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16/23

―ヒトじゃ相手にならないよぉ―①

「フランス陸軍第12歩兵大隊第1中隊、着任致しました」


 スエリ軍サーガス駐屯地の広大な敷地は滑走路1本と収容人員50名程度の宿舎が並ぶ普段は殺風景な土地だ。


 周囲は2重の鉄網フェンスの上部にバラ線を巻き付けられ鉄網が切断されると詰所に警報が鳴る境界が囲んでいるが、4ヶ所の裏門には小さな歩硝小屋に最大4名程度が詰めるだけでパトロールもしていない。


 周辺は山岳地帯なので本気で警戒しようと考えたら一個中隊でも足りないのと、実際基地内に何も無い為だ。


 都市部で開かれる国際会議の警備準備行動でも無い限り見渡す限りの平坦な空き地である。山の多いスエリ国のサーガス地方において東方の守りの要所を構えようとしたとき、その平坦な土地柄が手間を省いた為に築かれたとも言える。


 正門からある程度の空間までは民間人の出入りが自由で公園まである。その隣に射撃場があり普段は民間人で銃を所有する者が練習に励んでいた。スエリ国は永世中立国であると同時に国民皆兵でもあり武器の自己所有も認められているどころか武器弾薬を備蓄し自己において訓練する事は義務ですらある。


 しかし今は有事態勢であり民間人の出入りはもちろん、軍事車両に乗っていても正門でのIDチェックが行われている。


 フランスが陸路で約50両も連ねてやってきた一個中隊は全ての車両が装輪仕様だ。


 フランス軍に限らず今回の戦場は市街地でありしかも街全体が人類の大いなる遺産とも言うべきシチュエーションであるゆえに、今さら建物の破壊について細かい事は言わないとしても、路面まで由緒ある石畳とくれば気を使わざるを得ない。


 本国からの移動も自走出来るので今回の作戦第一陣は装輪戦闘車両でとの申し合わせがあったのだ。


 但し軍用装輪車両は本来兵員輸送を目的とする車両なので、砲を備えた戦闘車両は元々数が少ない。戦闘車両は無限軌道を備えた戦車が主流だからだ。


 今回の事情により各国から手持ちの装輪戦闘車両を目一杯かき集める事になっていてデヌリーク市国が国内に位置すると言え、今回ヴァンパイアにより自国民が300人以上も行方不明になっているにもかかわらず、戦渦の当自国では無く、言わば流れ弾で被害を受けた周辺国の立場を貫いているレアニスト共和国はもともと抱えていた国の財政事情もあって全ての解決を国連に委ねて戦闘作戦行動にも参加しない予定だったが、たまたま国の地形に合った防衛手段として無限軌道の戦車より多くの装輪戦闘車両を所有する国だった為に一度国連に車両を貸し出した上で自国に展開することで予算を使わずに戦闘に参加する事になっていた。


 装輪戦闘車両の操縦士や砲撃手は車両と共に貸し出すが歩兵の類は参加せず、対外的には自国民が被害を受けた国の対応とは思え無いため中傷も聞かれたが、逆に自国の領土内の大切な遺産であり重要な観光資源であるデヌリーク国隣接地域の市街地について極力被害を抑えて欲しい旨の申し入れ以外特に制限もつけず、事態の早期収拾と解決を願う気持ちは伝わったため、表面化する前にうやむやと消えている。


 事態が収束した後の評を心配すべきなのかも知れないが実際にヴァンパイアがデヌリーク市国を占拠し続ける限り、その先は全く見えて来ない為に意見として形作られる事は無かった。


「ロシア連邦軍は150両の移動が確認されています。初戦に参加しないにしては一国としては最大規模ですよ。何を考えているのでしょう」


「逆に我々を止めようとする動きに対する懸念は有るがそれも敵対行為とは違う。体当たりくらいはしても戦闘にはなるまいし、どの道彼らの動きを止める事は出来ないだろう。それより第一陣の陣容はどうか」


「はい。フランスより一個中隊が到着しましたのでドイツからの一個中隊約100名、フランスから約300名、アメリカから主に攻撃ヘリによる航空戦力含め100名、大英帝国とロシア連邦を除いてもその他各国合わせて1000名の兵士と戦闘車両200両程度が集まっています。対象地域が市街地と言う特殊性と、現在把握している敵の数を考えれば十分攻撃は開始出来るでしょう」


「現地における展開作戦をおさらいしてくれないか」


 国連デヌリーク国対策会議最高作戦会議の席、各国の代表が集まっており誰もが場合によっては開戦の決議が出るかも知れない一連の報告に聞き入っていた。


 ヴァンパイアの圧倒的な強さを前提にしているとは言え実際に何の動きも無く、敵の人数もヴァンパイア20名程度だ。デヌリーク市国には警察機構の存在が無いにしても、レアニスト共和国の警察で対処可能なのではないかとの意見も出ている。


 また、レアニスト共和国では無くても、そもそも軍事力行使では無く警察力で対処すべき事案ではないかとの意見すらもある。


 しかしそれらに異を唱えるのもまた大英帝国とロシア連邦の攻撃反対論国であったのも状況の特殊性を示している。攻撃は反対、しかし対処するなら軍事力でありそれでも足りないと言う意見で二国は一致していた。


 イデオロギー対立こそ過去の話しとは言え特に友好関係が有るわけでも無く、近しい存在か遠い存在かと択一すれば間違い無く遠い存在である2国の同じ主張は真実味とヴァンパイアに対する姿勢の前提として信頼に足るものと考えられた。


「デヌリーク国西方約10キロの地点に国立自然公園があります。ここをベースとして作戦本部を置き概ねデヌリーク国東西南北四方軸線上に攻撃部隊を展開、それ以外のエリアには装甲車両を盾として歩兵を配します。実際の攻撃は東に伸びるこの大通りから主力部隊を進軍させ相手の出方を見る事になるでしょう」


「ミサイルによる先制はどうする?」


「ロシア連邦軍事顧問による意見ではあくまでもヴァンパイアはもちろんアンデットと呼ばれる存在も人間の手で倒せるとは思えないと。連中が王宮から出て来ない理由はわかりませんが王宮を破壊してしまい居場所が無くなれば当然散逸する。そうなった場合収拾の目処が全く失われるとの意見を前提にミサイルによる王宮直接攻撃は作戦に有りません。何しろミサイルの爆発を間近で受ければともかく、その爆発さえ着弾後でも逃げきれるですとか爆発を伴わず物理的にミサイルの直撃を受けただけでは倒せ無いですとか奴らの能力は常軌を逸してます。それが全て事実なら例えば王宮を破壊して内部に降り注ぐ瓦礫などなんの障害にもならないと言う事になる。王宮の歴史的価値を無視しても攻撃方法として成立しません」


「エリコム社に巣くっているヴァンパイア達の動きは?」


「一日一回程度我々との会合を続けております。大英帝国やロシア連邦のお方達の一見突拍子無い意見も、彼らと接する事で裏付けられ無視出来なくなっている事は確かです。圧倒的な身体能力は銃弾を避け格闘など勝負以前の問題です。現在、30体程が確認されておりますが彼らが本気になれば確かに今集まっている1000人の軍勢と戦えるでしょう、と言うのが担当官の公式報告です。肉体的な強さを示すため拳銃弾による損傷実験を自ら申し出たそうです。5発撃ち込んでも機動能力に全く変化は無く挙げ句に一発だけですが道具や装備を用いずに防御すら見せたそうです。銃弾を弾く理屈は分かりませが銃弾を避ける機動能力を持ち、当たっても数十発なら動きを止められず、もしかしたら銃弾自体を弾く能力を有している、これは文字通り別種の生命体であって人類戦争の常識は意味を成しません」


「しかし本当なのかね? 何かトリックを使っている可能性は?」


「なんとも。隊員の健康測定用にたまたま所持していた握力計で計測を依頼したところ150キロのゲージが役にたたなかったそうです。それも指二本で。疑うのなら無条件に全てを否定するしか有りません」


「分かった。実際の作戦行動計画は?」


「レアニスト共和国の都市ロムニはもともとデヌリーク市国を中心とするように半径約15キロメートルの環状高速道路が囲んでいます。ここを最終防衛ラインとしてその内側の人間を全員退避させます。もっとも現時点でほとんど無人ですけどね。これは地対地ミサイルによる攻撃はもちろん空爆による攻撃も想定した避難範囲です。その上で東側大通りより戦闘車両4両を3列で進軍、兵員輸送車により計500名を投入する計画です。また、少なくともアンデットは日中日差しが強いと行動不能もしくは著しく制限される可能性があることから晴天の日中に攻撃開始するのが得策と思われます」


「皆さん、何か異論は?」


 便宜上議長役に立っていた男が会議場を見渡した。


「特に無い様ですね。では気象情報と合わせて開戦日を決めましょうか」



 それから2日後の13:00、結局東側大通りに戦闘車両を集中配備し終えたものの、西南北はもう一つ配置が定まらないまま攻撃作戦が開始された。


 準備行動中もヴァンパイア側からの妨害は一切無かった為に気が抜け気味になってしまったのは確かだ。


 それぞれの展開具合の報告を元に指示を出していた、現地作戦本部の指揮車の中でも


「こんなもんでいいんじゃないか?」


 と言う前線の指揮官が聞いたら激怒して殴りかかりそうなセリフも幾度か飛び交う。


 作戦参謀に各国の諜報組織に籍を置く者が数人いたのも悪かったかもしれない。


 彼らは軍人と比べて適当でなげやりな傾向があると言えるが攻撃して来ない対ヴァンパイア戦など何をどこまで準備すべきなのかわからなかったのも事実だ。


 そしてエリコム社に集まっていたヴァンパイアの中から2人、オブザーバーの形で作戦に参加したヴァンパイアがいた。ヒト側から持ちかけた話しだが彼らは最初参加自体を渋りどうしてもと言うなら自らを拘束して欲しいと申し出た。


 洗脳を警戒しての話しとは察したので後ろ手に手錠をかけて戦闘部隊の後方で装甲車の座席に座っている。前方の部隊が送ってくる最前線の映像を4台のモニターで監視していた。


「第一攻撃車両部隊前進、後方から3個小隊1チームで5チームが追随しろ」


「了解」


「了解」


 各国混成部隊の為指令を出す人間も1ヶ国2名づつが同じ指揮車両に乗り合わせている。英語なら解する者も多いがニュアンスもあるし士気の問題もある。


 装輪戦闘車両は大通りから王宮前広場に入るがヴァンパイアからの抵抗は無い。第一部隊の車両9台が広場に入って横一列に展開しその後方大通りには第2攻撃部隊車両9台が布陣を終える。


 これはゲリラ戦では無い。敵は目の前の王宮にしかいないのだ。さわやかな日和だった。


 フル装備の隊員達は汗だくだが風は心地よい。


「第1、第2チーム王宮に取りつけ。残りはバックアップだ」


「了解」


 先鋒のチームが王宮の玄関に達する。様子を伺いつつ大きな玄関扉を押すと抵抗無く空くことを確かめる。指揮官らしい先頭の兵士が片手を上げ指を動かしてサインを出すと音も無く一人づつ玄関に吸い込まれて行く。


 18名全員が扉に消えると縦列に次の兵隊が広場中程に進み待機の姿勢をとった。


 タタタタタ タタタタタ


 ふいに連射音が広場に響く。王宮内部に入った者からも映像が届いていたが画面上では特段の変化は無い。


 タタタタタタタタタタ


 室内から響く銃声だけが響き渡る。


「どうした? ヴァンパイアが現れたのか?」


「ザザ、無理です。こいつらザザじゃない。部隊全滅します。ザザ撤退し……」


 指揮車内は通信を聞き漏らすまいと静まり返るが送信は途切れてしまったままだ。


「どうした? 状況を報告しろ?」


 もとより、1チームが突入した位で解決出来るとは思っていない。偵察を兼ねた作戦だ。数名殺られたのなら速やかに撤収すればいいしそれ以上も要求していない。


 しかし入って数秒で通信を絶ってしまった。次の行動を考えあぐねている時、兵隊の一人が玄関扉から出てくる。妙な雰囲気と誰もが感じたが良く見ると首が無かった。


 首無しの死体を盾にする様に抱えて出てきたのはどうみても美しい女性だ。


 ようやく見せた敵の姿に上空で手持ちぶさただったアメリカ海兵隊の攻撃ヘリがガトリングガンを照準する。出てきた女は死体を玄関から伸びる階段の下に投げ捨てると


「殺せえええ」


 とカン高い裏返ったような声で叫ぶ。命じるでも無い、しいて言えば歌うような調子だが歌にしては音程が外れている。


 半音階の聞くものを不安にさせる声音だが、聞き苦しい程度の印象しか与えない。しかし、影響を受けたのはオブザーバーとして参加していたヴァンパイア達だった。直接声が聞こえる距離では無かったはずだが叫びと共にカクンと首を前に倒すと次に起こした時目の色が真っ赤に変わっている。


 車両に残っていた運転手は低いうなり声でヴァンパイア達の異常を察し声にならないうめきを上げながら車外へ出ようとする。


 しかし両手を拘束されたまま一体のヴァンパイアが座席を飛び越えて首筋に噛みついてくる。ガッシリと歯を食い込ませたヴァンパイアはゴクリと見てわかるほどはっきりと喉を鳴らして血をすすっていく。もう一体はドアを蹴破りやはり後ろ手に手錠をかけたまま前方の様子を覗き込む様に伺う隊員の肩口に後ろから噛みついて行く。


 隣に立っていた兵隊はどうして良いかわからず銃を構えながら後退していった。


「曹長、ヴァンパイアが攻撃を始めました。一人噛みつかれています。どうすれば? どうすればよろしいですか?」


 通信を聞いて振り返った者も銃撃は躊躇わざるをえない。噛みつかれているヒトとヴァンパイアは一体の体勢なのだ。


 その状況でヴァンパイアだけを射撃するなど距離ゼロでも難しい。事態を察した攻撃ヘリも隊員が襲われている現場に回頭するが当然引金を引く事は出来ない。


「グッエッ」


 奇妙な声を発しながら噛みつかれた隊員が崩れ落ちる。むしろヴァンパイアが噛み離したのだ。一斉に構えを取り射撃を開始するがすでにそこにはヴァンパイアはいない。


 右10Mの地点で姿を止めるがその時には手錠の鎖は引き千切られ両手は自由になっている。攻撃ヘリも一応照準するが射とうとする時にはすでに視界からヴァンパイアの姿は消えている。


 車両から運転手の血を吸い尽くしたもう一体が姿を現すと隊員達はパニックに陥ってひたすら引金を絞り続ける。だが射線上から難なく移動したヴァンパイアは手錠をはめたまま手近な隊員の首筋に噛みつきそのまま噛みきってしまう。


 経動脈を噛みきられた隊員は首から噴水の様に血を噴き出しながらキリキリと踊りやがて倒れピクピクと四肢が痙攣する。ショックによって意識を失ったのだ。


「グワッ」


 と獣の様なうめきと共にやはり手錠を引き千切ると一気に王宮方面に跳躍し6名の隊員の真ん中に陣取ると片手で片端から隊員達の首をもぎり飛ばして行く。


 各戦闘車両は車内と言う安心感もあって状況を冷静に判断し据え付けられた重機関銃の照準を取りに車上へ上がった兵士や、あるいはレーダー連動のオート照準でヴァンパイアを狙うがやはり兵士と被ってしまい射撃には踏み切れ無い。


 指令車ではスピーカーから重なり響く悲鳴を聞きながら状況を把握しようとするが全く不可能だった。モニターではヴァンパイアの移動先どころか移動中の残像すら写らない。


「撤退、撤退しろ。とにかくヴァンパイア共から距離を取るんだ」


 現場の兵士達はもはやどちらに撤退すればいいのかすら分からない。


 自分の顔が向いている方が前でありくるりと振り向いて走り出して行く。


 しかしいつのまにか兵士から装備の大型ナイフを奪い取り手にしていたヴァンパイアが苦もなく追いつき背中を縦に切り裂いて行く。


 通常、どんなに優秀なナイフでも人を切り裂くなど容易では無い。刺したり切傷を付ける事はもちろん出来るが背中から腰付近まで深さ10センチに切り裂くなど出来る芸当では無いのだ。


 ヴァンパイアは一撃で首を半ばまで切り込み腹をざっくりと切り裂いて内蔵を飛び散らせて行く。


 指揮車で冷静に見ている者にはヴァンパイア達の動きが決して戦闘訓練を受けたものでは無いことが分かる。戦闘どころか格闘すら経験など無いと思われる。


 それでもあっさり追いつき無茶苦茶にナイフを振り回して殺し続ける様は檻の中で動きの制限された小動物を追いかけ回しナイフの切れ味を確かめる様に切り裂いていく精神異常者の様だ。


「なんと言うことだ……」


 ヴァンパイアを伴った事を後悔しても遅い。今はとにかくヴァンパイアから逃げきるか排除するかどちらかを達成しなければならない。


「グオッ」


「ヴッ」


と言う声にならない声がスピーカーから漏れる度指揮車の中に絶望感が漂う。


「何? そんなバカな? うわああぁ」


 と言う新種の悲鳴に指揮者の中で改めてモニターを注視すると、戦闘装甲車が横倒しにされていくのを驚愕の思いで見つめ始める。


 ヴァンパイアが怒りに任せて蹴り上げるだけで35トンはある装甲車が3Mも動き横倒しになる。第一陣として展開した6両の内3両は折り重なる様に寄せ集められており残る3台は退避行動をとり始めた。


 それでもヴァンパイアを偶然正面に捉えた1両が退避をやめて猛然と体当たりを仕掛けていく。


 ヴァンパイアと言えどさすがに車両のフルスピードに追われれば逃げ切れないかも知れないが、正面から襲われたものを避けるのは造作も無い。


 それを避けずにじっとしている意味を考えるべきだった。


「よし、潰せるぞ」


 装甲車の運転士がつぶやきさらに加速させる。ヴァンパイアは戸惑ったように少しづつ右方向に回避し装甲車をチラチラ見やりながら装甲車があと5Mに迫った時、運転士がフロントの覗き窓からその顔がニヤリと歪むのをなぜか鮮明に捉え次の瞬間姿がかき消える。


 そしてヴァンパイアに変わって目前に迫ったのは折り重なる装甲車両だった。時速70キロは出ておりもうハンドルで避ける事は出来ない。


 自重35トンが70キロで衝突する岩山でも砕けるトルクでフロント下部に強烈な抵抗を生じた車体は、そこを軸として尻を跳ね上げ勢いのままに宙へ舞い上がり、車両同士が絡み合いながら地表に叩き付けられた。


 35トンが降ってくれば下もただでは済まず、大音響と共にひしゃげた車体は火を噴きやがて爆発した。


 ヴァンパイアを恐れて車内に残っていた乗員と新たに降ってきた計8人も盛大に火葬される。


 その頃には生き残りの部隊が広場から全て撤退しさらに1キロほどを目処に距離をとっている最中だ。しかし1キロ先に防衛線を築いてもヴァンパイアが追ってくれば瞬く間に地獄になることを経験で知ってしまい率然とする。


 あの動きでは確かに爆撃してもいたずらに建物を壊すだけでダメージを与えられる気がしない。


 直接狙える訳も無い。非常に広範囲にミサイルの雨を降らせるのか? 洗脳されたヴァンパイア達はしばらく広場で部隊が撤退した方向を見つめてやがて王宮の中に入って行く。


 作戦開始から約2時間が経っていた。


 指揮車ではスエリの本部とオンラインで対策会議が続けられている。


 今回の結果は結局余計なヴァンパイアが起こした事としても問題はあまりの戦力差だ。


 たった2体のヴァンパイアに全滅させられた、あるいはその可能性があったと言う事はどうしても理解出来ない事象でありヒトの常識が全く役に立たない事を示す。


 ただ上空を旋回し続ける事しかできなかった攻撃ヘリもスエリへの帰途につく。


「スピードもパワーも想像以上だ。一度撤退して対策を練り直したい」


「今日はロシア連邦軍の受け入れで混乱している。明日日の出と共に撤収でどうか? 道中も暗いし一般市民と事故でも有ると好ましく無いしな。最終防衛ラインかそこの公園で待機してはどうかな。まさか襲ってはこないだろう」


「了解した。それとプランΩの早急な検討を要請する。ロシア連邦が言う通り通常手段では勝負になりそうも無い。実行可能かどうかはともかくオプションには加えるべきだ」


「了解した」


 Ωプランは核攻撃を表している。最初から皆の念頭にあり、かつ無条件に封印した最終手段だが、しかし実際ヴァンパイアとの戦闘を行なった後ではそれすら心もと無く感じる。


 7割方の部隊を公園に集めテントを張って野営する。軍隊である以上、その行動は独立しており食料はもちろん水も他からの供給を必要としない。


 もちろん長期間の待機なら補給は必要だが今回の作戦は終了であり明朝早くにスエリに戻る事は皆に周知されている。


 激戦の近くにいた者ほど元気は無いが怪我人も少ない。


 逃げ切れたか、殺されたかで二分された闘いだった。


 皆の気持ちは戦友の死体が置き去りになっている事がもっとも気がかりだった。


 念のため配置した偵察隊からの報告を聞きながら指令車の中では対ヴァンパイア戦のシュミレートディスカッションが行われていた。しかし実際ヴァンパイアとの戦闘を経験してしまった後では前向きな結論は出ない。


「指令車、王宮方向に反応です。小型の車よりも小さい、モーターサイクル程度の金属反応が移動しています」


 部隊には地上戦用のレーダー車も随行していた。


 建物がある市街地では精度が落ちるので使い物にならないかも知れなかったが王宮周辺は広場や公園など開けた空間も多く一応運んで来た。


 戦闘時には役にたたなかったが陣をとった場所がいくらか高台だったためかなりレーダー波を飛ばせるようだったので警戒活動に当たらせていたのだ。


「住民が戻って来たのかも知れない。トレースを続けてくれ」


「了解です。が、初めて感知した位置からすると王宮付近で現れて第1攻撃部隊が待機している東方向に向かっていることになりますが」


「まさか、ヴァンパイアが出て来たのか?」


「ヴァンパイアがモーターサイクル等を移動手段に使っているには遅すぎる印象です。第一攻撃部隊に近づきます」


 指令車から第一攻撃部隊の待機組に連絡を入れようとした時、待機組から通信が入る。


 王宮の動きを探るため3個小隊を残してあったのだ。もっとも1キロ程度距離をとっていたので直接監視出来る訳では無くあくまでも念のため、だった。


「指令車、銃撃を受けています。凄い威力で装甲車も貫かれ……うわあ」


 通信が途切れてしまうが隊員の声の後ろではドッドッドッドッと言う重い銃声が聞こえていた。


「全隊員戦闘準備。奴らが出てきたぞ。偵察、警戒を厳にすると共に一度各所属部隊に合流しろ」


「こちら偵察3班。なにか大きな物を抱えた人間がこちらに進行しています。あれはなんだ?」


 街は避難で無人だが電気を止めた訳ではないので街灯で明るい。観光地ゆえに通常の市街地より明かりの数は多く午前0時に半分ほどが自動消灯する。


 今は午後10時であり特に民家の途切れる公園入り口付近には街灯が多く設置されていた。


「指令車、あれは重機関銃……」


 偵察からの報告通信は先ほどの第一攻撃部隊の通信と同じドッドッドッドッと言う重い銃声で遮られて中断する。


 指令車のモニターではさすがに暗さであまり監視の役には立っていないが何かが街灯の下を通る姿を捉えた時誰もが絶望感を感じてしまった。


「バ……カ……な……」


 そこには対空機関砲を構えるアンデットの姿があった。


 機関砲は世界中に兵器を輸出していたエリコム社のお家芸と呼べる代表的な商品でコムネナが買収した後も開発を続けて進化している。


 最新式ではレーダー連動で飛行する物体を追尾するだけで無く予測ポイントへの射撃も可能になっていた。


 そしてコムネナの買収によって対アンデット兵器へ転用するため誘導システムを外してヴァンパイアが手持ちで使える様に改造されていたのだ。


 10キロ程度の重機関銃ならともかく80キロもある機関砲を人間が手持ちで射つなど不可能だ。


 しかしヴァンパイア用に肩に支持されるステーを取り付け持ち手が組まれており、本来1000m上空を飛行する機体に命中させるべき20mm弾に距離100mから水平発射されては装甲車など紙製も同然だ。


 アンデットはわざと見せつける様に街灯の下で狙いをつけ即座に掃射を開始する。


「全員退避」


 叩きつける様にマイクへ叫ぶが返事を待つ余裕は無い。


 車内にいた他のメンバーも飛び出そうとしていたがそこに掃射が浴びせられる。


 普通の車の中にいてサブマシンガンを射たれた方がまだ生き残るチャンスがあったかも知れない。装甲を全く障害とせず次々と弾が飛び込んでくる。


 しかも破壊力が凄まじく胴に当たれば身体が引き千切れてしまうし縦に並んだ装甲車3台をまとめて貫く貫通力だ。


「なんだ? どうした? うわぁ」


 装甲車は着弾の順番が先か後かの問題だけで片端から射ち倒されて行く。


 ヒト達に把握する余裕があるはずもなかったが、東の残留待機部隊に1体、公園に駐屯していた本隊に15体、最終防衛線と定めた環状高速道路に4体の計20体の銃器を持ったアンデットの他に、剣だけを携えたアンデットが50体も暗闇に散っていた。


 環状高速道路のアンデットは重機関銃を使用しており機関砲組よりはるかに移動速度が速い。


 80キロの機関砲を抱えたアンデットでもヒトより速いスピードで移動するのだからヒトに勝ち目があろうはずも無いのだ。


 もしメイリ達がこの状況を観察していたならば、分かりきった戦闘力の高さよりも、状況を把握し最適な武器を選び効率的に展開している事に怯えただろう。


 アンデットはあくまでも低知能であり多人数での作戦行動が取れたとしても、指示を受けた動きである、というのが前提だ。もし、ヴァンパイア並みの知能を得て自律的にそんな行動がとれるのならばそれは敵としてヴァンパイアが無尽蔵に増える事を意味しており、戦うのであれば同じ数のヴァンパイアを揃えなければ勝てるはずが無い。


 メイリ達が戦況を把握し戦慄するのはすぐ未来の事だった。


 ひとしきり撃ち続けると弾が切れたのか静けさを取り戻す。


 その時点で現地本部を展開した広場に撤退していた装甲車両全てと隊員400名の内350名以上が死亡するか戦闘能力を失っていた。


 生き残った隊員は闇雲に公園に広がる森の中へ走り逃げたが先回りして待ち構えていたアンデットに順に切り殺されて行く。


 もちろん人間側には分からなかったがアンデット達が使っている剣はメイリの物と酷似している。これもエリコム社の研究成果なのだ。


 ただしアンデットは電磁を回せない為、物理的な切断力のみ使っているがそれでもヒトを斬り殺すには十分以上だった。


 森には点々と兵士の死体が転がり暗闇ゆえに仮にヒトが立ち寄ったところでその数も分からない。独特の感覚で生き残りは近くにいない事を知覚するとアンデット達は静かに王宮へと戻っていった。




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