―お兄ちゃんのばかぁ―
ヴァンパイアに占拠されたデヌリーク市国は王宮を中心にして直径5キロ以内には人影が全く無い事が情報衛星画像で分かっている。
この範囲にはアンデットによる徹底した人間狩りが行われた後にパトロールが行われているものと推測されていた。
そしてそのさらに1キロの余裕を見てヒトの側が主要な道路や鉄道を封鎖すべく戦車が配置されていた。
しかしアンデットやヴァンパイアの戦闘力を考えれば閉じ込めておく事は不可能と思われ他地域に進出しないのは単に彼らが出て来ないだけだ。
要求があった訳では無いが食料を大型トラックに満載して王宮近くに放置したところ数分と経たずに数体のアンデットが現れ回収していった。これはヴァンパイアを敵視しきれない一部国の代表による発案であり各国からは一応前向きな評価を得た対応となった。
形だけ国連をベースとして世界の警察を冠する国家アメリカとヨーロッパの代表国家ドイツ、フランスを中心に連合軍として結成された会議にはヨーロッパの盟主である大英帝国ももちろん参加していたが過去の経緯からどうしてもヴァンパイアを敵視しきれないとの主張を繰り返している。
ロシア連邦も参加はしていたが大英帝国と同様に敵視しきれず、大英帝国より強行にヴァンパイアとの話し合いを求めていた。
実際、超法規的措置によりデヌリーク対策の動きにはビザはもちろんパスポートすら必要無い事を利用しロシア連邦は独断でデヌリーク市国に使者を送っているが帰って来た者はいない。
それでも融和の主張を変える事の無い態度に各国は違和感と共にその理由に大きく関心をよせ、ロシア連邦と大英帝国も少しづつでは有るが過去の事実を語り始めていた。
日本の動きは地理的に遠い為に緩慢なものであり集団的自衛権の行使に該当するのか、紛争当事国とみなすのかという議論を延々繰り返す。
それとは別に、古来より時の政権とヴァンパイアが実は深く結びついていた事実が今回の事態に、世界的に、どういった評価に結びつくのかとの評議が、真に日本を動かしている者達により、表に出ている者もいない者も含めて続けられている。
世界的なヴァンパイアネットワークに疎遠である、昔は忍者と呼ばれたものたちが行動を起こそうとしている事を察知し、それがコムネナ達とは違う方向性で有ることを確認しつつそれ以上の動きをしない様に要請したりしていた。
彼らの中には政治家もいたが、例えば首相だからと言ってメンバーとは限らない。
一応、大臣以上になった者にはそうした人間達の存在と表に名も売れている数人は知らされる慣習だったが全貌は知らされ無い。
それでも真に日本を動かす一員になった錯覚の誘惑があるため、大臣職はある程度の政治経験者に能力とは関係無く割り当てられるのだ。
それはともかく彼らは実力者であると同時に本当の意味で能力的な実力も持つ者達であり、極秘裏に集めた各省庁の官僚達と共に危機感を持った討議を行なっている。
結果として忍者集団をヴァンパイア集団と定義する事に始まりデヌリークの動きと連携する事は無いことの確認、お互いの動きを出来るだけ報告しあう事を要請することを決めすでに実行済みだった。
元来、個々に動くヴァンパイアの習性ではイレギュラーだが、日本のヴァンパイア達は近畿地方において、ある程度連携して過ごして来た。名も通った老舗企業で事業規模も大きいのに一地方都市に本社を構え、様々な報告義務のある株式上場をあえてしていない企業の経営者一族が忍を源流としたヴァンパイアである例もいくつか有る。彼らも今回の騒動を受けて反コムネナに汲みするか静観するかを決する様に触れを回している。
コムネナは有名なので名を知る者は多いが、紳士録サイトヴァンパイアマニアコレクションで他の有力ヴァンパイアや娘であるメイリの連絡先を検索する者もいる。
メイリは所詮イルサテなので紳士録に記載も無く、有力者から情報を辿る努力も始まっていた。
「デヌリークは何か動いた?」
「デヌリークのヴァンパイア自体は静かです。ヒト達がいろいろ画策しているようなので探りたいのですが難しいですね。アメリカでコムネナに同調する一団が有ったそうですが説得して止めています。遊び感覚ですね。今回のキーワードは新型と言うか新性能アンデットです。その作り出し方が出回らない限り極端な行動は無いでしょう」
メイリの質問に答えるイリーシャスだ。
ヴァンパイアは携帯やPCをあまり使わない者が多い。ヒトと商売している者は別だが、例えばPCの使い道として複雑な計算や膨大なテキストを保存するという機能は、ヴァンパイアからすれば50桁の計算や本一冊分の文字を暗記するなど造作も無いので必要無いのだ。
時事情報や携帯による連絡など興味も無いと言う生活なのでメイリなどほとんど触った事も無い。
イリーシャスはコムネナの秘書だった為に十分に長ていたので引き続き情報収集を担っていた。もちろんメイリがその気になれば使い方どころかタグを全て暗記するなど造作も無いのは言うまでも無い。
「コムネナのところに何体位アンデットがいると思う?」
「分からない、と答えざるを得ません。デヌリークでの行方不明者は公式に約3000人にもなります。防衛隊が戦闘を行なっている間や始まる前に誰がどこで何をしていたのかは全く分からないのです。アンデットが計画行動を理解し遂行する知能を持つ可能性もアンデットをヴァンパイアが直接指揮する可能性も考えられたことすら無い筈です。データが少な過ぎます」
「そうよね……」
メイリ達は次の行動を考えあぐねていた。スエリに飛び直接攻撃を準備し始めるか、それを時期尚早として反コムネナ、もしくは本当の意味で反コムネナでは無くてもその動きを止めようとする同士を集めるかは迷いどころだ。
正直、ヴァンパイアにとってヒトが何人死のうとそれ自体大きく気に病むものでは無いが、さすがに数千単位は多すぎる。あれだけの事態をヴァンパイアが引き起こした以上、コムネナを排除し、それが本来ヴァンパイア種の意思に反する行動であった事をヒトが理解していても、コムネナの件が収束した後にヴァンパイア狩りが始まるのは明白だ。
ヴァンパイアは非常に頭脳明晰でありヒトは自らと存在を異にするものを本能的に嫌う事を知っている。だから今回ヒトと協力して事態の収拾を計る方向は無しだ。
ヴァンパイアは元ヒトでありヒトを超えた存在ゆえにヒトをヒトだからと言う理由で憎む事は無いが、同時に相手にもしていないとも言える。
対してヒトは己れを超越する存在と言うだけで憎むだろう。ろくに役にも立たないのに必ず裏切られるヒトとの共闘はあり得ない訳だ。
メイリとイリーシャスの会話に部屋に入ってきた皇成が大きい声をはさむ。
「だからなぜ俺がレールガンを持てた? あれは実際に80キロ以上有るんだぞ? 確かに持ち上げられる重さではあるがそれはウエイトとしてであってあんな風に持てる訳が無いよ。まさかもうダンピレス化してるんじゃ無いだろうな?」
「してたらなによ? 嫌なの? 私と長い時を過ごして行く事がイヤなのね? そうなのね? 私の事をそんなに嫌っていたなんてショックだわ。イリーシャス、皇成なんてもういらないからスマキにしてどっか遠くに捨ててきて。綾奈ちゃんには後で謝るわ」
メイリとイリーシャスが話し込んでいた部屋にいきなり皇成が飛び込んで来たためイリーシャスは慌てて口をつぐみメイリはイラッとしている。
しかも皇成は怒っている風だ。
ダンピレスは後天的、任意的、と言うだけで能力はヴァンパイアと変わらない。ただ、ばらつきが大きく肉体的に特別な力を持つこともある。
メイリの吸血によって皇成がダンピレス化していれば、あるいは変化が始まっていれば聞く必要も無く可能性を自己消化して理解する脳になる筈である。
レールガンを持てたのは確かにダンピレスへの変化が理由だがそれをわざわざ聞きに来るのは脳の利用率が変わっていない証拠だ。
皇成はダンピレスになってもバカのままかも知れない。メイリは残念な気持ちとともに軽い怒りを感じる。
「いや俺は事実を確認したいだけで……」
戸が開いており大声が漏れていたらしく綾奈も入ってきた。
「別にお兄ちゃんがダンピレスになるのはいいけど、メイリさんはダンピレスにする事は出来ないって言ってたけど?」
結果メイリの話しに嘘があったとしても悪意によるものでは無いことを感じとっている綾奈に猜疑心は無い。純粋な疑問だった。
「ふう」
メイリは珍しくため息をつきながら答える。
「ダンピレスを作り出す事自体禁じられているから本当のところは分からない事も多いの。私の歳ではダンピレス化させられ無いと言われているけど数多くの事例による検証の結果と言う訳でもない。いずれにせよダンピレス化するには吸血したヴァンパイアの能力以外にもう一つ条件が必要と考えられているわ。それが揃わないと単にヴァンパイアの力を持ったヒトが誕生する事になりそれは肉体的、精神的に耐えられるものかどうかも分かっていない。そんな不確定要素もダンピレス化を禁じる理由ね。禁じると言っても私達は誰かの指示を守る必要は無いし罰則も無い。あくまでも上位者が良かれと思って通達を回しているだけ。皇成を吸ったのは一つは私の能力向上のため、一つは皇成がヴァンパイアの力を会得するのは今回の事態収拾に有益と判断したからよ。私にダンピレス化させる能力が無いのなら理屈の上ではもっと年寄りに一咬みさせればいいしね」
「ううん。私がヴァンパイアなのが確定だったらお兄ちゃんがダンピレスになるのはむしろ望みたい位だから全然OKだけどな」
「それでもう一つの条件はなんなんだ? 俺自身の特質とかか?」
「それも有るかも知れないけど……もうっいいっ」
メイリはうつ向き加減のまま部屋を出て行ってしまう。ゆっくりとした動作で歩いて行くが、ドアだけは叩きつける様に閉めて行った。
加減はしたのだろうが本当に力は込めたらしく音が大きいどころかドア自体が砕け散りそうな勢いだ。
「おおい。なんだってんだよ」
一瞬呆然とした皇成だったが気を取り直してメイリの名前を呼びながら後を追っていく。
残された綾奈にイリーシャスがつぶやく。
「条件と言うのは共に生きて生きたいと心から思う気持ちです。私達ヴァンパイアは相手の心が読める事は綾奈様もお気づきでは無いですか? 心が読めると言っても細かい意思の動きを逐一把握出来るのでは無く喜怒哀楽のような大まかな状態を漠然と感じ取ります。お互いがより親密であればあるほど通じ合う度合いも上がります。また、その相手がどういう性格なのか、言わば魂の形を読み取る事が出来ますから我々はよほど気が合う者同士で無いと共に行動しません。合わない相手とは非常に疲れますからね」
ここでもイリーシャスは微笑を浮かべた。
「今回メイリ様はどうも皇成に一目惚れされた様です。よほど心が気に入ったのでしょう。あの方は元来わがままですが私以外に感情をぶつける事は滅多に有りません。皇成には初めて会った時から馴れ馴れしくは無かったですか? 我々には良く有ることですし綾奈様もメイリ様と始めから通じ有っている感覚は有りませんでしたか?」
「そうそう、本当の初めては私も警戒したし言葉は疑いのオンパレードだったけど気持ちはこの人味方だって分かってた。その後なんて気持ちがダイレクトに分かっちゃってしかもイヤじゃない不思議な感じだったんです」
「我々の交流は常にその形から始まります。そのうち心をブロックする方法も体得しますし初めて会う相手にブロックしていてもそれは失礼には当たりません。メイリ様は皇成とお会いになった瞬間から共に生きて行きたいと感じ、これだけ心通う相手が全く無頓着な事が腹立たしいのです。もちろん皇成はヴァンパイアでは有りませんから当然なのですが恋は盲目と言う事でしょうね」
「イリーシャスさんはお兄ちゃんの事嫌いなの? 私には様付けで、えと本当は私の事もせめてちゃん位がいいんだけどお兄ちゃんだけ呼び捨てだよね? 何か意味があるの?」
「綾奈様に関してはメイリ様がお気に入っているからです。皇成の事は皇成自身には関係有りません。男である時点で仕えるつもりが有りませんから。以前のコムネナ様は例外中の例外です」
「男の人が……嫌いなの……? でもお兄ちゃんがメイリさんの気持ちに気付かないのは鈍いからでしょ。考えてみたらお兄ちゃんに女の人の噂なんて聞いたことないしね」
その時皇成がしょんぼりした感じで戻ってきた。
「メイリの奴今度は泣き出しやがった。もう知らんよ」
「それでお兄ちゃんどしたの?」
「いや鼻垂らすなとかなんとか適当な事言っといたけど……」
「お兄ちゃんの大バカぁ」
今度は綾奈が出て行ってしまう。また呆然しながらイリーシャスを見るがイリーシャスは全くの無表情で見返してきただけだ。
「なんなんだよもう」
仕方なく部屋を出て自分の部屋に戻って行く皇成を見送りながらイリーシャスはおだやかな無表情だった。
部屋に戻っていたメイリの携帯が鳴る。
やはり部屋に戻っていた皇成からだった。
「メイリ、ちょっと良く分からないんだがあれだ、組み手でもしないか? 俺の格闘術を身につけるんだろ? ああ言うのは特に最初は一人じゃ出来ないものだからな。ヒト用のサンドバックも使い物にならんだろうし、でも俺がどの程度のパワーになっているのか分からないから最初は加減してくれよ」
「ああ、うん」
最初は意味が掴めずぼうっとしていたメイリだったが急に目に光が戻ると携帯を取り上げ綾奈の番号を押す。
「動きやすいカッコであの広い部屋に集合!」
はっ? と問いかける綾奈を無視して電話が切られると綾奈もとりあえず着替えて廊下に出てみる。皇成がメイリの部屋の前で所在なげに立っていた。
「大きい部屋に集まってだってさ」
「えっ? 綾奈もか? まっいいか」
もっさりした雰囲気で建物の奥へ向かう。綾奈はちょっと懐かしさに囚われていった。なぜなら皇成は格闘訓練に入る前は異常に動作がノロいのだ。
もちろん遅過ぎてウザい事は無いのだがもそもそと構えて爆発的に動き始める。
特に意識して見ていた事も無いが考えてみれば印象深い、そんな兄が思い出された。大部屋に入って少しするとメイリがイリーシャスと入ってくる。二人とも、メイリは例によって、だが、学校の体操着のような格好だ。
「またかよ? えっとどこから持って来たんだ、その服?」
「はっ? おかしいの?」
彼女は聰明だ。彼女はこの疑問の回答を綾奈に視線で求めた。
「…………」
無言で回答する綾奈。
「動きやすいんだからイイでしょ」
赤い顔をして蹴りかかるメイリだが興奮しているようでしっかり加減はしている。皇成がいかに強くてもヒトで有る限り一撃で蹴り殺してしまう。
ガッ
左腕でブロックする皇成。
その時メイリは放った右足に異常な痛みを感じる。
これは?
ヴァンパイアもアンデットも肉体的にはヒトである。強い力を出せても例えば銃弾を弾き返せる訳ではない。拳銃弾を5、6発食らったところで死ぬ事が無いどころか貫通していれば2日もあれば完治してしまうだけだ。
ただ、ヴァンパイアとアンデットの防御力の違いにヴァンパイアは磁界で全身覆いバリアの様な使い方が出来る者がいる。
メイリも出来るが銃弾を弾く程では無くアンデットのまともな一撃にも耐えない程度だ。
実はヴァンパイアはあまりに強い為に痛みと言うものをあまり知らない。ヒトはもちろんアンデットにも軽く勝てるのだから当然だ。
ヴァンパイア同士は基本的に喧嘩などしないため日常的な痛み以外感じる機会は無いのだ。
メイリはエリコム社の武器開発の為にある程度武術を学びその過程で叩かれる痛みを知っているがあくまでも訓練なのでたかが知れている。
皇成に受けのパッド無しでガードされたのが、打手であるメイリのダメージの方が大きい位になっていたのだ。
「ハッハッハッ」
それでもメイリの蹴りは美しく決まっている。その威力は本来一蹴りでヒトを20Mも吹っ飛ばすものだから相手が今の皇成で無ければ無敵と言える。
「ハッ」
若干角度を変えて脇腹付近にヒットさせるとようやく皇成を3M程度後退させる事が出来た。
皇成の表情が変わり我流とは言え威圧感の有る構えをしっかりと取り直す。
磁界バリアは受けたトルクを反作用で打消してしまうから、皇成の腕のバリアが特に強い証拠であり、しかもこれだけのバリアを展開出来る者はヴァンパイアでもあまりいないと思われた。
皇成の攻撃が始まる。切れのよい左右の拳はメイリには当たらない。避けられているのではなくフェイントだ。自然と上半身に注意が行っているメイリの足にミドルキックを入れた。
メイリも磁場バリアを展開しているからヒトである皇成の蹴り位ではビクともしない。足に蹴りを当てられながらも反対の足を回し蹴りで飛ばして来る。
左手でガードした皇成は右拳をメイリの顔面に放つが軽くガードされる。
皇成の動きの良さは所詮ヒトの力である事を別にすればいまさら当然だが、メイリも早い。もともと決して素人とは言え無いが、動きだけ見れば皇成にも劣らないし、圧倒的なパワーを考えれば本気でやり合えばメイリの勝ちと思われる。
その時、端で見ていたイリーシャスは皇成の目がわずかに赤くなっており、より純粋な戦闘衝動にかられている事に気付いた。
組み手の範疇を越えてきた本気の競り合いに興奮してきたらしい。皇成のフーッフーッと言う動物的な息づかいにイリーシャスは漠然と不安を抱き、とりあえず組み手を止めようとするが、イリーシャスが行動に移す前に態勢を整えた皇成がヒトの限界を超えたスピードでメイリの前に立ち
「ウオッ」
と言う短い叫びと共に猛然とメイリの側頭、肩口、脇腹に文字通り目にも止まらぬ速さで拳を叩き込む。メイリの身体が動かぬ様に左手でメイリを掴みながらだ。
3発の直撃で完全に意識を失ったメイリが崩れ落ちる前にまた目に止まらぬ速さの回し蹴りが決まりメイリの身体はそのまま10M程離れた壁に叩き付けられた。
壁のボードが粉々に割れ散る勢いでだ。
「イヤッ」
綾奈が思わず声を漏らす一瞬前、皇成が回し蹴りの挙動を始めた時にイリーシャスは飛び出している。
飛ばされたメイリと皇成の間に立ち両手を開いて手刀をつくり顔の高さより少し高くに持ち上げて構えを取る。皇成から放たれる拳を払うように受け流し前蹴りをヒットさせた。
が、腕で受けなくても皇成はビクともしない。
イリーシャスは皇成が続いて放つ3段蹴りを受け流すがその後信じられ無いスピードで打ち込まれた回し蹴りをまともに食って飛ばされる。
しかしうまく着地したイリーシャスが反撃に出ようとした時に、その間に今度は綾奈が飛込んだ。
赤く光る眼には涙をいっぱいに浮かべ髪を白銀に輝かせて立ちはだかる。
それでも皇成が我を失った様に戦闘態勢を崩さず綾奈にまで殴りかかろうとした時
「止まれ!」
と大きな声でイリーシャスが叫ぶと頭に殴られた様な衝撃を受けた皇成はもう少しで綾奈に拳を届かせようとしたところでうずくまる様に動きを止めた。
3時間後、皇成はメイリが眠る部屋の前で土下座したままうつ向いていた。
メイリは頭蓋にヒビが入り、肩の骨が砕け、肋骨が2本折れた挙句に内蔵にも相当なダメージを受けていると言うのがイリーシャスの見たてだった。いくらヴァンパイアがタフでもこれだけ物理的ショックを与えられれば無事では済まない。
メイリは耳と鼻からの出血が止まらず気を失ったままだ。イリーシャスもクリーンヒットした回し蹴り一発でやはり肋骨2本を折ったらしいが動くに支障はないようだった。
綾奈はメイリの部屋に入ったまま出てこない。イリーシャスが叫んだ時に襲った激しい頭痛が収まった後で皇成は正気に戻りメイリにすがって泣きじゃくる綾奈をボンヤリ眺めていた。イリーシャスが小さな声で
「とにかくメイリ様をベッドへ運んで下さい」
とささやく様に皇成に命じた。その声を聞く度に頭がガンガンしたせいも有りイリーシャスが喋っていることも女性の声で有ることも気に止める余裕無くメイリを抱えるとヨロヨロと歩き出す。
力が有りすぎてメイリにしがみついてくる綾奈が障害にならない。
イリーシャスが引きずられる格好になった綾奈を抑えている内に部屋に運び入れるとイリーシャスがベッドの上でメイリの服を脱がし始めた。皇成はわずかに開いている目に気づき慌てて閉じるように手のひらを顔の上で滑らせ部屋の外に出る。30分程して出てきたイリーシャスに促されて部屋を移る。
「これは私の言葉では無くメイリ様のお言葉です。これは事故であってあなたは悪く無い。ダンピレス化の過程での暴走は予期すべき事であり私にも責任が有る。最も不安がらせてしまった綾奈ちゃんに一緒に謝ろう。ここからは私のメイリ様に仕える者としての言葉です。メイリ様は命には別状は有りません。さすがに回復には時間がかかると思いますが3日もすれば起きられるでしょう。メイリ様の言う通り我々も気にすべき事でした。特に私はダンピレスなのだから可能性を指摘すべき立場にあったと言えます」
ここでイリーシャスは言葉を切り涙を浮かべた。
「本当に申し訳有りませんが私の言葉を言わせていただきたい。貴様はなんと言う事をしてくれたのか? メイリ様のお気持ちを理解出来ないばかりか怪我をさせるとは何事だ。この300年の間に私をここまで感情的にさせたのは貴様だけだ。貴様は今後何百年かかろうとメイリ様に命掛けで尽くせ。それが嫌なら私が全力で滅してやる。以上だ」
イリーシャスが自分の言葉として吐き出したセリフは大声だった。皇成には脳みそをつかんで激しく揺さぶられるような痛みがあったが言葉は聞き届けた。
イリーシャスにしても皇成がヒトであれば脳に致命的な損傷を与えるがダンピレス化が進んだ今ならば痛いだけで後遺症は無いと踏んでいる。
全てはメイリの為であり、イリーシャスの個人的感情だけならフルパワーをぶつけて廃人にしてやりたい位だった。
それから皇成はメイリの部屋前に土下座して深く頭下げる。どのくらいそうしていたか暫くすると頭を上げてそのままじっとしていた。
一晩が過ぎても座り続けており時折部屋にイリーシャスが入り暫くすると出て来る。何度目かの出入りの際、
「邪魔だ。壁によれ。土下座も見苦しい」
とつぶやいて行く。壁によりかかる様に座り続ける皇成はその言葉にわずかに優しさが含まれていた事には気付か無い。
イリーシャスは時折食事を運んで来るが暫く部屋にいて手付かずのまま持ち帰っていた。そしてなんと皇成の脇にも無言で食事を置いて行く。
1日目は食べずに放置するが悪い気持ちは有る。
また一晩が過ぎて食事を二人分持って来ると一つを置いて中に入る。中からうめく様な声が聞こえてきたので皇成は軽く腰を浮かすがイリーシャスがいる事を思い出し様子を見る。
イリーシャスが出てきた時食事は半分程減っていた。そしてイリ―シャスがその盆を廊下に置くといきなり皇成に覆い被さる様にアゴに手をかけてきた。
無理矢理口を開かせるとさっき置いた盆からサンドイッチを取り上げ無理矢理押し込んでくる。その後口を押さえて咀嚼させ鼻をつまんで飲み込ませるまでやってのける。
飲み込みながら丁寧に手を払いのけ
「もういい。ありがとう」
と言って自分でサンドイッチを食べ始める。イリーシャスは少し離れた所に立って明後日の方向を睨みつけるように視線を固定しているが、その癖に多分綾奈が残した半分を食べ切り皇成用に持って来た分のちょうど半分を食べた時に、いきなりつかつかと寄って来て全ての盆を取り上げ片付けてしまう。
食べさせて食べ過ぎさず、メイリだったらするであろう気遣いを全力で体現している。
仕える者としての理想の様な存在だった。各部屋にはシャワー設備も有るが水音も聞こえず着替えを運んでいる様子も無いので綾奈は着たきりでじっとしているのだろう。
皇成が3晩目に少しうとうとすると、なんとイリーシャスが薄手のタオルケットを掛けてくれたらしく肩から丁寧に身体を覆っていた。
デヌリーク市国の状況など忘れて、とにかくメイリが回復し、また笑いあえる日が一日も早く来て欲しいと願う皇成だった。
4日目の朝、いつもの通りイリーシャスが食事を部屋に運び入れて数分が過ぎた時、戸が開いてイリーシャスが皇成に入る様に促した。飛び起きて中に入るとメイリは半身を起こす様にしてベッドに寝ており綾奈はその手を握って共に無表情に皇成を見る。
頭には包帯が巻かれているが髪がはみ出していない。丸刈りでは無いにせよ傷部を含め相当刈り込んだようだ。それをいつ行なったのかなど気にする余裕も無く入り口付近に立ち尽くしたまま
「メイリ……」
とだけつぶやいた。やがてメイリがフッと目を反らすまで何分そうしていただろうか。
「クックックックッ」
反らした目が耐えきれず笑っている。呼応するように綾奈も
「ププッ」
と吹き出す。やがて控え目ながら二人で大笑いを始めた。呆然とする皇成にメイリは
「私達はね、ヒトの全治3ヶ月位の怪我が3日位で治るのよ。刺されたり撃たれたりなんか怪我に入らないのね。でも私はあと2~3日はあまり動けないからヒトなら全治5ヶ月、そりゃ死んじゃってるってレベルよ?」
いきなり悲しそうな表情になって
「私皇成に殺されちゃったわあ」
とつぶやいてまた綾奈とバカ笑いを始める。皇成はまだ呆然としながら
「大丈夫……なのか……」
と絞り出す様な声を掛けると
「駄目に決まってるでしょ? 今駄目って言ったじゃない?」
「いや笑ってるから」
「恨んで欲しいの?」
あくまでも可愛らしく皇成を見ながら首まで傾げる。
「んっとね、今回の原因を考えてたのよ。皇成ちゃんはダンピレスの力が出るようになった。それも並のヴァンパイア以上のすんごいパワーと防御力。でも綾奈ちゃんもそうだけど完全じゃ無いのね。てゆうか力を得るイコール発現だと考えられてきたけど、それが間違っていたかたまたま特異体質が揃っていたか。まっ兄妹らしいわね」
もちろん皇成と綾奈は本当の兄妹では無い事を知っていて言っている。
「それでねえ、考えたのよ。ヴァンパイア化による変化は脳と肉体。脳のみはあり得るかも知れないけど肉体のみは聞いたことないわ。もっともあくまでもヴァンパイア発現に関してだしダンピレスは研究どころかデータもないしね。皇成は肉体は発現したけど脳はまだ。だから肉体を制御しきれず暴走した。でもね、おかしいの。強い力もそうだけど速いスピードは思考力も強化しないととても制御出来ないはずなのね。あの時の皇成は私やイリーシャスより速いとは言わないけど同じ位では有った。私もだけどイリーシャスはヴァンパイアの中でも速いし強い方なのよ。そんな力を出せるのはやはり脳も発現しているとしか考えられない。なのに暴走した」
ここでメイリは決め顔の様になってきた悲しそうな顔をしながら
「だとしたら後は脳の中で戦闘に関する部分はもともと人並み以上で発現により能力を発揮出来たけどそれ以外の部分は残念な位おバカさんで底上げされても足りなかったのか……あるいは私の事を発現した脳の力全開で憎んでいたかね……」
皇成はあまりに慌てて思わず大声で
「メイリを憎む訳あるか! バカなんだよ俺は。バカの方に決まってるだろ!」
メイリはいっそう悲しそうな顔で
「本当? 本当に憎んでいない? 私の事好き?」
「好きだよ。大好きだよ。これから500年生きるんなら500年、1000年生きるんなら1000年一緒にいてやるからそんな事言わないでくれ」
皇成がけっこう力を込めて言い放った後で
「おおおぉぉ」
と綾奈がうめく。
「まっ1000年は生きないけどね。第一皇成ちゃんはまだ完全なダンピレスじゃないしねえ」
と急にあっけらかんとしたメイリの言葉。皇成はちょっと恥ずかしくなり
「あっいやっそれは例えば、って感じであって」
「何? 例えばってナニ? コクったの嘘なの? 皇成嘘ついたの? ねえ、全部嘘ばっかりなの?」
「いや嘘なもんか。コクりました。メイリが好きですからどうか早く良くなって下さい」
「聞いたあ? 綾奈ちゃん、私の事好きだってえ。でもさっき1000年でも一緒にいてやるって言ったけどちょっと生意気じゃなあい? 好きならいさせて下さいじゃ無いかしらあ」
「うんうんそうだね。むしろお願いしますだね、お兄ちゃん。言い直すべきだよ」
チラとイリーシャスを見て薄笑いを浮かべているのを確認した皇成はようやく気づく。
「おいちょっと待て。からかっているのか?」
すると綾奈が今度は眼いっぱいに涙を貯めて言う。
「私ね、あの夜ずっとベッドの横に座ってメイリさんの手を握りながら本当にお兄ちゃんに怒ってた。メイリさんが死んじゃったらお兄ちゃんも殺して私も死ぬんだとか本気で頭の中でぐるぐる回って何時間も何時間も考え続けてたんだよ。何時間も経ってからメイリさんが落ち着いてきたのが分かって、そしたら今度はメイリさんの声が聞こえてきたの。お兄ちゃんを怒っちゃいけない。これは事故だから。私はすぐ元に戻るから。お兄ちゃんを怒っちゃいけないって。何回何回も聞こえてきて私もやる事ないから数えてみたら一時間に300回以上だよ? それを何時間も何時間も。そりゃ私だって洗脳されるわよ。お兄ちゃんを怒る気持ちが無くなってきたら今度はいろいろな事話した。何故かその後の内容は覚えていないんだけどね。イリーシャスさんが無理矢理ご飯食べさせてくれて。やっとメイリさんが目を開けてくれて…。うわあぁぁぁん」
泣き出した綾奈の頭を撫でながらメイリは皇成を見る。
「今回の事は事故よ。わざわざ忘れる必要も無いくらい日常に起きてしまった事故。私の怪我さえ治れば皇成の能力の高さが分かった事の方がよほど大きな収穫よ。おまけに私もイリーシャスも恐怖を学ぶ事さえ出来た。ヴァンパイアは恐怖にも痛みにも疎いからこれから闘いをしていくには貴重な体験だったと思う。分かった? もちろん辛かったけど貴方に責任は無い。それよりも力を制御することを意識して。今度暴走を始めたら……」
満面の笑みを振り撒きながら
「どこか遠くの皇成ちゃんに絶対見つからない所まで綾奈ちゃんと逃げる事にするわあ」
「ああ、そうしてくれ」
心底ホッとした皇成はメイリの言葉に偽りが無い事を感じている。これが通じ合うと言う事なのか。悪くない、とも感じていた。




