感動のゆきさき
「それじゃ、良いの頼むよ」
「まかせてよ」
あいつは心地の良い返事をして、背を向け走った。信頼できる背中だった。必ず期待通りのものを持ってきてくれるという信頼だ。
彼は仕事が速い。大抵の場合、次の日の昼休みには目当てのものを届けてくれる。そしてどれも質がよい──つまり面白い。それ故に人気が高く、なかなか俺の番が来なかった。今日久々に依頼ができたのは相当運がよい。
その日は楽しみで寝られなかった。
「これ、頼まれてたやつ。確か、緻密に伏線が張られているミステリが好きだと言っていたよね。この作者は鮮やかな回収で評判なんだ。それに文体も、君がこの間絶賛していた小説と似てる。気に入るはずだよ」
次の昼休み、彼が持ってくるのは一枚のメモ。そこに小説のタイトルと著者、そして簡単なあらすじが書かれている。選本のプロである彼は依頼者の好みに合わせ、その人に間違いのない一冊を教えてくれる。しかも学校の図書室にあるものを。
「さすが、俺の感想なんてよく覚えてるな」
「忘れないよ、小説の話題ならね」
「タイトルからすでにドンピシャ。もはや怖いくらいだ」
メモを貰った人はそのまま図書室に向かい、休み時間の終わる最後までそれを読み、必ずそのまま借りていく。彼の選んだ本がつまらなかったという人はいない。俺もその日、夢に出てくるほどの感動をその一冊から頂いた。
感想を伝えると彼は「喜んでくれて嬉しいよ」とさっぱり言う。もはや慣れた様子だ。
幸運なことに、次の週も依頼することができた。彼への交渉は順番なんかじゃない。タイミングと運だ。俺は心を踊らせて待った。
貰ったメモ帳にはタイトルと著者、さらにサイトのURLが書かれていた。こんなケースは初めてだ。聞くと、今回はネット小説を選んだようだった。
「まあ、とにかく読んでみてくれよ。感想も頼む」
素人の作品がほとんどの中、掘り出し物ということか。実際そこからデビューする人もいるというし、つまらないと決めつけるのは早い。それに、彼が選んだのだ。
実際面白かった。ドンピシャに好みとは言えないが、確かな面白さがあった。彼への信頼が落ちることはなかった。そのことを告げると、ひどく喜ばれた。その日の彼は一日中にやにやしていたように思う。
その日から彼は、ネット小説ばかり選ぶようになった。そして感想を告げると、飛び跳ねるように喜んだ。後にひそかに判明することだが、どれも作者は同じだったようである。