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自分達の始まり  作者: i/o
第三編 衝撃の過去
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第八話 日常と驚きの過去~「俺」

 「このオフィス、今日は耐震化工事をしないといけないから2時までには出てね」


 突然の話というわけではない。1か月くらい前の話なのだからそれぐらい誰でも知っているはずだった。なのに何故彼らがみなキョトンとしているのか。簡単な話だ。最近忙し過ぎてそんなことを気にしている暇なんて一切なかったからである。

 

 耐震化工事は1か月ほどで終わるという話ではある。その間、手当も出るという話だし、そこまで心配することではなかった。もう帰ろうかとは思ったが家に帰ったってやることはない。これからどうしようかと思案していると、


「カフェにでも行くか!」


 と取締役から誘われた。せっかくだから太田も誘い、カフェで遅いご飯にしようと思ったわけである。このカフェ、最近開いたので気にはなっていたがそこまで興味が湧かなかったので行く気にはならなかったが、入ってみるとレトロな雰囲気だった。


 せっかくだからブラックコーヒーを頼んでみた。ブラックなんて、昔ブルーチーズの苦みを消すために一緒に飲んだのが最後だった。比べるものが違うのだろうがあの時はまずいというより……どうなんだろう。不思議な感覚だったというのは間違いないがあまり漫画で見るようなまずさではなかった。


 ただ分けて食べたほうが美味しいだろうなというのが正直な感想だった。


 このカフェで出されるコーヒーはとんでもなく美味しかった!今までの先入観が作り出していたのだろうがこれには程よい甘みがある。それが信じられなかった。コーヒーと言えば苦くて目が覚めて酸っぱくてお腹を壊すものという自分の先入観を全て打ち砕いてくれるものだった。


「最高です」


 思わず口から出た


「そうだろう、そうだろう。紹介して良かった」


「今までコーヒーは苦くて目が覚めて酸っぱくてお腹を壊すものって思っていましたけどこれは別格です‼‼」


「………………」


「……どうしたんですか?黙り込んで」


「普通コーヒー飲んでお腹壊すわけがない……店員さん、そうですよね」


「……はい。多分それ腐っていたのでは」


「コーヒーって腐るもんなんですか?」


 そんなの初めて知った。コーヒーでお腹を壊すのは体質が原因だと思っていたから克服するために毎日コーヒーを飲んで吐いていた覚えがあるけど……


「当然、コーヒーは食品ですから時間が経てば傷むに決まっています。目安でいえば未開封の物は1か月から1年くらい。開封済みのコーヒー豆は1か月、コーヒー粉の場合は10日ほどで使い切らないと危ないです」


「それだと5年前の開封済みのコーヒー粉は……」


「アウトだな」


「アウトだね」


「アウトですね」


 みんなから突っ込まれた。




 でも気づけないのはしょうがないと思うよ。なぜならお父さんが


「コーヒーは青カビが生えても飲めるんだよ」


 と言っていたのだから信頼しないわけにはいかないだろう。だって実際に真っ青になったコーヒー粉で淹れて飲んでも平気な顔をしていたのだから。それに、そのときお父さんが嘘をついていると思って夜に徹夜して監視したけどお腹を下した様子も全くなかった。それどころか、


「今度はカースマルツゥ食いてーな……」


 とか寝言で言っていたよ。


 ちなみにカースマルツゥとはチーズにハエの卵を産み付けそのウジを使い発酵させたものだ。もはや腐敗に近いものでウジをよく噛んで食べないとそのウジが体を侵食するものだ。これ以上詳しく書くとグロすぎてみんなドン引きするから書けないけど、とにかくヤバイ(本来の意味で)ものだ。


 ただそのクセが好きな人は好きなそうだ。


 そのあとお父さんは


「思った通り美味しかったよ!」


 と言っていた。俺は一生父のようになることはできないのだと嘆いた。


 そして俺が社会人になって家を出るときにお父さんは


「今度は三聴に挑戦するよ!」


 と元気な声で言っていたことを今でも忘れることはない。そして三聴が何なのかということも聞く気には全くなることはなかった。ただ、その挑戦で命までは落とさないようにね……とは言っておいた。お父さんは大声で


「もちろんだ!挑戦できずに終わるのが一番悔しいからな!!」


 と言い俺は少し安心した。




「……自衛隊のレンジャー部隊に入れるよ。才能しかない」


「筋肉がないよ。だってh型鉄鋼を1本持つのが限界だって」


「………………」


 これ以降この話題で何度話しかけてもみんな黙り込むばかりだった。




 


この不思議な雰囲気で口火を切ったのがが太田だった。


「取締役、重い話を聞くようで悪いのですが、私をヘッドハンティングしたときに『何度も人に裏切られた過去がある』と言っていましたよね。それはどういう意味なんですか」


「ああ、そのことか。……誰に話しても僕の話を信じてくれなさそうだったから言ってはいなかったんだけどね。信じてくれるというなら話すよ。僕も誰かにこのことを打ち明けたかったし」


 そう言って取締役は今までの空気とは違い相当真剣な雰囲気で話し始めた。




 聞いて驚いたのだがこの人は「召喚転生者」というとても珍しい存在なのだとカミングアウトした。異世界で召喚され死んでしまいこっちの世界に転生したのだと。


 転生する前の名前は()()隆介という名前だったそうだ。詳しいことは昔過ぎて覚えてはいないそうだが、第二次世界大戦で身内がみんな死んだということは一度たりとも忘れたことがないといった。どこで死んだかは覚えてはいないそうだが本土ではなかったとは言っていた。


 あまりの悲惨な状況に母が自分に楽にしてくれと言ったそうだ。当然自分は断ったものの翌日飢え死にしたところを見た後、相当後悔したそうだ。当時15だった僕は決心がつかなかったというが、自分の親を殺すなんてことはたとえどんな状況であっても普通の状態だったらできないに決まっている。他の家族は心中したり、マラリアで亡くなったりして、遂に天涯孤独な身となってしまったそうだ。


「……重い話を聞いてすみません」


「大丈夫だって。いつかは誰かに話そうとは思っていたから」


「……取締役も同じ()()ですよね……」


「全部話しきったらそのことについても話すよ。運命と言えば運命だからね」


 取締役曰く一番楽しくも辛かったのは召喚された後のことだと言った。


「普通に過ごせたのはこの世界が初めてなんだよ。だからこそこのことは絶対に忘れるつもりはない。この普通の生活がどれだけ幸せなのかということを忘れぬためにも」

カース・マルツゥと三聴については詳しく書くと気持ち悪くなるので、気になったら検索してください。ただ、その際は自己責任でお願いします……

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