第六話 黒蛇
忠犬が獣人の少女を拾ってから、一年の時が過ぎた。
小鼠は意外と役に立ち、忠犬とはすっかりバディになった。
今じゃ、どんな依頼にもチョロチョロと着いていくようになったほどだ。
そして、同時に生意気にもなった。
「……あのな小鼠。これでも奮発してるんだ。なあ、忠犬」
俺はため息混じりに、報酬の入った袋を机に置いた。
相変わらずの沈黙。
だが、隣で口やかましい小鼠がその静寂を裂いた。
「いい加減にしてください、仲介人さん! あなたはもっと適正な報酬を御主人様に渡すべきです。
あと、小鼠はやめて!私はリスの獣人だって何度も言ってるでしょ!」
かつての腰巾着は、今や立派なバディ兼マネージャー気取りだ。
俺は彼女を無視し、冷めた視線を投げ返す。
「いいか。俺たち仲介人は、仕事を『わざわざ』探し、『わざわざ』交渉してやるんだ。手間賃を毟り取る権利はあるだろ。
わかったら、そのチューチューうるさい口を閉じろ小鼠」
俺はわざと、彼女が嫌がる言葉を混ぜて突き放した。
「それに、ネズミもリスも、分類上は似たようなもんだ。囓歯目の区別なんて、俺には必要ない」
「中抜きが大きすぎると言ってるんです! 囓歯目とか、また変な言葉で誤魔化して!」
生意気な口を叩くようになったものだ。
以前、数字を教えた際の理屈を俺への反論に使うとは、皮肉な話だ。
「それにだ。オレはお前とじゃなくて忠犬と交渉しているんだ。お前が口を挟む余地はない」
「……うぐぐ」
小鼠は悔しそうに引き下がった。
所詮ただの小鼠だ。日頃からでっぷり太った卑しい権力者の豚どもとの舌戦に慣れてる俺の敵じゃない。
俺は当事者の参加しない不毛な言い合いを切り上げ、本題の書状を広げた。
「口やかましいのは黙らせた。本題だ。今回の依頼は、忠犬、お前でも骨が折れるぞ」
机に置いたのは、国家の紋章が刻印された極秘の書状だ。
「大悪党『黒蛇盗賊団』の暗殺。奴らは国宝を狙い、騎士団の面子を泥で塗りつぶした。これは国家からの直接依頼だ。つまり、正規兵じゃ手に負えなかった汚れ仕事を、俺たちに回してきたってことだ。
……心してかかれ」
「……盗賊」
小鼠の瞳に、一瞬だけ昏い色が宿る。
こいつの過去に何があったかなど俺の関知するところじゃないが、どうやら浅からぬ因縁があるらしい。
「で、でも……騎士団がダメだったのに、御主人様一人で行かせるなんて……!」
「できる。……だろ、忠犬」
俺が問うと、忠犬は音もなく立ち上がった。
フードの奥、その瞳に宿る静かな決意。この男が依頼を断ったことは、これまで一度だってない。
「報酬は金貨1000枚。……交渉成立だ。頼んだぞ、忠犬」
「私も行きます! 絶対に!」
相変わらず口うるさい小鼠だ。
俺が内心苦笑していると、忠犬は反対も肯定もせず、ただ少女の頭に大きな手を置いた。
二人が地下室を出ていくのを見送りながら、俺は不味い安酒を煽った。
――――――――――
二人が出ていったのを確認し、俺は手元に残った分け前を数える。
……これでしばらくは、あそこへの支払いが滞ることはない。
「……いつまで、持つか」
どれだけ金を焚べても、決して満たすことのできない過去という名の空洞。
それが単なる気休めに過ぎないことは分かっている。
だが、その無意味な希望に縋ることすら止めてしまえば、俺をこの現世に繋ぎ止めるものは何もなくなってしまうのだ。
ふと思い立ち、俺は懐から古びた小箱を取り出した。
中に収まっていたのは、安物の、だが丹念に磨き上げられた一輪の銀の指輪だ。
これを質に入れれば、もう少しはましな酒が買えるだろう。
だが、この銀の輝きを手放す時は、俺が俺であることを辞める時だと決めている。
普段、これを指に嵌めることはない。
血と埃にまみれた俺が嵌めれば、この輝きさえ黒く濁りそうで。
……ただそれだけが、今の俺に残された最後の潔癖だった。
煤けたランプの下で鈍く光るそれを眺め、再び丁寧に箱へと戻す。
大事に懐の奥へしまい込んだ瞬間、不意に、部屋の空気がわずかに冷えた気がした。
扉の向こう、夜の闇に消えていった二人の背中が、妙に小さく見えたのは気のせいか。
「……チッ」
ざわつく胸を黙らせるように、俺は不味い安酒を煽った。
喉を焼く痛みだけが、今の俺に許された唯一の贅沢だった。
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