第8話 『真を語る陰』
「なるほど……『転生者』ね…………分かった」
グレイスは一瞬、確かに顔を曇らせた。
しかし、即座に微笑んだことで、了解の意を示した。
「お、おい! もう理解できたのか!?」
「うん。まあ、大体? それよりも、その話が本当かどうか、証明する方法はあるかな? 僕はフレイムと違って優しくないから、誰彼構わず信じます、ってわけにはいかなくてね?」
「どういう意味だそりゃ」と目つきを鋭くして言うフレイムを無視して、グレイスは少女を見つめた。
証明する方法は、ある。しかし問題なのは、その方法を許可してくれるかどうか。
「……私に……その剣……貸して、ください……」
少女はグレイスの腰元の剣を指さして言った。
グレイスもその意図をすぐに理解したのか、「それは──」と何かを言おうとしたが、フレイムがすぐに止めた。
「こいつは獄中自殺なんてつまんねえことはしねえよ」
そう一言呟き、グレイスの代わりに自身の剣を鞘ごと檻の隙間から通した。
丁寧に両手で受け取ると、鋭い目つきのフレイムと目が合った。怒っているかのように感じられる眼差しだが、直前まで会話していた少女には、それが信頼の眼差しであることに気づいていた。
鞘から剣を抜き、剣本体の重みを実感する。そして、その剣を自らの胸に向けた。
確かに少女は自害などしない。しかし、それと同様の緊張感が空間を駆け巡った。
「……少しでも刺せば、止める」
真剣な表情で、グレイスは自身の掌をこちら向けていた。『氷刃』という彼の二つ名からして、言葉の意味はとてもはっきりしていた。
凡そ横のフレイムも、それを承知した上で自分の剣を渡したのだろう。
小刻みに震える少女の手には、不安の眼と信頼の眼が向けられている。
でも、きっと大丈夫。それは絶対に……
──少女の死を許可しない
次の瞬間、鋼が粉々に雲散し、細氷のように光を反射する背景に、黒く巨大な蜘蛛の付属肢が出現していた。
「……マジ……か…………」
「…………本当……なのか……」
黒いそれは、少女の手首にがっしりと巻き付き、既に柄しか残っていない元剣をそこから数ミリも動かすことを許さなかった。ついでと言わんばかりに、檻を容易く破壊しながら。
フレイムが唖然とする中、檻の破壊のせいか、グレイスは頭を抱えていた。
「……ご、ごめんなさい……ここまで……する、つもりは…………」
「……いや、いい。それより……君の話は本当だということが証明された。……されてしまった」
どこか不自然な台詞を吐き出すグレイスを、少女もフレイムも気に留めることはなく、それはすぐに少女の内へと収まった。
「……魔法じゃ……ねえみてえだな? 愛用してるやつじゃなくて助かったぜ……」
剣の破壊についても、少女は何度もフレイムに頭を下げていた。
慣れない態度を取られたためか、フレイムも困惑しながら宥める。その背後に、一番困惑した態度を取り、思い頭を何とか支えるグレイスが隠れていた。「転生者か……」という小声は、二人に届くことなく。
「……とりあえず、君の事情は理解した。嘘は吐いていない、君は無実だ。僕がそう判断を下せば、この事件はその通りに受理される。檻と剣の破壊に関しても、僕が何とかしておくよ。それよりフレイム、少女をシルヴァの元へ案内してやってくれ」
「……お前……アイツに保護させる気か……? 悪いが正気とは思えねえぞ……」
今度はフレイムが頭を抱えると、グレイスはそれ以上の会話をしようとせず、すぐに部屋を出ていってしまった。
その表情を確かに曇らせていたことに気づいたのは、少女一人。
「……あいつ、まともに話もしねえで…………ったく、まあでもしょうがねえか。ついてこい、釈放だ」
* * * * * * * * * * * * *
少女は不安に駆られていた。
この目の前の扉を開けた瞬間、襲われる可能性がある、と忠告されたのだから。
──シルヴァ、コイツを簡単に説明するなら、『変態』だ。特に、女のお前はな……気をつけろよ。
勲九等、『森刃』のシルヴァ。
『十の聖剣』の中で最も危ない人間であり、まともな会話が不可能。
女性相手では更に態度が激化し、理性を失うことも多々ある。
──といった説明を道中で受け、何度も逃げ出したくなっていた筈が、気づけば当人が住まう部屋の前に辿り着いてしまっていた。
フレイムは「俺も会いたくねえからよ……」と言って、素早くどこかへ行ってしまい、少女は一人取り残されたのである。
黙ってその場に佇んでいると、部屋の中から聞こえてくる物音が、少女を鼓動の加速へと導く。
動悸、息切れと少女の歳に似つかわしくはない症状ばかりが発現し、いつまでも扉をノックできずにいる。
「……大丈夫……大丈夫……だから……」
自分に言い聞かせようと便利な呪文を唱えるが、体は何とも正直で、手をノブに近づければ近づけるほど震えが増すのだ。
どうしてフレイムは、そんな危険な人物と対面に居合わせてくれないのだろうか。
どうしてグレイスは、そんな危険な人物に自分を預けようとしたのだろうか。
半ば人間不信に陥りそうな少女だったが、そんな少女の支えになる存在はすぐそこまで来ているのだ。
──その人物の名は、シルヴァ。
「──ありゃ? どなた様?」
少しばかり同性愛が過ぎる、女性である。