第二話 小鼠
「……」
深夜、地下室の錆びた扉が、耳障りな悲鳴を上げて開いた。
そこに立っていたのは、いつも通りボロボロの黒いローブを纏った男。
そして、その腰元には、泥に汚れた「何か」がしがみついていた。
「おい、忠犬。……何を連れ帰った」
問いへの答えはない。ただ、その「塊」が怯えたように俺を覗き返した。
よく見ると、少女だ。煤けた茶の髪に獣の耳、ふさふさとした尾。滅んだ町の生き残り――獣人だ。
「……教会へやっても、明日には奴隷商に売られるだけだぞ」
この世界で、異端のガキを無償で育てる余裕などない。弱者に余裕がないのは、いつの世も同じだ。
少女は忠犬の影に隠れ、小刻みに震えている。
喋らないくせに小動物に好かれるのは、こいつの天性か。あるいは、同じ「獣」としての共鳴か。
「こいつは面倒だな……」
「……」
フードの奥の視線が、暗に『何とかしろ』と俺を急かしているように見えた。
「……はぁ。わかった、わかった。獣人の国に戻れるよう、死なない程度には手配してやる」
俺が吐き捨てると、少女――小さなネズミのように見えたため小鼠とでも呼ぼうか――小鼠の耳が微かに揺れた。
これは決して情などではない。
俺にとっての最重要資産である「忠犬」が、こんな子ども一人のせいで失う方が損失が大きい。
ただの先行投資だ。
忠犬は何も言わず、机の上に「血塗られた金属片」と「切り落とされた獣の角」を無造作に置いた。
報告書などという上等なものは、こいつには似合わない。
現場から剥ぎ取ってきた不確かな証拠、それが俺への報告だ。
代わりに俺は、梟(情報屋)から届いたばかりの調査書を広げる。
現場に出ない俺にとって、それが唯一の「目」だ。
「……ほう。面白い。梟の報告と、お前が持ってきたこの『角』が繋がったぞ」
角の根元には、見るに堪えない不自然な縫い跡があった。
角に埋め込まれていたのは、魔力を強制的に活性化させる『暴走の魔石』。
そして金属片には、この国の軍部御用達の工房の刻印。
「害獣駆除の依頼を隠れ蓑にした、新兵器の性能テストか。……随分と、俺たちを安く見たものだ」
俺は鼻で嗤った。
忠犬が命を懸けて狩ったのは、天災ではない。
欲深い人間が作り出し、町へ放った「失敗作」だったというわけだ。
「よくやった、忠犬。これは報酬だ。……身なりに少しは気を使え」
金貨袋を放る。忠犬はそれを無造作に掴み、懐へと押し込んだ。
かなりの出費だが、それ以上の報酬をすでに確信している。
これから毟り取る『口封じの代金』に比べれば、こんなものは雀の涙だ。
「しばらく依頼はない。休暇を楽しんでおけ」
俺は、この証拠を『換金』しに行ってくる。
群がり、集り、脅し、毟り取る。
それが「蝿」の仕事だ。
あとは……ついでに、あの小鼠の処遇も考えておくか。




