第五話 ウラ話~「僕」
会社が買収されるという噂を聞いたとき、僕は恐怖した。このままでは今まで培ってきた努力が全部相手に取られてしまうのではないかと。
だから僕は周りから徹底的に情報を集めた。僕の情報網も含めてだがこれを使えば僕の知らない情報などないというほどだ。
この情報網で得た情報の中にある一人の青年がスピーチの天才だと聞いた。
その青年とはライバル企業にいる派遣社員のことだ。彼に会うために私費で購入していた株式を使い、株主総会に出席した。
そこでの彼のプレゼンは眠くなるような内容が一切含まれていなかった。大きな声で真剣な顔で、時には会場を笑わせていた。そんな才能のあった彼を見て僕は嫉妬しそうになった。それと同時にうちの会社に来てほしいとも思った。
(あの子、うちの会社に来てほしいな~)
そう思っているとある話を小耳にはさんだ。そしてそこで聞いた話は僕を赫怒させるのに十分なものだった。
「アイツ、派遣だから昇進なんかできるわけねーよ」
「ほんとホント、派遣のくせに何をイキっているんだか」
「ほんと生意気、給料俺らの半分以下だっていうのによ!」
彼を馬鹿にする言葉を聞くたびに僕の怒りは増していった。なぜ派遣社員だからという理由で馬鹿にされなければならないのか。なぜ彼の才能を見抜かず笑うのか。なぜ!同じ苦労をしているのに差別されなければならないのか!
ここで僕が怒鳴ればうちの会社の心証が悪くなるからいうことができない。だが彼をこの会社に留まらせ続けるのは絶対に許せなかった。ましてや家族ともいえる僕らの会社を絶対に買収させたくはなかった。
うちの会社の3割は元派遣社員だ(ちなみに全員すでに正社員化している、なぜなら全員優秀で期限が切れたらこの会社を離れてもらうなんてことが勿体なさ過ぎたからである)。
もし買収されて派遣社員が来たら、確実に正社員より安い賃金で働かせるに決まっている。確かに資金繰りは大変だが、その人の努力を身分の差だけで認めないのは絶対に認めないのがうちの会社の絶対的な方針だ。
もしかしたら元派遣社員という理由だけで差別されるかもしれない。それが僕にとって一番怖かった。
僕は彼にこれ以上苦労してほしくないと感じた。昔の僕と同じ経験をしてほしくなかったから……
彼がこの会社でどんな扱いを受けているのかは聞いておくべきだろう。あるつてを使い彼が普段どんな感じで働いているのか、そしてどんな待遇を受けているのかを彼の同僚に聞いた。
「ああ、彼のことか。毎日奴隷のように働かされているよ。それは正社員も変わらないけど非正規社員はさらに扱いがひどいね。残業は当たり前で給料もろくに払ってくれない。でも非正規社員は馘首されたらこの就職難の時代では生き残れないから正社員以上に働いている。そして正社員以上に良い成績をたたき出している。それを気に食わないのが一部の正社員だ。特に社長の息子が相当ひどくて、裏では結構悪いことをしているよ。でもこれ以上言うと……まあいいや、どうせこの会社辞めるし。社長の息子は根が腐っている。その中でもスピーチとプレゼンの天才である彼を一番逆恨みしているね。パワハラが本当にひどいよ。社長の息子だから悪さしたって社長が全部もみ消すから。本当にひどい……」
彼は淡々と語ってはいたがその瞳の奥は相当な怒りに満ちていた。
「……なぜ労基は動かない。こんな劣悪な環境で内部告発が起きないわけがないだろう‼‼」
「一言でいえば……賄賂だよ」
絶句した。馬鹿にもほどがある。
「もうひどいったらありゃしない、私からのお願いだ。どうか頑張って働いている彼らの努力を認めてくれない会社にお灸をすえてくれ……頼む、君だけが頼りなんだ。私の力だけではどうすることもできないから」
「分かった、安心してくれ。君の同僚たちは頑張った分だけ認める会社に入れさせるよ。そして怠け者には資本主義社会の現実を見せつけてやる」
僕がここまで怒ったことなんて一度もなかった。何が一番許せないかって、人の努力を笑っているところだ!!
僕は彼に会うことにした。
「やあ、君。株主総会でのプレゼン、とても良かったよ!あんなに人を引き込むプレゼンは見たことがなかったよ」
「……ありがとうございます」
彼の目は死んだ魚のような目をしていた。
「だからうちの会社に来てくれないか」
「……結構です」
やっぱりそう簡単には信じてもらえないか。この目は何度も甘い言葉に誘われて自分の気持ちを裏切られてもはや誰も信じることができなくなっている目だ。
「ならうちの会社に少し見学しに来てもらえないかい、日程はいつでもいい。こっちが話をつけるから一日だけでも来てほしい」
「あなたも会社の事情がわかっているでしょう!うちは有給どころか欠勤すら許さないんです!そんな会社が人を休ませるわけがない!あんたは私を馬鹿にしているのか!あんたには私の気持ちなんて一つも理解できっこない!人を信じて裏切られる気持ちなんてエリートにはわかるわけがない‼‼」
彼は敬語を捨てて怒鳴っていた。でもそれと同時に泣いていた。わんわん泣いていた。
「辛かったんだな……分かるよ、僕はエリートなんかじゃないし何度も裏切られた過去がある。辛いよな、辛いよな……」
僕も自然と泣いていた。彼がふと顔をあげ僕の顔を見たとき
「……分かるんだ」
そして続けて
「初めて自分の信じられる人に出会えた……ありがとう、ありがとう」
そう言いながらまた泣いていた。
「私、この会社を辞めて派遣もやめてあなたの会社に入ってもいいでしょうか!」
「その答えを私は望んでいた、君が頑張って成果を出した分だけ私は君を認めるよ」
そうして彼は僕らの会社に入って、CM事業部の部長になったのだ。
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