21 フルール・グロリアの末路
「やっとできたわ!!!」
数日後、フルールは完成したデザイン画を頭上に掲げた。
歓喜に沸く彼女の目の下には大きなクマができている。
ベッドメイキングをしていた侍女長がパチパチと拍手をした。
「奥様、お疲れ様です」
「昨日徹夜したうえに三日連続で睡眠時間二時間だったから疲れたわ……」
ここ最近、フルールは夜もほとんど睡眠を取らずにリリカの結婚式のドレスデザインをしていた。
完成するまでは誰も部屋に入れるなと忠告するほど真剣だった。
「そういえば侍女長、何回か誰か訪ねてきたみたいだけど、一体誰だったの?」
「あ、そ、それは……」
ルースがフルールの部屋のことを訪れていたことを伝えようとした。
しかし、肝心なことを言う前にフルールによって止められた。
「まぁ、誰だっていいか。過ぎたことを考えても仕方ないし。大事な用ならまた来るでしょ」
「お、奥様……」
彼女はそのように言ったのには理由がある。
フルールは今、そんなことを考えている場合ではなかったのだ。
このときの彼女の頭の中を占めているのは、ただ一つ。
「今は……」
フルールの足元がふらつき始めた。
「寝たいわ……さすがにちょっと……」
「奥様……!」
沈んでいくフルールの体を、部屋にいた侍女が慌てて支えた。
「頑張り……すぎたかな……」
侍女の腕の中で、フルールは長い眠りに就いた。
***
その日、フルールは夢を見た。
真っ暗な広い部屋の中で、一人の女性がポツンとベッドに座っている。
彼女は涙を流していた。
「旦那様は今日もきっと、あの方のところにいるのね……」
暗い顔をした彼女が、ボソッと呟いた。
「以前よりもあの方のところへ行く頻度が増えたわ……どうして……もう私の元へは帰らないというの……?」
フルールは透明人間にでもなったかのように、目の前で泣く彼女をじっと見つめていた。
茶色い髪に、光を宿さない真っ黒な瞳。
これといった特徴の無い容姿のおかげで、すぐに気付くことができた。
ああ、この子は――
――原作小説の中のフルールだ。
原作では一切出てこないモブ以下の存在だったフルール。
ヒーローとヒロインが幸せを手に入れる過程で、彼女は多くの涙を流していた。
愛する夫は家に帰らず、愛人の元で暮らしている。
使用人たちからは冷遇され、社交界でも居場所はない。
おまけに実家の伯爵家も頼れない。
彼女は永遠に一人ぼっちだった。
それでも彼女はルースを信じていた。
彼だけは、絶対に自分を見捨てないのだと。
だが、その期待は他でもない彼自身の手によって崩れることとなった。
「――フルール、すまない。私と離婚してほしい」
「だ、旦那様……?どうしてですか……?」
ある日、久しぶりに家に帰ってきた夫から告げられた一言に、フルールは目の前が真っ暗になった。
何故、どうして、急に離婚だなんて。
前に帰ってきたときはいつものように優しくしてくれたではないか。
「君に何か不満があったわけではない。ただ、私には何を捨ててでも一緒になりたいと思う人ができてしまったんだ」
「だ、旦那様……」
それが長い間公私共に付き合ってきたアリアであることは、誰から見ても明白だった。
フルールは捨てられたくないという一心で彼に縋りつくが、ルースは残酷なまでに彼女を突き放した。
「私は彼女を伯爵夫人とする。このことは覆らない。いくらか手切れ金を渡すから、明日には家を出て行ってほしい」
「そ、そんな……」
絶望するフルールを置き去りに、彼は何の未練もなくその場を立ち去って行った。
その日から、フルールの生活は一変した。
ルースから渡された手切れ金は彼女を疎ましく思っていた使用人たちに横領されてしまい、彼女は着の身着のまま外へ放り出された。
「お前は一人野垂れ死にしとけ!」
「キャアッ!」
屋敷の執事が、彼女を強引に邸宅から追い出した。
フルールには帰る場所なんてなかった。
手切れ金も奪われてしまった今、彼女は路頭に迷うほかない。
「どうしてなの……?私が一体何をしたというの……?」
――私はただ、旦那様の傍にいたかっただけだった。
あの人からの愛が欲しかった。彼がいるから、愛人だって長い間黙認してきた。
捨てられたくなかった。
彼女は最後の力を振り絞って屋敷の前で彼が帰るのを待ち続けたが、邸を守る衛兵に見つかってしまった。
衛兵は彼女を追い出すだけでは足りず、彼女に暴行を加えた。
着ていた服をズタズタに引き裂かれ、フルールは裸のまま凍える夜に放置された。
その間、彼女は通りがかった男たちに次々と暴行を受けた。
「旦那様……」
それでも彼女はまだルースを待ち続けていた。
フルールにとってルースはいつだって自分を暗闇から救い上げてくれるヒーローだったから。
――しかし、彼女に夜明けは訪れなかった。
「……」
目が覚めたとき、フルールは泣いていた。




