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―見つかって良かった?のかな?―③

「改めて自己紹介する。頓宮家の嫡男、頓宮彦助です」


 言い終えてから少し恥じらうように


「ヴァンパイアってのは途中で改名する習慣を持つべきだと思っています」


 確かに現代社会において彦助なるネーミングはもう一つかも知れないが頓宮家の様な旧家ならあり得るだろう。聞き流した皇成だったが基本コワモテで登場した彦助のあまりの恥ずかしそうな素振りに毒気を抜かれてしまった。


「いやそのいい名前じゃないか。他にも頓宮さんはいそうだから彦助さんと呼ばせてもらえますか?」


「ヒコでいい」


「そういう訳にも」


「呼び名なんてどうでもいいわ。どうやってここを割り出したの?」


 メイリが苛立つ様に言う。


「VMCですよ」


 VMCとはウェブサイト、ヴァンパイアマニアコレクションの事で一般にも見る事が出来、パスワードによって紳士録ページに入ると世界中のヴァンパイアの生年などが一覧出来るとされている。


 ただし記載されているのは希望者、承諾者でプレナガ以上の言わば有名どころだけであり一部に有名な存在とは言えイサルテに過ぎないメイリのプロフィールは無い筈だ。もちろんあった所で現住所に第2エリコムが記されている訳が無い。


「あのページまで入れるのはそもそもヴァンパイアだけです。サーバにハッキングしてあのページにアクセスしたIPの内日本のものだけ抜き出してですね。それぞれのプロパイダもハックして契約住所を調べた訳ですよ。メイリさんが数日前に日本でアンデットを滅したのは知ってましたからね。それでもここに辿り着いたのは5残った候補地の3番目ですよ。最初から可能性ランクは高かったんですけど近場から順番に廻って来ましたからね。一応警戒はされていたようでアクセスは2回だけですけど1回でもすれば同じ事ですよ」


「そんな事が出来るのか?」


 思わずイリーシャスを見ながら問いかける。メイリはパソコン音痴で紳士録を見る位は出来るだろうがここ数日触ってもいないはずだ。


 イリーシャスも詳しいと言っても一般的なレベルでありそんな犯罪者まがいのテクニックには対応していないだろう。


「ああ、どうもそちらのお姉さん? お兄さん? がアクセスしたみたいだから名誉の為に付け加えると逃げは打ってありましたよ。ダミーIPを経由してのアクセスですからね。それがスエリのエリコム本社経由です。ただ、タイミングが悪かった。もう、エリコム本社には誰もいないはずの日時だったんですね。ちなみに全て頓宮グループの子会社であるIT関連企業が探り出したんです。セキュリティソフトを開発してる部門ですからね、専門ですよ」


「ならば元々管理者であるコムネナなら同じように見つけられるのか?」


 皇成は急に不安になってくる。もともと向こうが本気で探せばいつまでも見つからないとは思っていないがそんな方法が有るとは思わなかった。


「IPアドレスってのは管理者権限で簡単に確認出来ますよ。でもこれで分かるのはどこのプロパイダから来たかって事までですから簡単には無理です。プロパイダ会社だって個人情報は警察にも軽々しく教えません。後は私どもと同じハッキングですがこれは難しいです。今までそんな事に興味を持ってたとは思えませんからこれから学ぼうと思っても、いくらヴァンパイアの頭脳でも2週間はかかりますよ。それに多分ここ一週間デヌリーク国内からのアクセスは無いと思います。理由はわかりませんがそっちから掴まれるのは無いんじゃないですかね」


「そうですか」


「ところで、ああ、えっと何さん?」


「あっこれは失礼しましたね。俺は下条皇成、こっちは妹の綾奈です。彼女は……」


 さっきイリーシャスは名乗るのを躊躇った事を思い出す。


「イリーシャス」


 イリーシャスが自分で名乗ると


「おっとそういう事でしたか。ふうん」


「なに一人納得されているんですか? メイリはご存知なんですよね」


「ええ、まだ若くても有名と言えば有名ですからね。綾奈さんが妹なのは……」


 その時皇成でも感じ取れる何かが場の空気を支配した。一瞬キョトンとした彦助だったが


「ああ、ああ、えっと似ていませんね、あっ失礼でしたか?」


「今何か感じませんでしたか?」


 皇成が素の疑問を口にするが


「いえ」


 と彦助の反応は無い。


「そうですか。いえ失礼と言うほどでもありません。綾奈は俺の似てない妹です」


「なるほどなるほど。で、貴方はメイリさんですね」


 と皇成に向かって聞いて来る。メイリによってダンピレス化していますね、と言う質問だ。


「わかるんですか?」


「分かりますよ。第一戻りなんて滅多に有りません」


「戻り? なにそれ?」


 メイリが会話に入ってくる。


「あれ? 知らないんですか? 発現が確定なのに力が出たり人間に戻ったりする特性ですよ」


 メイリはイリーシャスを見るがイリーシャスも首を横に振る。


「そうですか。メイリさんはならなかったか気付か無かったんでしょう。頓宮家の血筋でもならないのはいますからね。戻りは頓宮家特有の現象ですよ」


「コムネナと頓宮家は何か関係が?」


「コムネナでは有りませんよ。アーニアの方です。あれは頓宮の者でしたからね」


「なんだって?」


「日本にいた時の名は由香里と言います。コムネナに出会ってから基本的にヨーロッパ暮らしですから名前を変えたと言うか付け直したんですよ。まっ私らからしても古い話しですけど、当時のヨーロッパでは日本人なんてほとんどいないし不便が多かったのでしょう。だから下条さんの戻りは当然ですよ。メイリさんの力を受け継いでいるのと同時に、って事ですよ」


「綾奈ちゃんだけ特異体質って訳ね。でも私が頓宮の血筋なのは知らなかったわ。皇成はめんどくさいからさっさと発現させる方法は無いの?」


 メイリがいきなり口を挟む。皇成はメイリの言葉に何となく不自然さを感じたがどこがおかしいのかも分からず何も言わ無かった。


「有りま……なんてね。お互い信用し合っているとは思いますがこれは勘弁して下さい。門外不出ですよ」


 有る、と言ってるのと同じだ。罰則は無いとは言えタブーに近い行為をあっさり認めている。面白い奴だ、と皇成は思う。


「なんか私だけ仲間外れみたい」


 メイリはアーニアの娘でありイリーシャスはアーニアによってダンピレス化している。皇成はメイリがダンピレス化しているから血筋、と言う意味ではつながっていると言える。


「そんなこと無いですよ。戻りである以上頓宮の血筋である可能性は高い。それにヴァンパイアなのにあなた方の様に一緒に行動出来るのはそれだけで一般的に見る家族以上の結びつきと言えます。我々頓宮の一族もそうですが」


「そうかなあ。うん、お兄ちゃんは元々家族だしメイリさんも気はばっちり合うしね。イリーさんも好きだけどイリーさんの方はどうかな?」


 イリーシャスは控え目ながら輝く笑顔で答えた。


「さてと話しがつもり過ぎてキリが無いわね。イリー、食事の用意をお願い。でも全員分はいくらなんでも増え過ぎね」


「私たちはいいですよ。食事に呼ばれる為に来た訳じゃ無いですから」


「でもねえ。皆で食事に出る訳にもいかないし」


「正直、メイリさんの対応が分から無かったので大人数になり過ぎましたね。実際行動部隊2班分なのですよ。本命の場所だったもので警戒しすぎました。どうでしょう、私だけこちらでいただいて後の者は街に行かせます。買い物が有れば頼まれますよ?」


「買い物まで頼める訳無いでしょ。でも食事はそうして貰えるかしら? まだ聞きたい事はいろいろ有るしね。じゃあイリー、準備しましょ」


「あっ私もお手伝いします」


 綾奈とイリーシャス2人で厨房へ向かう。


 彦助が他の者に指示を与えて街へ向かわせ皇成は敷地を一回りしてパトロールをしてみる。彼らが出て行くのを見ながら実際には敷地からの出入り自体少ない方がいいな、とも考える。建物に戻ってくるとメイリと彦助が何か話し込んでいた。


「貴方達が来たことは良かったとしても出入りが増えるのは良くないな。不必要に目立ってしまう。何を話してたんだ?」


 前半は彦助に後半はメイリに話しかける。


「たいした事じゃ無いわ。たいした事はどれも深刻過ぎて皆とじっくり話しをしないと」


「ふうん。まっそれもそうだな。それにしても短時間でずいぶん仲が良くなったように見えるけど?」


「それがヴァンパイア同士の特徴と言えるかも知れません。正直我々は一族の者以外とはほとんど付き合っていません。もちろん商売していますからヒトは別ですよ。近くに別の一派もいますが付き合いと言う意味では皆無です。定期的に続く会合が合って仲は悪く有りませけどね」


「まさか伊賀の忍者だと言うんじゃ有りませんよね?」


「全くその通りです。いがみあいは有りませんがずっとライバルですからね。交流試合なんかはやってますよ」


「なんだかヴァンパイアが異常に身近に感じてきたよ。そんな付き合い方なのにメイリはいいのか?」


「あら皇成ちゃん、妬いてるのお? 可愛いとこあるじゃなあい」


「いやそれは違うだろ。そんなに仲良くなったんなら里帰りでもするか? いや自然な意味でさ」


「いえ、それは困ります。と言うより迷惑です。今のところコムネナ事件の関係者と呼べるのはあなた方だけ。我々も一族の者と言う意味では関心を持っているし、だからこそメイリさんを探しましたがメイリさんの味方をするかどうかは別の問題です。もちろん敵対する気はありませんけどね。何よりコムネナがヒトを何人殺めようとそれ自体関心ありません。ただ今回はいくらなんでも多い事でさすがに他のヴァンパイアも動いています。そんな連中の中で逆にコムネナにつく者がいた時メイリさんをどう考えるか分かりませんからね」


「はっきり言うものだな」


「中途半端はメイリさんに伝わります。嘘もごまかしも意味はありません。そういえば関係者が増えた、と言える事件があった様ですよ。コムネナがヒトとの間に出した取引に首を突っ込んでデヌリーク市国に行ったヴァンパイアがいるらしい。二人が接触したのですがほんの短い時間で洗脳されて戻ったとの事です。一緒に行っていた者が取り押さえたから良かったものの、ヒトを拐って来いと暗示されて簡単には抜けないとの事ですから、やっぱり楽観はできませんね」


「そんな事が……」


 メイリが考え込む風の仕草をした時に


「ごはんできたよぉ」


 と高いテンションで微妙に場を違えた綾奈が入ってきた。


 食事は大量のメンチと大量のポテトサラダにライスという献立だった。


 贅沢言える状態では無いしイリーシャスの料理は飛び抜けて美味いので誰も文句は無かったが、最初に見た時はさすがに面食らって立ち尽くした。


 それでも食べてみると自家製メンチもポテサラも文字どおり比類無き旨さで彦助など絶句した後でこれでもかという勢いで平らげていく。


「そういえば彦助さん、お願いと言うか提案があるんだけど」


 から始まるメイリの話しで皇成はまたもやおもちゃにされる。


「何ですか?」


「この皇成ちゃんね、キレると本当にまずいのよ。イリーシャスに鍛えてもらおうと思ってたんだけどイリーは自然と皇成に怪我させ無い様に手を抜いてしまうのね。それで逆に怪我でもされる訳にいかないの。貴方のところにいい相手いない?」


「そういう事なら私でもいいですよ。こう言ってはナンですが、成り立てのダンピレスに負ける方が難しいですよ。200年以上鍛錬してるんですよ? 必殺をかけられても文句は言いません。私の方からはかけませんしね。気になっていたんですが下条さんは武器を使わないんですか?」


 会話の始めから吹き出しそうになっていた皇成は


「俺がダンピレス化したのは最近でね。まだダンピレスとして実戦した事は無いんですよ。一応拳銃を持ってはいたんですけど」


「ヴァンパイア相手には拳銃なんて武器の内に入りませんよ。銃も使い方次第ですがやはり接近戦用に何か決めたらどうです? 得意な武具は無いんですか?」


「ナイフは使えます。格闘術も、まあ、一応師範レベルでは有ります」


「ナイフですか」


「メイリの使っている剣でも行けると思いますけどね」


「刀剣類もいいですが打撃武具もいいですよ。刀系でもおそらく磁界を巻いていると思いますけど切るのは限界が有ります。打撃系なら武具が折れずに力の続く限り使えますから」


「ちょっと食事中ですけど? そんな話ししながら食べて美味しいですかぁ?」


「ああ、このメンチはどんな話ししながらでも十分旨いと思うが?」


 素に答えた皇成は綾奈の鬼一歩手前の形相に気づき慌ててうつむいて大人しく食べ続けた。メイリなど知らんぷり決め込んでおりイリーシャスは少し微笑んでいる。


 食事が終わりあの広い部屋に彦助を案内する。皇成の力を見定めてみたいと言う希望からだ。温泉に入り、ゆっくり食事が出来ているとは言え今はいわば作戦行動中だ。のんびりとくつろぐなど論外なので、早々に相手をしてもらう事にしたのだ。


「どこからでもどうぞ」


「セッ」


 皇成が彦助に仕掛ける。


 彦助を掴む事は不可能なので打撃を拳と蹴りの連携だ。あくまでもヒトの力なのでまともに当てたところでダメージは与えられ無いが技のスピードや正確さは目を見張るものがある。


 自ら師範レベルを豪語するだけの事はあり両拳と右足、稀に左足で繰り出す皇成だが、しかし彦助は全てを両手で綺麗にブロックしていく。


「メイリさん、ちょっと試してもいいですか?」


 彦助の叫びに何を? とも聞かず


「どうぞどうぞお。お好きにどうぞお」


 とのんきに答えるメイリ。


 彦助から何かの気配が立ち上る。殺気に似ているが少し違う。つられる様に皇成の力と共にスピードが上がっていった。


 ババババッ


 メイリを襲った右の連発だ。彦助の右肩を直接掴む事は出来ないがブロックした右腕を抑え込んで左サイドに上から4連発を叩き込む。


 こめかみと頬への打撃は完全にブロックしたが肩口へはとりあえず入り脇腹へはフックの形で完全に入る。皇成がヒトの力ではどうせダメージにはならないとパワーよりスピードを重視していた事もあるが、威力も乗っており彦助も一度距離をとる。


 薄笑いを浮かべた彦助は本性を出して来たかのごとくだ。


「いいじゃないですか、いいじゃないですかぁ。メイリさん、もう少しいいですかぁ?」


「どうぞ、と言いたいところだけどウチのに怪我させないでよ?」


 と少し警戒する。


「もちろんですよぉ」


 言った直後に更に発散する気を上げて対峙する彦助。


「ヴッヴウッ」


 かすかなうめき声と共に皇成の短い髪が白銀に輝き始めた。皇成がメイリを潰してしまった時に綾奈の髪も白銀に輝いた事は誰も覚えていなかった。綾奈自身ももちろん直接見てはいない。だがメイリもイリーシャスも特別驚いてはいなかった。


 綾奈だけが


「なんかキレイ……」


 とつぶやく。


 皇成が一気に仕掛ける。今度は三段蹴りだがさらにスピードが上がる。


 しかも頭へのハイキックの次に脛へのローキック、最後に胴へ打ってきた。頭はブロックした彦助もローキックを軽く当てられ態勢が崩れたところに強烈に胴を打たれる。身体が浮き上がり吹っ飛ぶかと思われた時回し蹴りによってカウンター気味に反対の胴にも決まっていた。


 皇成から見て右方向の壁にぶち当たるとその時すでに目の前に皇成がいて縦横無尽に乱打を始めた。

 両手をクロスして防御していた彦助は


「ウォアアアア」


 と気合いを放つと鋭い前蹴りで皇成を吹っ飛ばす。さすがにハラハラし出した綾奈たち三人だったが、


「止め」


 と彦助が叫ぶと皇成の動きもピタッと止まりホッとする。


「お兄ちゃん」


 なおも殺気を放つ皇成に全く動ぜず綾奈が駆け寄る。


「大丈夫だ。彦助さん、すまないな」


「これはとんでも無い化物だ。一応負け惜しみで無く言っておくが俺は正確には武術をそれほど納めていない。俺の技はほとんどが必殺技だ。だからせいぜい4割程度の力で戦っていたのだ。だが、本当に全力を出しても滅するのはやっとだろうな。確かに強いよ」


「ところで皇成に何をしたの?」


「頓宮流の秘伝の一つかな。こちらから煽る事でヴァンパイアの血を活性化させたってとこですよ。想像以上の力だ。完全にダンピレスになれば更に倍はいくだろう。驚きましたよ」


「そうでしょう? ウチの皇成ちゃんは秘密兵器だからねえ。欠点はね、バカなのよお。足し算はまあまあなんだけどねえ」


「バカですか? それはマズイですよ。大いにマズイ。明日はドリルとかやりましょうか」


「ちょっとマテ。そんな真面目な顔でバカバカ言われても困るぞ? つか、俺はそんなにバカじゃないぞ?」


「そうかしらあ? 綾奈ちゃん、6285×2122ってわかるう?」


「えっと13336770かな? って、えっ? あれ? そんな計算出来る訳無いのに」


「それが脳の発現です。ヒトの脳で九九の計算が出来ていれば発現した後何桁でも出来る様になる。計算方法は知っているのですからね」


「そんな人間電卓みたいな事が出来るか!」


「いえバカはマズイですよバカは。ダンピレスの身体能力は高い。それを制御出来るだけの頭脳が必要なんです。しかし下条さんはしっかり動いてましたね? やはり脳も発現しているのでは無いですか?」


「皇成ちゃんはねえ、戦闘脳だけは発達してたみたいなのよお。戦闘バカねえ」


 相変わらず真面目な顔つきでの会話だ。メイリにはそこに憐れみが加わっている。


「なるほど、それはそれは」


 彦助の表情にも憐れみがプラスされる。


 それを見た綾奈が抗議すると思いきや一緒になって憐れんできたのを見てさすがの皇成も自分が憐れになってきてしょんぼりしてしまった。


「クックックックッ」


「フフフフッハアハハハハハ」


 彦助の表情が歪み、メイリがいきなり大爆笑を始めた。


「皇成ちゃあん、今の表情イイ! カワイイ! サイコー!」


「いやそんなに笑ってもマズイですよ」


 言う彦助も腹を抱えて耐えている。皇成が文字どおりキョトンとしていると彦助が


「いや冗談でも無いんですが、今まで発現して脳がそのままと言う例は有りませんよ。逆と思われる例はありますがね。もし身体だけの発現なら研究対象ですよ。クックックックッ」


「もういい」


 皇成もからかわれた事を悟ってキレる。


「お兄ちゃんはバカじゃない!」


 綾奈が怒るが余計自分がかわいそうになった皇成は怒りもあらわに自分の部屋に帰って行く。


「あらら。怒っちゃった。まっ、いいわ。彦助さん今日はどうするの?」


「実はメイリさん探しは友好的に終わったので皆は帰らせたのです。私はまだ話し合いたい事が有るのですが明日もお邪魔してよろしいですか?」


「今日はどちらに?」


「下の街にでも泊まりますよ。帰ってもいいが3時間以上かかるのでね」


「それなら部屋は空いているわ。大丈夫よね? イリー?」


 メイリは部屋は大丈夫か? と彼なら大丈夫か? を同時に確認する。


「はい。念のため私の隣の部屋にするのがよろしいかと思います。よろしいですか?」


 後の問いかけは彦助へのものだ。


「ええ。そうして貰えると手間が省けます。明日1日有ればいろいろ方向も考えられるでしょう」


 チラと綾奈を見た後で


「よろしければ少し打ち合わせしませんか? メイリさんでもイリーシャスさんでもいいが2、3確認したい事が有ります。そちらもお望みでは? それとネットにつながる環境をお貸し願えませんか?」


「そうね。じゃあイリー、お願い出来るかしら」


「承知しました。部屋の準備も有りますから少しお待ち下さい」


「手伝いますよ」


 彦助が立ち上がりイリーシャスと共に大部屋を出て行く。メイリと綾奈も


「なんだか今日は疲れたね。温泉行ったのを忘れちゃいそう」


「そうですね。バタバタッて感じで。私は何もできなかったなあ。」


「いいのよいいのよ。皇成があんな中途半端な状態で綾奈ちゃんに何かあったらそれこそ取り返しのつかないキレかたをしかね無いわ。むしろ大人しくしててちょうだい。この先コムネナと戦う時が来たとしたらいっぱい活躍出来るわよ」


「そうかなあ。もちろん別に戦いたい訳じゃ無いんですけどね」


「今日はもう寝ましょ。明日出来る事は明日に回せってね」


「それって今日出来る事は今日やれ、じゃ無いですか?」


「どっちも意味は一緒よ。私たちはヒトみたいにセカセカしてないの。さっ今日はもう休みましょ。そういえば毎日遅いから気にして無かったけど夜つまんなく無い? テレビなら映るからどっかにしまって有るの出して来るけど」


「今日はもういいですけど有ったら見るかもです。友達にアニメ好きがいて、影響で取り溜めたのを見てた位なんですけどね。そう言えばあそこにはもう帰れないんですね。これからどうしよう」


 急に不安げな様子になってしまった綾奈に


「必要なら私がいつまでも一緒にいるわ。そんな心配しなくていいの。学校だってすぐ行ける様になるから」


「うん、わかりました。とにかく1日1日をどう過ごすかですね。それじゃおやすみなさい」


「そうそう。おやすみなさい」


 綾奈とメイリはそれぞれの部屋へ戻って行った。


 皇成は怒っていた。


 怒っていたから携帯が鳴っても出ない。どうせメイリしか掛けてくる者はいないのだ。何度目かのコールの後しばらく沈黙した携帯の画面を見るとメイリの番号が着信に並んでいる。


 ポイと投げ捨てベッドに横たわっていると窓からコンコンとノック音がする。少しビクッとしたがメイリ以外にいないのでカーテンを開けずにいると、小さいながもはっきり聞こえる声で


「ぶち割るわよ」


 とささやいてくる。仕方なく少し窓を開けて


「そっちへ行く」


 とだけ言うとまた窓を閉めて鍵をかけた。ベランダを伝って来たのだろうが反対隣は綾奈なので騒がれても困る。と言って招き入れるのもしゃくだ。


 辿り着いたのなら戻れるだろ、とつぶやきながらメイリ部屋をノックすると


「どうぞ」


 と返ってくる。早いなと思いつつヒトでは無い事を思い出す。鍵はかかっていないのでそのまま入って行くとなんとメイリが土下座して頭を深々と下げていた。


「ごめんなさい」


 真面目な声で言うメイリ。さすがに慌てた皇成は


「いやいい、いい、わかったからそれは勘弁してくれ」


 と駆け寄りながら話しかける。


「怒って無い?」


「怒ってたけどもういいよ。土下座はやり過ぎだ。勘弁してくれよ」


「許してくれる?」


「許す許す、許しますから立ってくれよ」


「んじゃやめた」


 すっくと立ち上がりメイリの部屋にだけあるソファに腰掛ける。いつもの尊大な顔つきだ。


「また嘘かよ」


 今度は腹も立たず苦笑いしながら問い正す。


「嘘じゃないよ。私たちは気持ちが読めると言ったでしょう? 皇成を本気でイヤな気持ちにさせてしまった事が分かってしまうのよ。悪かったわよ」


「もういいさ。俺も戦える事が分かった事が嬉しい。明日はどうするんだ?」


「今イリーと彦助さんが打ち合わせているわ。明日の事はいいからさ、私は」


 メイリは少しだけ躊躇って続ける。


「早く皇成にダンピレスになってほしいな」


「ああ」


 コムネナと戦う力を得る事、綾奈が発現する事、そしてメイリと共に生きて行く事、今の皇成にとってダンピレス化は願ったり叶ったりのメリットだけに思える。


 だがメイリとこの先の長い時間、本当に楽しく過ごして行くことが出来るのだろうか?


「前にも言ったけど私たちの一生は長いわ。ヒトの様に本当に一生一緒にいると言う前提は無いわ。100年に数回しか会わない二人もいるし時間が動き始めてしまって醜くなる姿を見せたく無い為に別れる二人もいる。そんな遠くの未来じゃ無くて、今は明日も一緒にいたいだけなのよ」


「心を読んだのか?」


「拒絶では無く肯定でも無い。不安、を感じるとしたらそんな部分でしょ? 綾奈ちゃんの事で迷う訳無いし」


 全くその通りだ。


「それでも私の力だけでダンピレスに出来るかは分からないわ。結局さ、私は皇成を吸いたいだけなのかもね。だって美味しいんだもん」


「美味しいと言えば今日のメンチ美味かったなあ。何入れてんだか知らないけどあれは売れるぜ」


「そ・ お・ ねえ」


「わかりましたよ、もう。どっちの腕にする?」


「今日は首い」


「へっ、首?」


「うんうん。ワクワク」


「ま、いいけど跡残ったら目立つなぁ」


「残らないわよ。腕だって残って無いでしょ?」


 皇成は言われて確認すると確かに残っていない。


「なに? ヤなの? やっぱりヤなの?」


「ヤじゃないよ。どうぞ」


「んじゃ遠慮なく」


 いつもの様に吸おうとする辺りをメイリが舐め始める。


 いつもと違うのは身体に覆い被さる様に身体を寄せて抱きついているところだが、間近に有る顔を見ていまさらながらにメイリはキレイだ、と皇成は思う。


 首を傾けそこを舐めているのだから自然と肩を抱く姿勢になる。夢中になって来たらしく抱きつく力も強くなる。温泉で髪を洗ったのかさわやかともなまめかしいともつかない香りに頭をクラつかせる。


 思わず胸いっぱいに吸い込んだ時メイリが身体をずらし皇成をベッドに寝かす様に押し付けた。


 なすがままの皇成にメイリはすっと身体を離し間近で顔を見つめてくる。


 言葉は何も無い。


 何も考えていない様にも見えるし何かを問いたげにも見える。これで3回目だから上手く行けばダンピレス化する。


 逆に言えば純粋なヒトでは無くなる、とも言える。たまにダンピレスを発現するヒトなのか、ヒトに戻れるダンピレスなのかはこんな追い詰められた状況で無ければ重要な事かも知れない。


 もちろん皇成には覚悟、と言う意味では十分なものがある。メイリはその覚悟を確かめる様に2分以上も見つめ続け、また皇成もごく自然に見返していた。


 二人とも夢の中の出来事にも思いその実際には短い時間に永遠を感じていた。


 やがてメイリの唇が皇成の首筋に移動する。乾きかけた唾液を短い時間でもう一度ペトペトにすると唇をすぼめて吸いついてくる。


 今までと同じように痛みは無いが首筋から血を吸い出される感覚を確実に感じながら皇成は


「やはり頭に近いから神経が敏感なのかな。」


 とぼんやり考える。吸い出しているのをはっきり意識していつもならこの辺りで眠ってしまうのに不思議と意識がはっきりしている事に軽く驚く。


 メイリがやがて止めると吸い口辺りに舌を押し当てる感触が伝わって来た。


 なんとなく皇成も傷を直す事に意識を集中すると驚いた事に明らかに皮膚がが塞がっていく感覚がある。


「こういう事だったのか?」


 失言から強制された訓練を思い出す。メイリは舌で吸い口辺りを押さえ続けて、血が止まった事を確かめるように唇をすぼめて首筋に這わせている。やがて唇を首筋から離すとポトリ、とうつ伏せに布団に顔をうずめてしまう。


 声をかけたりつついたりしなくてもメイリが寝てしまった事を悟る事が出来た皇成は、それを不思議とは思わずそっとベッドを離れて自分の部屋へ戻っていった。





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