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―決戦!決戦!決戦!です―②

 広い空間はいつの間にか閉まっていた入り口の扉によって密閉状態に近くなっている。シェルター側の扉の近くでも炎は上がっておりシェルターからくる空気はそこで消費されてしまい部屋の大部分は酸素不足になってきた。


 結果として火は必要な酸素を得る事が出来ずに下火になってくる。


 もちろん、その部屋にいるのがヴァンパイアとダンピレスだけだから下火にほっと出来るのであってヒトでは入った瞬間に全身水脹れになって死んでしまうだろうし酸欠も耐えられるレベルではない。


 それでも余裕が出来たメイリは生き残った忍び達をざっと確認する。


 しかし、彦助以外は最早戦闘をさせられる状態では無かった。イリーシャスがメイリの耳に口をよせ何事かささやく。メイリはわずかな時間考えた後、


「綾奈、皇成の血を吸いなさい。もう、その奇跡に期待するしか無いわ。」


「どんな奇跡が起こるんですか? 私に血が吸えたとしてもこんなお兄ちゃんから血を抜いたら……」


「私を信じて綾奈、時間が無いわ。それ以外にアーニアに勝つことは出来ないし、ちょっと皇成も危ないの。大丈夫、上手くいくわ」


「お兄ちゃん……」


 浅い呼吸を繰り返す皇成の頭をを膝に載せて見つめる。軽く口を開くとかがみこみ皇成の首筋を見つめる。どうすればいいのか? とは考え無い。


 発現者としての本能がどうやって血を吸うべきかを教えていた。


 綾奈と皇成は兄妹ではあっても血の繋がりは無い。射撃ゲームで言葉をかけられてから兄妹として共に住まう様になり、厳しい訓練でもいつもやさしく怒られた事など無い。


 一度だけ、つらければ辞めてもいいと言った事さえある。綾奈とてデヌリークのおかげで生きていられる事は理解しておりその意に背く事など出来ない。それでも皇成の言葉は嬉しく


「もし本当に辞めちゃってもお兄ちゃんが助けてくれる」


 との思いは心の支えだった。その皇成が息も絶えだえに腕の中にいる。


 幼いながらも愛しい、と思う。その気持ちは傍にいるメイリの心と通じ合い、倍加して綾奈に帰ってくる。


 首筋を丁寧に舐め始めた綾奈からそっと目を反らすメイリ。本当は自分で今の皇成に力を与えたい、いや、例え綾奈であっても皇成の血を吸わせたくは無い。


 100年近く生きてはいても今はただの少女であり、それでいて経験が最良の結果を求めて聖母としての属性を継いだ綾奈に全てを託す、そんな複雑な思いを抱きながら綾奈の手を握り締める。


 メイリの時と同じく吸おうとする皇成の首筋を唾液でペトペトにしてゆっくり唇をつける綾奈。


 頬にグっと力が入り血を吸い始めたのが分かる。忍び達がほぼ全滅状態なのも、部屋が灼熱地獄と化していることも今の綾奈は忘れていた。


 ただ、血を吸う、それだけの思いに支配され、その結果として皇成が助かる事を願っていた。


 しばらくメイリの側を離れていたイリーシャスが戻ってくる。この部屋には監視カメラが仕掛けられており、当然シェルター内から見られている事が考えられる為に全て潰して来たのだ。


 先ほどのタイミングのいい拡散バリスタ砲による攻撃もその為であろうし百害あって一理無しだ。


 吸いはじめて3分も経っただろうか。長いようで短く、短いようで長い時間。


 綾奈の肩口より少し伸びた髪が輝き始める。皇成がメイリを倒してしまった事故の時も輝いたが場が混乱していた為に誰も見ていない。


 輝きを増して操られる様にその先端はフワフワと浮き始める。電気を帯びて空気中の水分に反応しているのだ。


 ゆっくり唇を皇成の首筋から離した綾奈は目も赤く輝いて自然と見る者に畏怖を感じさせる雰囲気をまといながら皇成をメイリに差し出した。


 メイリが床に座り皇成の頭を膝に載せて手を頭に添えていると皇成の髪も輝き始める。


 メイリが皇成の髪をそっと掻き揚げる仕草に意味が有るのかどうかは分からないが、皇成の髪の輝きが増すと共に腕の傷がボコボコと動き肉はもちろん筋も再生して行く。


 服は炎で焼け落ちているのでかなりグロイ光景だったが誰もが期待と希望を持って見つめている。


 腕と共に身体の半身も再生している。何事も無かったかの様な綺麗な肌、には程遠い赤黒さを残してはいるが形は戻ってきた。


 そして突然先刻メイリが発したようなバシッと言う音無き衝撃が走り皇成がカッと目を開ける。


 その衝撃は一番近いメイリと立ち上がって様子を見ていた綾奈には変化が無かったが、一番遠くでシェルター側を警戒しながら見守っていた彦助を軽くのけぞらせ、やはりシェルターを警戒していたイリーシャスまでもはっとした表情に変えたものだ。


 目を開けた皇成はゆっくり手を上げてメイリの手をやさしく握りながら押し上げて素早く立ち上がった。


 赤い目を向けながら無言でメイリを見つめる皇成。そんな皇成の後頭部をメイリはいきなりひっぱたいた。


「なにカッコつけてんの? 皇成。復活したんならチャキチャキ働く。手始めにあの扉開けてちょうだい」


 とシェルターの金属製扉を指し示す。皇成は困った顔をしながら


「いやあれは無理だろ。核爆発に耐えるんだぞ? 少し歪ませたら逆に永久に開かなくなってそれはそれで面白いかも知れないが」


 ニヤッと顔を歪ませながら物騒な事を言う皇成。


「うそ。今あなたは完全なダンピレスよ。出来ない事なんて無いでしょ。やれば出来る」


「いやみんなでやろうよ。みんな強そうになってるんだし」


 久しぶりに聞いた様なメイリと皇成の会話に綾奈もにこにこした表情を取り戻して


「お兄ちゃんガンバレェ」


 などと気楽なコメントを出す。


「一人で壊せれば仲間と認めましょう。この先二人きりになった場でも攻撃モードは使いません」


「つか、普通にやめて下さい。てゆうかまだ仲間じゃ無いのは寂し過ぎますが?」


 イリーシャスまで始めた攻撃に涙が出そうな皇成だ。


 もちろん悲しい訳では無い。いや、少し悲しかったがそれ以上にいつもの会話が出来た事が嬉しかった。


 ほんの数時間前なのに何年も前の様にも感じられ、さらにこれからの最後の難関の後に同じメンバーで同じ様に笑い合えるか分からない。


 この数時間の闘いがどれほど凄まじいものだったのか、と言う事だ。


「さってと。どうやったら開くのですかねえ」


 メイリが呑気につぶやいた時彦助が扉脇のコントロールパネルをいじりだした。


 石造りの壁に偽装したカバーが付いていたのが激しい戦闘で破壊されて落ちていたのだ。


 見つけてみれば、そうと意識して探していれば見つかったであろう程度の偽装だが実際に隠されていれば探そうともしないものだ。


 タッチパネルの下に10個の番号ボタンが付いた簡単なものだ。


 ここで直接戦闘をして籠城する事を前提にしてはいなかっただろうからこれでも厳重と言える。彦助始め変わるがわる手を当ててみるが変化は無い。


 最後のイリーシャスの番で手を当ててなんの変化も無いのを確認するとなんといきなりパネルに正拳突きをかます。


 誇張では無く岩をも砕く拳だから当然パネルは粉々になり手がめり込む。


「なっなんて事するんだ?」


 皇成が慌ててたしなめるが


「使えないなら目障りです。こんなもの要りません。無くていいです」


 と無表情で真面目な顔に言い返されては言葉が継げない。


 なおも拳を打ち付け下の方に付いていた10キーボードをひっぺがしてしまう。終時無表情なのが余計怖い。


 でも10キーボードが上手くひっぺがせた瞬間唇の端が歓喜に少しつり上がったのをチェック出来た綾奈はもっと怖い思いをしている。


 装置が填め込まれていた空間が空になるほど中身を掻き出してしまった時、シューと言う音と共に扉が上がりだした。


 皇成達は知らなかったがコントロールパネルが破壊されると閉じ込められたり二度と開けられ無くなるので、ある種の安全装置として制御系が断線したら閉まっている扉は自動的に開く様になっていたのだ。


 もちろん有事の際に核爆発そのもの等で破壊されて作動しない様に中からロックはかけられるがアーニア達もそんな仕掛け自体知らなかった。


 ゆっくり上がって行く扉の向こうから死角になる位置に身を寄せる。


 と言っても集まっているところへいきなりテルミット弾が撃ち込まれてもかなわないから2人づつ違う位置で身を潜める。隣の部屋の空気が酸素を運んで流れ込んできたため、消えたと思っていた炎が復活する。


 最初の勢いこそ無かったがまただんだんと熱くなってきた。


 それでも皆じっとしていると遂に扉が上がりきった。中からは撃って来ない。4人は申し合わせた様に同時に飛び込んだ。


 壁まで金属で覆われ明らかに無機質に作られた部屋に不釣り合いな背もたれの高くなった高級な椅子が持ち込まれている。


 高級と言うより玉座の様だ。


 その椅子の袖にもたれかかるように優雅さをただよわせて座るヴァンパイアの女がいた。左右の背後にそれぞれヴァンパイアが従う様に立っている。


 直立不動と言う感じでも無くどちらかと言うとかったるそうに、左側のヴァンパイアは豪奢な背もたれの頭に手をかけてヨタっている。


「メイリ、イリーシャス、良く来たわね。貴方達を滅してしまうのは偲びないのよ。大人しく帰ってくれないかしら」


 女ヴァンパイア、アーニアが語りかけてくる。


 歌う様に美しい声でとても大量虐殺の首謀者とは思えない。


 時が進み始め容姿に歳並の影響が出ていると言っても、ヒトにすると40前後だろうか、細っそりした顔立ちに色香が宿っている。


 スタイルも全体的に細くそのシルエットはなるほどメイリにも似ている。


 流行りの親子で腕を組んでウィンドウショッピングでもしていればテレビ局の取材にでも捕まるくらい目立つだろう。


 確かにこの先数十年経てばさらに老けてゆくのだろうが、ヒトにしてみれば当然の摂理でありすでに400年を生きてきた者にとっては救いと感じる場合も有ると言うし、その方が自然な発想に感じる。


 アーニアも老いて死ぬ事よりも生きていて老けた容姿になる事に耐えられず血の効果を求めた結果アンデットを生み出していたと言う。


 聖母では無くなった事と容姿が保て無くなった事、どちらが今回の主因なのかは綾奈にとって大きな問題だ。


 どちらも綾奈が原因と言えるが与えられたのが原因なのかと奪ったのが原因なのかではやはり心持ちが違う。


 もちろん神の意思ほどに避けえない結果であり綾奈はこれっぽっちも悪くは無いが、それでも自分が悪いと定義してしまう事は自分にも、他の誰にも止められ無いのだ。


「それからそこのダンピレスは残りなさい。あなたにはコムネナが見える。私に仕えるのよ」


 アーニアの言葉にむしろ従者が動揺して


「アーニア様、僕達がコムネナ様の転生体であるとおっしゃったでは無いですか。今は二人の内どちらか分からないけれどはっきりするまで二人共に傍に居る様にと。候補が三人になったのですか?」


「細かい男ねぇ。それじゃあのダンピレスを倒しなさい。話はそれからだわ」


 アーニアの言葉が終るか終わらないかのタイミングで片方のヴァンパイアは皇成に襲いかかってきた。


 高熱環境下で自体も熱くなるために持ち続ける事が出来ずにホルダーに納めていたトンファーを素早く抜いた皇成。


 今は完全なダンピレスを維持しているために一秒に満たない時間で肉薄したヴァンパイアに対して既に髪を白銀に変えている。


 少しギョッとして怯んだヴァンパイアもさすがにアーニアの側近を拝命しただけあってすぐに気を取り直して大ぶりな剣を叩きつけてくる。


 メイリやイリーシャスのものと同じ黒っぽい材質で出来た剣の刃はうっすらと白味がかり磁界を展開させているのが分かる。


 しかし皇成のトンファーは純ステンレス製でありもちろん切る事は出来ないが剣に折られる事も無い強度を持つ。


 1本が20キロ近く有るためにヒトがいくら鍛えたところで武器として振り回す事が出来ないだけだ。


 しかし驚いた事に側近ヴァンパイアの剣はトンファーに確実に傷をつけている。


 トンファーを折られる事は考えられないし、どんなに優秀な刀剣をどんなに優秀な使い手が振るったとしても物理的強度が違うので必ず弾けるし傷といってもごく表面を引っかくだけだ。


 それが斧を振るわれた木の幹のような切傷を残す事自体信じがたい事だった。鋭い打ち込みは同時に非常な重さもともなっている。


 トンファーは長い主棒から短い持ち手棒が垂直に突き出た形状だが主棒の圧力を握った短い持ち手で受ける為にその連結部分に無理がかかる。


 もちろん普通に考えて肉体の力同士がぶつかり合う衝撃で緩む強度では無かったが相手のヴァンパイアも皇成も普通では無いので遂に右手のトンファーの持ち手と主棒が外れてしまった。


「クッ」


 だが左手のトンファーだけで防御しながら背に背負っていた剣を抜き攻撃に移る。場を動かず展開される攻防による動きの詳細は他のヴァンパイア達の目にすら認識出来ない。


 アーニアの動きを警戒しながらもみな闘いを見つめていた。


「アンデットの成り損ないのダンピレスに負けるかよ」


「もうやめよう。この戦い、勝者はいない。アーニアをどうするか、その結果だけが答えなんだ。その力、コムネナに貸すんだ」


「俺がそのコムネナだぁ」


 どうやら属性の転移は既成の知識らしい。どの程度がアーニアの洗脳か分からないが自分がコムネナの転生体と信じている。


 皇成もその指名をアーニアに受けた訳だが興味は無かった。アーニアの抹消、それが全てだ。


「それを貴様ごときと同じにされてたまるかよぉ」


 だが皇成には余裕が出てきた事を感じていた。互角に打ち合っている様だが皇成はまだ全開の力を出していなかったのだ。


「最後にもう一度言う。もうやめよう。誰が悪かった、より事態を収拾するのが先だ」


「うるさい」


 次第に優劣も見えてくる。そして


「ならば死ね。アーニアもすぐに送る」


 剣撃の中で他のメンバーには聞こえなかった物騒なセリフを口にすると髪の輝きをいっそう増した皇成は右手の剣を鞘に納めてトンファーでヴァンパイアの剣を受けつつ間合いを詰める。


 そして、勝負は終わっていた。


 唐突な幕切れ。


 メイリを瀕死に追い込んだ拳によるこめかみ、肩口、脇腹への三段攻撃を放ったのだ。


 ヴァンパイアにすら認識出来ないスピードで。


 ヴァンパイアにすら防ぎ切れないパワーで。


 側頭部への一撃で当然張られていた磁界バリアにも関わらずヴァンパイアの頭部は半分潰れ、最後の脇腹への打ち込みで内蔵の大半は蒸発してしまった。


 もはや勝ち負けに関係無く力の概念を超えている皇成のダンピレス化だった。


「ほらあ、あんたじゃこのダンピレスに勝てないわよお。バカな子ねえ」


 アーニアのその声を聞き皇成は内心吐き気を覚える。口調がメイリに似ているのだ。


 しかも機嫌がいい時のメイリにだ。似ているのも腹立たしいがこの情況を楽しんでいる事にめまいすら感じてしまう。


「アーニア、もう終りにしましょう。貴方だけは救えない。今改心しても遅すぎるの。大人しく滅せられてちょうだい」


「ちょっとメイリい? 私をバカにしてるのお? あなた達に勝てる訳無いじゃなあい? あんたを手に掛けるのは後回しにしてまずは大昔の仲間からねえ」


 残った従者のヴァンパイアから剣を受け取ったアーニアはゆっくり玉座から立ち上がる。


 次の瞬間、一番後ろに位置していた彦助の腹に深々と剣が突き立てられ横に引く事で身体が二つに分断しかける。


「ゴフォッ」


 口から血を吐く彦助に向かって


「あらあ、傷口は綺麗よお。あなたならまだまだ再生出来るわあ。今なら、だけどお」


 とアーニアが言い終わったとたんにボンッと破裂したように彦助の腹部が弾け上半身が飛ぶ。


 爆発の様な衝撃に腹だけで無く胸の辺りまで消失し、上半身が床に落ちた時には塵になっていた。後を追うように下半身も塵になる。


 既に全開の力を解放していた皇成同様、メイリ、イリーシャス、そして綾奈の白銀の輝きが増す。


 地球上のあらゆる生物が、いかなる道具を用いてもこの四人のヴァンパイアとダンピレスに勝つ事は出来まい。何万人、何十万人が束になろうとも。


 しかし、


「うざいッ」


 の一言と共に白銀に輝いたアーニアの禍々しさはその四人を恐怖させた。


 確かにパワーとしては四人合わせれば上回っているかも知れなかったが、絶望と憎しみが強すぎて4人の心を蝕み動きを制限させる。


 精神感応に対する耐性が無ければ自らで自らを滅しているかも知れない、そんな力だ。


 しかしあらがう様にイリーシャスが剣を打ち込むと我に帰った皇成とメイリも続く。


 三対一を持ってしても優位性を感じ無い情況に皇成は初めてメイリと出会った夜の戦闘を思い出した。


 会敵生存率20%以下と言う自殺に赴く様な対アンデット戦。


 綾奈の異常と言える能力で班員が自らを犠牲にして足止めする瞬間を作る事でかろうじて滅する事が出来るアンデットを、舞う様な動きと綾奈を試し誘導する余裕を持って何体もあっさり屠ったメイリ。


 皇成はそのメイリを超える強さを持ったかも知れないのに、そんな皇成と少なくとも同等の力を持つ彦助があっさり倒され、三人がかりの攻撃を受け流すアーニアには余裕すら感じさせる。


 全く理解を超えた存在であるアーニアが急に激しい打ち合いの中で明らかに狼狽して三人の剣を止めると玉座前まで身を引いた。


 追わずに囲む様に位置取りしながら構え直す三人の後ろで綾奈が背負った剣をゆっくり抜いていた。


 その刀身は全体が白銀に輝やき見るものを魅了する。


 白く輝く髪に赤く染まった瞳を光らせた綾奈が輝く剣を抜ききると片手に持って構えをとる。


 そこで皇成はアーニアが一度も綾奈を相手にしていなかった事に気づいた。呼びかけもしなければ攻撃もしない。


 防御の対象にすら素振りを見せていない完全な無視であり存在しないかの様な振る舞い。四人の中では一番弱いであろうゆえと勝手に思っていた皇成だったがそれは違うと考え始めた。


 綾奈は特別なのだ。


 自分の聖母としての属性を継いだ存在。


 あるいは奪った存在。


 そして子。


 怨みがましくそしてもしかすると愛しい存在。


 圧倒的な力を持ち長く生きる事でこの世の理を見極めたかの様なアーニアにとっても定義せざる存在。


 拒否することも、受け入れる事も、戸惑う事すら許され無い存在、それが綾奈なのかも知れない。


 綾奈が光輝く全てのヴァンパイアが持つ剣のオリジナルだと言う大剣を構えてアーニアを見つめている。アーニアの声が響く。


「みな下がりなさい。ここからは神に選ばれし者の闘い。あなた達の入る隙はありません」


 堕ちた神と目覚めた神。


 神の代理か子なのか声を聞くものなのか。


 しかしアーニアの様にヒトの数十倍数百倍のパワーとスピードを持つヴァンパイアの能力をさらに凌駕し、心や気象まで操る力はそれが善でも悪でもやはり神の力では無いのか。


 堕ちた黒い神と目覚めた白い神、神は神で無くては倒せないのかも知れない。


 剣を両手で突きの構えを取る綾奈が消えた。


 次に皆が綾奈の姿を知覚出来たのはアーニアに剣を払われた瞬間、そしてその一瞬後にはまた元の位置へ。


 イリーシャスがメイリの前へ。


 そしてイリーシャスの左腕が血しぶきを上げて千切れ飛ぶ。


 皇成が、「アーニアに綾奈の攻撃が通じないと見たメイリが剣を出そうとしたのを見咎めたアーニアの出した剣撃がメイリを守る為に前に出たイリーシャスの腕を飛ばした」と認識出来たのは左肩口から盛大に血を吹き出すイリーシャスを見てからだ。


 何もかもが速過ぎる。


 負傷したイリーシャスには一顧だにせずアーニアを見つめる綾奈。


 自分の甘さからイリーシャスに大きな手傷を負わせて動く事が出来ないメイリ。


 ヴァンパイアの治癒能力を持って血の流出こそ止めたものの大量の血と共に片腕を失ったイリーシャス。


 動いたのは皇成だ。


 それも真っ直ぐに突っ込んで行きアーニアの剣をまともに腹に受けて切っ先は背中に突き抜ける。


 輝くアーニアの剣が一層輝きを増した時、彦助の様に皇成の身体が爆砕されても不思議では無かったが刺さった剣は急速に光を失っていく。


「おまえは……本当に……」


 アーニアのつぶやきが終るか終わらないかのタイミングで綾奈が肩から袈裟にアーニアの身体を切り裂く。


 身体の半ばまで差し入れた剣を心臓の位置でピタリと止めると、えぐる様に捻って抜いた。


 アーニアは心臓を完全に破壊され心臓につながっていた血管から血があふれ出す。


 心臓が無い為に吹き上がる事は無いが文字通り湧き出して行く。


 綾奈によって完全なダンピレスとなった皇成と皇成によって完全に発現した綾奈は元からの強い結びつきが一層強固になって、その思考がお互い手に取るように分かっていた。


 皇成がアーニアの剣を止め綾奈が止めを刺す。


 皇成が出来るかだとか綾奈に出来るかだとかの躊躇いの入る余地の無い、お互いがお互いを信じた必殺の陣。


 アーニアが再び、今度はささやく様に声を出す。


「聖母アーニア、良くやりました。それでこそ私の子です」


 消された記憶の底にある母の声。


 産まれ出た最初から愛されてはいなかったかも知れないが、決して冷たい母では無かったような気がする。


 そんな思い出が事実なのか錯覚なのかを考える間もなくアーニアの身体は塵となって消える。

 

イリーシャスはアーニアが消えると同時にゆっくりと倒れ込んだ。


 皇成に刺さっていた剣は慌てている事がバレバレでも落ち着いた素振りを見せて近づいたメイリが引き抜く。


 残されたアーニアのヴァンパイアはアーニアが滅した事により我に返ったのか呆然としている。膝をつき、身動ぎもせず床の一点を見つめているところを見ると、記憶は有るようだ。何をして来たかを思い返して狼狽えているのかも知れない。


 その後イリーシャスを背負ったメイリと隣の部屋で忍びの二人を両腕にかかえた皇成、夕を抱き上げた綾奈は地上へと戻って行く。


「メイリ、イリーシャスを急いで起こして私の側へ。それから皇成君、この十字架をそこの穴に入れて立てて欲しい」


 戻るなりコムネナが指示を出してくる。


「早くするんだ。時間が無い」


 メイリと皇成はとりあえず指示に従う。目的が分からなくてもコムネナが冗談を言っている訳では無いことが分かるからだ。


 天井がドーム状になった場所の真下に深い穴が開いており十字架の下端が差し込める。十字架を立てると手首と足首を十字架に縫い止められたコムネナの姿はまさしくコムネナ・イレスシスの磔の様だ。


「あの、私は?」


「アーニアの仕事は終りだよ。明日から、また始まるけどね。今日はもういいよ。良くやった」


 今までと全く違う印象の口調で綾奈に語りかけたコムネナは綾奈の父親で有ることを思い出したかの様だ。綾奈も思わずニコッとして安心した様子を見せる。


「イリー、大丈夫?」


 コムネナに言われてイリーシャスを起こしたメイリだが明らかに消耗しているイリーシャスを気遣っている。イリーシャスも2,3度首を振って意識をしっかりさせる。


「イリーシャス、時間が無い。私の真上の天蓋を吹き飛ばすんだ」


「そんな事なら俺が」


 剣を抜いて跳ぼうとする皇成にコムネナは


「そこを動くな。全員だ」


 と声をあげる。


「しかしコムネナ様、それは」


 イリーシャスの躊躇う様子。


「イリー、もう時間が無いのだ。最大の力を放て。私を信じるのだ」


 メイリにも良く状況が分かっていなかったがついにイリーシャスが十字架の側に寄り天蓋を見上げると


「オオオオオオォォ」


 と大声を放つ。


 天蓋がビリビリと震えて外側に弾け飛んだ。


 イリーシャスの声による攻撃モードは物理的破壊も可能だったのだ。


 しかしあまりに強力な干渉波ゆえに半径100Mに渡ってヴァンパイアやダンピレスでも脳に深刻なダメージを与え、ヒトなら脳が分解して即死する力だ。


 その威力が分かっていなかったはるか過去に、周囲にいた味方のヒトを大量に死に追いやって以来封印していた力だった。


 側にいたメイリ、皇成、そして綾奈は声を聞く内に目から光が失われゆっくりと両膝をついて倒れ伏す。


 皇成に至ってはヨダレまで垂らしメイリの目は開かれてはいたが虚ろに何も写していない。


 脳が破壊されて肉体が制御出来ずに呆けてしまったのだ。


 一度壊れた脳細胞の治癒が無いヒトには致命的だがヴァンパイアもダンピレスも時間が有れば元の通り再生する怪我と同じだ。


 だが今この瞬間は呼びかけを認識する能力が無いし残っていても反応出来ない状態だ。


 イリーシャス自身とコムネナにはダメージが無い。先代アーニアの属性を継いだ綾奈もその能力の全てを使える訳では無い。そして


「間に合ったな。イリーシャス、後を頼んだぞ」


 開いた天井から夜空を見上げたイリーシャスは輝く星空を圧倒する光跡がこちらに迫って来るのを見て理解する。


「この建物の中だけでいいから守ってくれ。後は私の仕事だ」


「コムネナ様、またいつか。私にはまだまだ赦しの時は来ない様です。アーニア様も見続けさせていただきますし」


「うむ。メイリの事も頼む」


 皇成を見守る者はいないらしい。夜空を引き裂いて向かってくる光跡は大陸間弾道核ミサイルであり穴が開いた角度的に一機しか見えないが合計三機がデヌリーク市国に照準され飛来していた。


 三機ともロシア連邦製だ。


 過去に広島に落とされた核爆弾の30倍に相当する威力の弾頭が子爆弾として一機に10発づつ積まれている代物でありそれがデヌリーク市国と言う狭い範囲に着弾、爆発すればデヌリーク消滅はもちろん、半径100キロ以上に渡って永久に人が立ち入る事の出来ない土地になってしまうだろう。


 風によって最悪ヨーロッパ全土からヒトが避難しなければならなくなるかも知れないし、さらには地球の自転にすら影響しかねない。


 ロシア連邦にはヴァンパイアを敬う勢力と同時に反ヴァンパイア勢力も存在した。


 核ミサイル発射は親ヴァンパイアの筆頭であったルミノフが死んだ事よりも、自国兵士が多数殺された事が大きい。


 反ヴァンパイア作戦に強硬に反対し、実際強い発言力を持っていたルミノフの死亡は実は確認出来た訳では無い。


 定時連絡が途絶えた後にスパイ衛星からの画像により自国兵士の95%の死亡が確認されただけだ。


 まだ瀕死で生きている可能性も考えられたし実際生きている者もいたが、核ミサイル使用慎重派もヴァンパイアが王宮に籠っている間に一網打尽にしなければという論に押し切られたのだ。


 反ヴァンパイア勢力と、ソビエト連邦崩壊後ロシア連邦と変わって世界二大強国の名が廃れて行く事を憂う層とが不思議な一致を見てアメリカに対する恣意行動に結び付いた部分もある。


 敵性ヴァンパイア一掃の大義名分と、デヌリーク市国は自国領土から遠く離れて放射能に影響されるとしてもヨーロッパに隣接する衛星国だけであり、それらの国を強い国は自らの犠牲をいとわないとの文句で切り捨てれば本国に影響しない。


 反ヴァンパイア勢力は軍の中枢で構成されており、むしろルミノフが異端であったと言える為にルミノフと言えどデヌリークを標的とした核ミサイル準備を止める事は出来なかったのだ。


 通常一ヶ月単位でかかるミサイルの発射準備はアーニアのデヌリーク襲撃直後から始められていた。コンテナである弾道ミサイルは静かに目を閉じたコムネナの上空8キロで子ミサイルである核弾頭を放出する。


 分離した子ミサイルはさらに独自の目標に向かって軌道を微修正する。


 子ミサイル一発でも一都市を消滅させる威力なのだ。


 弾道ミサイルの飛来がヴァンパイアに認識されて移動を開始されても逃げ切れない範囲への絨毯爆撃。

 直径10キロの範囲に30発が降り注ぐ悪夢は観測する者も無くまばゆい光を放つ。


 神の火の様に全てを破壊し尽くす為に。


 そして十字架に磔にされたコムネナは2000年前にヒトに救いをもたらした様に今度はヴァンパイアを救うべく奇跡を起こす。


 核爆発によって電離放射線が放出され大量の電磁波が発生する。


 コムネナは本来全爆発エネルギーの5%程度である電離放射線を、爆発エネルギーの90%を占める爆風や熱放射をも電離放射線に還元する事により爆発の影響そのものを弱めると共に、より多くの電磁波を生じさせた。


 爆風は王宮を物理的に破壊するだけのエネルギーしか残らず放射能の降下は限りなくゼロになる。


 まさに神にしかなしえないエネルギーの変換術だ。


 そして膨大な電磁波を己で吸収し、力として全世界に影響を与える。


 本来ヨーロッパ全土に破滅をもたらしたであろうエネルギーを一身に受けたコムネナの身体は一瞬で消滅した。


 そしてその奇跡は、霧の様に地球を、世界中を覆い、その目的を果たすのだった。




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