4 王妃へのプレゼント
フルールは事前にアレクシスから、王妃のサロンでは主催者へのプレゼントが必須であることを聞いていた。
毎回参加者たちは質の高い贈り物を用意し、自分自身を王妃にアピールするのだ。
『プレゼントの内容によっては、王妃のお気に入りになることもできる。お前の腕の見せ所だぞ』
そうは言っても、フルールは王妃の好みを全く知らなかった。
そのうえ、彼女には自由に使えるお金もない。
他の参加者たちは間違いなく値段や価値で勝負してくるだろうから……
一晩中悩んだ末に、フルールは一か八かの賭けに出ることにしたのだ。
侍女が彼女の元に持ってきたのは、平らで大きめなプレゼントボックスだった。
「私が選んだドレスです、陛下に似合うと思って用意しました」
「まぁ……開けてみても?」
「もちろんです、陛下」
王妃は箱のリボンをほどき、中を確認した。
「あら……」
箱の中に入っていたのは、黄色のシンプルなドレスだった。
そのドレスを見たディスティーノ公爵夫人はフルールを嘲笑するように言った。
「グロリア夫人ったら、王妃陛下にそんな質素なものを贈るだなんて……一体どこのデザイナーのドレスですの?」
「私は皆さまのように裕福ではありませんので……有名デザイナーのものではないんです。ですが、きっと王妃陛下によくお似合いになられると思います」
フルールはニッコリと笑った。
王妃はドレスを見つめたまま微動だにしなかった。
「王妃陛下があんなの着るわけがないわ」
「いくら若いからって……無礼にもほどがあるわ」
「あの子、これからサロン出禁になるわよきっと」
そんな彼女の反応に、参加者たちは一斉にフルールを非難し始めた。
しかし、フルールにとってはそんな中傷の言葉など痛くも痒くもなかった。
(陛下、あなたならきっとそのドレスを贈った意味がわかるはずよ)
彼女は何も適当にドレスを選んだわけではない。
何日も悩み、考え抜いた末にあのドレスを贈ることを決めたのだ。
他の人たちが何を言おうとも、王妃にさえ伝わればそれでいい。
「…………驚いたわ。グロリア夫人は、とても素敵な目をお持ちのようね」
「ありがとうございます、陛下」
――やった、成功した。
王妃の返答が予想していたものとは違ったのか、招待客たちは驚きの表情を浮かべた。
フルールが王妃に贈ったドレス。シンプルではあるが、しっかりと彼女のことを考えたものだった。
貴族のご夫人はいくつになっても宝石を体中に身に着け、華やかなドレスを着るものである。
そうすることで自分たちの家の圧倒的な財力や、自身の美しさを誇示することができるからだ。
今この茶会に参加しているご夫人たちが良い例だった。
しかし、カトリーナ王妃はそのようなタイプではなかった。
舞踏会などの公式行事では王室の威厳を保つために煌びやかな格好をするものの、それ以外では比較的落ち着いたドレスを着用していた。
フルールはそんな夫人の考えを見抜いていた。
(柄が大きかったり、デザインがギラギラしていると、老けて見える。王妃はそのことを気にしているんだわ)
カトリーナ王妃は若い頃はそれはそれは美しかったそうだが、今はもう六十だった。
華やかなドレスが似合うような年代ではないのだと、自分でもわかっているのだろう。
明るい色のシンプルなドレスは、若々しい印象を与える。
そのことをフルールはよく知っていた。
ディスティーノ夫人が贈ったブラックダイヤモンドのイヤリングは、たしかにそう簡単に手に入るものではない。
しかし、黒やグレーは白髪や肌のハリの無さが目立ってしまう。
(それに、あんな派手なものを普段着けて歩く人はあまりいないしね。何よりいつも王妃陛下が着ているドレスとは合わないわ)
値段や価値では他の招待客たちに負けるだろうが、相手を思う気持ちだけは誰よりも勝っていた。
「素敵な贈り物をありがとう、グロリア夫人」
「他の方々に比べると安物ですが……喜んでもらえたようで何よりです」
「あら、そんなことないわ」
フルールのドレスが褒められたことに、ディスティーノ夫人は思わず唇を噛んだ。
どうしてあんなチンケなドレスを王妃は気に入っているのか、とでも言いたげな顔だ。
「そういえば、今日のグロリア夫人のドレスはとてもよく似合っているわね。あなたが選んだのかしら?」
「はい」
今日のフルールは白を基調とした花柄のドレスを着用していた。髪の毛は後ろで編み込んで一つにまとめ、花のヘッドドレスを散りばめている。
(原作のフルールは自分に自信が無かったからね……いつも暗い色のドレスばかり着ていたわ)
今日は特別な日だから心機一転、いつもと違うドレスを選んだのだ。
フルールはヒロインのアリアに比べると地味ではあるが、顔だけ見るとかなり整っていた。
例えるなら、癖のない清楚系美人といったところだろうか。
「そう、あなたを見ていると昔を思い出すわ……若かった頃は私もよくそういうドレスを着ていたわね……今ではもう着れないけれど」
王妃は目を細め、懐かしそうに呟いた。
「陛下は今でも十分お美しいですよ」
「そう?あなたに言われると何だか嬉しいわね」
フルールの言葉に、彼女は朗らかに笑った。
いつものような貼り付けた笑みではなく、心からの笑顔だった。
「グロリア伯爵夫人、あなたを気に入ったわ――ぜひ、また私のサロンに招待させてもらえないかしら?」
「……!」
フルールは目を見張り、招待客たちは驚愕の表情で王妃を見つめた。
今ここにいる貴婦人たちが、どれだけお金と時間をかけても手に入れられなかったものを、彼女はたった一回でものとしたのだ。
王国の最も高貴な女性である王妃に認められた。
彼女は心の底から湧き上がる喜びを抑えきれなかった。
「もちろんです、王妃陛下!」
フルールは満面の笑みでそう答えた。




