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「さて何から話すか……」
一瞬だけ思案した風を装いつつこちらを流し見るちょいワルオヤジ。面白がっているのが隠しきれていない。だが私がその顔を無表情で真っ直ぐに見つめ返せば、作ったようなにこりとした笑みを向けられた。
邪気のないように見える笑顔にこちらが動揺してしまう。この神だれ? こんな表情してたっけ。実はめちゃくちゃ喜んでたりするのか?
「まずは復活おめでとう、だな」
「復活?」
メントレのおっちゃんは組んだ両手をテーブルに置き笑みを深めた。
「成功を見込んではいたが、やり遂げるかどうかはお前たち次第だったからな。ユリ、お前の生への執着力とアルフレッドの責任感の賜物だ。とりあえず祝いを言わせてもらおう」
パチパチと気のない拍手をしつつ祝われる。生への執着? 満足してたはずだぞ、私は……。
意味が分からずに困惑する私に対してアルフレッドは言葉少なく賛辞を受け入れている。
「まだ思い出さないか? いや、状況を信じられないということか……。
ユリ、一度お前の内面を視てみろ」
見ろと言われても分からない。首を傾げつつ、とりあえず体調を確認するときのように感覚を集中させた。
「…………ん?」
何かある。
私の中に今までなかったモノたちが……。
『この世界に新たな管理者が誕生した。俺はそれを言祝ごう』
私がナニカに気がついたと同時に、力ある言葉が発せられる。いきなり絶対的な存在として行動されるとびっくりするわ。勘弁してくれ、まったく。
「神ってどういうことよ。あのときの私との約束を守らなかったってこと?」
視線を鋭く尖らせ相手を見つめる。肩を竦める相手に更に詰め寄ろうとしたところで、懐かしい声がした。
「メントレ様、いい加減になされてください。
ユリさんを困惑させて、面白がるのは悪趣味です」
私をかばう位置に立った女性の後ろ姿には見覚えがあった。
「ハロ……さん?」
「ご無沙汰しています。この度もメントレ様をお止めすることが出来ず申し訳ございません」
グレイのパンツにカーキの上着を合わせたカジュアルスーツコーデの美女は振り返りつつ謝ってきた。
顕現した大人の姿ではあるが、その顔は間違いなくハロさんだった。憂いの帯びた表情で私に頭を下げている。
「お久しぶりです。あの、いったいなにが……」
「ユリさんとメントレ様の連絡役兼慣れるまでの間、サポートを申しつかりました。それに伴って、思念体から正式な眷属となっております。
色々とご説明しますね」
なだめる笑顔を浮かべたハロさんは何処からともなくホワイトボードを取り出しキュッキュと書き始める。
「まず初めにリベルタの女王リュスティーナとしてのユリさんは死にました。死因は自殺です。覚えていますか」
リュスティーナの名前の横に死因を書かれる。原因?
「ハサミ剣だったね」
身も蓋もない言い方に苦笑を浮かべつつも、ハロさんたちは頷いている。
「神殺しの剣でユリさん、いえ、リベルタの初代女王リュスティーナは死にました。かの女神に力を渡さない為、とっさのこととはいえあの選択と覚悟。本当にお見事でした。何より救出が遅れ申し訳ありません」
そう私は負けた。あの世界の魔物の発生点を討伐しに行って、そして…………。
頭を抱えた私にコツコツとテーブルを叩くことでおっちゃんは頭を上げさせる。
「ハロ、後にしろ。どちらにしろ昔のことだ。今までのことは追々お前の眷属どもに聞くがいい。それよりも今はもっと重要なことがある」
「眷属ってなによ。それに重要って」
アルフレッドへと視線を向けたおっちゃんは説明しておけと短く命じると、私に向き直った。
「お前は管理者となった。俗に言う神だな」
「はぁ? いや、あり得ないでしょ。第一転生するときに、私の職業とか諸々には一切干渉しない約束だったでしょ」
吐き捨てるように言い放つ。まったく冗談キツイわ。
「なら滅ぼせ」
「んな!?」
「そもそもあの世界はリセット対象だった。どうしても構わん。
あとあいつに対抗するため、お前の権限はかなり強くしてある。ついでに自由裁量も広く認めてやった。
一度世界の覇者となったお前に適任の仕事だろう。好きに治めればいい」
「ちょっと!」
「どうしても嫌なら滅ぼせ。なにもしなければあの女がやってくれるだろう。そうすればお前は自由だ」
さっきまでおっちゃんが立っていたところに巨大なモニターが現れる。そこに映っているのは私が死んだ始まりの森だった。上下左右至るところにモニターが出現し、世界各地を映し出す。
そして何故か私はそれが何処か分かってしまった。相変わらず争いの多い世界だ。何年たっても火種は何処かから出てくる。
兄さんが統めていたときも結局は戦争に明け暮れていたしね……ってにいさん? 誰だそれは。私に兄なんぞいなかったわ。
いや今はそれよりもこの状況を確認しなくては。しかしこんな数のモニターを全て認識できるってつくづくバケモノじゃん。
「なんでコレ理解できるのよ」
疑問を漏らすと、既に植え付けた管理者としての力だと告げられる。
「選択の自由はないんだ」
仕上げとばかりに広間中央に現れたミニチュア世界をぼんやりと見つめながら、諦め半分で呟いた。
「すまんな。適任者は少ない。引き継げるモノが現れたら逃がすわけにはいかん。諦めろ。その分は報いる」
「報い?」
「既にいくつかは支払っているぞ。まだ気がついてないだろうがな。気になるならハロかアルフレッドにでも聞け。やつらならば詳細を知っている。
とりあえず世界の管理の仕方は知識として与えておいたが、残りのオレとの連絡方法などを伝えておく。それについてはお前だけの特権だ。他のモノは知る必要はない。
ユリ以外はしばらく下がっていろ」
抵抗することもなくハロさんとアルフレッドが静かに退出していく。なんとなく目で追っていると、咳払いで注意を引かれた。
「この世界にいたお前以外の管理者……軍神や知識神たちは全て解任した。今後この世界を管理するのはお前だけだ。
地上への通知に関しては判断に任せるが、望むならば俺から知らせることもできる」
こともなげに解任と言い放つメントレのおっちゃんが恐ろしい。そんな私に構うことなく、おっちゃんは続ける。
「今後はこの世界の唯一神として管理しろ。そのための報告手段として俺への直接接続を許す。それとしばらくは定期的に訪ねるようにする。何か相談があればそのときに聞こう。
無論、ハロを通しての質問も受け付ける。
そうだな……ハロを通してのものは公式なもの。直接尋ねるのは私的なものとでも思っておけばいい。
これもお前への優遇措置の一つだ」
フワリと何かが入ってくる感覚があり、それがおっちゃんへの直接回線だと本能的に理解る。
「しばらくは力の把握に努めればいいだろう。では任せた」
「時間あるんじゃなかったの? ってもう……なんなのさ」
私のクレームには耳を貸さずに消え去ったおっちゃんへと伸ばした手を握りしめる。
せめて私がずっと感じているこの恐怖の理由を教えてから帰れよ。