監視者たち
午前六時。
東京都心の一角にある、どこにでもあるようなオフィスビル。
だが、その地下五階――そこが“国家の影”と呼ばれる場所だった。
【特異能力取締局(通称・対能局)】
一般には存在しないはずの組織。
その目的は、能力者の監視・管理・排除。
人知れず“力”が暴走することを防ぐために。
モニターが並ぶ作戦室で、一人の男がレポートを読み上げていた。
「昨夜二十三時、港区の廃ビル跡地にて小規模な能力者抗争が発生。
所属は“焔のギルド”と“鉄牙連合”。しかし現場到着時には両者とも気絶状態」
「映像は?」
局長席から低い声。
スクリーンに現場の防犯カメラ映像が映る。
火花。爆炎。
そして――唐突に、沈黙。
「……?」
「炎が、突然消えた?」
「結界も崩壊しています。異常なエネルギー干渉を検知しましたが、発生源は不明」
「つまり“誰か”が介入した可能性が高いと?」
「はい。ただし、記録にはその人物の姿が――」
「……残っていない?」
「ええ。完全に欠落しています」
室内に重苦しい空気が流れる。
誰かが呟いた。
「まるで、“神隠し”みたいだな」
局長の男――神谷誠一は、鋭い眼光で映像を見つめる。
白髪混じりの短髪。軍人のような体格。
「現場の分析班は?」
「ただいま確認中。通常の能力反応とは一致しません。
……何か、異質です。能力というより、“力の概念そのもの”が違う」
「……馬鹿な」
神谷は無言で腕を組む。
「この日本で、未登録の能力者が暴れた。それも、既存の枠外……」
「新種の能力者、という可能性も?」
「あるいは――」
神谷は低く呟いた。
「“地球外”だ」
※
その言葉に、室内がざわつく。
「局長、それは……」
「ありえない話じゃない。記録には残っていないが、“何か”が確実に介入した。
それを説明できる理屈は、今のところ存在しない」
静寂。
壁際の女捜査官が口を開く。
「局長、調査班を立ち上げましょう。仮称――“ファントム案件”として」
「……許可する。人選は任せる」
「了解」
彼女の名は藤堂ミナ。
元・公安の分析官で、現場対応と情報解析の両方に長けている。
数々の異常事件を処理してきた彼女の目にも、今回は異様に映っていた。
(記録に残らない能力者なんて、聞いたことがない……)
彼女は無意識にペンを握りしめた。
夕方。
藤堂は現場へ向かう。
焦げたコンクリート。焼けた臭い。
しかし不思議なことに、炎の跡以外はまるで“浄化”されたように綺麗だった。
「……ここに、いたのね」
空気の密度が違う。
普通の人間なら感じ取れない“圧”が残っている。
藤堂は鳥肌を感じながら呟いた。
「こんなエネルギー反応、今までにないわ」
同僚の若手がタブレットを見せる。
「隊長、監視カメラの復旧映像が届きました」
「見せて」
映像には、廃ビル前の路地――一瞬だけ、影が通り過ぎる。
フードをかぶった黒髪の少年。
顔は見えない。
だが、通り過ぎた瞬間に“音”が消えた。
「……これが、犯人?」
「不明です。映像にはノイズが入り、AIも解析不能です」
「……人間、なの?」
呟きが、冷たい風に消えた。
夜。
局のモニタールーム。
藤堂は再生を繰り返す。
何度見ても、少年の姿は曖昧に揺らぎ、焦点が合わない。
「あなた……いったい何者?」
モニターの光が彼女の瞳に映る。
そしてその頃――
遠く離れた雑居ビルの屋上で、ひとりの少年が夜風に吹かれていた。
リク。
彼は無言で街を見下ろす。
灯りの海の中、どこかに“自分を探している視線”を感じながら。
「……見られてるな」
淡く笑みを浮かべる。
「まぁ、いいか。退屈しのぎにはなる」
夜風が吹き抜け、彼の黒髪が揺れた。
その瞬間、周囲の監視カメラが一斉にノイズを走らせ、映像が真っ黒に染まる。




