23 フルール・グロリアという人物
その後、マイアード侯爵夫妻は誓いの言葉のあと、キスを交わした。
式中の侯爵の視線は常にリリカにくぎ付けで、招待客の挨拶すら耳に入っていないようだった。
そしてリリカの父親である公爵は式が始まったときから終わりまでずっと泣いていた。
リリカはそんな父親に苦笑し、会場は大笑いに包まれた。
――リリカ・マイアードの結婚式は一生に一度の大切な思い出となった。
結婚式が無事に終わり、披露宴となった。
披露宴を行うのは大聖堂の近くにあるリリカの実家・エルフランダ公爵家が所有するパーティーホールだ。
エルフランダ家は王国でも数少ない公爵家の一つで、リリカの父親であるエルフランダ公爵は宰相を務めている。
リリカ・マイアードはエルフランダ公爵が溺愛する大切な一人娘だった。
(わぁ、料理がとっても美味しそう……!)
会場へ着いた途端フルールは、テーブルの上に並ぶ料理に夢中になった。
鴨肉のソテー、ムール貝の白ワイン蒸し、フォアグラのポワレ。
伯爵家でもこれほど美味しいご飯は食べたことがなかった。
「このお肉、とっても美味しいですね!」
「侯爵夫妻がお世話になった方々へのお礼としてご用意されたのです」
料理に舌鼓を打つフルールに、公爵邸の使用人がフフッと笑った。
そのとき、会場に騎士の声が響いた。
「――侯爵夫妻がいらっしゃいました!」
「……!」
会場にいる人々の視線が入口に集中した。
どうやら主役の準備が整ったようだ。
(いよいよお出ましね……!)
フルールは料理の乗った皿をテーブルに置き、食事の手を止めた。
それからすぐに、青色のカラードレスを着たリリカが、侯爵にエスコートされて会場に現れた。
鮮やかな青色のドレスはフリルをふんだんに使い、ハーフアップにまとめた髪の毛には花びらが散りばめられていた。
結婚式で着ていたものとはずいぶん雰囲気の違うそのドレスは、彼女の持ち合わせた美を極限まで引き出していた。
入場を終えた夫妻を、招待客たちがゾロゾロと取り囲んだ。
「マイアード侯爵夫人、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
リリカは照れ臭そうに頬を染めながら礼を言った。
「青いドレスがとってもお似合いですわ」
「まぁ、ありがとうございます。夫が選んでくれたドレスで……私も気に入っているんです」
「そうだったんですね」
マイアード侯爵夫妻は視線を合わせると、微笑んだ。
その姿は誰から見てもお似合いの夫婦だった。
ドレスの話題となり、一人の貴婦人が何かを思いついたように声を上げた。
「ドレスといえば……夫人が結婚式で着ていたウエディングドレスはとっても素敵でしたわ!思わず見惚れてしまいました」
「そうですわ!あんなにも素敵なドレス、一体どこのデザイナーが作りましたの?」
夫人たちは興味津々にリリカに尋ねた。
リリカはチラリとフルールに視線を向けながら答えた。
「あれは、私の母親の形見のドレスなんです……それをリメイクしてくださったのが、そちらにいらっしゃるグロリア伯爵夫人です」
「……」
招待客たちの視線が、フルールに集中した。
「まぁ……グロリア伯爵夫人が……?」
「本当にあのお方がデザインされたんですか……?」
人々は、フルールに懐疑的な目を向けた。
信じられない、本当に彼女がやったのか、といった驚きの声が多数上がった。
(何か言うべきよね……?)
フルールが口を開きかけたそのとき、リリカが人々の声を遮った。
「ええ、グロリア伯爵夫人が一から全部してくれたんです。無理難題を言った私の要望に、できるだけ応えようとしてくださって……本当に彼女には感謝してもしきれません」
「……」
リリカは少し離れたところに立っていたフルールに微笑みかけた。
(マイアード夫人……)
呆然としていた彼女に歩み寄ったのは、リリカの夫マイアード侯爵だった。
「私からも礼を言います。妻がお世話になりました、伯爵夫人」
「いえ、こちらこそ。遅れましたが、結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
侯爵は胸に手を置いて一礼した。
そんな彼の隣に、リリカがやってきた。
「伯爵夫人、あのドレスを着ているところを夫人に見ていただけてとても嬉しかったです。今日はぜひ楽しんでいってくださいね」
「ええ、そうさせていただきます」
リリカが差し出した手を、フルールがギュッと握り返した。
***
その頃、ウィンターベル公爵邸。
アレクシスは執務室で、侍従の報告書を読み上げていた。
「――グロリア伯爵夫人がマイアード侯爵夫妻の結婚式に出席したようです」
「……あの気弱な伯爵夫人がか?」
フルールは普段伯爵邸からほとんど出てこないと聞いていた。
表舞台に姿を現すのは、王家の公式行事や親族の葬式くらいだった。
そんな彼女が、他人の結婚式に出席したなんて。
「グロリア夫人とマイアード夫妻に接点があったのか?」
「マイアード侯爵夫人のウエディングドレスは伯爵夫人がリメイクしたもののようです。そのおかげで、披露宴では注目を集めたとのことです」
「リメイク……」
じっと考え込むアレクシスに、侍従が尋ねた。
「あの……閣下……つかぬことをお伺いしますが……何故私に突然グロリア伯爵夫人の調査を命令したのですか……?」
「……お前、未来が見える人間がいると思うか」
「きゅ、急に何の話ですか!?そんなのいるわけがありません!」
ありえないと、侍従は何度も首を横に振った。
当然、アレクシス自身もそう思っていた。
「なら……」
アレクシスは手元に置かれていた新聞に視線を落とした。
新聞の見出しには、大きな文字であることが書かれていた。
『ロワール公国、集中豪雨による大規模な洪水被害』
机の上に置かれていたアレクシスの拳に力が入った。
「あの女は一体、何者なんだ……?」




