第4話(1) 蛮槃會 (敵視点)
ダンジョンは平等である。
ダンジョン外での力に関係なく最初はステータスのすべてが1から始まる。屈強な男も老女も幼児も、みな同じ。
だが、ダンジョン外の力、すべてが消えるわけではない。
力がすべてを支配するダンジョンの無法地帯では、人を傷つけることにためらいがなく暴力の効果的な使い方を知っている者が圧倒的に有利だった。
そのため、いち早くダンジョンに目をつけた関東最大の半グレ集団、蛮槃會がすぐに新宿ダンジョンの覇者となったことに不思議はなかった。
悪人にとって、無法地帯であるダンジョンは楽園だった。
殺しては装備を奪い、脅してはアイテムを巻き上げる。
そうやって入手した装備とアイテムを分配することで蛮槃會はダンジョン内での権力を強化した。
当然、ダンジョン外で売りさばける金印の宝も多く手に入れることができ、売却益も多大。
その金でさらに使い捨ての探索者を雇い、ダンジョン内で殺人と強盗を行わせてアイテムと装備、金印の宝を集めていく。
その繰り返し。
蛮槃會の支配は盤石だった。
初めてそこに亀裂が入ったのは、ダンジョン探索配信者ポーロが100階層に到達した時だった。
100階層クリアのために、ポーロは億単位の金で、もともとつながりがあった蛮槃會からダンジョン戦闘員24名を雇った。
ポーロは焦っていたのだ。
それまで、ダンジョン内では写真を撮るアイテムしか見つかっていなかった。ポーロはダンジョン内で写真を撮り、それを動画で紹介して人気を博していた。
だが、ダンジョン内で動画撮影可能なアイテムが見つかった。ダンジョン内で撮影した動画を配信する配信者があらわれだした。
ポーロのフォロワー数は下がっていく。
ここで人気を回復するには、100階層クリアしかない。
蛮槃會は、金さえ払ってくれれば、100階層クリアの名誉なんてポーロにくれてやるつもりだった。
だが、ポーロのやり口はあまりに汚かった。
蛮槃會の戦闘員を囮に使うだけでなく、メンバーごと攻撃、挙句の果てには騙して自爆アイテムを渡して攻撃させた。
そうでもしなければ、100階層のボスモンスター、デビルラビットには勝てなかった。……もちろんポーロは、それが、ある少年がハゲウサギと呼んでステータスあげにつかっているモンスターだとは知らなかった。
こうして21名の犠牲の上に、ポーロは100階層のボス、デビルラビットを倒した。
そして、ポーロはさらに口封じのために2名の戦闘員を殺した。
全員殺せば、ダンジョンで何が起こったかなんて誰にもわからない。
……だが、ポーロは1人、仕留めそこねていた。
生き残りから報告を聞いた蛮槃會の幹部は怒り狂った。
蛮槃會だってこれまでに大量に人を殺しているが、自分たちが殺すのと、殺されるのではわけが違うのだ。
蛮槃會は急遽、戦力を集結して、新宿ダンジョン100階層に向かった。
蛮槃會は50人以上の戦闘員を用意したが、100階層のボスを倒して扉を通りぬけた時には、生き残ったメンバーは13名だけだった。
彼らは新宿ダンジョン100階層のその先にあるダンジョンへと進んだ。
「ここが新しいダンジョンか」
この集団のトップは蛮槃會ナンバー2、矢渡建志という男だった。
矢渡はダンジョン内外で、数え切れないほどの人間の殺害を指揮してきた。その自信が、ダンジョン内でもにじみ出ていた。
ポーロを見つけて殺す。自分達ならそれができると信じていた。
先頭を歩いていたメンバーが何かを見つけた。
「おい、誰か来たぞ」
「ポーロか?」
「違う。ガキだ」
明らかに成人していない少年二人がふらふらとダンジョン内を歩いていた。
一人は特に背が低く、身長は160センチ程度。鉢金、軍用ゴーグル、マスク、ボディアーマーといった装備で、忍者を連想させる服装だ。
もう一人は、身長こそ170センチくらいあるが、ひょろひょろしていて、生まれてこのかたケンカなんてしたことのなさそうな温和な表情をしている。こちらの少年は青白く発光する槍を持ち鎧を着ていた。
どちらも、蛮槃會の男達なら小指一本で倒せそうな少年だった。ここがダンジョン外であれば。
「あいつら、なんでここに? 100階層を抜けてきたのか?」
「まさか」
「おい、そこのガキ。おまえら、ポーロがどこにいるか教えろ」
手下がそんなことを言っている後ろで、矢渡は自分が装着しているメガネをかけなおしていた。
このメガネは視界に入った者の素のステータスを見ることができる。
(は? なんで「筋力」が251……いや、そんなことより、「敏捷」が1000を超えている!?)
矢渡は、近くにいる自分の仲間を見た。筋力81、敏捷64だ。
蛮槃會のメンバーはモンスターを狩ってステータス上げをしなくても、奪った装備で簡単に力を手に入れられるため、戦闘力のわりにステータスが低めだ。
だが、それにしても、数値がおかしい。
槍を持っている少年もやはり一番高いパラメータ「頑丈」の数値が1000を超えている。
こんな人間、ダンジョンで見たことがない。
いや、どのダンジョンにも存在しないはずだ。100階層のモンスターを毎日倒し続けたって、こうはならない。文字通り、ステータスの桁が違う。しかも、ところによって2桁違う。
矢渡は心の中で舌打ちをしながら、心を落ち着けようとした。
(このメガネ、故障したな。あんな数値は、ありえない、ありえない……)
忍者のような格好の少年が不愛想に返事をした。
「ポーロ? 知らねーな」
「なめた口をききやがって。ふざけんじゃねーぞ」
自分達の口のきき方は棚に上げて、一番血の気の多い元・特攻隊長の太田がハンマーを手に、忍者のような格好の少年に襲いかかった。
ダンジョン慣れした蛮槃會の探索者は、相手が子どもでも容赦はしない。
矢渡はハンマーで無惨につぶされた少年の姿がダンジョンの床に転がるのを想像した。
ところが、吹っ飛んだのは、襲いかかった太田の腕だった。
何が起こったのか、矢渡にはわからなかった。何も見えなかった。
わかったのは、気が付いたら忍者のような少年が太田の横に移動していて、太田の腕がふっとび太田が倒れていったことだけだ。
(ま、まさか、故障じゃなく、本当に……)
矢渡がメガネを掴んだまま青ざめ驚がくしていたその時。
忍者のような格好の少年も、びっくりしたように、つぶやいた。
「あ、やべ。こいつら、超、弱ぇぞ」