序章 3,契約
書き溜めている8話まで一気に投稿します。
「俺からの君たちへの依頼は、これから立ち上げるプロレス団体で年間40試合に出場すること。報酬と守秘義務については各自書類を確認してくれ」
鉄仮面の依頼人、ドラゴンはそう言うとパチンッと指を鳴らし、S級冒険者たちの手元に光が走った。魔法陣が淡く展開し、重厚な革表紙に包まれた契約書が一人ひとりの手元に現れる。
ドラゴンの底知れぬ実力を感じさせる魔力の残り香を感じつつ、冒険者たちは契約書に視線を落とした。
契約書の精査は冒険者にとって非常に重要なものだ。ギルドマスターが仲介する依頼なので詐欺の心配はないだろうが、安く見積もられている可能性はある。
冒険者が契約を精査する独特の静けさに包まれる中、沈黙を破ったのはS級冒険者クラウド・ストームブラッドだった。
「プロレスって何ですか?」
スーツに身を包む知的な雰囲気を放つ銀縁眼鏡の男。その冒険者に似つかわしくない知的な雰囲気と風貌は、弁護士と言われた方がしっくりくるだろう。
だが、彼の二つ名は『嵐を呼ぶ男』。見た目に反して祭好きで後先考えずに行動するタイプで『悪気のないトラブルメーカー』として知られている。
「プロレスとは、エンターテイメントとショーマンシップを兼ね備えた究極の格闘技だ」
ドラゴンが紡ぐ言葉には、どこか神託めいた重みがあった。
「ある地域では、神聖な戦いを"レッスル“、戦士を"レスラー"と呼ぶ。つまり、プロフェッショナルなレスラーによるレッスル。それがプロレスだ」
「ってことは……見世物なんですか?」
「魅せるための戦いでもあるし、何より己の強さを証明する戦いでもある。技術も、精神も、魂も……リングの上では全てを晒すことになる。嘘が通じない、真実の舞台だ」
クラウドの視線が、窓の向こうへと移る。
ガラス越しに見えるのは、対峙する二人の男――勇者ノブナガと魔王ゼオン。
その存在感は、すでに言葉など必要としなかった。並んで普通に話しているだけにも関わらず、二人が生み出す緊張感は、観覧室の空気すら震わせていた。
「これから見せてくれる勇者と魔王の戦いがプロレスってことですか?」
「その通り。彼らの戦いはプロレスの中でもスーパー・ストロング・スタイルと呼ばれるもので、私はそのスタイルで定期的な興行を行いたいと考えている」
「・・・スーパーストロングスタイル?」
「迷宮150階層より深い領域での戦い方、と言えばわかるだろう?」
「・・・なるほど、そういうことですか」
クラウドが頷く。その目は既に書類に落とされていた。
「興行がメインだが、まだ浅層のS級冒険者たちに150階層以下の戦い方を見せるという意味合いもある」
「確かに、全く違いますからね」
150階層以下は強大かつ巨大なモンスターたちの巣窟となっており、モンスターの基本攻撃は全て範囲攻撃。回避行動は事実上不可能だ。こちらの攻撃に関しても、最低でも列車砲をぶっ放すかのような大技でないとダメージが通らない。
つまり、相手の攻撃に耐え、大技をぶちかますという、読んで字の如くスーパー・ストロング・スタイルでなければ先に進むことができないのだ。
「まあ、ここから先の話は契約が済んでからだ」
ドラゴンの声が静かに、しかし鋭く響く。
「内容を確認した上で契約しない者は退室してくれ」
鉄仮面の下の眼差しが、全員を射抜くように走った。
しかし、それで動揺するようなS級冒険者達はここにはいない。
結局、クラウドだけが退室し、残ったのは5人。クラウドが退席した時、他の5人は少し驚いた。一番乗り気で参加すると思っていたからだ。
「契約の前に、確認したい」
そう言って立ち上がったのは、美しきヴァンパイアの真祖、鮮血女帝ヴァレリー・ヴァレンシュタインだ。千年を生きると言われるヴァレリーは、長過ぎる人生に刺激を求めており、風変わりなイベントには必ず参加することで有名だ。
「戦いにはさほど興味が湧かぬが、放送席の解説という仕事に興味がある。そちらの契約でもかまわぬか?」
「あ、僕も同じこと思ってました」
そう言って便乗したのは、どう見ても冴えないオッサンといった風貌の男、千の技を持つオタクことワザアリ・サウザンドソースだ。
ワザアリはドワーフの元料理人だが、冒険者たちの必殺技が好きすぎてダンジョンまで見に行くうちにS級冒険者になった変わり者だ。ワザアリにとって、S級上位の冒険者たちの必殺技について語りまくれる場は何より魅力的だった。
「もちろんオーケーだ。試合がつまらなかった時は放送席から乱入してくれても構わない」
ドラゴンにとっては2人が解説を希望するのは想定内だ。とはいえ、既にプロフェッショナルな解説を手配済みなので、二人はまずゲストコメンテーターからスタートすることになるだろうが。
「ふむ。覚えておこう」
「いやいや、このメンツで試合がつまらないわけないじゃないですか」
その通りだ。どう組み合わせてもおもしろい試合にしかならないであろう。
「では、契約を進めたいが、その前にお楽しみの時間だ」
ドラゴンがそう言った瞬間、会場の全ての電気が消え、暗闇の中でドラゴンの声だけが確かに響く。
「まずはプロレスを観ることから始めよう」
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“嵐を呼ぶ男”ことクラウド・ストームブラッドはニヤニヤと笑みを浮かべながら廊下を歩いていた。
あの場に残らなかったのは、クラウドに渡された書類が他の者より多かったからだ。
他の者にはなかった一枚の書類。それは覆面レスラーについての説明書きだった。
ゆっくりと歩を進め、出入り口へと向かう廊下の突き当たりを曲がった瞬間、クラウドは足を止めた。
正面から悠然と歩いてきたのは、漆黒のローブに身を包み、竜の意匠を刻んだ鉄仮面。
プロレスなる興行を企画・運営する者、マキシマム・ザ・ドラゴン(たぶんギルドマスター)だった。
いつの間に先まわりされたのか、クラウドにはまるで見当がつかなかったが、あのギルドマスターなら造作もないことだろうとそこは意に介さなかった。
「マキシーさん、まだ何か御用ですか?」
わざとらしくクラウドが問う。
「私はマキシーではない。マキシマム・ザ・ドラゴンだ」
ドラゴンの答えは揺るぎない強さを持って廊下に響き渡る。
クラウドからすればどう見てもギルドマスターなのだが、何故そんなに揺るぎない自信を持って否定できるのか。。。だが、これからの参考にはなるか、などと考えれていると、クラウドの眼前にドラゴンが何かを差し出した。
「これは?」
渡されたものは、グリフォンを模した仮面だった。
「もしも契約に値する凄腕の友人がいて、そいつが人見知りならコレを渡してくれ。プロレスには覆面レスラーという文化があるんだ」
クラウドは瞬時に渡された意図を察した。あくまでクラウドは部外者。グリフォンの仮面をつけたレスラーとは別人でなければならないのだ。
そしてクラウドの心情を見透かすようにドラゴンは「あぁ、忘れていた」と契約書を差し出す。仮面の奥は不敵に笑っているように見えた。
「もし、君の友人が覆面レスラーとして契約したいと言ったら、契約書のサインはリングネームで構わないと伝えておいてくれ」
クラウドは契約書を受け取り、ドラゴンに不敵な笑みを返す。
「一人心当たりがあります。契約するかどうかはわかりませんが、話を持ちかける価値はあるでしょう」
「スーパーストロングスタイルで戦える実力を持っていること。それが絶対条件だ。大丈夫か?」
「実力は私が保証しますよ」
「ならばそいつが参戦してくれることを祈っておくとしよう」
ドラゴンはそう言い残し、踵を返す。
一方でクラウドは足を止め、ドラゴンを見送った後、手に持ったグリフォンの仮面を見つめ、暫し思案の海に沈んでいた。
続きを読んでやってもいいぞ、という方は、
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