泣くなレイジ、これは俺の喧嘩だ(後編)
夜の街を抜け、リクはゆっくりと歩いていた。
顔に浮かぶ表情は、まるで感情を失ったように静か。
だが、その奥には、煮え立つような怒りが確かにあった。
「……ヤクザ、ね」
レイジから聞いた情報をもとに、リクは目を閉じる。
魔眼が一瞬だけ淡く輝き、視界の奥に“糸”のような気配が見える。
“血の匂い”と“恐怖の残滓”。
それを辿るように、リクは足を進めた。
辿り着いたのは、廃工場。
中から聞こえる下卑た笑い声と、瓶の割れる音。
「へへ……さっきの女、なかなかの上玉じゃねぇか」
「ビビって震えてやがったな。可愛がってやるか?」
その言葉を聞いた瞬間、リクの中で何かが“切れた”。
扉が音もなく吹き飛ぶ。
爆音ではない。
ただ、圧力で金属が“ひしゃげた”ような音が響いただけだった。
「……あ?」
「てめぇ誰だ」
リクは答えない。
代わりに一歩踏み出した瞬間、床が沈み、コンクリートが割れた。
そのまま一人の男の顔面を掴み、壁に叩きつける。
骨が砕ける音。
「ぎゃあっ……!」
その叫びも途中で止まった。
リクは無言で次の男の顎を掴み、拳で脇腹をえぐる。
「ぐほっ……!」
吹き飛んだ男が棚に突っ込み、鉄パイプが落ちてくる。
「おい! なんだこいつ……!」
残った連中が慌ててナイフを構えるが――遅い。
リクの身体は、まるで風のように滑らかに動いた。
腕を掴み、肘を逆方向に折る。
蹴りで膝を砕く。
顔を掴んで床に叩きつける。
誰も、一撃すら当てられない。
「ま、待てっ! 話を――」
「うるさい」
リクはその男の顔を掴んだまま、拳を突き出した。
鈍い衝撃とともに、男の意識が飛ぶ。
――沈黙。
工場の中には、倒れ伏した十数人の男たち。
全員が呼吸もままならず、呻き声だけが響いている。
だがリクの表情は変わらない。
「まだだ」
静かに呟くと、彼は右目の魔眼を開いた。
淡い光が走り、倒れた男たちの身体が震える。
折れた骨が元に戻り、血が止まる。
彼らは蘇生した――だが、それは救いではない。
「立て」
リクの声に、恐怖で震えながらも男たちは立ち上がる。
「ま、待ってくれ! もう嫌だ!」
「嫌でも立て」
言葉のたびに、空気が重くなる。
彼は再び拳を握り、無慈悲に叩きのめす。
何度も。
何度も。
男たちは倒れるたびに治癒され、再び痛みに引き戻される。
「死ぬより辛いって、知ってるか?」
リクの声は低く、冷たい。
「死ねば楽になれる。でもな……お前らには、その資格すらない」
その瞳には怒りも憎しみもなく、ただ“決意”だけがあった。
やがて、一人残ったヤクザのリーダーが崩れ落ちた。
「……も、もうやめてくれ……頼む……」
「お前が泣いても、あの子の恐怖は消えない」
リクはゆっくりと近づき、膝をつく。
「だが――これで終わりだ」
拳を軽く突き出す。
次の瞬間、リーダーの意識が真っ白に飛んだ。
工場の奥、縄で縛られていたミサキが震えながら見ていた。
「……リク、くん……?」
彼女の声に、リクは振り返る。
怒りが抜け、いつもの穏やかな表情が戻る。
「もう大丈夫だ。怖かったな」
優しく縄を解き、彼女の手を取る。
「……ありがとう」
その言葉を聞いて、リクは小さく微笑んだ。
外に出ると、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。
そこへ、血の滲む包帯を巻いたレイジが駆けつけてくる。
「リク! ミサキさんは……!?」
「無事だ」
「そ、そうか……よかった……」
レイジの目に涙が滲む。
だが、その横でヤクザたちが次々と外へ這い出してくる。
全員、生きてはいる。
ただ、心は完全に折れていた。
震える手で頭を抱え、うわ言のように「もうやだ」「怖い」と繰り返している。
リクは一度だけ振り返り、淡々と言った。
「俺は殺しはしない。でも……生きてる意味は、自分で探せ」
夜風が吹き抜ける。
リクの背中を見つめながら、レイジは呟いた。
「……あれが、本気のリク……」
ミサキは小さく震えながらも、リクの袖をそっと掴んだ。
その指先に宿るぬくもりが、かすかな希望のように感じられた。




