24 呪い アレクシスside
数日後、王宮の王の間にて。
珍しく正装姿のアレクシス・ウィンターベルは、オルティエ王国国王陛下の前で跪いていた。
「――国王陛下、ご機嫌いかがでしょうか」
「顔を上げてくれ、ウィンターベル公爵」
アレクシスが顔を上げると、王の証である赤いマントを羽織り、白い髭を生やした老齢の男が玉座に座っているのが見えた。
ふてぶてしいその態度に、アレクシスは舌打ちしそうになった。
オルティエ王国の国王ゴードン・オルティエと公爵アレクシス・ウィンターベルは実は叔父と甥の関係だった。
アレクシスの母親はゴードン王の年の離れた妹であり、元王女だった。
彼の父親である先代ウィンターベル公爵は約三十年前、病弱であまり表舞台に姿を現さなかった王女と王女宮で出会い、恋に落ちる。
王女には当時他に婚約者がいたが、二人は恋仲となり、彼女は子供を身籠った。
そのときに腹の中にいた子――それがまさにアレクシスだった。
「そう硬くなるな。公爵は私の妹の子供。幼い頃からそなたを見てきている、私の息子も同然だ」
「……光栄です、陛下」
アレクシスはマントの下に隠した拳を握りしめた。
「ところで、そなたがロワール産のカカオ豆を事前に買い占めていたことには驚いたぞ。貴族たちがウィンターベル公爵に先を越されたと嘆いていた。そなたはロワール公国で集中豪雨が起こることを事前に予見していたのか?」
「……そんなわけがないでしょう、陛下」
彼は占い師でもなければ、予言者でもなかった。そのとき、ふいにアレクシスの脳裏に一人の女の顔がチラついた。
予言者はどちらかというと彼女の方だろう。もし、あの女が本当に未来を見れるのだとしたら――
そこまで考えて彼は笑みを零した。
いいや、ただの人間にそんなことできるわけがない。俺は一体何を考えているんだ。
王は歳を取ったせいか、ずいぶん愚かになったようだ。
「先視みの力を持ち合わせているのはこの世で神だけです。それ以外にいるとすれば、陛下が昔滅ぼしたあの一族……」
「調子に乗りすぎだ、公爵!!!」
ゴードンは拳で玉座のアームを叩き、声を荒らげた。
アレクシスはそんな王を見てニヤリと口角を上げた。
ゴードンは手のひらの上で転がされていたことを悟ったのか、冷静さを取り戻した。
「……これからは私の前でそういう言動は控えろ」
「肝に銘じます、陛下」
アレクシスは気分が良かった。
いつも偉そうにふんぞり返ってる王に一泡吹かせることができたのだから。
「ところで公爵、さっきそなたの家から来た侍女が王宮に飾られている花瓶を割ったんだ。あの花瓶がいくらすると思う?」
「侍女……?私は侍女なんて連れてきていませんが……」
「いいや、間違いない。あれはそなたの家の者だった」
「…………わかりました、近いうちに花瓶の賠償をしましょう」
ゴードンはニヤリと笑った。アレクシスは目の前にいるゴードンに花瓶を投げつけてやりたい気持ちを必死で抑えた。
(この男は昔からずっとこうだな……何も変わっちゃいない……)
ゴードンは事あるごとに言いがかりをつけては、アレクシスにたかっていた。
――彼が絶対に断れないことを知っていて、そのようなことをするのだ。
「何だ?何か不満でもあるのか?」
「いえ、そういうわけでは」
アレクシスが言い終わる前にゴードンは玉座から下り、大股で彼の元へ近付いた。
彼の目の前まで来ると、耳元でそっと囁いた。
「――そなたが今こうやって何不自由なく生活できているのは誰のおかげだ?」
「……」
アレクシスの左手の中指に嵌められていた黒い指輪がキラリと光った。
「そなたが今生きていられるのは私のおかげだということ、ゆめゆめ忘れるな」
「…………はい、陛下」
アレクシスは体を震わせながら、言葉を紡いだ。
目の前にいるこの男を今すぐにでも殴り飛ばしてやりたい。
しかし、それはできない。
ゴードンはアレクシスの肩に手を置いた。
「それでいいんだ。これからも王家に忠実な臣下でいてくれよ、アレクシス・ウィンターベル公爵」
「……」
彼は中指に嵌められた指輪を思わず握りつぶしそうになった。
***
「閣下、陛下との時間はいかがでしたか?」
「……楽しかったように見えるか?」
「い、いえ……」
帰りの馬車にて。不機嫌そうな顔で窓の外を眺めるアレクシスに、侍従はかける言葉が見つからなかった。
「あの人は相変わらずだな……」
「もしかして、また言いがかりをつけられて金をたかられたのですか?」
侍従は絶句した。
ゴードンがアレクシスを脅迫するような形で、金をむしり取るのは今に始まったことではなかった。
七年前、彼が爵位を継いだあの日――いや、それよりも前からアレクシスは何かと王の暴挙の犠牲者になっていた。
侍従はそのことにずっと胸を痛めていた。
アレクシスは絶対に王家に逆らうことができない。
王ゴードンはそのことを誰よりもよく知っていた。
「こうなったのも全て、この呪いのせいだ……」
アレクシスは恨めしそうに中指の指輪を見つめながら呟いた。




