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お蔵入り予定だった物語。
そっと投下しておきます。
未完になるかも……頑張ります。
身体が重い……。
手が……足が……動かない…………。
くら、い……暗い…………。
ゆっくりゆっくり流される。
無だったはずなのにナニカになっていく。
長い時間フワフワと漂うナニカのまま変わらなかった。
気がつけば集まってただひとつのワタシになっていく。
なにかが……。
いえ、音が聞こえてくる……。
ワタシを呼んでいる。
そう、わたしを。
だからわたしは起きなくては…………。
闘わなくては…………。
王、として…………。
突然記憶と意識が鮮明になる。繋がったと言ったほうが良いのかもしれない。仰向けに寝転んだまま剣を探す。飛び起きながら魔力を練り上げ周囲に視線を走らせた。
「御目覚めを心よりお喜び申し上げます」
視線を覆う薄い布は純白のレースで飾られていた。その先からは慣れ親しんだ、けれどありえない声がする。
(アルフレッド?)
確信を持ちながらも私の理性はその存在を否定している。
だってアルフレッドはここにいるはずがない。老衰のせいで自力では立ち上がれないほどに弱っていた。こんなハリのある声はもう出せなくなって久しいはず。悔しがりながらも後進に道を譲って隠居を選んだのは随分前のことだ。
第一、ここは何処なんだ?
そもそもの疑問が頭をよぎる。
天蓋付きのベッドなど私の私室にはなかった。しかも薄いレースの布が幾重にも重ねられていて視界が遮られている。
これでは外敵に襲われた時に対処できないじゃないか。不寝番の近衛兵はいるとしても、日々警戒は大事だと話していたのに。
身体を支える為に付いた手の下には純白のふかふかベッド。かなり上質なものだけど、この感触は私の家でも王城の私室のものでもなさそうだ。
そっと外からレースが手繰り寄せられ視界が開ける。
状況を確認しようと視線を走らせる。
天井はフレスコ画で飾られ遠くに見える壁は光沢のある石が使われていた。床もまた磨き上げられた石畳で作られていて、道を示すように絨毯が敷かれている。こんなところは知らない。
レースを留めた相手は深々と頭を下げたまま石の床まで下がると、流れるように片膝をつき最敬礼の仕草で固まる。
仕草は優雅でありながら隙がない。
戦う者の身のこなしだ。
今度は素早く相手を観察する。
頭部は輝く金髪。
服装は女王時代の家令のもの。
深く下げられたままの首筋からはまだ若いことが伺える。
コレは誰だ?
「私はあの森から救出されたの」
直前の記憶を手繰り寄せつつ、跪く後頭部に向かって問いかけた。ここがどこであれ、彼に害意はないのだろう。ならば状況把握が先決だ。
「まだご記憶が定まってはおられぬのですね。御名を伺うことをお許しいただけますか?」
聞き覚えのある声は確かに宰相を勤めてくれた昔の仲間のものだ。だがありえない。孫か曾孫かでこんな年頃の子がいただろうか?
「リュスティーナ」
ユリと名乗るべきかとも一瞬迷ったが、リベルタの関係者ならこちらの名前だろうと声を出す。いっそのこと空虚に聞こえるほどに短く響いた私の声を聞いた彼は、その頭を床に着かんばかりに下げた。
「顔を上げて名乗ってくれない?」
ためらう相手にもう一度頼むとゆっくりと顔を上げた。その顔を見て息を呑む。
「アルフレッド……」
恐怖。混乱。驚愕。どう表現したらいいかも分からない。私はただその名前を口にした。
「我が名を覚えていてくださいましたか」
私と視線を合わせたまま呟くアルフレッドの顔に笑みはない。無表情に坦々と、どこまでも恭しく続ける。
「我が君の御目覚めにお喜びを申し上げます。
この状況を説明するためあるお方がお待ちでございます。混乱されておいでだとは思いますが、どうかご同行をお願いいたします」
もう一度頭を下げるとスッと音もなく立ち上がる。あまりに無音過ぎて夢かなにかかと間違いそうだった。
いつもの私ならば無理にでも問い詰めただろう。でも今はそのタイミングじゃないと確信していた。アルフレッドの言葉に従うことにする。
恐る恐るベッドから出ると足元に靴が準備されていた。簡単に履ける靴……。ゴムが使われているソレを見てまた現実を疑う。
そっと上着を着せかけられて、自分が丈長のワンピース姿だということに気がついた。
ハイネックになっている上着のボタンを全て留める。あつらえたように苦しくもゆるくもない。
足首まであるワンピースの裾を踏まないように一歩踏み出す。長い髪が一拍遅れて揺れるのを感じる。ふかふかの絨毯に吸収されて足音はしない。
こちらへと誘われるままアルフレッドの背中を追う。まるで物語の中にいるような不思議な感覚に包まれる。
いくつかの扉を抜け中庭らしき場所を横目に廊下を歩き、重厚な扉が開かれる。どうやらここが目的地みたいだ。一見して大広間かかなり位の高い謁見室のよう内装。
「お連れしました」
そう言いながら部屋の奥、一段高い舞台のような場所に向けて一礼する。アルフレッドは入口近くの壁際で膝を付いて動きを止めた。
促されるまま先に進む。
アルフレッドとすれ違うとき私は微かな寒気を感じた。心臓が激しく脈打ち、逃げたいような叫びたいようなそんな落ち着かない気持ちを持て余す。
昔ではありえなかった自身の変化に戸惑っていると正面の舞台に気配を感じた。
「久しぶりだな」
その相手は私に向かって声をかける。
待って。
ありえない。
二度と会わないはずだ。
「何を固まっている。お前らしくもない」
イタズラが成功した悪ガキの顔でこちらを見る相手に何か言おうとはするけれど、喉の奥が貼り付いたように声が出ない。
「なんだ。まだ混乱中か?
お前らしくもない。
我が最愛の娘よ」
クツクツと笑い声を響かせながらこちらへと両手を広げて見せる。
カチリとナニカが嵌まった気がした。そして湧き上がってきたのは猛烈な怒り。
「誰が娘よ。私は貴方に祈ってなどいない。今回こっちに来る理由なんかないはずよ」
視線を尖らせた私に相手は肩を竦めている。
「お前が願っていなくても、別の誰かが願ったのかもしれないだろう? お客人にして我が使徒たる高橋有里。初代リベルタ女王。プロトタイプにして数少ない成功例たる名付け子よ」
歌うように吟じるようにその声は広間に広がる。
調律神と世界に認識されている神性の存在がくるりと指を回した。
空だった広間の一角に椅子と机のセットが現れる。
まぁ座れと既に席についた相手に誘われる。瞬間移動なのだろうか……。いや仮にも神様が行うことだ。考えるだけ無駄だろう。
移動しながら遠くにいるアルフレッドの反応を横目で窺う。歓喜も動揺もなくただ静謐な空気をまとったまま、そこにいた。
「説明してもらえるんでしょうね、メントレ様」
昔の口調を思い出しそう言えば思考も読まれていたなと思い出しつつ、それでも気圧されないように必死に自分を保って話しかけた。
「困惑するのももっともだからな。安心しろ。説明役も手配している。ここならば時間はたっぷりある。話をしよう」
一瞬だけ絶対的上位者の表情を浮かべたメントレを私は見つめ話し出すのを待った。