3 王妃カトリーナ
という経緯で今に至る。
フルールは目の前に座るカトリーナ王妃陛下を見つめた。
年齢は国王陛下の少し年下、六十手前くらいだろうか。
三十年近く前に二人の王子と一人の王女を産み、全員成人済みだ。
元々隣国の王女殿下だったカトリーナ王妃は、王との政略結婚でオルティエ王国へ嫁いできた。
前の王妃は病弱で子を産むことなく亡くなってしまったから、カトリーナ王妃と国王陛下は前王妃亡き後の再婚だった。
カトリーナ王妃は厳格で、気難しい人だ。
フルールは何度か舞踏会で王妃を見かけたことがあるが、彼女が笑ったところは一度も見たことがなかった。
会が始まってすぐ、一人の貴婦人が手を上げた。
「――陛下、一つ発言してもよろしいでしょうか」
「許可します」
フルールより一回り以上年上の彼女は、たしかディスティーノ公爵の妻だったはずだ。
主催者である王妃の横に座っているということは、彼女がこのサロン内では王妃の次に権力を持っているも同然だった。
「……見覚えのないお方がいらっしゃるのですが、どういうことでしょうか」
夫人たちの視線が、一斉にフルールに集中した。
何故お前のような者がここにいるんだ、というような懐疑的な視線だった。
フルールはさっと立ち上がり、彼女たちの前でカーテシーを披露した。
「お、お初にお目にかかります。フルール・グロリアと申します」
「……グロリア伯爵夫人だったのですね」
ディスティーノ公爵夫人が扇子を開いて口元を隠した。
フルールに向けられた目は険しかった。
「伯爵夫人が何故このような場所にいらっしゃるのですか?来る場所を間違えたのではなくて?」
「そ、それは……」
フルールは言葉に詰まった。
そんな彼女に助け船を出したのは、意外な人物だった。
「――やめなさい、ディスティーノ夫人」
「王妃陛下……?」
カトリーナ王妃がディスティーノ公爵夫人を窘めた。
彼女は納得がいっていないようだったが、王妃にそう言われてしまえば黙り込むほかなかった。
「間違えたのではありません、グロリア夫人は私が招待したのです」
「な……王妃陛下自らですか……?」
周囲から驚きの声が上がった。
「彼女はアレクシス・ウィンターベル公爵が直々に推薦した特別なお客様よ」
「ア、アレクシス・ウィンターベルですって!?」
人々の間でさらなるどよめきが広がった。
(まぁ、そりゃあそうなるわよね……)
アレクシスは類稀なる才能を持った大富豪として知られていたが、全く人を寄せ付けないことでも有名だった。
彼に取り入ろうとする貴族は国内外に数えきれないほどいるが、その全てを相手にしない。
そんなアレクシスが初めて傍に置いたのが、しがない伯爵夫人フルールだった。
「さぁ、夫人。いつまでもそんな風に突っ立っていないで座りなさい」
「は、はい……王妃陛下……」
王妃に促され、フルールは席に着いた。
ディスティーノ夫人の刺すような視線が痛い。
「それにしても驚いたわ、あのアレクシス・ウィンターベル公爵があなたを私に推薦するなんてね」
「わ、私も恐縮です……」
王妃は無表情のままそう言った。
相変わらず何を考えているのか分からない。
(公爵様がここにいたら、きっと私の今の状況を面白がって眺めてるでしょうね)
アレクシスは意地悪な男だ。
パートナーになって早々、彼女をこのような場に半ば強引に一人で放り込んだのだから。
紅茶を一口飲んだ王妃が、フゥと息を吐いてフルールに尋ねた。
「グロリア夫人は公爵と親しくしているのかしら?」
「そうですね……ビジネスの面で色々とお世話になっています」
「ビジネス……?」
フルールの返答に、王妃は一瞬だけ目を見開いた。
「……公爵は自分の仕事に他人を関与させないことで有名なのに、驚いたわ」
「そ、そうだったんですか……?」
それはフルールも初耳だった。
カトリーナ王妃は、探るような瞳で彼女を見つめた。
(なら、どうして彼は私をパートナーに選んだの……?)
聞きたいことはたくさんあるが、今考えたところでどうしようもない。
王妃の関心がフルールにある今の流れを変えたかったのか、ディスティーノ公爵夫人が焦ったように口を開いた。
「お、王妃陛下!いつものように陛下にプレゼントを持ってきたのです。皆さまもそうでしょう?」
「え、ええ!そうですわ!」
他の夫人たちも彼女の発言に同調した。
「あら、いつも悪いわね」
王妃は口元に僅かながら笑みを浮かべた。
サロンの主催者にプレゼントを贈るのは別におかしなことではない。
このような場をわざわざ用意してくれたことに対する感謝の気持ちを表す意味では、最適な手段だ。
(それにしても高価なものばかりだわ……みんなよっぽど王妃陛下に気に入られたいのね……)
参加者たちが王妃に贈ったのはどれも一級品だった。
入手困難な天然素材をふんだんに使った高級香水に、王都の有名デザイナーが製作したドレス。
どれも王妃陛下が身に着けるに相応しいものだった。
その中でも、ディスティーノ公爵夫人が用意したものは格別だった。
「王妃陛下、私はブラックダイヤモンドのイヤリングを用意しました!ブラックダイヤモンドは希少で、今ではあまり手に入らないんですのよ」
「まぁ、とっても素敵だわ」
小さな箱に入っていたブラックダイヤモンドがあしらわれたイヤリングは、他のプレゼントよりも一際目立っていた。
他の参加者たちは感嘆の声が上がり、公爵夫人は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「――ところで、グロリア夫人は何も持ってきてないんですの?」
勝利を確信しているであろうディスティーノ夫人が、フルールをチラリと見た。
彼女は予想通りとでもいうかのように、夫人にニコッと笑い返した。
「もちろん、私も用意していますわ」
フルールは伯爵家の使用人に命令し、ある物を持ってこさせた――




