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魔眼の勇者の帰還 ──現実世界でも最強です。  作者: 猫撫子


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8/14

追跡

※8話から文字数を増やして投稿します。





報告を聞いた藤堂ミナは、手にしていたタブレットを机に置いた。


ガラス越しに差し込む夕陽が、オフィスの無機質な壁を赤く染めている。

ここは政府直属の特異能力取締機関──対能局、本庁舎第七監視課。

彼女はまだ二十代半ばだが、現場上がりの分析官として頭角を現していた。


「座標は?」

「東京・多摩地区。昨日と同じエリアです」

「……偶然とは思えないわね」


地図上の一点をミナは指でなぞる。

そこは、数日前に報告が上がった“異常な反応”の中心地点。

人影の一切映らない映像データ、途切れた音声ログ、焼け焦げた街路樹。

そして──残された生体反応ゼロの特殊班員三名。


「残留エネルギーの分析は?」

「はい。既存の能力者とはパターンが一致しません。

 出力値が……桁外れです。上限設定を振り切っています」

「振り切る……?」

「スカウターのバグじゃありません。リセットしても同じ数値が出ます」


ミナは眉をひそめた。

バグではない。何かが、本当に“限界を超えている”。

常識的に考えればありえない。

だが、現場からの報告書はどれも一貫していた。

──黒髪の少年。

──年齢は十代半ば。

──素手で、銃を持った特殊班を無力化。

──殺さず、しかし二度と戦えない程度に叩きのめした。


「おそらく、意図的に泳がせてる」

「は?」

「私たちをね」


ミナは薄く笑った。

その笑みには恐怖と、ほんの少しの興奮が混ざっていた。

分析官としての直感が叫んでいる。

この少年は、自分たちの監視を“理解した上で遊んでいる”と。


モニターに映るのは夜の街角。

人の流れの中を、黒いパーカーの少年がゆっくりと歩いていた。

表情は穏やかで、どこか退屈そう。

だが、その瞳の奥に走る一瞬の光を、ミナは見逃さなかった。

「……光った?」

カメラが一瞬ノイズを走らせ、次の瞬間──映像は真っ黒になった。


「また切れた!」

「回線が焼かれたようです! 物理的損傷!」

「物理的に? ありえない……!」


モニターの列が次々にブラックアウトしていく。

部屋の明かりが落ち、非常灯の赤い光が揺れた。

ミナの手が震える。

だが、逃げ出す部下を押しとどめ、静かに命じた。

「現場班、出動準備。……彼を“視認”できるのは今夜が最後かもしれない」


──同時刻。

多摩の商店街裏。

雨が降り出し、アスファルトに濡れた街灯の光が滲んでいた。

リクはコンビニ袋を片手に、空を見上げていた。

雨粒が髪を濡らすたび、静かに笑みを浮かべる。

「やっぱり、来てるな」


女神からもらった七つの魔眼のうち、

リクはひとつを“感知”に使っていた。

正確には、世界の“視線”を感じ取る力。

監視カメラも、人間の視線も、彼には全部わかる。

だから──ここ数日、自分が誰かに観察されていることも知っていた。


(退屈しのぎにはなるか……)

口元を吊り上げ、ゆっくりと歩く。

雨の音に紛れて、遠くからタイヤの軋む音がした。

黒塗りの車三台。

窓の奥に見えるのは防弾ベストの影。

「……来たな」


リクは立ち止まる。

コンビニ袋を電柱にかけ、両手をポケットに突っ込んだ。

そして、車のライトが彼を照らす。

一台目のドアが開き、黒服の男が三人降りてくる。

「動くな! 対能局だ!」

「手を上げろ!」


リクは笑った。

「上げたら撃つだろ」

「……何?」

その瞬間、彼の姿が掻き消えた。


男たちが何が起きたのかわからないうちに、

地面に叩きつけられていた。

空気が弾け、アスファルトが波打つ。

リクがゆっくりと歩み寄る。

「俺に銃向けるの、あんまり良くないと思うよ」

片膝をついた男の銃口を指先で軽く弾く。

金属が潰れるような音。

銃身が、紙のように捻じ曲がった。


「う、うわぁああっ──!」

叫びながら撃とうとするもう一人の腕を軽く掴む。

バキッ。

悲鳴。

だがリクは淡々としていた。

「痛いのは嫌だろ。……だから、ここでやめとけ」


残った一人が震える手で通信機を握る。

「班長っ! 対象、止められません! 止め──」

ブツッ。通信が途切れた。

リクが笑いながら、自分の手の中に小さな電子部品を弄んでいる。

「盗聴は嫌いなんだ」


夜風が吹き抜け、雨が止む。

沈黙。

リクは倒れた男たちを見下ろし、軽く首をかしげた。

「……本気で来たわけじゃないよな。お前ら」

返事はない。

彼はため息をつき、

「まぁ、いいや」と呟いて歩き出した。


その瞬間、遠く離れた監視室。

藤堂ミナのモニターに、

“黒い瞳の少年がこちらを見て笑う映像”が一瞬だけ映った。

「っ……!」

心臓が止まりそうになる。

画面越しのはずなのに、

まるで自分の心を覗き込まれたような感覚。

「こっち、見た……?」

次の瞬間、すべてのモニターが一斉にブラックアウトした。


暗闇の中、ミナは息を呑む。

震える指で眼鏡を押し上げながら、呟いた。


「彼は──人間、なの?」



雨が上がった夜の街は、静まり返っていた。

街灯の光に照らされる道路には、

壊れた車と、倒れた男たち。


その光景を遠隔モニターで見ていた藤堂ミナは、

唇をかみ、ヘッドセットに声を落とした。

「……全隊、退避。追撃禁止。現場収拾を最優先」

返答はない。

通信はすべて途絶していた。

彼女の指が震える。

それでも、視線はモニターを離さない。


「君は……何者なの」

その瞬間、黒いノイズの中で映像が再び繋がった。

モニターの中央に、

黒髪の少年が立っていた。

リクだった。


カメラ越しのはずなのに、

ミナは“気づかれた”と直感した。

次の瞬間、リクが軽く指を弾く仕草をした。

パチン──。

部屋の蛍光灯がすべて弾け飛んだ。


真っ暗な室内に、赤い非常灯が灯る。

照らされたスクリーンに、リクの輪郭だけがぼんやりと浮かんでいた。

「……対能局か」

スピーカーから、直接声が聞こえた。

マイクはオフにしている。

なのに、声が届いている。

「やっぱり、監視されてたんだな」


ミナの全身に冷たい汗が流れた。

彼はどこにいるのか。

モニターの中なのか、外なのか、

もはや判別がつかない。

「あなたは……能力者なの?」

恐怖を押し殺して、問う。

少しの沈黙。

リクは笑った。

「さぁ。そう呼ぶなら、それでいいんじゃない?」

「目的は……何?」

「うーん……暇つぶし?」


言葉が出なかった。

目の前の存在が、本気でそう言っているのがわかる。

この少年にとって、彼らの命も、監視も、

ただの“退屈しのぎ”にすぎない。


ミナは思わず口を噛んだ。

こんな存在が自由に動いていたら、

国家がどうとか、秩序がどうとか──

そんな理屈は一瞬で崩れる。

「……私たちを、敵に回す気なの?」

「敵? 違うよ」

リクの瞳が画面の奥で光る。

漆黒の魔眼。

その光は、まるで魂そのものを覗くようだった。

「君たちなんて、俺の世界にはいなかったから。

 ちょっと、珍しくてさ」


「異世界……?」

ミナの脳裏を、ありえない単語がよぎる。

だが、彼女はすぐにその思考を振り払った。

「そんな馬鹿なこと──」

「信じなくていいよ」

リクは肩をすくめ、画面の向こうで空を見上げた。

「俺はもう、あっちの世界の用事は全部終わった。

 こっちはこっちで、のんびり生きてるだけ」

「“終わった”?」

「魔王を倒した。──そんな昔話、信じないだろ?」


ミナは息を呑んだ。

ふざけたような口調なのに、

その言葉には、確かに“真実の重さ”があった。

どんな嘘でも、声には温度がある。

そして今の彼の声は、

冷たく、静かで、果てしない虚無を含んでいた。


リクは手を振った。

「ま、心配すんな。別に悪さする気はない。

 ただ──誰かを傷つける奴がいたら、俺は止めるだけ」

その一言に、ミナの心臓が跳ねた。

「それは……正義感?」

「さぁ? 俺の女友達が泣くのが嫌なだけだ」

ミサキの顔が脳裏をよぎる。

ふっと微笑み、リクはモニターに顔を近づけた。


「でも──お前たちは面白いな。

 この世界、思ったより“強い奴ら”がいる」

「……あなたには、勝てない」

「だろうね」


その言葉を認めるように、リクは軽く笑った。

しかし、その笑みはどこか寂しかった。

戦うことに飽きた人間の、それに似た影。


沈黙のあと、ミナは意を決して口を開いた。

「あなたのことを、調べてもいい?」

「好きにすれば。止めやしないよ」

「でも、あなたは私たちを壊せる」

「壊さないよ。……今のところはね」


リクがその言葉を残した瞬間、

モニターがふっと消えた。

そしてオフィスの窓の外、

夜空の下に、ひとつの影が立っていた。


藤堂ミナはゆっくりと振り向く。

そこに、黒髪の少年がいた。

ガラス一枚を隔てた距離。

なのに、存在そのものが“こちら側”にあるように感じた。

「……どうやってここに──」

「歩いてきただけだよ」


彼は微笑んで、指を唇に当てた。

「このことは、内緒な」

次の瞬間、風が吹き抜け、

リクの姿は消えていた。

残ったのは、机の上に置かれたひとつの缶コーヒー。

ラベルには、手書きでこう書かれていた。

『仕事、頑張れ』


ミナはしばらく立ち尽くしていた。

胸の鼓動が止まらない。

恐怖か、それとも好奇心か。

「……彼は、神なの?」

誰にも聞こえない声で呟いたとき、

夜明け前の空が、わずかに白み始めた。


その頃。

リクはコンビニの前でベンチに座り、空を眺めていた。

「ふあぁ……。ああいう堅物、嫌いじゃないんだよな」

コーヒーを飲み干し、

朝焼けに向かって伸びをする。

「さて、今日はミサキが来る日だったな。

 ……掃除しとくか」

彼の瞳に、一瞬だけ黒い光が宿った。






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