第四話 共犯
「……依頼だ。……なんだ、そいつは」
机の上に依頼書を置こうとして、俺の指が止まった。
目の前に立つ忠犬の背後。
ボロボロのローブの裾から、ふさふさとした毛並みの尻尾がぴょこぴょこと揺れている。
隠れているつもりだろうが、丸見えだ。
先日拾ってきた、俺が小鼠と呼んでいた、あの獣人のガキだった。
「……」
忠犬は何も答えない。
だが、小汚いフードの奥で、あいつも少し困ったように肩を落としたのが見えた。
あの寡黙な死神が、こんな人間臭い仕草を見せるのは初めてだ。
俺は呆れを通り越し、少女に釘を刺す。
「ここは遊び場じゃない。ガキはとっとと帰れ」
「……危ない仕事だってのは、わかってる」
少女は忠犬の影から顔を出し、俺を睨み返した。
喋らない忠犬の「仕事」の中身を、どうやって理解したのかは知らん。
だが、その瞳に浮ついた様子はなかった。
「役に、立ちたいの。私、耳とか尻尾のせいで、まともな所じゃ働けないから。
……せめて、御主人様を手伝いたい」
「御主人様?」
思わず聞き返すと、忠犬がわずかに身を捩った。
……ほう、こいつをそう呼ばせているのか。
少女は一歩前に出て、決意の籠もった視線で俺を見つめる。
「獣人は、受けた恩は必ず返す。……裏切ったりしない」
……少し考える。
獣人は人間より遥かに身体能力が高い。優れた嗅覚や聴覚は、先行調査にはうってつけだ。成長すれば優秀な駒になる。
何より、忠犬への恩義で動いているなら、寝返って情報を流すリスクも小さい。
「……」
いつもなら置物のように立っているだけの忠犬が、一歩、俺の方へ身を寄せた。
無言のままではあるが。
だが、その動きは少女の意志を――あるいは同行を、肯定しているように見えた。
組織の誰と組ませても相手が音を上げて長続きせず、単独でこなしてきたこいつが、だ。
「危険な仕事だ。人が死ぬところも見るだろうし、お前自身が死ぬ可能性もある。……これが最後の機会だ。消えろ」
「……いや。やりたいの……!」
少女は頑として動かなかった。
その鋼のような意志の強さは、この業界で生き残るための最低条件だ。
「……はぁ、仕方ない。忠犬、お前が管理しろ。足手まといになるようなら、その時は容赦なく切り捨てる。いいな?」
「やった……!」
ぱっと顔を輝かせる少女。忠犬はその頭を、大きな手で無造作に撫でた。
情に流されたわけじゃない。俺はただ、使える駒を一つ増やしただけだ。
「ありがとう、おじさん!」
「……おじさんだと?」
この無礼な小鼠の教育も、どうやら必要らしい。帰ってきたら叩き込んでやろう。
……教育か。
俺は湧き上がる頭痛を安酒で流し込み、本来の用件を机に叩きつけた。
「脱線したが、今回の依頼だ。内容は『荷物の運搬』。中身は決して見るな。概要は――」
――――依頼の説明と前金を渡して、忠犬はこの地下室を出ていく。
そして、背中を向け、チョロチョロと忠犬の後を追う少女。
その姿は、まるで大きな野良犬に付いていく「小鼠」そのものだった。
……それにしても。あいつ、自分のことを『御主人様』と呼ばせているのか。
忠犬の意外な趣味を知ってしまい、俺は不味い安酒をさらに煽りたくなった。
※勝手に呼んでるだけです。




