分相応な当たり
その男子生徒は受験生。
秋、来る受験本番に備えて、合格祈願のお参りに出かけていた。
とは言え、遠くの神社に出かけるような時間の余裕はない。
「どこか、近所でお参りできる神社はないかなぁ。
・・・おっ?あれは。」
するとお誂え向きに、人気の少ない神社を見つけた。
「よし、あそこの神社でお参りしていこう。」
その男子生徒は、見慣れない神社に足を踏み入れた。
その神社は小ぶりで、小さな公園程度の広さだった。
境内には数人のお年寄りがいて、午後の散歩でもしているようだ。
するとその中の一人の老爺が、
その男子生徒に、にこにこと笑顔で話しかけてきた。
「おや、この神社にお参りですか?」
「あっ、はい。そうなんです。
もうすぐ受験なので、合格祈願にと思って。」
「あなたのようなお若い人がこの神社にお参りに来るなんて珍しい。
この神社はその昔、願い事がよく当たるとして栄えたんですよ。
あなたも、何か当たるお願いをしてみるといいでしょう。」
「そうなんですか。そうします。」
その男子生徒は会釈をして、神社の賽銭箱の前に立った。
奮発して千円札を入れて、手を合わせた。
「受験がうまくいきますように。
えーっと、具体的には、次のテストで良い点が取れますように。」
作法も知らないその男子生徒は、とにかくお辞儀をしてお参りを済ませた。
数日後。
その男子生徒の学校では、ちょっとした試験が行われた。
結果はすぐに戻ってきて、そしてびっくり仰天。
その男子生徒は、いつもよりも大幅に高い得点になっていた。
きっと、あの神社でお参りした効果に違いない。
答案用紙を見せ合ったクラスメイトたちが早速、騒ぎ始めた。
「お前、今回のテストすごいな!どうしたんだ?」
「何かいい参考書でも見つけたのか?」
「いや、今回はテストのヤマが当たってさ。
直前に勉強したところが多くテストに出題されたんだ。」
「なんだそりゃ?そんな運のいいことがあるのか。」
「いいなぁ。ヤマの張り方を教えてよ。」
そうしてその男子生徒は、クラスメイトたちに、あの神社での一件を話した。
あの神社で、次のテストがうまくいくようお祈りしたこと。
あの神社はかつて願い事がよく当たる神社として栄えていたらしいということ。
話を聞いたクラスメイトたちは、どよめいた。
「そんなすごい神社が近所にあるなんて知らなかった。」
「よし、俺もその神社にお参りに行こう。」
「教えてくれて、ありがとね。」
そうしてクラスメイトたちは放課後、大挙してあの神社へお参りに出かけた。
それから一週間ほどの間に、その男子生徒のクラスは大騒ぎになった。
テストのヤマが当たった。
くじ引きで大当たりを引いた。
などなど、あの神社でお参りしたご利益と思われることが、
クラスメイトたちの身に立て続けに起こったから。
「すごいな!あの神社のご利益は!」
「俺、テストの結果が過去最高だったよ!」
一方で、あまり体感効果のない生徒たちもいた。
「おっかしいなぁ。ちゃんとお参りしたはずなんだけど。
テストの結果は、ちょっと上がった程度だったよ。」
「もしかして、お賽銭が少なかったせいかな?」
「きっとそうだよ。」
神社でのご利益の大小は賽銭の額によるものだろう、ということになり、
クラスメイトたちは再びあの神社を訪れ、賽銭を奮発していった。
すると、目に見えてご利益は大きくなっていった。
やはりあの神社のご利益は賽銭の額に比例すると、
クラスメイトたちの賽銭の額は高騰していった。
クラスメイトたちが賽銭を高額にしていった結果。
ご利益は大きくなっていったが、困ったことも起きていた。
とにかくよく当たるという神社の評判通り、
テストのヤマが当たるのはいいのだが、
他に想定しないご利益、と言ってよいのか、事態が起こっていた。
道を歩いていたら飛んできたボールに当たったり、
落ちてきた植木鉢に当たったり、
走っている車に当たって怪我をする生徒まで出るようになった。
「確かによく当たるけど、これじゃご利益じゃなくて呪いだよ。」
「こんなだから、あの神社は今は人気が少なかったのか。」
「もしかして、賽銭を入れすぎたのが原因かも。」
「回収に行きたいけど、大人数で行くと目立つなぁ。」
「誰か、入れすぎた賽銭を回収してきてくれないか。」
そうして白羽の矢が立ったのは、その男子生徒だった。
あの神社を紹介した張本人ということで、
感謝されることこそあれ恨まれる筋合いはないはずだが、
クラスメイトたちから白い目で見られてしまった。
「わかった!わかったよ。
僕があの神社に行って、お賽銭を回収してくるよ。
みんな、賽銭をいくら入れたのか教えてくれ。」
そうして仕方がなく、その男子生徒が代表して、賽銭を回収することになった。
夕方。人気がなくなるのを待って、
その男子生徒は、あの神社の境内に来ていた。
賽銭を回収するため、賽銭箱の周りを確認する。
すると賽銭箱に引き出しのようなものがあるのを見つけた。
引き出しに鍵は掛かってなく、開けるといくらかの賽銭が入っていた。
「うーん、お賽銭の額が足りないなぁ。」
どうやらクラスメイトたちが賽銭を入れてから、
賽銭箱の中身が何度か回収されてしまったようで、
予定の額を回収するには中身が足りない状態だった。
どうしようかと、その男子生徒が考えていると、背後から声が。
「こら!何してるの!」
急に叱られて、その男子生徒は腰を抜かしそうになった。
「わあ!ごめんなさい!」
拝むようにしてつぶっていた目をそっと開けると、
目の前に立っていたのは、制服姿の少女だった。
その男子生徒には、その人相に見覚えがある。ありすぎる。
隣の家に住む、幼馴染の少女だった。
歳も同じ、通う学校もずっと同じ。
ただ現在のクラスだけは別だった。
その男子生徒はほっとして尻もちを突いた。
「なぁんだ、お前か。びっくりさせるなよ。」
すると女子生徒は、腰に手を当ててその男子生徒を見下ろした。
「なぁんだとは随分な言葉だね。
通りがかりに賽銭泥棒がいるから誰かと思ってみたら、君だったんだよ。」
「賽銭泥棒とは失礼な。回収にきただけだよ。」
その女子生徒はその男子生徒とはクラスが違う。
だからこの神社にまつわる事情を説明することにした。
この神社は願い事がよく叶うとかつて有名だったこと、
実際にお参りしたらテストのヤマが当たったこと。
そのことをクラスメイトたちに話したら、みんなもやりだしたこと。
しかし賽銭の額が多すぎたせいか、困ったことまで起き始めたこと。
だから代表して、賽銭を回収しに来たこと。
すると話を聞いた女子生徒は、うんうんと頷いて答えた。
「なるほど、事情はわかった。
でも、お賽銭の回収なんて、泥棒と変わらないよ?」
「それはそう、かな・・・」
「そうだよ。止めた方がいいよ。
それに一度お願いしたことが、
お賽銭を取ったら無効になるかもわからないし。」
「じゃあ、どうしたらいいと思う?」
すると女子生徒は、いたずらっぽく笑顔で言った。
「お願いにはお願いで返せばいいんだよ。
わたしはまだこの神社でお参りはしたことがないから、
だからお願いしてみる。」
「なんてお願いするんだ?」
「それはね、こうだよ。」
すると女子生徒は、慣れた様子でお辞儀を二回した。
それから手を二回打ち鳴らし、静かにお祈りを始めた。
その男子生徒は女子生徒の横顔を見つめている。
女子生徒は静かに目を瞑っていた。
それから手を下ろし、頭を下げた。
「・・・これでよし。ちゃんとお参りできたと思うよ。」
「それで、お前はなんてお祈りしたんだ?」
「それはね、わたしたちに分相応なご利益がありますように。
これなら、みんながとんでもない目に遭ったりはしないでしょう?」
「なるほど、そんなお願いの仕方もあったか。小狡いな。」
「賢いって言ってよ。
とにかくこれでみんな安全なんじゃないかな。
でも、テストの点数もそれなりになりそうだけどね。」
「怪我をするよりましさ。」
「だよね。」
その男子生徒と女子生徒はくすくすと笑っていた。
それから二週間ほど経った後。
あの男子生徒のクラスでは、神社のご利益は収まったようで、
もう事故が起こったりテストの点数が急によくなることはなくなっていた。
後は自力で地道に勉強するしかない。
クラスメイトたちは受験生の日常に戻っていた。
そうして今日は、その男子生徒が通う学校の学園祭。
近隣の人たちが校内にやってきて学校はお祭りムード。
しかし受験を控えた三年生はもう隠居の身で、お祭りも関係ない。
その男子生徒も、顔だけは出したのだが、
すぐに引っ込んで今は校内のベンチに座って参考書を読んでいた。
するとそこに、ふわっと風が吹いて影が差した。
見上げるとそこには、制服姿の幼馴染の女子生徒がいた。
女子生徒は笑顔で、手には何かの紙切れを持っていた。
「見て!これ。ペアお食事券だって。
さっき、学校のくじ引きで当たっちゃった。
もしかしてこれも、あの神社のご利益かな。」
学園祭のペアお食事券。
細やかだがきっと楽しいことだろう。
「正に僕たちに分相応なご利益だね。」
「そうでしょ?それじゃあ一緒に行こうよ。」
「ああ!」
そうしてその男子生徒は女子生徒に手を引かれて立ち上がった。
今だけは参考書を閉じて、分相応なご利益にあずかるために。
終わり。
もうすぐ受験本番の季節なので、受験生の話にしました。
受験というと無理をしてしまいがちですが、
もしも神社のお参りのご利益のようなものがあったとしても、
身に余るようなことは返って害にもなりかねない。
何事も分相応が望ましいと思います。
お読み頂きありがとうございました。