第1話:出会い
何故僕等は誰かを好きになるんだろう?
なぜなら僕等は人だから
簡単なことなんだ
理屈じゃあない
ただ一緒に居たい それだけなんだ
分からないことじゃあない
難しいことじゃあない
僕等は誰に教えられたわけでもなく
本能で感じとってるんだ
好き。 だから好き
なぜなら僕等は
一人では生きていけないから
だから僕も一人では生きていけないから…
君をもっと大事にしていればよかったのに……
「羽稀!起きなさい!遅刻しちゃうわよー!」
学校なんて嫌いだ…というか面倒だ…。
そう思いながらも、重い体をベットから起こして、制服に着替える。
朝ご飯を早々と食べると、俺は勉強道具が沢山つまった鞄を持って家を出る。
「いってきます」
俺は逃げるように家をでる。そして学校とは正反対の道を歩む。
いつもと変わらない道。学校なんてここしばらくおめにかけていない。
学校なんて、初めから行く気はさらさらなかった。
親にばれないように、毎日学校に行くふりをして、図書館に通っている。
俺が学校に行かなくなったのはいつからだろう…。
別に勉強三昧の毎日に嫌気が指したわけではない。むしろ勉強をする事は好きと言ってもいいかもしれない。いじめにあったわけでもない。特に理由はなかった。ただ面倒だった。それだけ…。
こんな時間に制服姿で図書館に居るということで、最初はかなり怪しまれていたが、最近はもうそれが当たり前になってしまっていて、それを気にとめる人もいなくなってしまった。
図書館に行くと、最初は様々な本を読んでいるのだが、元々小さな図書館なので読める本は読み尽くしてしまい、勉強をするようになったのだ。静かな図書館で勉強もしやすかったうえに、嫌に干渉してくるような人もいなかったから、俺にとっては絶好のサボリ場所だった。
いつものように、人目につかないところで勉強をしようと、いつも行っている窓際の机に行くと、そこには先客がいた。
(…なんだよ。こんな時間に図書館にくるやつ、俺の他にも居たんだ)
俺はその人になぜか薄い親近感が沸いて、その人をじっと見た。
(女の子…。俺と同い年ぐらいかな?別の中学校の生徒か…。もしくは俺と同じ学校か…。)
女の子は羽稀の視線に気づいたのか、読んでいた本を閉じて席を立った。
(お、やった。あの席使えるじゃん)
羽稀は女の子がそのまま横を通り過ぎていくのを予想していたが、現実は違っていた。
「あの…、貴方もしかして樋口羽稀君?」
「えっ…?」
「違ってたらごめんなさい。私一応、樋口くんと同じクラスなんだけど」
「人違いなんじゃない?じゃあ」
羽稀は面倒になりそうだと思い、軽く交わして席につこうとした。しかし、羽稀の前に素早く女の子は移動して、羽稀の前に立ちはだかった。
「…どいてほしいんだけど」
「い・や。どうして嘘ついたりするの?」
「別に嘘ついてなんか…」
「名札ついてるよ。樋口くん」
羽稀はそう言われて慌てて名札を隠したが、その行為に全く意味はなかった。
「勉強するんでしょ?私も一緒に勉強していい?」
「…勝手にすれば」
羽稀がどれだけ素っ気無く答えても、女の子にこにこと笑うばかりであった。
「樋口くんっていつもここで勉強してるの?」
「そうだけど」
「何か将来なりたいものとかあるの?」
「なんで?」
「すごく一生懸命に勉強してるから目標があるのかなぁ〜って思って」
「…別に、なりたいものとかないし。ならとりあえず勉強しといて損はないから」
「へぇ〜」
(なんか…こいつ調子狂うなぁ)
「ところでさぁ、その『樋口くん』っていうのやめない?」
「嫌だ?『樋口くん』って呼ばれるの」
「呼ばれなれてないから…」
「んじゃなんて呼べばいい?」
「羽稀でいいよ」
「羽稀ね、了解!」
その後は特に喋る事もなく、羽稀が勉強に熱中していたせいか女の子は喋りかけてはこなかった。しかし相変わらずにこにこ笑っていた。
「…あれ?何これ…。どうやってやんの…。こうじゃないし…う〜ん」
女の子は分からない問題があったのか、初めて笑顔を崩して、真面目な表情でなにやらぶつぶつと呟いていた。
「…何、分かんないの?見して」
「やっ、あ…でも勉強の邪魔になっちゃうし…」
「どっちかっていうと、ぶつぶつ呟かれる方が勉強の邪魔だし」
そう言うと女の子は恥ずかしそうにしながらも、また笑顔になった。
「あぁ、この問題はここがこうなってるからこうだろ?だからこっちも同じで、で、こうなって、そしたらもう答えでるだろ」
「本当だ。あ、そっかここをこうするのね♪ありがとう!」
「別に…。お前さぁ」
「ん??」
「名前、何?」
「…あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてないけど」
「ごめーん!私は水無月茗っていうの。『茗』って呼んでねッ」
「いや、呼ばねーし」
「ひどっ!何でー?呼んでよー!茗って呼んでよー!」
「絶対呼ばねーし」
「う…羽稀ってば、超クールって感じ?」
「はぁ?どうでもいいから勉強しろよ」
「はーい」
(なんか…こいつと居るとすっげー疲れるんだけど…。でもまぁ、楽しー…かな)
最近はこんなに疲れるまで喋ったりしないなぁ…。羽稀はそんな事を強く考えていた。
「ねぇ」
「…何?」
「羽稀って毎日ここに来てるの?」
「学校がある日だけね。あと月曜日は定休日だからここには来ないで適当に町をブラブラしてるけど」
「へぇ〜そっか」
「…それが何どうかした?」
「ん?ううん別にー。ふふっ」
そう言いながら茗は悪戯っぽく笑った。
(こいつ…こんな笑い方もするんだ。もっといろんな事知りたいな…)
そう思った所で、羽稀は自分の考えに赤面した。
(は?何で俺こんな事思っちゃってるわけ?!だー!ホント調子…狂う)
「あれ?何か羽稀、顔赤くない??」
「…んなわけねーだろっ」
「えー!赤いって絶対っ。ねーほらぁ」
そう言って茗は本当にごく自然に羽稀の頬に手を伸ばした。
「っ!?さ、触んじゃねーよっ!」
羽稀は素早く身をかわし、茗の手から逃れたがそれが良い結果をもたらしたをは決して言えなかった。
「羽稀ってば、可愛いー!あははっ」
「…うっせーなぁっ、黙っとけ!」
「ごめん、ごめんっ。羽稀があんまり可愛い反応するもんだから…っ」
(ちきしょーっ、こいつのペースにはまっちゃう…)
「一応ココ、図書館だから」
「あ、そっかごめんね。勉強の邪魔しちゃった…?」
「そういう心配はもっと最初からしろよな。すっげー迷惑」
羽稀がそう言うと彼女はうつむいて黙り込んでしまった。
(…笑って返してくると思ったのに…。ちょっと言い過ぎたかも…)
「…わりー、ちょっと言い過ぎた…。ごめん、迷惑じゃない…よ?」
それでも顔を上げない彼女に不安が込み上げてくる。よく見ると小さな肩が小刻みに揺れている。
(やばー…もしかして泣いちゃった…?)
そう思って羽稀が軽く彼女の顔を覗き込むと、彼女は泣いているのではなく肩を震わせて笑っていた。
「あっ、おいっ!笑ってるじゃんかよっ!」
「あははっ…くくっ!ウケるー!」
「…まじ、ムカツク。もう知らんっ!」
「ふふっごめんね」
「……」
「ねー、本当に迷惑じゃない?」
「…迷惑じゃない、ってかまぁ認めたくはないけど…楽しいんじゃない?」
羽稀がそう言っても茗の反応はなく、おかしく思った羽稀がノートから目を離し、顔を見上げるとそこには満面の笑みの茗がいた。
(ぎょっ!)
「な、何でそんな笑顔なわけ…?」
「だってすっごい嬉しいもんっ!」
「大げさな…」
「本当に楽しい??」
「嘘」
「えっ?!」
「ぷっ!冗談だよ、冗談!」
「わっ羽稀ってばひどーい!」
茗はそう言いながら冗談っぽく頬を膨らませてみせた。
(あ、可愛い…)
そんな茗を見ているとつられて羽稀も笑顔になってしまうのだった。
「あっ!」
「な、何?!突然…」
「羽稀…笑ったぁ〜…」
「は?何を言い出すかと思ったら…そんな事っ…」
「全然そんな事なんかじゃないんですけど」
「どうして?」
「羽稀、今始めて笑ったよ」
「…そうだったっけ?」
少し間を開けて羽稀が尋ねると、茗はいやに真剣な顔をしてコクンと頷いた。
「あんま…笑うことなかったからなー…。こんな風にクラスの奴と話すのなんてもう、何年ぶりぐらいだと思うし」
「…学校行ってない?」
「うん、ずっと行ってない」
茗はもう勉強なんてとっくにしてなくて、ノートと教科書はずっと開きっぱなしになっていた。そして羽稀も、なんとなく問題は読んでいたが、茗と話してからは一問も解けていなかった。
「試験の時とかはどうするの?」
「空いてる部屋とか使って一人でやってる」
「…寂しくない?」
「や、別に…もう慣れたし」
「…本当は慣れてないくせに、寂しいくせに、どうして意地はるの?」
(あ、痛いとこ…つかれた…)
「顔に書いてあるよ。『一人は嫌だ』って」
「…や、書いてないし」
「…冷静なツッコミありがとう…。ねぇ、私がお友達第一号って事でいい?」
「…勝手にすれば?」
「もう!素直じゃないなぁ。本当はすごく嬉しいくせにー…」
(バシッ!)
羽稀は、茗がにこにこしながら言うのを全部聞かないうちに、茗の頭を軽く小突いた。
「ばぁーっか!ほらっさっきから全然勉強進んでねーぞ」
(羽稀照れてる…かわいー…。あ、こんな事言ったらまた怒られちゃうかなっ)
「…何が嬉しくてニコニコしてるんだか…」
(集中出来やしねぇ…)
「ねぇ、羽稀?」
「…なに?」
「『茗』って呼んで」
「呼ばねーし」
「いいじゃん!一回だけっ!ね?お願い!」
「ぜってー呼ばねー」
「ケチ…」
「や、ケチじゃねーし」
(あいつ…よくよく考えてみれば結構可愛い顔してるよな…。って何考えてるんだ俺!あ゛ー…あいつまた明日も来るのかな…嫌…じゃないけど…。あ、絶対今顔赤いな…―)
まわりから見ればきっと百面相の変な男に見えた事だろう。