15 前世の趣味
フルールの前世は二十代のごくごく一般的な女性だった。
一般企業で会社員として働き、休日には友人とカフェでお茶をする。
特に変わったところのない、いたって平凡な普通の女。
しかしそんな彼女にも、趣味と呼べるようなものが存在した。
――それが、ロリータファッションだった。
ロリータとは、レースやリボン、フリルをふんだんに使った可愛らしい服装のことである。
前世のフルールは、ロリータファッションにドハマりしていた。
毎日のようにロリータブランドのカタログを眺めては、実際に購入して家で着てみたり、ロリータモデルさんのSNSをチェックするのが日課だった。
ロリータを最初に見たときの衝撃は今でも忘れられなかった。
まるで物語に出てくるお姫様のような可愛い服装に、彼女の心は一撃で撃ち抜かれたのだ。
それからはロリータのお店へ実際に足を運んだり、自分でデザインすることにハマっていた。
(あのときはどうにも恥ずかしくて外で着ることだけはできなかったけれど……)
今世は違う。
社交界に赴けばロリータを着ている令嬢たちで埋め尽くされ、王都へ行けばロリータファッションのブティックが立ち並んでいる。
(何て素敵な世界なのここは……!)
フルールはキラキラと目を輝かせた。
彼女の好きが詰め込まれたこの世界に転生したのはまさに幸運としか言いようがない。
(小説の中に出てくる当て馬の本妻ってことだけは不満だけどね。異世界に転生できたのは不幸中の幸いってところかしら)
そのことを考えると、この生活もあまり悪いものではないかもしれない。
フルールの境遇をあれほど悲惨にしたことだけはマジで作者恨む。
驚きのあまり瞬きすること忘れていた侍女長が、口をあんぐり開けたまま彼女に尋ねた。
「ブ、ブティックを開くだなんて……奥様、本気なのですか?」
「もちろん本気よ、私が冗談を言うような人間に見えるのかしら?」
「い、いえそういうわけでは!」
侍女長は大慌てで首を横にブンブン振った。
少しでも機嫌を損ねたら首が飛ぶとでも思っているのだろうか。
いくらこれまでの扱いに不満があるとはいえ、そこまではしない。
(前世の趣味がこんなところで活かされるなんてワクワクするわ)
アリアは化粧品に強い関心を持っていたから、化粧品事業で成功した。
結局、自分の好きなものなら本気になれるということだろう。
フルールは前世でロリータファッションに強く興味を持ち、その分野には詳しかった。
そしてこの世界では、女性たちのファッションはロリータが主流だった。
「奥様……その起業すると言っても一筋縄ではいきません。資金調達もしなければいけませんし……」
「そうね、そこが一番の問題だわ」
フルールは実家は裕福だったが、彼女が自由に使えるお金は一銭たりともない。
起業するから出資してほしいとフルールが言ったところで、馬鹿にされるだけだろう。
(ルースにはあんな簡単に出資したくせに……)
だからといって、夫であるルースに頼み込むわけにもいかない。
彼のお金は元はといえば、レスティア伯爵家のものだった。
(あんな人たちのお金を使ったら、成功したときたかられるに決まってるわ……)
そのため、フルールはルースのように出資者を見つけなければならなかった。
彼女はその日、寝る間も惜しんで一晩中考え込んだ。
「……そうね、こうなったら出資者はあの人しかいないわ」
そして、ある人物に近いうちに会いに行くことを決めた。
***
数日後、フルールはその人物の邸宅へ赴いていた。
翌日に彼宛てに手紙を書き、色よい返事をもらえたたった二日後のことだった。
グロリア伯爵家の家紋の刻まれた馬車から下りたフルールは、目の前に広がる大豪邸に足がすくんだ。
「すっごく大きい家……一体いくらするのかしら……」
グロリア伯爵家の倍はあろう本邸に、大きな庭。さらには敷地内に別邸まで。
一体どんな大富豪がここに住んでいるのか。
邸宅の前で立ちすくんでいた彼女を、屋敷の老齢の執事が出迎えた。
「グロリア伯爵夫人ですね、旦那様からお話を伺っております。旦那様の元まで案内しましょう」
「はい、よろしくお願いします」
フルールは一礼したあと、執事の後ろをついて歩いた。
彼女が通されたのは邸の中の客間だった。
「旦那様は中にいらっしゃいます」
「は、はい……」
執事が扉を開けると、中に一人の若い男が座っていた。
漆黒の髪に、海を切り取ったかのような青い瞳。百八十を超えるであろう長身と、鍛え上げられた身体。
精悍な顔立ちは、目を合わせた者たちに恐怖を与えた。
フルールは緊張で足が震えながらも、彼の前でカーテシーをした。
「は、初めまして……ウィンターベル公爵閣下」
「……」
それは、長者番付で五年連続一位を記録した世紀の大富豪――アレクシス・ウィンターベル公爵だった。




