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―決戦!決戦!決戦!です―①

 綾奈は弾倉を全て捨て身軽になって、背中に背負っていた剣を抜いている。


 部屋の奥は廊下状になっていた。と言っても両側に壁が無く隣の建物への渡り廊下のようだ。


 外にも新たなアンデットの気配もヴァンパイアの気配も無い。


 廊下の先にある建物に入ると部屋の中心付近にヒトが寝かされているのが見えるが、しかし何か不自然だ。


「あれはなんだ? さらったヒトを拷問にでもかけているのか?」


 警戒しながら寝かされたヒトに近づく皇成達。側まで来たとき新たな衝撃が皆を襲う。


「コッコムネナ?」


 メイリが目を見張りながら呼びかける。寝かされていたのはコムネナだ。


 上半身裸であり裸足でズボンもボロボロだ。


 しかし異様なのはそんな事ではなく巨大な十字架に磔にされていたのだ。


 手のひらと手首付近、それに足首を太いクギで縫い止められてる。ゆっくりと顔を向けるデュークはほほがやつれてはいるがかつての聡明なイメージも残した目をしている。


「やっと来たか。遅かったな」


「これはなんなの? 部下達に裏切られた? それともあなたが裏切ったのかしら? それなら助けなくちゃだけど?」


「どちらとも言えるかな。ん? おお、アーニアも一緒か。見なければ分からないとは私も限界だな」


「私? 私は綾奈よ? 一度お会いしてますよね?」


 明らかに綾奈に対してアーニアよばわりすることに戸惑う綾奈だったがすぐにメイリが口をはさむ。


「そんな事どうでもいいわ。いったいどうなってるのよ? 貴方は敵なの? 味方なの?」


「どちらにしても私はもう助からないさ。アーニアの姿を見れたのはやはり神のみ技なのかな。」


「いったい何を言っているの? 手にクギを刺された位でどうこうなる身体じゃ無いでしょ? さっさと起きて説明するなり闘うなりしなさい。て言うかさすがに勝てる気がしないから敵ならそのまま白状しなさい」


 メイリにはヒトの命などに価値を見ないヴァンパイアとは言えあまりの大量虐殺を指揮した相手ではあるが、父親でもあるコムネナに憎しみを持て切れない様子もある。


 ルミノフの事も憎しみの矛先がアーニアに還元されコムネナには向いていないようだ。


 しかし、この時点でヴァンパイア特有の超感覚、意思疎通により何かを悟っていたのかも知れない。


「今回の事は私も悪かった。予想は出来なかったがするべきだったのだろう。子を生めば時間が流れ始める可能性はもともと高い。アーニアも覚悟は有ったのだ。しかし代替わりまで起こるのは予想出来なかったし神のおぼしめしだとしてもショックに耐えきれ無かったのだ」


「ちょっと待って。子を産んだのは分かるけど代替わりってなに? 始めて聞くわ」


「我々ヴァンパイアの総数が変わらない理由として転生しているため太古の一定数から変わらないのでは無いかと言う意見は知っているな? アーニアは生きながらにしてその属性が転生してしまったのだ。この例は誰も聞いたことが無い。もっとも転生例と思われる事例自体がわずかな数だが」


「属性が転生? 何が移ってしまったの?」


「聖母だ」


 ちょうど彦助達が建物に入ってきた。皇成がさっと数えるが9名しかいない。女性の忍びが夕と名乗って初めて名前を知った。外での戦いの顛末を聞きたい所だったが一同はコムネナの話しを待っている。

 彦助達もかつて盟主級であった存在のコムネナの姿に驚き、その言葉を待った。


「アーニアの名前はそのまま聖母を表していたのだ。由香里から改名したのは偶然では無い。聖母アーニア、彼女はその転生体だ」


 聖母アーニアはデヌリーク教において受胎告知により神の子を処女懐胎した聖女だ。


 信仰の対象とは少し異なるが崇められる存在ではある。神の子であるコムネナ・イレスシスを処女にしてみごもる。


 そして磔にされたコムネナ・イレスシスは奇跡の復活をとげ神の言葉を伝える。その言葉を編んだイレスシス教の経典である聖書は世界中に伝播している世界最大の宗教だ。


「確かに同じ名前だけどいくらコムネナの話しでも信じられないわ。アーニアだってありふれた名前だし、コムネナがコムネナ・イレスシスそのものだと言うの? 2000年前から存在続けた?」


「アーニアは転生体であり今は娘のアーニアが聖母だ。常に切れ間無くこの世に存在続けたのかは分からない。それを言ったら他のヴァンパイアが滅した瞬間次の発現があるのか数年後なのか、アーニアの様に常にクロスする時期が有るのか何も分からないしな。今回は……私に分かってしまったのだ。私には神のご意思が見えるし読める。だからこそ神の子と呼ばれて来たのだから」


 コムネナは淡々と語る。誇張でも無く諭すでも無く事実のみを語っている事を示す様に。


「アーニアはもともと好戦的な性格だった。聖母たる存在である事を告げ、また理解した後もすぐに慈愛に目覚めた訳では無い。ただ、その戦いは単に血を好む無体なものでは無く彼女なりの筋がありそれはそれで良いと考えた。やはり聖母である事が多少影響していたのだろう。その内戦争の形式が変わっていった事もあり直接戦闘を行う事も無くなって行ったのだが聖母で無くなった事で好戦的な部分のみが拡大して現れたのかも知れない」


「さすがに信じがたいんだけど聖書に書いてある伝説はどうなの? 真実だったのか虚実を変えて伝えてきたのか説明出来るの?」


 メイリの質問ももっともだ。仮にコムネナが今回の事件を起こしておらず全面的な信用に足るとしても信じがたい話しだろう。


 デヌリーク教徒にとっては教義の根幹をなす存在で有ること、異教徒にとっては唾棄すべき偶像崇拝のそのものであり、しかも現実に存在していると言うのだ。


 真実とすればこの先の世界は良くも悪くもコムネナを中心に廻るだろう。


「聖書は全てが真実では無い。私は主に奇跡前後とその後200年程度は表に出ていたが一度死んで転生してからはコムネナ・イレスシスであることは秘していたからな。だが、例えば処女懐胎は本当と言える。生まれてすぐに厩に捨てられた私を見つけた聖母アーニアは助ける為に私の血を吸ってくれたのだ。当時の事はあまり覚えていないがおそらく1回か2回だろう。命をとりとめ成長した後に3回目を吸った。そう、審判の日と呼ばれている時には私はダンピレスだったのだ。当然、手足を打ち付けられた程度では死なない。何か薬物でも盛られたのか二日仮死状態だったようだがね。その後200年後位に突然老化が始まり肉体が滅びるが、すぐにヒトとして生まれ発現した後に転生体としての自覚も出たのだよ」


「そんな……」


「デヌリーク市国ロマニ法王は歴代知っていた。と言うよりこの事実を知る者がロマニ法王と呼ばれるのだ。私は過去からデヌリーク市国を拠点としていたのだよ。魔女狩りの時代にデヌリーク市国の神性を高める事とヴァンパイアがいたずらに標的にされない利害が一致してデヌリーク市国にヴァンパイアを庇護してもらい私もデヌリーク市国を庇護し続けた事になる」


 あまりに唐突で信じがたい。が、それぞれの知識にも符合する点は多い事を認めざるを得ない一同だ。


「アーニアが産まれる時に立ち会って産まれ出た瞬間に聖母で有ることを悟った私は、子にもアーニアと名付けた。親子の名が同じなのは珍しい事では無い。発現がほぼ確定している子ならばな。我らの時間は長く親子共に過ごす時間などほんの20年程度に過ぎ無いからだ。私は同じ名にした理由をすぐには告げず5年経った頃何かのひょうしに話題にした。すでに彼女の時が動き出している事は確定していた頃だ。聞いている時は特に変化は無く理解だけした様に見えたし実際数年はそれまでと変わらぬ時が流れていたが、ある日突然アーニアは娘を殺そうとしたのだ。驚いた私はとにかく娘のアーニアから記憶を消しデヌリークからもっとも離れた日本に移した。アーニアとって産まれた土地なのは分かっていたが400年も経っているし盲点にもなるかと思ったのでね」


 何か話がおかしい。皇成は嫌な予感を覚えていた。


 いや、コムネナのさっきのセリフ、メイリがあえて質問を突っ込まない不思議。当人でさえ軽く青ざめて声が出ない。意を決してストレートに質問する。


「まさかと思うが日本に逃がしたアーニアと言うのは……」


「綾奈はアーニアの当て字だと聞いている。記憶を消したからアーニアと呼ばれていた事は覚えていないだろう。だが、事態がここまで進んでは隠しても仕方ないし自分でも考えなければならない。それがアーニアの運命だ。ただ、一つ間違い無いのは娘であるアーニアに落ち度は無いのだ。それだけは分かって欲しい」


「そんなこと当たり前だ。あえて誰が悪いとは言うまい。だが綾奈は何も知らずに戦って来たんだぞ? デヌリークの養護施設にいたのも射撃の特別な才能が有ることも全て最初から分かっていた事なんだな? 全て予定通りのレールで走って来たと言うんだな?」


「ほぼ確実に発現するであろう他は何も分から無かった。射撃の能力が有ろうと無かろうとアーニアさえ大人しくしていれば戦いの場に引っ張り出す事は無かったわ。アンデット渦は報道管制しているから知らないまま過ごさせる事も出来たのかも知れない。でも、もう一つの命題が綾奈の自衛力向上だった。発現したところでまともにやりあう事など考えられ無いほど強いアーニアから身を守るにはどうしても何らかの手段が必要で、プランの一つが皇成による護衛、そして射撃に才が有るならばそれにすがるしか無かったのよ。綾奈に射撃訓練を受けさせる様に進言したのは私よ。コムネナはどちらかと言えば反対だった。私が守ればいいだろう、てね。でも私は違うと思ったの。綾奈が私の妹なら発現してようとしていまいと自分で出来る事は自分でしたいと考えるはずだと思ったのよ」


 いまさらだがメイリは初めから知っていたのだ。イリーシャスも。


 考えてみればメイリと綾奈の初めての戦闘もあまりに息が合いすぎていた。お互いの意識の読み合いも出来すぎだ。全ては姉妹ゆえだったのだ。


「私も気づいていたのですが。事情が有るから口に出さないでくれとクギを刺されましてね」


 彦助まで言い訳を始める。知らなかったのは皇成と当の綾奈だけだったのだ。


「今はとにかくアーニアを滅してくれ。事情はどうあれヴァンパイアがこれだけのヒトを殺してしまった。私の事を知るロマニ法王もいない。アーニアは世界と心中するつもりなのだ。少なくともヴァンパイアをヒトと決定的に対立させ追い込んで滅亡させる事を目的としているとしか思えない」


「他のヴァンパイア達はどうしたの? アーニアと一緒にいるの?」


「アーニアに従ったのはアーニアの異常な信奉者と長く生き続ける事に疲れた者達だ。その隙にアーニアの洗脳が強く作用したのだが、自分に従わない私を十字架に打ち付ける様に命じた事を利用した。今のアーニアの力は強く私の力は弱いが洗脳されたヴァンパイア達が私の身体に直接触れた時に洗脳が少しづつ解ける様に最後の力を張り巡らしたのだ。我に返った者は自らを自らで滅して塵になった。今アーニアの側にいるのは5名だ。しかし私の力も通じずアーニアに力を与えられているかも知れない。強いぞ」


「そもそもデヌリーク侵攻に手を貸したのはなぜ? 話を聞いていると貴方は全く関与していないけれどテレビに写っていたのよ?」


「あれもアーニアの策略だ。私はこの数年、ある期間眠りに付くようになっていた。アーニアがデヌリークを落とした時、私は眠っていたのだ。テレビはアーニアが私に扮した者を用意してわざと撮影したものをテレビ局に流したのだろう。彼女は戦術家でもある。その程度の細工は造作も無いさ」


 確かに今回コムネナがどう関わったのかはそれぞれの立場において判断に大いに影響した。


 アーニアも有名だが特別強い印象を持つのは相当歳を重ねた少なくともプレナガでありメガリオは大抵の事態が起こっても動くものでは無い。


 スエリのエリコム社に集まった「なにかすべきか」と考えたヴァンパイア達がアーニアのみを敵と認識した場合、多少取り巻きがいたところで恐れる事は無く突入していたかも知れない。


 だがコムネナが首謀しているなら話しは全く別であり、ヴァンパイアで有ることは強さに何のアドバンテージにもならず10対1でも仕掛けようと思う者はいない。


 それほど圧倒的な強さを誇るコムネナを前面に立てたのは以後何かを行おうとすれば制限がずいぶん緩んだはずだ。実際、メイリにしてもコムネナの関与がなければ、単独もしくはイリーシャスさえいれば突入していたはずだった。


「それで? 今アーニアはどこへ行ったの?」


 青ざめた顔色のままうつ向き気味の綾奈をチラリと見ながらメイリが核心の質問をする。


「どこにも行っていないよ。ここの地下部分にいるはずだ。大昔から存在する大空間で近年核シェルターとして強化された区画があるんだがそこだろうと思う。なんとかアーニアを眠らせてやってくれ」


「貴方はどうするの? 信じるかどうかもあるけど貴方が行けばいくらアーニアが強くても問題無いじゃない。」


「ここに運ばれて目覚めた時には相当血を抜かれて身体は動か無かった。その後ヴァンパイア達を目覚めさせる事に全ての力を集中してきたからな。もう拘束されていなくても立ち上がる事も出来ないだろう。本来であれば消え去っていても不思議では無いのだ。私は、まぁ、特別だからな」


「わかったわよ、もお。信じるから、今そのクギも抜くから」


 進みかけたメイリの肩をイリーシャスがしっかり掴んで引き留める。


「さすがだなイリーシャス。クギを抜けば私を形作っている磁場が崩れるだろう。私も塵になるだけだ」


「ちょっとコムネナ? いい加減にしなさいよ? 怒るわよ?」


 しかしコムネナはメイリに微笑み返しただけだ。皇成や綾奈、彦助達にもすでにコムネナの命は尽きかけている事は分かってしまっていた。


「もういいわ。皇成、イリー、とにかくアーニアを倒すわ。戻ってきたらまたじっくり話し合う。綾奈も今は闘いに集中して。終わったら全てを話すし謝るところがあれば謝る。終わるまでもう少し待ってちょうだい」


 ショックが収まった訳では無いがしっかりとした調子でうなずく綾奈。


 それでも目は少し虚ろなままだ。


「彦助さん達はどう? まさか他のメンバーがみんな死んじゃった訳では無いでしょ? 手酷くやられてどっかで待機中?」


「みなやられたよ。全く元帥さんが手数を減らしてくれなければ全滅だろうよ。そう言えば元帥の遺体は塵にはならなかったよ。ヒトのままあれだけの力を使う例は過去にも未来にも無いのじゃ無いかな。脇に寄せてジャケットを掛けておいたから後でちゃんと葬ろう。こっちはこっちで考えて攻撃するから勝手にやってくれ。いまさら作戦も無いだろ?」


 ヴァンパイアはヒトの死に鈍感なだけで無くヴァンパイア同士でも同様だ。よほど特別な関係でも死を悼むことはあまり無い。やはり長く生きすぎなのかも知れないし、本来生物とは自己保存本能はあってもいざ死んでしまった者をそれほど悼むものでは無いのかも知れない。


 今の彦助は仲間だった忍び達の死よりメイリを気遣ってルミノフの事を知らせるのが重要と考えている様だった。


「そう。とにかくアーニアのところへ行きましょう。コムネナ、待ってて。まだまだ話があるわ」


 もはやコムネナは死に体だ。ヴァンパイアは相手の嘘を見抜く。コムネナの話しに嘘が無い以上、それは真実なのだろう。


 そしてコムネナが闘えなくても、もはや救う事の出来ないアーニアの排除は必須なのだ。一同は入って来た扉の真反対にある扉に入る。


 そこは小部屋になっておりさらに扉が扇状に4つ等間隔に並んでいた。


「はじから当たればいいのかな?」


 彦助が何気ない感じで意見する。メイリも困った風こそ無いが考えている様子だ。そんな中で皇成と綾奈は真っ直ぐ右端の扉を選び躊躇い無くノブを捻る。


「皇成、わかるの?」


「ああ。メイリはどうか知らないが知らないがイリーさんには分かるだろ?」


 イリーシャスは無言でうなずく。あの、東京のビルに作られた城の内部に良く似ていたのだ。そしてその正しい道は右端だった。扉を開き中に入るとさらに狭い空間だ。


 ここでイリーシャスは前に出て壁の一部を押す。


 イリーシャスにとってここが初めてだったとしても恐らくあの城にも同様の仕掛けが有るのだろう。空いてみればなんと言うことの無い、壁が一面スルスルと下がって行きやはり石作りに囲まれた階段が下に伸びている。


「一本道は危険だ。それに暗すぎる。先行させる」


 彦助がつぶやくと生き残っていた夕の姿が無言のまま消える。ヴァンパイアは夜目が効くがあくまでも微弱な光を増幅出来るのであって真の闇ではさすがに見えない。


 扉が開いている状態で視界を確保した灯りで偵察する訳だ。


「了解。メイリさん、下に着いた。大丈夫の様だ」


 インカムから夕の声を受けたらしい彦助の言葉にメイリがうなずくと階段を下り始めて皆が続く。


 後ろで扉が閉まるが前方に僅かな光源が知覚出来た。夕が何か光を発しているのだろう。


 全員が下に着くと


「揃ったわね。こうなったら各自の判断で対処するしか無いわ。でも、もう誰も死なないでね」


 メイリが願う様にささやく。その時、扉が勝手に開き始めた。


 皆が即座に両サイドの壁に張り付き警戒態勢に入ると忍び数名が半ばまで開いた扉から中に飛び込む。とたんにすざまじい銃撃音が響き残った全員の聴力が奪われる。


 飛び込んだ忍び達がどうなったか分からないし中の様子も分からない。扉が開ききっても左右には僅かに身を隠す余地が残り壁にピタリと身体をつけて中をうかがうが動きが取れない。


 イリーシャスがゆらりと動いたかと思うと全員に強烈な頭痛が襲った。


 先ほどの銃撃音のせいだけでは無くイリ―シャスの口が開いていても声は聞こえないが、攻撃性の何かを発しているのだろう。敵の動きが鈍ることを期待してメイリと皇成が飛込もうとするがその肩を忍びの誰かにそっと、しかし確実に掴まれ足止めされるとその忍び達が飛び込んで行く。


 どうやら忍び達はメイリ達の盾になる決意をしているようだ。そんな義理は無いが彼らなりにこちらサイドが勝つ為に考えた行動なのだろう。案の定、イリ―シャスの牽制が効いたのか中の射撃は一拍遅れて始まり前回の組が全滅していたとしても今回は無事な者がいる。その証拠に銃撃音がなかなかやまないで続いている。


 イリーシャスの意図を察して飛び込むのもイリーシャスと気心知れたメイリよりさらに早く判断する力は歴戦の経験によるものか。やまない銃撃音に紛れるように残りのメンバーが突入する。


 そこは地下とは思えない天井高がある広い空間でコムネナが捕えられていた部屋ほども有るだろう。どうやら3体が待ち伏せしていたようだがアンデットでは無くヴァンパイアだった。


 皇成はあれだけの動きをするアンデットの後ではヴァンパイアでも違いは無いかとも思っていたが実際は全く違っていた。


 もちろんヴァンパイアであることは見た目だとか動きだとか以前にただ見れば分かるのだが、要するにアンデットが3体で連携していたのはそれでヴァンパイア1名分の強さなのだ。しかも自立行動も出来るとは言え連携は基本的に指示を受けての動きだったアンデットより完全な自立行動ゆえにさらに的確な行動をとる。


 つまりヴァンパイアはアンデットより3倍以上強いのだ。皇成達は13名で突入してすでに4名やられた。


 アーニア側のヴァンパイアは無傷だ。こちらの一騎当千な戦闘力を考えれば待ち伏せの有利を差し引いてもやはりかなり手強い相手と言う他は無かった。


 続いていた重機関銃の掃射が止む。逃げ廻る様に部屋の中を飛び回っていた皇成は一番近くにいたヴァンパイアにトンファーを降り下ろすが避けられた。


 しかし驚愕すべきはここからで、避けた後で横に移動する相手を追っても追いつけ無い。


 メイリ、イリーシャスが戦闘する中で綾奈はあまり動けていない。すでにマシンガンは破棄しており肉弾戦になるが経験不足だ。


 実力はあるにせよいきなり特A級の敵とやりあうのはいくらなんでも分が悪いため他のメンバーが連携して守りながら結果として部屋の角に綾奈を置き3名態勢で守護していた。


 その場所にアーニアのヴァンパイアが攻撃をかけた時、綾奈を抜いても3対1の勝負になったのが幸いし、一方から仕掛けた攻撃をアーニアのヴァンパイアが避けたところにもう一方の攻撃がヒットしさらに残る一方からの攻撃もヒットして塵になる。


 まさに一瞬、ヒトがいても見えないだろうし見えたとしても連携した同時攻撃と認識しただろうが実際には数分の一秒単位の時差攻撃だった。


 残った2名のアーニア側ヴァンパイアに忍びの一人がやられ、メイリとイリーシャスが1名を仕留めたその時壁の一方を占めていた金庫のような金属製の扉が音を立てて上がり始める。


 そこが改造されたと言う核シェルターでありアーニアがいるであろう事は予測出来ていたがヴァンパイアの相手で調べるどころでは無かったのだ。


 1Mほど上がった時、中から猛烈な掃射が始まった。拡散バリスタ砲だ。


 角度が限られているので逃げられそうだが弾幕が強烈だ。


 メイリとイリーシャス、彦助は完全に避けたが皇成の身体には数弾が食い込む。さらに綾奈の位置が悪く守っていた忍び達はまともに食らってしまう。


 拡散バリスタはヴァンパイアにとって致命傷にはならないため綾奈のガードをしていた夕が「動かないで」と叫び綾奈を守る様に抱きつく。おそらく何発食らったところで滅することは無いだろうがそれでも数百発が背中に食い込めば戦闘は行え無い。が、磁界バリアを張っているので身体を貫通する事は無かった。


 抱き抱えられている綾奈の目にだんだんと光が戻り身体に力が入っていき、抱きついていた夕を逆にしっかり抱えて一瞬で部屋の端に飛ぶと夕を横たえる。


 守ってくれていたあとの2人も綾奈の移動を悟ってそれぞれ避けた。


 シェルターの扉は2M程度まで上がった後再び降り始めているが、続く拡散バリスタ弾に混じって何かが飛び込んで来て炎を上げる。


 テルミット弾だ。


 この狭い閉鎖空間での攻撃がいかに無茶なものかは拡散バリスタを数発浴びて動きの鈍くなっていたアーニア側のヴァンパイアが瞬時に炎に包まれて塵と化した事でも分かる。


 テルミットはジェル状の高可燃性物質であり着地と同時に四方へ巻き散らされ炎と化して行く。狭い空間に大量に撃ち込まれており文字通り火の海だ。


 忍び達はかろうじて逃れているがそもそも部屋全体が熱すぎる。


 彦助は忍び二人を守る様に集まっており綾奈の側に酷い状態の夕、メイリとイリーシャスは無事だ。皇成はメイリ達と彦助達の中間位にいた。


 その皇成が新たに撃ち込まれたテルミット弾が彦助を直撃するコースをとっているのを見ると無言で飛び出し手で弾くが手に当たったショックで放出されたテルミットを浴びて右半身が炎に包まれる。


「お兄ちゃん!」


 高速で移動してきた綾奈に抱えられて皇成は射線を離れて夕の側に運ばれた。


 同時に駆け寄ったメイリが炎に抱きついて消し止めるが顔こそ無事だが腕は酷い状態になっている。もっともヒトであったなら超高温の炎で焼き尽されていたところだ。


 テルミットは粘性が高くまとわりつく様に燃えていく。バリアの力でなんとか腕の原型を残した様なものだ。


「皇成、大丈夫?」


 メイリが心配そうに語りかけるがさすがの皇成も息をするのがやっとで言葉が出ない。シェルターの扉がグーンと言う作動音を響かせながら閉じていく。




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