―衝撃?!でもなんとなくわかってました―
登神ビルディング。
10年前に建てられた45階建のオフィスビルは都心一等地には違い無いが微妙に駅から離れており周辺に高層の建物が無いため遠くからでも異彩を放って見えた。
デザインに奇抜さは無いがセキュリティーは時代に応じて更新するのが売りで外資系企業の進出先遣隊が入居者に多い。平和な日本生まれでは無い彼らは驚くほど防衛意識が高く、受け付けのガードマンに本気で銃器を携帯出来る様に警察と掛け合う位だ。
ビルの一階にはコンビニやいくつかの店舗が入っていて通りがかりの人でも自由に立ち寄れるが、オフィスに上がる為には入構許可証の電磁的チェックはもちろん、お飾りでは無いガードマンが五人も目を光らせている。特に来賓を含めた部外者は原則として空港並の金属探知機及び手荷物検査を受ける。皇成と綾奈は赤を殲滅する会会長のアンドリュー・グレゴリオ司教の指定で28階のオフィスに行くところだった。
先日のアンデット襲来のさらに数日前、皇成はグレゴリオからの電話連絡を受けていた。基本的に近況報告を兼ねた労いが用件だったが、そこで近日中に何か変化が起こるかもかも知れないとの予言を告げられる。
皇成は幼くしてゲリラに身を投じそれなりの活躍をして生き延びて来たわけだが、その能力の一つに勘働きが有る。
例えば敵の攻撃がいきなり止まりいそいそと撤収を始めたとする。なまじこちらが優勢だと勢いも有り追撃戦を始めてしまう。そんな時に
「おかしい。何か有る」
と進言し、実際他勢力の大規模攻撃部隊が侵攻しており、はち合わせたら全滅必至な場面もあった。部隊長もそんな皇成の意見を尊重し、幾度と無く聞き入れていたものだった。
そんな皇成が以前から疑問に思っていたヴァンパイア捜索結果。
無ければ無いで話題位にはのぼってしかるべきなのに、会長も支部長も一度も言及したことがない。存在が疑われるとの過去の文献による予測もアンデットと言う未知の存在を説明した時に一度出てきただけだ。
そして重要な局面をかたち作る予言やお告げと言う不確か極まり無いコメント。宗教国家である以上、予言や神託を元に動いても不思議は無いが、アンデット関連については誰かの何らかの所見に基づく明確な意見の様な雰囲気を持っている。
さらに不思議なのは赤を殲滅する会の主要ターゲットにヴァンパイアの項目が無いと思われる点だ。アンデットが100年に一度程度しか出現しないのならヴァンパイアを恒常的に追っていればいい。それらから察するにヴァンパイアなる存在はすでに知られておりしかも人間の敵では無いのではないか? 人外と定義されても決して人類と相入れない存在では無いのではないか?
皇成が思い切ってぶつけてみたヴァンパイアと既にコンタクトが有るのでは? と言う自説。グレゴリオは電話の向こうで数分の一秒程の間を空けて、
「面白い事を言うね。まあ、いい。近々日本に行くからその件はその時にでも」
とグレゴリオは言い、実際アンデット襲来時にはチャーター機で日本へ向かう途中だったのだ。来日して綾奈の異常とも言える活躍の報告を改めて聞き、数分目を閉じて考えた後に出てきた言葉が登神ビルに入居しているコリグランド貿易を訪ねろとの事だった。尚も聞き募ろうとした時に綾奈がやってきた。その後グレゴリオの帰り際に今日の日時を指定されたのだった。
「これは凄い警備だな。あのガードマンも正規軍並みの訓練をしているよ」
当の皇成も戦闘を行う者としては細っそりとした体格こそ控えめだが、足運びや視線配りまで隠し切れない臭いをバンバン放っているので受け付けフロアに入った時から先方に目を付けられている。
逆に言えば臭いを隠す訓練をしていない、スパイの類では無い、と言う事だ。いずれにせよ睨み合う様に視線を交わしながら受け付けカウンターに歩いて行く。
綾奈がそんな皇成につっこむ。
「ちょっとナニ見つめ合ってるの? タイプなの?」
「訳ないだろ。大人っぽいツッコミはやめろ」
この程度で大人っぽいとはどれだけ子供扱いなのか? 皇成は綾奈が抗議に移る前に受け付けに話しかける。
「下条と言うものですが28階のコリグランド貿易さんに約束なのですが」
デヌリーク市国から借りている部屋のクローゼットに最初から有ったスーツを着てはいるが明らかに着慣れていない様子と、連れは制服で行く、と言う方向を早々に却下して今日の訪問では服装の事ばかり気にしていたオフィスビルには不似合いな子供である綾奈だったから、胡散臭く見られていたかも知れない。
ちなみに綾奈は赤いジャケットに白いパンツという「大人っぽい」恰好をしていた。皇成の気のせいかも知れないが、お呼びでない風の雰囲気を醸し出していた受付は、用件先を伝えたとたんに態度が変わった。戦闘と言う目的の為に意外にも皇成の人間観察眼は良いものなのだ。
「只今確認致します。少々お待ち下さい」
事務的なセリフの後内線をかける。緊張こそ見せないが不自然に無表情でありポジションに徹した対応に努めようとしていると思われる。
「お待たせ致しました。こちらにどうぞ」
全てのセキュリティーをキャンセルした通用口に招き入れる。ガードマンがいぶかしげに視線を送ってくるがもちろん気にする必要は無い。
エレベーターホールは行き先によっていくつかのブロックに分かれており、例えば20ー29階用ならそれ以外には止まらない訳だ。受付の女性は二人がエレベーターに乗り込むと深々とお辞儀をして見送る。皇成は既に28階のボタンが押されている事に気付くが受付の女性は一度もエレベーター内に足を踏み入れていない。
「リモートか、専用エレベーターか。本当に厳重な事だ」
28階でエレベーターを下りると、受け付けロビーの様な空間が4つのドアがほぼ等間隔に並んだ扇状の壁まで広がっている。人は誰も居ないしインターホンも無い。
「3つのドアは中にはなんにも無い。メインは一番左のドアだけね。」
28階に着いて戦闘中に見せた尊大ともとれる落ち着いた自信をみなぎらせる雰囲気を出して綾奈がつぶやく。その言葉を待っていたかの様に一番右のドアが開き一人の背が高い男が姿を現した。
「ようこそ我が城へ。我々は普通の人間だけでは無く超感覚を持った存在にも敵対する者がいるものですからちょっと仕掛けがあるのですよ」
綾奈のつぶやきを意識したセリフで有る事は明らかだ。
「盗聴器か。カメラならともかく悪趣味だな」
綾奈は軽い驚きから嫌味の様なセリフにはあまり反応していない。
「まぁ、どうぞ。私はコムネナ・ゼノンと申します。コムネナとお呼び下さい」
優雅に一礼しながら男は自己紹介する。聖書に出てくる奇跡の聖人コムネナ・イレスシスと同名は珍しいが全くいない訳でも無い。
「改めて、下条皇成さん、綾奈さん、どうぞ我が城にお入り下さい」
左のドアをくぐるとまたもやちょっとしたエントランス状の空間が有り誰も座っていないカウンターがしつらえて有る。更にドアに入ると廊下が伸びて右側にいくつかのドアが有る。
「コリグランド貿易の本社機能は30階に有るのです。29階にはサーバルームが有りましてこの28階には会議室と私のプライベートスペースが有ります。仲間同士の集まりにも使いますし私の住まいも有ります。もちろん住まいはここだけでは有りませんが」
再度突き当たりのドアをくぐると無機質な小スペースに入る。右手中央付近に立っている腰より少し高い高さを持つ台の表面にコムネナが手をかざすと入口と反対側のドアが自動で開いた。
それでコムネナが「城へようこそ」としつこく言っていた意味を知る事になった。そこは正しく城だった。高い天井はアーチ状に加工され壁面と合わせて全て石作りだ。天井にはレリーフが彫られ壁面には燭台まで設けてある。もっとも燭台にはさすがにロウソクは立っておらすLEDと思われる間接照明が半ばから天井を照らしている。廊下の幅は3M程であり右手には木製のこれも繊細なレリーフが施された重厚なドアが並んでいる。
「こちらにもミーティングルームがいくつか有りましてね。中で全てつなげる事も出来る。そんなに大きな集まりはここが出来てから一度有りませんが」
単に模しただけにしては高い装飾の質感に圧倒されていると
「材料は全て本物の城から持って来ているんですよ。1753年にドイツで築造された城が取り壊される事になりましてね。解体工事自体を仕事にして請負って使える部分を加工して貼り付けて有るんです。床が苦労しましてね。城の床として埋まっていた石を薄く切り出して並べるんですが順番を変えると綺麗に収まらないんですね。ヒトの技術力も捨てたものでは有りませんね」
「なんか凄ぉい。ドイツに建っていた頃はお姫様も歩いた廊下なのかしら」
茶化しを入れそうな綾奈も本物の質感に魅せられている様だ。城を模したアミューズメントパークは有るがさすがに本当に本物の材料は使っていない。ゴテゴテした彫刻も本物の力なのか嫌味がない。
「ここが広間です」
開け放たれた両開きのドアの向こうはまさしく宮殿の一室とでも言うべき豪奢な装飾ぶりだ。色彩に白色が付け足され華やかさを演出しており小ぶりとは言え豪華なシャンデリアが目を引く。部屋の中心に映画で見る様な長いテーブルが背もたれの高い椅子と共に置かれておりカルテットの演奏でも始まるのでは無いかとさえ思わせる。
「どうぞ椅子にお掛け下さい。コーヒーでよろしいですか」
「お構い無く、と言うところでは無い様ですね。私はコーヒーが好きですが綾奈は……」
「コーヒーをお願いします」
コーヒーは飲めない筈では? と皇成は胸の内でつぶやく。服装からして大人っぽくにこだわる位だから意地のようなものだろう。しかしいきなり吹き出されてもかなわない心配を皇成が表情に浮かべているのを見たコムネナは上品な薄笑いを浮かべながら、
「大丈夫ですよ」
と訳知り顔でささやいた。
「しかし素晴らしいですね」
お世辞では無く皇成が褒める。もとより城に造詣深い訳では無いが圧巻な内装の前で素直に賞賛していた。
「お気づきの通り城の部分は29階の床を抜いて二層まとめて使用しています。表の会議室は一層だけですからその上がサーバルームですね」
この時コーヒーが運ばれる。コーヒーを運んで来たのはきっちりスーツを着込んだ若い男性スタッフだ。
「彼の普段の仕事は秘書なのですが本職はこちらなんです。執事とでも言いますか。どちらをやってもらっても優秀な人材ですが」
皇成は本当にコーヒー好きだったが綾奈のコーヒーはせめて薄めに出してくれればと思っていた。出てきたカップをチラッと見ると全く変わらない黒い液体だ。もちろん文句を言える話しでは無いので綾奈に幸有らん事を祈りつつ仕方なく自分のコーヒーを口に含む。
「うまい!」
確かにコーヒーだが味のふくよかさといい香りといい別の飲み物の様だ。しかし苦味はある。
「綾奈のはホットコーラでした、なんて落ちならな」
栓も無い事を考える間に飲む事を躊躇っていたらしい綾奈が意を決して口に含む。
「う……美味しい! 何コレ、コーヒーってこんなに美味しいものなの?! 甘くて飲みやすいぃ」
「なるほど。砂糖を入れていただけたので?」
「いえいえ、蜂蜜が極少量入っていると思いますがそれだけで甘くはなりませんよ。甘く感じる豆が有るのですが酸味も増してしまうのです。その酸味を抑えるだけ入れさせていただきました。このブレンドは実は私の長年の秘伝の一つでして門外不出ですよ」
美味しい美味しいとほとんど飲み干してしまった綾奈を横目で見ながら皇成が今とばかりに質問する。
「長年ですか……。何年位の事をおっしゃっているのですか」
「コーヒーについては200年位ですか。でも秘伝についてはここ50年が主な経験ですよ」
「吸血鬼……か……」
「日本語訳でそうなのはもちろん知っていますが鬼は酷いですよ。ヴァンパイア、は気にならないんですけどね」
「やっと白状、でも有りませんよね。会長どころかデヌリーク市国そのものだって知っている訳だ。こんなに身近に化物がいるとは感動ですよ」
「今の一言は聞き流しましょう。私は強い。素手はもちろん貴方が銃を持っていても私が勝てるのは明白だ。お疑いなら試しても良いのですがそんな私にそんな露骨な口を利くのは平静ではない証拠です。違いますか」
「お兄ちゃんに手を出したら許さないよ」
皇成は綾奈を見やる。その口調は覚悟を決めたほどに固苦しく重いものでは無くむしろチャラけている。しかしチャラけているにも関わらず自信に溢れたあの戦闘時以来現れるもう一つの人格だった。皇成が言い訳する。
「いや、聞き流して欲しい。あなたはデヌリークの紹介なんだから言わば雇主の推薦だ。正体がなんであれ言葉を間違えた様だ」
「もう流れてどこか行ってしまってますよ。私は今日、貴方が知りたい事、知るべき事、知っておいて欲しい事全てお話しするつもりです。しかし、せっかくですから先手は取らせていただきましょうか。綾奈さんの事で相談でも有りませんか」
白々しくも嫌味が無い、役者は相当上の様だった。
「そうですね」
会ったばかりのヴァンパイアに相談しようと思っていた事では無いがあの日に見せた綾奈のことはいつかいかなる手段でか調べ考えねばならない事だ。
「綾奈は一体どうなっているんだ? 何が起こっているんだ?」
あの夜に11体のアンデットを殲滅したのは綾奈だ。もとより綾奈でしか、綾奈の驚異的な集弾能力が無ければ一体たりとも倒す事におぼつかないのだから当然だがそれでも班員達が身体を張ってアンデットの動きを止めると言う前提が必要だった。前半戦は確かにそうだったが後半は違う。綾奈一人で、純粋に綾奈のみの力で倒していた。
前半にしてもスタングレネードの閃光の中、いち早く撃ち始めており当たっていたのかいなかったのか見え無かったし確認する術は無いが、閃光が収まった後の状況を考えると当てていたと考えるのが自然だ。
あの閃光残る中、彼女には見えていたのか?
後半戦は言うに及ばない。ジャンプ力もマシンガンを叩き付けた力も人間ではあり得ない物だ。
ならばなんなのだ?
「綾奈さんはヴァンパイア、我々と同じ吸血種族ですよ」
会長が皇成にコリグランド貿易に行くように言うことを決心させた理由の一つは綾奈の本当の能力開花だった訳だ。
デヌリークがコムネナに会う様に指示してきた経緯とコムネナがヴァンパイアだと言う事実から予想出来る事だった。
「綾奈…… 」
「続けて下さい。まさか吸血鬼だとは思わなかったけど、アンデットじゃ無くて良かった。自分で自分を撃ってみよか考えちゃって。でも、アンデットと吸血鬼は本当に違う者なの?」
「全く違う物だよ」
急にくだけた口調になったコムネナが続ける。友達か仲間を見つけたか再認識したかの様だ。
「アンデットはヴァンパイアによって生み出される。これは確かだ。ではそもそもヴァンパイアは? これは諸説有り分からない部分も多い。だがその“分からない”は“なぜ人間が存在するのか”に等しくあまり意味は無いでしょう。ヴァンパイア、日本語では吸血種族と呼んで欲しいものだが、ヴァンパイアは単純には人間が転換して成るんだよ。ヒトには一定の割合で吸血種族因子が内包されていると考えられている。これがある日突然発現するとまず特異な力に気付く。身体の構造が変化する訳では無いが今まで使われていなかった筋力を使ったり脳の90%程度まで活性化したりと自らの能力の向上が有るのです。通常は肉体的と脳的両方に変化が見られるが極稀に脳活性のみと考えられるケースが有る。脳活性のみは寿命がヒトと変わらないのでヴァンパイアとはしていませんがね」
そこでコムネナは一息つくと銀製の呼び鈴を優雅な仕草で鳴らす。秘書改め執事が優雅にしかし素早く近づいてくる。
「コーヒーを……」
「3つ下さい」
綾奈が元気良く注文する。余程気に入ったらしい。
「だそうだから頼みます。ゆっくりでいいよ」
一礼して下がる執事を軽く一別した後向き直ってテーブルの上で軽く手を組んだ。
「それで吸血……種族は血を吸うんですか?」
皇成が単刀直入に聞いてみる。
「もちろん最も興味深いところだと思うがもう少し回り道させて欲しい。吸血種族になると筋力と脳力が増すがもう一つの大きな特徴が」
コムネナは少しだけニヤリッとしながら
「超能力が使える様になる。概念としてはテレキネシスと言う奴が一番近い。手を触れずに物を持ち上げると言うアレだが実際には少し違う。ヴァンパイアが超高速で移動出来るのは自分で自分を超能力で運んでいると思われるんだ。ジャンプ力も同じだ。この力は対象に直接働いているのでは無く電磁場を操り言わば磁石のS極とN極を意識的に作り出せるらしい。同極の反作用によってあの動きが出来る訳だ。また、この力が無条件に物を動かす念動力では無く電気を扱うものとして、その電気を電波状に飛ばし目に見えないが実に有るものや壁の向こう側の動きを知る事の出来る者もいる。相手の脳を電気的に刺激して記憶を操る者や消す事が出来る者までいる。もっとも記憶に関してはいじった副作用で消えてしまうらしい。いずれにせよここまで来るとヴァンパイアだから誰でも出来る訳では無く個々の才能だね。誰よりも速く移動する者がいたりね」
コムネナの説明はヒトの常識には当てはまらないがヴァンパイアの能力を解説するに分かりやすいものだった。
「だから血を吸う件はどうなんだ? 」言いかけた時、またしてもコーヒーが運ばれて来た。タイミング良すぎであり執事の能力の高さなのかも知れない。
実際、身体的能力の高さは分かった。それだけであれば上位種族を気取ってヒトに君臨でもしようとしない限り共存は可能に思える。問題はヒトを襲って吸血するのかどうか? だ。ヒトを襲って吸血するのが吸血種族ならばやはり吸血鬼なのだ。
そんな事実を綾奈と絡めて考えたくは無かった。
コーヒーが配られ皆がすすり始める。綾奈など熱さを堪えてガブ飲み状態だ。
「次に寿命です。ああ気持ちは分かっているから順番で聞いて下さい。ヴァンパイアになると寿命は長い。永遠では無いがヒトに比べれば永遠も同然かも知れません。ヒトの寿命がテロメアによって決定付けられると言う学説は知っていますか? 歳を追うごとにテロメアが短くなって行き一定以下になると寿命が尽きると言うもので、未だ確定した現象では無い様ですが我々の研究でもテロメアの様な存在が確認されており多分、正しい認識だと思います。テロメアが長ければ長生き出来る訳ですがヴァンパイアは……ヴァンパイア化するとテロメアの減少が止まります。老化が止まる、成長が止まる、言い方は様々ですが本格的に発現した年齢のまま何百年と過ごす事になるのです。多くは20代半ばから40代前半で発現します。ごく稀に幼い子供や老人と呼ばれる歳で発現する事も有りますけどね。老人は肉体的に衰えているがもちろんヒトの若者など問題にならない体力を回復します。肉体的なもう一つの特徴は脳細胞です。ヒトは生まれてから脳細胞が死滅して、ある意味減っていきますが、ヴァンパイアはほとんど減らずに一定を保ちます。ヒトと同じように死滅はしますがその分増えるのです。ヴァンパイア化した時より量として増える事は有りませんが90%の容量を使える事も合わせると天才のまま長い時を過ごし、しかも学習を続けて行く事になります。電気を操るのも脳の力らしいとの研究もありますがね」
コムネナは一息入れて続けた。
「さて血を吸うかですが、決して必須ではありません。一切飲ま無かったとの例は聞いた事がありませんが血を求めて人を襲うなど本来は有り得ませんね。個体差と言うより一種の病気としてのヒトを襲う例はあるのですが100の内100ならないと言える極々稀な例です」
皇成は崩れる様に緊張を抜いた。
「なぜそれを先に言ってくれ無かったのですか」
「私にとっては自明の事実だからですよ。ほんの数十分の差ではないですか。それに主題はこれからです。我々がヴァンパイアで有る事、綾奈さんがヴァンパイアで有る事、ヴァンパイアの寿命が長い事、ヴァンパイアはヒトを襲わない事、これらは単なる事実であり今日知ろうと10年後に知ろうと事実は何も変わりません。そういえばヴァンパイアがいかに身近な存在かと言えば日本の吸血民族の代表的な集団が有りますよ」
「代表的?」
「隠密、忍です」
「忍者ですか!」
「自分達の特異な能力に気付いた人々はそれを仕事に活かす事を考えたのでしょう。能力が極端に高い為に時の支配者達も利用するようになった。忍者の活躍の記録は有っても英雄死の話しはまず聞かない。簡単には死なない存在だったのだから当然です。ヒトがどんなに鍛えても家の屋根に飛び乗る事は出来ませんよ」
怪我を負っても自分で養生して治してしまうイメージも有る。確かに人間技では無いかも知れない。
「ヴァンパイアの身体的組成は基本的にヒトと変わりません。ちょっと健康診断を受けてもまず気づく事は無く、たまたま病原体に侵された時に血液検査でもすると恒常性維持機能が非常に高いゆえに白血球の数と働きが段違いに多い事や、脳のシナプス電位が常に高い為異常と考えられる場合が有るかも知れません。いずれにせよ精密な検査をしなければ差に気づく事は無いのです。ところで先ほど吸血は必須では無いと言いましたが、やはり血を吸うから吸血種族でしてね。我々にとって血の摂取とはヒトとは違う形で血をエネルギー源にしていると捉えて欲しい。血を接種しなくてもヒト以上の能力と長寿命、筋力活用の増大は有ります。が、電磁力を操る事は難しく動きもせいぜいオリンピック選手並と言うわけです。我々は血から一種のエネルギー、ヒトに分かりやすく、我々も呼び習わしている表現をするならエナジーを得ていると考えられてもいます。薬や酒の様なイメージで捉えてもらってもいいかも知れませんね。血を摂取する人間と言う意味でホモ・ブラッディアスと名付けた学者もいた位ですよ。ちなみに大昔は確かに首筋などから直接吸っていたらしいですがここ100年も前からは買って来て飲んでいますよ。それこそ晩酌の様なものですね」
コムネナの説明はいちいち分かりやすく理解しやすいものだったし、いろいろ研究もされているらしい。
「なるほど、ところで度々登場する学者さんと言うのはどちら様なんですか? ずいぶん研究熱心な様ですが」
「我々吸血種族の学者ですよ。例えば私にしてもIQ値と言う単位では計り切れない頭脳力を持っている。何百年と言う時間の間に思い立って自らを研究した者がいるのですよ。ヒト社会を含めた世界中に、と言う意味では発表の場が有りませんから、皆100年も続けると飽きて止めてしまいますけど研究を宣言した者には協力するのが習わしになっています」
「なるほど。ではアンデット発生条件は」
「そう、ですね。アンデット化させるには致死量の血を身体から直接吸う必要が有ります。我々はむやみにヒトを襲う訳では無い事をご理解いただいたとした上で、ヒトを襲うヴァンパイアが極々希に現れるのです」
衝撃的な内容ばかりが続いたので感覚が麻痺してきたが、本来は本題と言える話しであることに皇成は気を引き締める。
「女性が25歳でヴァンパイア化すれば若く美しいまま何百年と生きる事になります。我々の寿命としては400年以上といったところなのですが、200年位で突然老化が始まる事が有るのです。特に女性に多いです。男でも始まる事は有りますが何せイサルテからグロウになる頃だから200年以上は生きている事になります。メガリオが老化を始めるとあっという間に塵になる事も有りますが、若年期の老化はヴァンパイア化した年からヒトとして死ぬであろう期間、30年から40年は生きるんですよ。だから200年の長寿に倦んでいる者は喜ぶ事さえあるのです。しかし女性の場合は死期が早まった事よりも老いて若さを失いなお生き続ける事自体が耐えられ無いらしい」
「イサメガ?」
「ああ、失礼しました。我々の呼び習わしの単位です。発現してから100年程度をイサルテ、100年から200年をグロウ、200年から400年をプレナガ、400年以上をメガリオとしています。特に覚えていただく必要は有りませんが、やはり年を取っていた方がより多くを知り基本的に強いのでなんと言いますか、偉い、とは言えます。グロウ以上であればあまり上下関係は有りませんが」
「なるほど。女性に多い理由でも有るんですか?」
「出産、です。そこで血の力を思い出して欲しいのです。ヴァンパイア同士の子供が必ずヴァンパイアとして発現する訳では有りませんが確率はとても高いです。そんな子供が30歳を過ぎても発現しない場合、誘発する為に血を飲む者がいます。ですから血の力を期待して老化を止める為に求めるのは無理も無いのかも知れません。誘発と合わせて迷信の様なものなのですがね。しかもこういった場合に力を得るには飲むのでは無く直接吸う、更に吸い尽くすと効果があるとの御託付きなのです。確かにいつ抜かれたのか分からない血液パックより今生きているヒトから直接吸った方がエナジーは高いと思いますがね」
コムネナは少し苛立たしさを露わにしながら言い切った。
「それでは老化を止めたい女吸血鬼が暴れ回ってると」
「そうです。過去のアンデット渦はほとんどそれが原因でした。しかも今回は過去稀に見る強さです。アンデットの属性は作り出すヴァンパイアによって決まります。作り出しているヴァンパイアも強い、と言うことです。さらに今回困った事に11体も同時に現れました。吸ってから起き上がるタイミングと言うのはだいたいいつも同じです。アンデットとなった個体を拘束しておくことは難しいです。あのパワーですからコンクリート製の部屋でも砕いてしまうし強く縛っておけば自壊してでも外してしまいます。同時に行動を開始したという事は吸った日付が3日ずれたとしても……」
「一日4体近く毎日吸った?」
「もちろん何らかの手段で有る程度の時間をかけて作っていった可能性はゼロでは有りませんけどね。成人男子一人の血液量をご存知ですか?」
「体重の約8%。70キログラムなら約5.6リッターと言ったところですよね。」
意外に博学な皇成だが戦闘を行う者は身体について学ぶものだ。
「そうですね。全てを吸い尽くさなくても3リッター程度で死に至ります。しかし重さにして3リッターとは約3キロ、掛ける3人分です。実は一日にヒト一人分なら吸えるのですが3人分10キログラム分は狂気に憑かれても無理だ。吸った血を吐き出して貯めると言うのも有りますが」
「主たる女吸血鬼の他に仲間がいるということですか?」
「ただでさえ女性がヴァンパイア化するとヒトだった頃より綺麗になる個体は多いのですが、狂気に憑かれたヴァンパイアは確かに美しい。その秘めたるエネルギーをたれ流すように発散し続けて、見る者を魅了する事はあります」
「崇拝ですか」
「我々は神を持ちません。超越者の概念は有りますが崇める訳では無い。しかし、精神的に安定を欠いている者なら、狂気に憑かれた美しい女性を崇める輩は、います」
「ヴァンパイアは悩み多き種族なんですか」
皇成はここぞとばかりに矢継ぎ早に質問する。
「それぞれでしょう。その部分はヒトと同じです。能力的に高い分、悩みは少ないがそれ自体に悩む者もいますしね」
「ところで貴方達はアンデットに勝てないんですか?」
これは話しが始まった最初の方から持っていた疑問だった。アンデットをヴァンパイアが生み出しヴァンパイアがそれを嫌うならヴァンパイアが倒してくれればいい。
「基本的にアンデットに負けるヴァンパイアはいませんよ。最も弱いヴァンパイアでもいかなるアンデットにも負ける事は無いでしょう。ヒトとヴァンパイアとの比較は避けますが、アンデットとなら明らかにヴァンパイアは上位種なのです」
「ならばなぜ今まで奴らを倒して来なかったんです? 綾奈の力が無ければ俺達は死ぬ為に挑んでいたようなものだったんですよ」
「?」
コムネナの心底から意外そうな態度を見た時、皇成は嫌な予感がした。ヴァンパイアについて知り、同じ人類の範疇で有ると言えなくもない事を理解し、アンデット渦はイレギュラーで有ると言う認識を根底から覆される予感。
「なぜ我々がアンデットを倒さねばならないのですか。我々にとってアンデットは脅威でもなんでも無い。目の前に現れて攻撃されれば別ですがあれらは我々には何もしないのです。友人では有りませんが、虫けらにいちいちかまいはしませんよ」
「人間が、ヒトが殺されている事はどう思うんですか」
「今回もデヌリークと日本政府から依頼は有りましたが日本政府の提示額が5000万円と一体に付き1000万円、デヌリークに至っては神の子の義務だと言うのだから話しになりません。英国に100年前発生したアンデット渦では莫大な報酬を示してきたしロンドン市内のいくつかの不動産も寄越して来ました。ソビエト連邦時代のロシア連邦も様々な権益を出して来ましたしね。それらに比べたらあまりに少額過ぎて、ですね」
「金の問題ですか。」
吸血種族との距離が遠くなる感覚と共に納得しない話しでも無い。皇成だってデヌリーク市国に雇われていなければあんな化物相手に闘おうとしないだろう。仮に人生が違って自衛隊員だったとしても、志願したかと問われれば会敵生存率からすれば自殺行為に等しい以上明快な即答はしかねると言わざるを得ない。ヴァンパイアはアンデットに確実に勝てるのが前提でようやく反論出来ると言えるがそれとてその能力で仕事して何が悪い、と言う訳だ。
「しかし、今回の席はデヌリーク市国の要請によるものであり綾奈さんへのアプローチであるのですが、もう一つ今回のアンデットがあまりに強く、またヴァンパイアにも向かって来ると言うイレギュラーが有ります」
「普通は向かって来ないんですか?」
「一概には言えませんがヒトも例えばレスラーに喧嘩は売らないでしょう。明らかに相手が強ければ向かっては来ません。過去にはそこまでの知能が無いアンデットがいましたし、これがロシア連邦の例ですが、あの時は殲滅戦をしましたね。身体で相手をしていても面倒なので兵器企業を買ったのもあの時です。今回のアンデットを生み出しているヴァンパイアの戦闘力が高いのは間違い無い。同時にヴァンパイアへの憎しみを感じるのです。ゆえに向かって来るのではないかと考えています」
「ヴァンパイアを憎むヴァンパイアか。あり得るのですか?」
「我々はヒトと変わらない部分が多いと申し上げたはずです。秩序が保ちやすいのはメガリオの力、戦闘力が高いからです。例えば私はプレナガ30人と戦っても負ける事はありません。そんなメガリオがヴァンパイア界の中心組織に30以上所属しているのですから簡単にどうこうとの考えは出来ないのです。しかし今回のアンデットは変わっています。実は今回我々もアンデットを数体始末しているのです。最初はいつもとあまり変わらなかったが少々気になったので継続して狩り続けました。発生後ほとんど倒せ無かったのにその後は現れていないでしょう?」
これはアンデット渦の不思議の一つだった。ある一定時間で行動不能になると思われていたが違ったらしい。
「今回のアンデットが次第に攻撃的な動きを強めているのは間違い無いようです。プレナガ以上ならアンデット20体と同時に戦っても大した問題では無いと思いますが我々の存在も表に出てしまうしグロウ辺りでは負けるかも知れません」
「反主流派は本当にいないのですか?もしそいつらがアンデットの能力を上げる術を見つけたとしたら」
「ヴァンパイア同士の戦争ですね。ただ反主流が存在しても非常に極少数で何人もいないでしょう。しかしアンデットを100体も作れば闘いにはなりますし、それでも出来れば我々としては表に出たくありません」
「長い前置きでしたね。それでデヌリークの要請に乗ったと言う訳ですか」
「まあ、そういう事です」
しかし協力してくる理由が有るのはむしろ安心出来る。ヒトが何人死のうと全く気にしない輩が急に訳無くお手伝いしますの方がよっぽど気持ちが悪い。
「さて、ずいぶん長い時間お付き合いいただきました。この件はデヌリークに報告して下さい。新たなアンデットが現れなければ一週間後にまたお会いましょう。綾奈さんともいろいろ話し合ってみて下さい。綾奈さんについては下条さんが混乱はされていないようなので安心しました。流石は隊長さん、ですね」
外に出るとひんやりした空気に包まれた。朝晩はずいぶん涼しい季節になってきた。
「お兄ちゃん、私、気付いてた。普通のヒトじゃ無いって。なんだか、こう、自分がヒトよりは強いのが分かってたんだよね。だからアンデットと戦えるのであってだから会長さんがどうする? って聞かれた時意味分かん無くて。ヴァンパイアかあ。アンデットよりいいけどこんな簡単に化物になっちゃっていいのかなあ」
「綾奈、お前は化物じゃ無いだろ、どう見ても。元々ヴァンパイアは人間だと言っていたじゃないか」
「うん。そうだね」
「お前がヴァンパイアでも何も変わらない。俺が今一番気になるのはアンデット戦でお前に無理をさせてしまう事だ。お前が無事で任務を完了出来るのならいくらでも無理してもらうがそんな保証は無いんだ。これからも何か感じたら素直な気持ちを正直に話して欲しい」
「うん。わかった」
最寄りの駅から電車に乗り込み家に着くまで二人はそれぞれの想いを胸に多くは語ら無かった。




