第二話 当日~「俺」
はっきり言えば、俺の勤めている会社はブラック企業だとは思わない。でも仕事の量は他の会社をはるかに上回る。だから仕事を家に持ち帰ってやろうとしたら取締役が、
「家に仕事持ち帰るぐらいだったら残業しろ。その方がまだ高い給料が出るから。家はゆっくりする場なんだから、仕事を持ち帰るんじゃない!辛かったら俺も手伝うし、定時に帰ったところで評価は変わらないから……ね……」
取締役の目のクマがすごい。流石に仕事を手伝ってもらうと確実に取締役が過労でぶっ倒れる。
「取締役こそ休んでください!それ以上やったら過労死してしまいます!」
「確かにな……社長も倒れて救急車で運ばれたしね」
「今なんて言いました……」
そんな話、全く聞いていない。それだと結構この会社、やばい状態だ……
「君には言ってなかったか。社長も人材確保のために全力で働いていたら、突然倒れてしまってね。なんで五日も徹夜しているんだろう……有給取れってあれほど言ったのに、一体何やっているんだ。俺には散々有給取れって言ってきたのに」
「なんでそんなに頑張れるのですか」
素朴な疑問が湧いてきた。有給取らずに労働基準法を超えた量をなぜやれるのか聞きたくなった。
いや、取締役は、雇う側に入るから定時の概念がないのか。それでもその元気はどこからやってくるのか不思議に思った。
俺らは労働基準法スレスレの仕事をやっていても給料がとても高いからやる気が出てくるのだが、社長たちは給料が初任給より低いという噂だ。俺はそんな事情を聴くと昇進する気が失せる。その中でよく会社に奇跡を起こしたものだと感じる。
「なんで頑張れるかって?楽しいからだ!」
「……そう思ったきっかけとは」
「う~ん、仕事が終わったら話すよ。だからその仕事を僕に渡しなさい」
有無を言わせず取締役は仕事にかかった。なぜかその書類の整理とプレゼンの資料制作は一瞬で終わった。
仕事が終わったのち、取締役が
「飲みに行こう、全額奢るから」
と突然言ってきた。この後ゆっくりしたかったが全額奢るという言葉につられて飲みに行くことにした。こんなチャンス滅多にない。なら行く以外の選択肢はない。
「さっき僕がなんでこの仕事が楽しいと思えるようになったかきっかけが知りたいって言っていたね。これはね、あまり人には言ったことがなかったんだけど実はね、社長が関係しているんだ」
この話だけでも驚いたが、聞けば今の社長が当時、部長だった時代に飲み会で親密になったそうだ。取締役が大成したのは、飲み会での話がきっかけだそうで
「社長はね、『ああ、本当に愉快だったよ、こんなにも長いときがたったのに未だにあの日々を忘れることがない』って言っていたよ。給食の事件とかもよく聞いていたんだけどね。愉快な話過ぎて思わず笑っちゃった!その話の中でね、残食が多いっていう話を聞いてさ、僕の時代は給食があまり美味しくなくてね、なら今の給食業界に進出すればライバルの少ない現状で、市場を独占できるんじゃないかって思って給食の製造する機器と食材の運搬技術に踏み込んだら、これが大当たり。給食以外の食料の運搬技術にも影響を与えて、業界シェアがナンバーワンになったんだ」
閃きがすごい。この会社は電子機械と機械工作に関する会社だったのだが、この技術を応用して給食業界に革命を起こしたのに本当に驚いた。それに、思い切って方針を転換した当時の社長の決断がすごすぎる。業界が違いすぎるのによく食品系の企業に変化できたなというのが率直な感想だ。
もちろん部長は軽く職場でもそのことを話してはいたが、まさか今の社長の昔話を聞こうとしていたらそれを閃いたとは思ってもいなかった。
「給食にはね、夢があるんだ。みんなを笑顔にする力があるんだ。給食を美味しく食べてもらうことはみんなの幸せなんだ。だからこの仕事を楽しいって思えるんだよ」
ああ、だからこの人は大成できたんだ。この人には給料以上の夢があるんだ。だから結果がついてくるんだ。俺は給料に執着しすぎていた自分を恥じた。初心は忘れちゃだめだな。そう胸に刻んだ。
「だから来週総理大臣にあってくる‼」
「………………」
唖然とした。えっ、総理に会う?何を言っているんだ。ついに過労で狂ったのかな?さっきの感動が吹っ飛ぶ衝撃だった。
「国会の呼び出しを食らったんだよ。証人喚問とは違うよ。今の給食制度の問題点について説明しに行くんだ」
取締役の顔は今まで見てきた中で一番真剣な顔をしていた。
「僕の人生の正念場だ、全てを懸ける」
「もしかして、その目のクマは緊張からですか?」
「ああ、そうだよ。よく分かったね」
そりゃ疲れるに決まっているでしょ!!総理大臣に会うってなったら緊張するに決まっている!
「取締役!だったらもう帰って休みましょ!ここで倒れたら来週まずいですって!」
まずい、ここで取締役が倒れたら誰が行くんだって話だ!
「そうだな、明日は一日中寝るか。有給取って」
ほっとした。これでうちの企業がめちゃめちゃブラックに見えてしまいかねない状態が回避された……
「さあ、会計してもう帰るか」
「もうですか?」
あっ、そうか。ここで食べすぎたら取締役の懐からお金が消える……
「私が払いますよ、取締役。大変そうですから」
「そんなに大変じゃないぞ。給料は君の三倍あるから」
「えっ、重役は初任給より給料が低いって噂が……」
「ああ、そのことか。それは先月までの話で社長の鶴の一声で給料がすごい上がったんだ。先月は家畜の伝染病の対策で財政難だったんだよ。でも社員の給料は減らしたくないから、重役の給料がとても低くなったんだよ。その問題は解決されたからお金で心配することは今のところはないよ。社長に感謝しな」
とてもありがたい話だった。こんなにも社員を気遣ってくれる会社はほとんど知らない。この会社に入って本当に良かったと心の底から思った。俺も社長や取締役のような人間になれるといいなと思って毎日頑張ることを決意した。
この青年は後に村内の給食を無償化することを実現する大きなきっかけを作る人物になった。そんなことは取締役と社長以外、本人を含めて誰も想像することはできなかったのである。
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