泣くなレイジ、これは俺の喧嘩だ(前編)
放課後の夕暮れ。
商店街の通りを抜けた先の細い路地は、昼間とは違う顔を見せていた。
街灯が点くにはまだ早いその時間帯は、ちょうど昼と夜の境目。
そんな中、ミサキは制服のまま、部活帰りの鞄を肩にかけて歩いていた。
「ふぅ……今日も疲れた」
軽く伸びをして、ふとスマホを取り出す。
画面に映るメッセージアプリの履歴には、“リク”という名前がある。
――つい数日前も、一緒に駅前で偶然会ったばかり。
少し不器用で、でもどこか放っておけない。
ミサキはそんな彼に、最近少しだけ目がいくようになっていた。
その時だった。
「おい、嬢ちゃん。いい時間だな。ちょっと遊んでいかねぇか?」
背後から響く声に、ミサキは思わず振り返った。
黒いスーツに金のネックレス。腕には刺青。
どう見てもただの不良ではない――ヤクザだ。
「……すみません、人違いです」
「いやいや、人違いでも構わねぇんだよ。かわいいからなぁ」
男の一人が肩を掴んだ瞬間、ミサキの身体がビクリと震える。
鞄を抱え、後ずさりするも、後ろにはもう別の男が立っていた。
「やめてください!」
声を張り上げるが、人気のない路地では誰の耳にも届かない。
腕を引かれたその時――
「おいッ!! ミサキさんから離れろやぁぁぁっ!!!」
怒鳴り声が響いた。
勢いよく路地の奥から飛び出してきたのは、金髪にピアスの不良――加賀レイジだった。
「てめぇら、女に手ぇ出してんじゃねぇ!」
「なんだぁコラ、誰だテメェ?」
「通りすがりの正義の味方だよッ!」
レイジは拳を握り、男たちに飛びかかる。
しかし――
相手は素人ではない。
次の瞬間、腹に重い一撃を受けて息が詰まった。
「ぐ……はっ……!」
容赦ない蹴りがレイジの脇腹をえぐる。
さらにもう一発、顔面に拳。
血が飛び散る。
「てめぇ……調子乗ってんじゃねぇぞ、ガキが!」
「くそっ……でも、ミサキさんは……逃げて!」
レイジはボロボロになりながらも、ミサキをかばうように立ちふさがる。
その姿に、ミサキの唇が震えた。
「ダメ、もうやめて! あなたまで……!」
しかし、彼女の悲鳴を無視するように男たちは笑う。
「根性あるな坊主。だが無駄だ」
鈍い音。
レイジの身体が地面に崩れ落ちた。
「おら、そこの嬢ちゃん。お前も来いよ。話はこれからだ」
ミサキの悲鳴が夜気に響いた。
男たちはそのまま彼女を車に押し込み、走り去っていった。
しばらくして――
血を吐きながらレイジは地面に手をついた。
「……くそ……守れ……なかった……」
歯を食いしばり、何とか立ち上がる。
足元はふらつき、視界が揺れる。
それでも彼は、ただ一人の顔を思い浮かべて走り出した。
リク――。
あのとき助けてくれた、あの男なら。
ミサキさんを……絶対に助けてくれるはずだ。
夜の街をふらつきながら走る。
血に濡れた制服。
その姿を見て道行く人が驚いて声を上げたが、彼は構わず前を見た。
ようやく見つけた。
公園のベンチに座っていたリクが、静かにペットボトルの水を飲んでいた。
「……おい、レイジ?」
リクが立ち上がると同時に、レイジは崩れるように膝をついた。
「す、すまねぇ……! ミサキさんが……さらわれた……!」
「……何だって?」
「俺が……助けようとしたんだ。でも……俺じゃ、全然歯が立たなかった……!」
レイジの声は震え、目には涙が滲んでいた。
「リク……頼む……あの人を……助けてくれ……!」
拳を地面に叩きつけながら、彼は泣きじゃくる。
その姿を見て、リクの目がゆっくりと細まった。
感情の色が、静かに消えていく。
「……そうか。お前、よくやったな」
リクはレイジの肩に手を置く。
その手は、優しく、けれど底の見えないほど冷たい。
※
「泣くな、レイジ。これは――俺の喧嘩だ」
レイジはその言葉を聞いた瞬間、何かが張り詰めたような空気を感じた。
リクの瞳が、ほんの一瞬だけ光を帯びた気がした。
ぞくりと背筋が凍る。
これは、人間のそれじゃない――。
夕暮れの空が夜に変わる。
リクの影が、闇に溶けていった。




