序章 2,我が名はドラゴン
書き溜めている8話まで一気に投稿します。
迷宮都市エルドラール。
それは、冒険者たちにとって希望と試練が折り重なる街。
ここでは、冒険者としての実力は、どれだけ深く迷宮に潜れるかで決まる。
五階層に辿り着けばF級。
十でE級、二十でD級、三十でC級、四十でB級、そして五十階層を踏破すれば、ようやくA級と認められる。
潜るのがパーティーであれば、チームとしての評価。
独りで挑めば、個人の実力として記録される。
この都市では、その違いもまた、重要な意味を持つ。
そして、五十階層より先へ進む者たちは「S級」と呼ばれる。
以降は何階層まで到達しようとも、SS、SSSなどのように称号が変わることはない。S級こそが冒険者の最上位だ。
とはいえ、実際にはS級の中でも歴然とした差があることを、誰もが理解している。
迷宮の百階層を、ソロで踏破できる冒険者はS級の上澄みだと認識されている。
そして、ソロで二百階層に到達したと世間に認知されている冒険者は、わずか三人だ。
ひとりは、エルドラールのギルドマスター、マキシー・マッケンジー。
その名を知らぬ者は、この世界にはいない。
残るふたりは、それぞれエルドラードとは別の三大迷宮都市を代表する存在だ。
ひとりは、ジパングの“光の勇者”ノブナガ・レオンハルト。
そしてもうひとりは、ムーランティスの“絶対魔王”ゼオン・ヘルフィールド。
そんな三人のうち、ノブナガとゼオンが、ある日、何の前触れもなくエルドラールを訪れた。
勇者と魔王、並び立つことのないはずのふたりの姿に、迷宮都市エルドラードは騒然となる。
目的は何か。
偶然の訪問なのか、それとも何かが動き始めているのか。
噂は噂を呼び、瞬く間に都市中に広がっていった。
さらに、時を同じくしてマキシーが雷帝ジェレミー・サンダースなど著名なS級冒険者たちに召集をかけた。その報せは、街の噂の炎に油を注いだ。
何が起ころうとしているのか。
それを知る者は、まだどこにもいなかった。
ただ一人、マキシー・マッケンジーを除いては。
──10年前。
まだ“勇者”と呼ばれるには程遠かった頃のノブナガは、マキシーの弟子だった。
「本当に、噂の魔王が俺の兄弟子なんですか?」
「ああ。スーパーストロングスタイルで戦える弟弟子が育ったら連れてくるって約束しててな」
スーパーストロングスタイル(SSS)とは、マキシーが前世のプロレスの流儀を剣と魔法の世界に適応させた真剣勝負のスタイルだ。
必殺技を正面から受けて、耐えて、その上で倒してこそ、誇り高き勝者となる。
自己治癒や回復魔法の類は一切禁止。使用した時点で反則負け。
カウンターは許されているが、原則として相手の必殺技を避けてはならないという暗黙のルールがある。
この日、マキシーは自身の弟子の中で最高傑作である魔王ゼオンと、未熟ながらも才能あふれる若きノブナガをスーパーストロングスタイル(SSS)で戦わせた。
まだ未熟なノブナガに勝機はなかったが、倒れても倒れても立ち上がり、魔王からは「いずれ自身に並び立つ存在となれる者」と評された。
両者の師であるマキシーもまた、その一戦を通して確信した。異世界でもプロレスの興行は十分に成立する、と。
ノブナガとゼオンはいつかの再戦を約束し、さらなる強さの高みを目指してそれぞれの道へ進むこととなった。
二人の因縁、つまりプロレスに欠かせない要素であるストーリーがここに生まれたのだ。
もちろん二人は、世界中の強者たちとこのスーパーストロングスタイルで戦いたいとも感じていた。
旅立つ弟子たちを見送ったマキシーは、プロレス団体として必要なものを集めることに着手した。
数千のオーディエンスが入る常設のリング。もちろん戦いで壊れず、必殺技の余波で客席に被害が出ないような設計にしなければならない。
実況、解説、レフェリーの養成は必須だ。ライブ配信や映像制作、オリジナルグッズにもこだわりたいし、専門雑誌も創刊したい。
回復魔法の使い手の配置し、警備、受付、売店などのスタッフも揃えねばならない。トレーニング施設や道場も必須だ。
となると、やはり会社を設立するか、どこかの商会と本格的に提携することが必要となる。
資金はいくらでもあるが、この世界にプロレスを根付かせるためにはスポンサーから資金を集めて興行を行い、利益を出して運営する仕組みも整えなくてはならない。
マキシーはギルドマスターとしての仕事をこなしつつ、これらのミッションを着実に遂行していった。
10年かけて、全ての準備を整えたマキシーは、二大看板レスラーとなる予定の勇者と魔王をエルドラードに呼び寄せた。
ついに旗揚げの時がやってきたのだ。
マキシーにとって免許皆伝に値する弟子は魔王と勇者だけだ。
他にもスーパーストロングスタイルという美学について教えた者はいるが、レフェリーや実況、解説といった裏方として雇用している。
もちろん本人が望むならば裏方を卒業してレスラーデビューしてもらっても構わないが、現時点では支える側の人間だ。
ともかく、ノブナガとゼオン以外は野生のレスラー、もといS級冒険者からスカウトする予定だ。
幸いこの世界には、いわゆる“武術大会”が山ほど存在するし、エルドラードは世界一武術大会が盛んな街でもある。
エルドラードはバトルジャンキー共が戦いと名誉を求めて集まる街なわけで、マキシーが拠点として選んだ理由もそこにあった。
その日マキシーの召集に応じたのは6人のS級冒険者。
雷帝ジェレミー・ツァーリ
嵐を呼ぶ男クラウド・ストームブラッド
千の技を持つオタク ワザアリ・サウザンドソース
美乙女騎士団長マリー・スター
鮮血女王ヴァレリー・ヴァレンシュタイン
エルドラードで一番かわいい女戦士(自称) プリン・ラモード
いずれもエルドラードでは名の知れた者たちだ。実力、知名度は抜群。さらには祭好きでエンターテイメントに理解があるというマキシーのお眼鏡に適った6人だ。
そんな彼らは開発途上の新商業地区のとある建物にいた。
マキシーが『サンクチュアリ』と名付けたその建物こそ、マキシーがこの十年で築き上げたプロレス専用のメイン会場だった。
S級上位の冒険者たちが通されたのは、会場を一望できる特別観覧室。いわゆるVIPルームだ。
そこから一望できる広大なリングが中央に据えられた異様な空間に、彼らは無言で目を奪われた。
マキシーは「ここから先は依頼人が話す。少し待っていてくれ」とだけ告げて退室した。
手持ち無沙汰になった冒険者たちは、なんとなくリングへ視線を移す。
そして――全員が、同時に気付いた
審判らしき人物を挟み、向かい合う“勇者ノブナガ”と“魔王ゼオン”に。
「おいおい、これから戦うのか?」
雷帝が観覧席から飛び出さんばかりの勢いで窓に張り付く。
「金払っても観れるもんじゃないですね」
千の技を持つオタクはテーブルに置いてあったジュースとお菓子を持って見やすい場所へと移動する。
「こんなものを見せて、ギルドマスターは一体何を考えているのやら」
鮮血女王はクスクスと笑いながらも視線はリングから離さない。
ざわつきが広がる中、VIPルームの無駄に豪華なの扉がゆっくりと開き、微かに風が吹いたかのような気配と共に、ひとりの男が現れる。
漆黒のローブに身を包み、竜の意匠を刻んだ鉄仮面を被ったその姿はどこか崇高ささえ感じさせた。
男が足を一歩踏み出すたび空気が震え、見る者達の本能は警鐘を鳴らす。
「この男は、間違いなく強い」
言葉にせずとも、誰もがそう確信せずにはいられなかった。
この都市でこれだけのオーラを持つ者を彼らは一人しか知らなかった。
千の技を持つオタクことワザアリ・サウザンドソースが6人を代表するかのように口を開いた。
「・・・・・・ギルマス?」
「違う、私は依頼人のマキシマム・ザ・ドラゴン。気軽にドラゴンと呼んでくれ」
「えっと、、、マキシーさん?」
「ドラゴンだ」
「いや、その・・・・・・」
「ドラゴンだ」
言い切る口調と迫力に、誰もが口を閉ざす中、ただ一人、雷帝ジェレミー・ツァーリの呟きだけが静かに響く。
「こんな舞台を整えるなんて・・・・・・・・・ドラゴン、一体何者なんだ」
「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
ドラゴンは仮面の奥で微かに微笑んだ。
「おまえ、なかなか理解ってるな」
続きを読んでやってもいいぞ、という方は、
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