18 悪役
小説の中には主人公とヒロインがいれば、二人の仲を引き裂こうとする悪役ももちろん存在する。
何故、彼らが存在するのか。
それは主人公とヒロインの恋路を盛り上げるために、必要不可欠だからである。
アレクシス・ウィンターベル公爵は、小説の中ではヒロインのアリアに横恋慕する男という立ち位置だった。
原作で、彼は化粧品事業で成功を成し遂げたアリアに興味を抱くようになる。
最初はただの興味本位だった。しかし彼女と深く関わっていくうちにヒロイン・アリアの聡明さ、純真さに強く惹かれ始める。
それからアレクシスはアリアに心から惚れ込み、何かと彼女の手助けをするようになる。
王国一の富豪とも呼ばれた敏腕経営者のウィンターベル公爵の力を借り、彼女の事業は急速に成長していく。
彼は彼女が喜ぶなら、何だってやってあげていた。
しかし、最終的にアリアはアレクシスではなくヒーローのルースを選ぶ。
アレクシスの初恋は永遠に報われないまま、彼はアリアを想い続け、生涯独身という道を選択することとなる。
(原作ではアレクシスは可哀相なキャラだったわ……フルールの次にだけどね)
アレクシスは読者からは二人の恋を邪魔する悪役として扱われていたが、今思えば悪役でも何でもない。
彼はただ愛する女性に尽くし、捨てられただけだった。
私がどうしてわざわざ原作に深く関係する彼を出資者に選んだのかって?
それは、彼が私――フルールと似ていたから。
(私ったら、どうしてこんなにも原作のフルールの心境を考えて胸が痛いのかしら……)
アレクシスはアリアを心から愛したが、結局報われることはなかった。
それはまるでルースを愛して最終的には捨てられてしまうフルールのようだった。
――アレクシスとフルール
立ち位置はまったく違うけれど、二人はほんの少し似ているかもしれない。
***
「まぁ、驚きましたわ。グロリア夫人にそのような技術がありましたのね……!」
「ええ、私が今着ているこのドレスは実際に私自身がリメイクしたものなんです」
翌日、フルールは定例的に開かれる夫人会に参加していた。
男爵家から侯爵家のご夫人たちがサロンに集まり、流行りのファッションや貴族の噂などの話をする。
(フルールはこれまでいつも会話に入っていけなかったっけ……だから夫人会の時間が憂鬱で仕方がなかったのよね)
元のフルールは気弱で臆病な性格だった。
彼女は流行に疎く、社交界でも友人がいなかったせいか、夫人たちの会話にまったくついていけていなかった。
話題を振られることもなく、毎回いないものとして扱われていたのだ。
それがフルール・グロリアという人間だった。
「グロリア夫人は器用なんですね……私にはそんなことできませんわ」
「ありがとうございます、こういうのは好きなんです」
そんなフルールが人が変わったように自分から話に入っている。
夫人たちはドレスのリメイク技術より、どちらかというとそのことに驚いているようだった。
数時間後、夫人会は終わり、夫人たちはそれぞれの迎えの馬車に乗り込んだ。
フルールもグロリア家の馬車に乗ろうとすると、ある人物に声をかけられた。
「――あの、グロリア伯爵夫人」
「あなたは……マイアード侯爵夫人?」
フルールに話しかけたのは、リリカ・マイアード侯爵夫人だった。
たしか、つい最近マイアード侯爵と結婚した元公爵令嬢だったはず。
「どうかなさいました?マイアード夫人」
「グロリア伯爵夫人、お話があるんです」
「マイアード夫人……」
リリカの真剣な顔つきにフルールは断ることができず、二人は近くのカフェに移動した。
***
フルールとリリカはカフェに入り、向かい合って座った。
数あるメニューの中から、二人は紅茶を一杯ずつ頼んだ。
リリカはお茶を一口飲んだあと、口を開いた。
「もうすぐ結婚式を挙げるんです」
「ええ、聞いていますわ」
リリカはフルールの三つ下で、夫の侯爵とは新婚だった。
数ヵ月後には大聖堂で盛大な式を挙げると聞いている。
「実は、その結婚式で……亡き母のウエディングドレスを着たいと思っているんです」
「まぁ……」
リリカは幼い頃に母親を亡くし、父親に男手一つで育てられた。
父は亡き妻の忘れ形見であるリリカをそれはそれは大切に育てた。
「そこで、夫人にドレスのリメイクをお願いしたいと思っているんです。謝礼はいくらでもします。どうか、お願いできませんか!?」
リリカは頭を下げた。
(ドレスのリメイク……)
リリカは元公爵家の令嬢で、今は侯爵夫人だった。
結婚式にはきっと多くの招待客が訪れるだろう。
そして、貴族には珍しい恋愛結婚で結ばれたことでも有名だった。
そのため、彼女が着たウエディングドレスは夫人たちの話題に上がる可能性が高かった。
「マイアード夫人、顔を上げてください」
「……」
ゆっくりと頭を上げたリリカに、フルールはニッコリ笑いかけた。
「もちろんです、喜んでお受けしますわ」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」
リリカは感激したように何度も礼を言った。




