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魔眼の勇者の帰還 ──現実世界でも最強です。  作者: 猫撫子


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11/14

静寂の狩人

放課後の教室。


夕陽が差し込み、机の上を金色に染めている。

リクはノートを閉じ、軽く伸びをした。


「リク、今日も帰るの遅いの?」

ミサキが声をかける。


また晩ご飯を作りに来るつもりらしい。


「いや、今日は早く帰るつもりだ」

「よかった。もう暗いし、送ってくね」

「逆だろ、それ」


二人のやり取りに、廊下の遠くから笑い声が混じった。


日常の音。

その裏に、リクの感覚だけが小さく震えていた。


(……空気が違う)


校舎の外。

わずかな波動が漂っていた。


人ではない“気配”。


あの世界の戦場で何度も感じた、殺気と似たもの。


「リク?」

「いや、何でもない」


リクは笑い、気配を探る視線を外に向ける。


屋上の端、夕陽に溶けかけた影。

望遠スコープの反射。

目視では見えないが、魔眼は確かにそれを捉えていた。


(監視……?)


ミサキを巻き込みたくはなかった。

だが、すでに“視られている”。


ならば、今夜――始末をつけるしかない。


「リク、帰ろ?」

「……ああ」

リクは笑顔を見せた。


放課後の街は穏やかだった。

ミサキと並んで歩く帰り道。

通りを照らす街灯、遠くから聞こえる部活の声。


そんな平和の中にも、わずかに混じる金属の匂い。


「このあと、ご飯作っていい?」


「いいけど、あんま遅くなるなよ」


「平気だよ。すぐ終わるもん」

ミサキは笑う。


その笑顔を、リクは横目で静かに見た。

自分が守りたいのは――この“何でもない時間”だった。


――夜。


アパートのキッチン。

ミサキがエプロンをつけて、鍋をかき混ぜている。


「この味、覚えた方がいいよ。男の子一人暮らし、栄養大事なんだから」

「そういうの、母親みたいだな」

「えっ、それ褒めてるの?」

「さあな」

二人の笑い声が、狭い部屋にやわらかく響いた。


その時。


空気が変わった。


リクは箸を置いた。

窓の外から“視線”を感じる。


夜風に混じる、人工的な気配。

――通信波。


リクの魔眼が反応する。



屋根の上に三つの影。

無線で何かを交わしている。


《コード・ゼロ》の監視部隊。


(やはり、来たか)


彼は静かに立ち上がる。

ミサキが首を傾げる。


「もう食べないの?」

「少し、外に出てくる」

「えっ、こんな時間に?」

「気になることがあってな」

リクは微笑んで言う。

だがその瞳には、氷のような光が宿っていた。


「ミサキ、俺が戻るまで鍵は開けるな」


「……うん」


玄関のドアが静かに閉まる。

夜の風が吹き抜けた。


街は静かだった。


だが、屋根の上の影たちはリクの気配を追い始めている。

彼が歩を進めるごとに、空気の密度が変わる。

足音すら、闇に溶けて消えた。


(こっちを見てる。いいだろう。なら、こちらから行こう)


月光の下、リクの姿がふっと掻き消えた。


――静寂の狩りが始まる。




夜の帳が街を包み、静寂の中で風が街灯を揺らしていた。

監視者たちは、リクを監視対象として追っていた。


だが――


その夜を境に、彼らの任務は“狩られる側”へと変わる。


都内某所。薄暗いオフィスに、複数のモニターが並んでいた。


その中央に座るのは、能力者対策機関「AIDエイド」の現場責任者・神谷零士かみや・れいじ

無精髭を撫でながら、彼はため息をついた。


「……妙だな。こいつ、能力反応が一切出てねぇ」

隣で端末を操作していた部下が顔を上げる。


「ですが、監視カメラは一斉に落とされました。能力を使った痕跡は……」

「ない。だから妙なんだよ」


神谷は椅子を回転させ、窓の外を見た。


夜の街。


どこかで、誰かが“気配”を消している。


一方そのころ、リクは屋上の縁に立っていた。

街の明かりが点滅する中、彼の瞳は漆黒の闇に沈んでいる。


「……やっぱり、気づいてたか」

すでに、彼は監視されていることを知っていた。


ミサキとレイジの生活を守るため、敢えて泳がせていたにすぎない。


「ここまで俺を追うなら――壊すしかない」


その声は静かだったが、確かに怒気を孕んでいた。


魔眼は光らない。


使う必要がない。



建物の内部。

暗視ゴーグルをつけた数人のエージェントが、リクの居場所を囲んでいた。


「目標、ビルの屋上にて確認。捕縛を開始する」

彼らは“能力者”ではない。


だが、対能力者用の装備を持ち、躊躇いはない。


――その時。


「……?」


先頭の男が、足元を見下ろした瞬間。

“地面が消えた”。


床材がまるで紙のように砕け、彼らは崩落した。


次の瞬間、暗闇からリクの足音が響く。


「お前ら、人を見張るのは趣味悪いな」


鈍い音が連続した。

一瞬で三人が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

まるで拳に重力を乗せたような威力――だが、魔眼の力ではない。


「な……なんだこいつ……っ!」

「能力が……反応しない……!?」

「だから言ってるだろ」

リクが拳を軽く振るう。

「能力じゃない。ただの殴り合いだ」


彼の動きは、常人のそれではなかった。


肉体そのものの制御、呼吸のリズム、筋繊維の張力――


祖父から学んだ古武術が、極限まで研ぎ澄まされている。


一撃。

相手の防御姿勢を崩し、関節を砕く。


二撃。

肋骨を折り、呼吸を止める。


三撃。

意識を飛ばす。


どの動きにも、ためらいはなかった。


「リクさん、やめてください……!」

耳の奥に、過去の声がこだました。

ミサキの震える声。


――だが、今の彼には届かない。


彼の中では、“守る”という言葉が“壊す”と同義になっていた。


神谷は、遠隔モニターでそれを見ていた。


映像越しに映るリクの姿。

その全身が、血を浴びているのに、呼吸は乱れていない。


「化け物か……」


彼の背筋に冷たい汗が流れる。

部下が叫んだ。


「隊長、全員戦闘不能です!」

「はやく撤退を――!」

「遅い」


低い声が、スピーカー越しに響いた。


リクだ。


その瞬間、モニターがノイズに包まれる。


一瞬の閃光。


気づけば、リクはそこにいた。


まるで空間を飛んだかのように、神谷の目の前に。


「お前らが何者でも関係ない。 ……俺の生活を壊すなら、ただじゃ済まさない」


静かな声だった。


だが、その瞳の奥に、底なしの闇が広がっている。


神谷は息を呑み、椅子から立ち上がることもできない。


「ま、待て……俺たちは……っ!」

「知ってるよ。お前らは秩序を守る側だろ?」


リクは口角をわずかに上げた。


「でも――俺の“日常”を壊すなら、敵だ」


拳が、デスクを貫いた。

鉄骨が曲がり、木片が弾ける。


神谷は崩れ落ち、リクの影だけが残った。



翌朝。


いつもと変わらぬ教室。


窓から差し込む陽光が、まるで昨夜の出来事などなかったかのように穏やかだった。


「おはよう、リク」

ミサキが微笑んで席につく。


彼女は何も知らない。

その無垢な笑顔に、リクの胸が少しだけ痛んだ。


「……おはよう」

短く返すリク。


彼の手には、まだ微かに血の跡が残っていた。


放課後、夕陽の中でレイジが駆け寄ってくる。


「よぉ、リク! なんか昨日の夜、街中で警察騒ぎあったらしいぜ?」

「そうか」

「お前……またなんかやった?」

「何も」


リクは笑った。


「俺はただ、守っただけだ」



その夜。

屋上に立つリクは、再び空を見上げた。

穏やかな風が髪を撫でる。


「……まだ、終わらないか」

誰にも聞こえない声でつぶやく。


下界では、AID本部が再編の動きを始めていた。

だがリクは構わない。


――ミサキと、レイジと、自分の日常を守るためなら。


敵が世界中を相手にしても構わない。


その夜、街の灯りがひとつ消えた。


まるで、狩人が再び闇に溶けたかのように。



夜の街を、風が切り裂いていた。

屋根の上。

三つの影が無音で動く。


装備は最新式の光学迷彩、神経リンクで連携した小隊。


人間としての限界を超えた動きを見せる、はずだった。


だが――彼らの視界に、標的の姿はなかった。


「……消えた?」

通信の向こうで、女の声が囁く。


「熱源反応も、ない」

「視覚補正を上げろ。フレーム遅延が出てる」

だが、何をどう補正しても“その存在”を捕捉できなかった。


次の瞬間。

ひとりの兵士が、風と共に“消えた”。


「――っ! ハヤト!」

仲間の男が振り返った瞬間、彼の視界に、誰かの“瞳”が映る。

深紅の光。

世界の時間が、一瞬だけ止まった。


(……止まった?)


違う。


止まったのではない。

“奪われた”のだ。


感覚も、時間も、意思も。

リクの魔眼のひとつ――《支配眼ドミナ・サイト》。


それに捕らえられた瞬間、相手の神経はすべてリクの制御下に置かれる。


無音。

ただ、夜風だけが通り過ぎた。


リクは動かない。

手を伸ばすことも、拳を振るうこともない。

ただ、眼差し一つで――敵は崩れ落ちていく。


「……人を、狙ったのか?」

リクは低く呟いた。


そこには怒りも、迷いもない。

あるのは、“人間ではない何か”の冷たさ。


最後の一人が逃げようと背を向けた。

その足が、動かない。

魔眼の力により神経を封じられ、体が止まる。


リクは近づき、ゆっくりとその首元に指をあてた。


「俺の生活を、壊すな」

声は静かで、感情がなかった。


一瞬、視界が歪み、世界がひっくり返る。


兵士の頭の中に、“あの世界”の戦場が流れ込んだ。

焼ける大地、崩れる空。

そして、神をも殺す力の奔流。

彼は一度死に、再び蘇る。

再び死に、また蘇る。


リクのもう一つの魔眼――《輪廻眼リヴァイブ・サイト》。

死と再生を繰り返す地獄。


その時間を、彼は一秒で“永遠”のように感じた。


「……これで、わかったか?」


リクは問いかけたが、返事はなかった。

相手はもう、壊れていた。


夜の風が吹き抜ける。

彼は静かに息を吐く。


「……くだらねぇ」


その言葉には、怒りも誇りもない。

ただ、失望だけがあった。


街の灯が、遠くで瞬く。

人々は何も知らず、笑いながら夜を過ごしている。


リクはその光景を見つめ、ふと空を仰いだ。

そこには月。

静かに世界を見下ろしていた。


(この世界も、あっちと同じか。力があれば、争いを作る)


だが、違う。

守りたいものがある。

ミサキがいて、レイジがいて。

自分を「普通の人間」として見てくれる人たちがいる。

だから――壊させない。


その決意が、彼の魔眼をわずかに輝かせた。

深紅の光が、月の下でゆらめく。


――そして翌朝。


何事もなかったかのように、リクは学校へ向かった。


ミサキが昇降口で手を振る。


「おはよ!」

「……おう」

「なんか顔、眠そうだよ? 夜更かししたでしょ?」

「まぁな」

リクは苦笑する。

その笑顔の奥に、昨夜の血の匂いは一つも残っていなかった。


「今日もお弁当作ってきたんだ」

「また?」

「だって、美味しいって言ってくれたじゃん」

「……あぁ」

リクは、心のどこかで安堵していた。

彼女の笑顔を見るだけで、世界の色が戻る。


その頃。

廃ビルの地下室。

崩れた瓦礫の中から、一人の男が這い出していた。


――神谷零士。


能力者対策機関コード・ゼロの現場責任者。

両腕が焼け、視界の半分が赤く染まっている。


「……化け物め」


口の端から血を流しながら、彼は通信機を拾い上げた。


「司令部へ……コード・レッド……対象R-01、確認。人類戦力外……排除対象に……格上げを」


通信が途切れる。


その目の奥には、恐怖と、奇妙な興奮が混じっていた。



――こうして、静寂の狩人は、世界に名を刻んだ。


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