散バリスタ砲隊、テルミット砲隊がアンデットの圧倒的な速さとパワーを縦横無尽でかつ統制された動きによる攻撃で数分と経たず全滅しレーダー車が残される。アンデット達はテルミット砲を3門かかえ、そこにある弾を次々レーダー車に撃ち込み始める。熱さで乗員が出てきたところで首をもぎり飛ばし首から下は車内に落下して、もう一人いた乗員は車内の熱でそのまま死を迎える。


 1時間後、攻撃部隊と王宮内にいた抵抗するヒトが皆殺しになった後、300体以上のアンデットを従えたヴァンパイア十数人が、宮殿内に入って行った。




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