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第8話

『今日未明、元交際相手の女性に暴行を加え殺害したとして、23歳の男が逮捕されました。容疑者は調べに対し……』


 つけっぱなしにしていたテレビから、無機質な音声が流れ続ける。一見平和に見えるこの町でも、暗いニュースは後を絶たない。誰かの心身を深く傷つけ、その人生を奪っておきながら、のうのうと生き長らえている人間が世の中にはたくさんいる。早凪(さなぎ)はそれが許せなかった。


 早凪が犯罪者を憎んでいるのには、理由がある。


 それは、早凪が中学2年生の時のこと。クラスではある女子生徒グループによるいじめが横行していた。いじめに遭っていたのは早凪ではない。早凪の友人だ。


 友人は物静かで絵を描くことが好きな、ごく普通の少女だった。ただほんの少し容姿が特徴的だというだけで、いじめっ子に目をつけられてしまったのだ。友人が受けた仕打ちは、目を背けたくなるほど残酷なものだった。


 早凪はなんとかして友人を助けようと考えた。しかし、いざいじめっ子を前にすると足がすくんでしまう。大人の力を借りようと担任に相談したが、はぐらかされてしまった。結局、早凪は表立っていじめを止めることはできず、見ていることしかできなかった。


 早凪以外に、友人を助けようとする者は誰一人いなかった。みんな、自分に矛先が向くのが怖かったからだ。早凪はクラスメイトたちを責められなかった。友人を助けられなかったという点では、早凪も彼らと同じだからだ。


 やがて、友人は学校に来なくなった。ようやく事の重大さに気づいた担任は、友人の家を訪問するようになった。それでも既にかたく閉ざされていた友人の心が、再び開かれることはなかった。


 最終的に、加害者の生徒たちはそのまま学校に留まり、被害者である友人は転校していった。その後彼女がどうなったのかは、誰も知らない。


 自分があと一歩を踏み出していれば、何かが変わっていたかもしれないのに。どんなに後悔しても、時間が巻き戻ることはない。彼女を助けることができなかった。その事実だけが、早凪の心の奥に(くさび)のように残り続けていた。


  あれは「いじめ」などではない。暴行、脅迫、侮辱……れっきとした犯罪行為だ。ただ未成年だからという理由で、当時は見逃されていただけだ。「犯罪者」であるいじめっ子たちと、友人を救えなかった自分自身に対する憎しみが、日に日に膨れ上がっていった。


 正しい知識を身につけて、犯罪被害に遭っている人を守りたい。それこそが、早凪が法学部に進学した理由だ。もう二度と、同じ過ちを犯さないために。



 ある練習見学の日。早凪は集合時間を間違え、予定より1時間も早く到着してしまった。何をするでもなく、スタジオがある建物の入り口付近に立っていた。朝から何も食べていないから、お腹が空いてきた。しかし昼食をとるには早すぎる。どうするべきか……


「早凪」


 その時、背後から名前を呼ぶ声がした。早凪のことを呼び捨てで呼ぶのは家族だけだ。最悪の可能性を想像し、早凪はゆっくりと振り返った。


 そこにいたのは(つかさ)だった。ひとまず、最悪の事態は免れたようだ。早凪はほっと息をつく。


「顔色が悪い。飯はちゃんと食っているのか?」


 司はムッとした表情のまま、早凪の目の前に何かを突きつけた。布にくるまれた弁当箱のようだった。


「今、ここで食え」


 早凪は耳を疑う。しかしこの状況で拒否したら、何をされるか分からない。早凪は大人しく弁当箱を受け取り、近くのベンチに座った。司も距離をあけて隣に座った。


 きちんと結ばれた布を慎重に解いていく。姿を現したのは、早凪が使っているものよりひと回り大きい弁当箱だった。蓋を開けると、白米に加えて鶏肉のソテーやゆで卵などがぎっしりと詰まっていた。食べ盛りの男子高校生が食べるような、炭水化物とタンパク質尽くしの弁当だ。


「いただきます……」


 早凪は丁寧に手を合わせ、ソテーを一口食べてみた。おいしい。濃すぎず薄すぎず、ほどよい味つけだ。早凪がうなずくと、司はわずかに口角を上げた。


 少しずつ口に運びながら、早凪は尋ねた。


「あの……なんで、私の名前……」


桜太郎(さくたろう)のやつが、会うたびに貴様の話ばかりするからな」


 桜太郎の名前を出され、心臓がドキドキと脈を打つ。しかも、自分の話をしてくれていたなんて。恥ずかしいようなくすぐったいような、妙な感覚だ。早凪は照れくささのあまり、話題をそらそうとした。


「そういえば司さんの家は、お医者さんの家系って聞いたんですけど」


「そうだな。兄貴は医学部に通っているが、俺様は……」


 司はそこで言葉を切ると、しばらく黙り込んだ。悩んでいるようにも見えた。


「……って、なぜそれを貴様に教えねばならんのだ!」


 突然、司は叫んだ。女性の声とはいえ、やはり怒鳴られると恐怖で身体がこわばってしまう。それに気づいたのか、司は小さな声で「すまん」と謝った。


 そこで、早凪の中に疑問が生じる。


 例えば、この前もらったドーナツ。早凪が見学に来ることを知らなかった可能性も高いのに、早凪のためだけに用意したとは考えにくい。他の誰かのために持ってきていたドーナツを、たまたま早凪を見かけて渡したと考えるほうが自然だ。あれだけの量のドーナツを喜んで受け取ってくれる人物といえば、早凪の知る限りでは1人しかいない。


 この弁当もそうだ。早凪には多すぎる量。タンパク質中心のメニュー。本来桜太郎のために作ってきたものだと考えると、全て辻褄が合う。


 そもそも、なぜ司はライブや練習場所に毎回タイミングよく現れるのか?


 数々の違和感が、頭の中でひとつに繋がる。


 まさか、司は桜太郎のことが……


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