空っぽの机に温もりを
普段はバレンタインだなんて、リア充だけが満足できるようなくだらないイベントだと思っていた。
そんなものとは極めて無縁な俺、松下光は、いつもと違ってどこか浮き足立った空気が漂う教室の隅で、何食わぬ顔をして昼休みを過ごしていた。
そんな斜に構えたプライドにいつも巻き込んでしまっているのが、友人の矢上翔太である。
「翔太は他の輩と違って何も緊張感なしに接せるから楽だよ。助かる」
「お前はバレンタインとかどうでもいいだろうからな」
翔太は陰キャの俺と比べると、少しつり目だが顔は整っている。こいつの方がよっぽど可能性はあるはずだ。
けれど、こうして俺の隣でいつも通り弁当を広げているところを見ると、やっぱり安心する。
「とか言いながら、実は俺、光に渡すもの用意してるんだよね」
「おーマジか」
ちょうど弁当を食べ終わった俺の脳は甘いものを口にすることを期待していた。
だが、翔太が出したものはスマホだった。
「問題」
「えっ」
「バレンタインだがお菓子はないぜ。その代わりウミガメのスープだ」
「あーはいはい、なるほどね。まあいいや。どんとこい」
結局そうなるよな、とどこかでほっとしている自分がいる。
「よし、問題。高校生の光は、朝学校に来て靴箱を見たら、チョコが4つも入っていた」
「な、なんだよその問題。登場人物、絶対俺を出すべきじゃないだろ」
「そこで、友人の翔太君に4つも入ってることを褒められたが、光はがっかりした。どうして?」
「その中に本命がなかったから」
「お前、欲あるじゃん」
「ねえよ」
ケラケラと笑う翔太のえくぼがやけに楽しそうだ。
「じゃあ、8個貰う予定だったから」
「急に欲深くなったな。なんだ予定って」
「チョコなんて要らねえってスタンスだから」
「私情が入りすぎだぞ光」
「高校のルールがめっちゃ厳しくて、生活指導が死ぬほど怖かったから」
「まあ高校は俺らと同じここの高校ってことにするか」
「チョコアレルギー!!」
「よくそんなポンポン思いつくな。どれも不正解だけど」
「答えは、靴箱にあるべき上履きが入ってなかったからだよ」
「急に現実的だな」
「……ウミガメのスープなんて基本そんなもんだ」
「ちょっと待てよ、想定解以外のもう1つを思いついた」
「お? 教えてくれよ。俺を納得させられるかな」
「お前、登場人物は光と翔太だって言ってたけど、俺らとは限らないもんな。そのヒカルさんって言うどこかの誰かが、渡すためのチョコを5つ作ったけどいつの間にか4つに減ってたから、とかもありえるくね?」
「なるほど。凄い、納得した」
「だろ?」
翔太はいかにも感心した、と言った表情を見せたが、すぐにしかめた。
「ただ、作ったものをロッカーにしまうって言うのは中々ナンセンスだな。あと義理チョコならいいけど本命を5つ作ってるかもしれないのが面白いな」
「そりゃねえよ。どんな神経してるんだそいつ」
2人で笑う。
くだらない。
でも、こうして笑っていられる時間は少しも嫌いではない。
「ところで光、机の中をもう1回確認しなくていいのか?」
「しねえよ。ってか、さっきからコソコソ確認してたのバレてたのかよ」
言いながら、またしても中に入れた指先がほんの少しだけ机の縁に触れる。
何も入っていないことは、飽きるほど実感したはずなのに。
それでも、もしもの可能性なんてものを、ゼロにできない自分がいる。
それを見透かされているのが、妙に恥ずかしい。
だが、不思議と嫌じゃなかった。
「まあいいや。今年はこれで十分だろ」
翔太がスマホをしまいながら言った。
「チョコはなくても、暇つぶしにはなっただろ?」
「まあな。楽しかったよ」
「来年は本命もらえるといいな、光」
「うるせえ」
小刻みに笑いながら席に戻っていく背中を見て、俺は小さく息を吐いた。
甘い匂いなんて、どこにもない。
けれど、さっきまでの他愛のないやり取りを思い返すと、胸の奥が少しだけ温かい。
机の中は空っぽのままだ。
それでも、胸の奥は少しだけ埋まっていた。
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